第70話:父と子
ー死神界ー
「まったく………あの2人は」
エマールは溜息を吐いた。怒りに震え目の前に積まれている報告書の山、山、山。まさか自分の周りに書類の山が積まれる、などと言う状況に思わずやっても終わるのだろうか?と不安になる。
「あそこまで干渉するなんて前代未聞だわ……」
ザジとサスティスの2人は、現在ディルバーレル国へと干渉している。あの国の周辺で人が死にすぎている、と言うのは建前であり目的は麗奈の協力だ。
死神の関わる事なのかと、思わずディーオに怒鳴りながら部屋へと向かった。
「わぁ、エマールのエッ・チ♪」
例え半裸の状態であったとしても、だ。
資料と言う武器を投げ付け「さっさと着がえろ!!」と言い、赤くなる顔を必死で抑え込む。
彼等の行動を静観しているディーオから言わせれば――
「社会見学。ザジには色々と知って置いて貰わないとね。サスティスが良い見張り役になってるから!!あと、私が一番楽しんでぶべっ!!!」
思わず手が出たのは仕方ない。
無理矢理に納得して仕事場についたら、埋め尽くされた書類の山であり扉を開けたら紙が襲い掛かるなど初めての体験だ。
(それにしても、ディルバーレル国だったかしら。最近死んでいくスピードが早過ぎる。仕事と思ったのに)
死神は確かに死にゆく者の前に姿を現し、魂を狩ると言う仕事を行っている。それは悔いのあるなしに関わらず、皆平等に寿命で死ぬもの。
だから。
死神が誰かの味方をしたりすると言う事はない。だが、ユリウス達の世界では危機に瀕している。
魔法の消滅。
魔物を、魔族を、魔王を倒せる力を秘めた力。
それがなくなれば、人間は抵抗する間もなく絶滅される。それではいけないとディーオは言った。
「人は弱くとも文明を築き、新しい時代へとその可能性秘めている。私には創った責任があるから見届ける義務もある」
義務と言った彼に疑問が湧いた。
覗きを趣味とし人の醜悪さ、憎さ、儚さ、美しさ。それらを全て知っているであろうに、彼はそれも人間の特徴だし、と告げる。責任があるだなんて言ったから思わず笑ってしまったのだ。
それでは創造主、そのものではないかと。
「ないないない。あんな覗きを前提とした奴が、創造主な訳ない」
もし、と可能性を考える。
もしそうならザジではないが一発殴ろう。バカな事考える暇があるなら、今は書類の山を片付けようと意気込み仕事に励むの。
いつの間にディーオを黙らせるのに、手や足が出るのが恒例になるなどこの時の彼は知らないでいた。
「さぁ、頑張れザジ、サスティス♪」
案外、全部知っているのかも知れない。
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ーラーグルング国ー
麗奈達が居ない。それだけで、静かな夜なのに何処か寂しげになる。頭を振り顔をバチンと叩き、自分に気合を入れる。
(帰ってきたら、お姉ちゃんに誉めて貰う。陛下に頼りになるって誉められたい)
自分はユリウスの呪いに立ち会えなかった。四神と対峙していないからその強さが分からないし、自分は入る事すら出来なかった。
(手に風を集中……押しとどめる)
自分の周囲に風が呼び起こされる。
リーグは集中を切らさずに魔力を、自分の扱う風を肌で感じる。自分の体に纏うようにして目を開く。
大木が真っ二つに裂け、後ろに倒れた時に周りにあった木々もなぎ倒される。失敗した、と瞬時に思った。
「っ、はぁ、はぁ、はぁ……。やっぱり、フィナントさんみたいに、上手く、出来ない………」
悔しがるリーグの後ろには同じ大木があった。
その大木に切り裂かれた後はなく、逆に周りにあった木々が全て真っ二つに切られている。
テンペストと呼ばれる風の攻撃魔法。フィナントから直々に指導が入った。ユリウスが国を出てすぐにイーナスに呼び出しを受け、ベールの屋敷に行くようにと言われた。
「君の事で直接指導したいって言われたからね、その人。ほら、君は一番暴走したから」
「…………」
暴走と聞いて思い出すのは魔法協会での事。
魔族に操られゆき達を傷付けた、あの出来事。それを思い出しギリッと強く拳を握る。
「ゆきちゃんに感謝しなよ。魔族に操られたら、生きては帰れないって言う話だし。無事でなにより、魔力も回復して体は十分に休めたでしょ?」
「もっと早く、回復してたもん」
むすっと答えてプイッとそっぽを向く。
リーグが不機嫌になるのはキールに止められたからだ。自分もユリウスの呪いを解くのに協力したかった、と雰囲気で分かりイーナスは微笑する。
「君、本当にユリウス達の事が好きだよね」
「貴方は違うの?」
「ふふっ、安心してよ。私もユリウス達の事、好きだからさ」
「あんま感じられない」
「……君、私にお兄さんみたくなれって?」
「「…………」」
好きなアピールは感じないと確かに言った。
キールは麗奈の前ではデレデレとしており、態度が180度変わるのは当たり前。それを、目の前に居るイーナスがする。
「ない、ね。気持ち悪い」
「そう思うなら私に強制しないで」
その後、屋敷に向かい「魔法は母親以外からは独学だったか?」と。いきなり威圧感をヒシヒシと、感じながら聞いてくるのはフィナントだ。
涙目になったのは仕方ない。
フィナントはラーグルング国の騎士の中でズバ抜けて厳しいと言われているからだ。逆に一番ゆるいと言われているのは、リーグの育ての親であるファウストだと言われている。
4騎士の1人であるヤクル、近衛騎士の団長たる兄のフーリエの父親たるワームはいつものように庭師として仕事しており、ラウル達の父親のイグニスは今日も行方不明な状態だ。
「フィナントに指導されたら最後。地獄のような厳しさだ」
ファウストからはそう告げられ、逃げたくなったが風の魔法を学びたくないのかと言われて思い止まる。
「君の状況は聞いている。母親からしか魔法を学んでいない可能性がある事、君が禁忌の子であるのも宰相と陛下から聞いている。イグニス以外は知っているから安心しろ。無論、君が母親を殺した相手を殺したいと思っているのも含めてな」
「………間違ってる、って言うつもりなんですか?」
その質問にフィナントは「別に」と返した。ただ、とその復讐心がいつまで持つのかと言われリーグも返答に困った。
最初は本当に殺意を持っていた。でも彼女達と出会ってそれ等の事が、段々と薄れていくのが分かる。
忘れてはいけないのに、何故か……間違っていると言われているようでリーグは何も返せないでいた。
「………グ、リーグ………リーグ!!!」
「っ、すみません」
肩を揺さぶられて気付く。考え込んでいたからなのかずっとフィナントに呼ばれていた事すら気付かなかった。はっとして謝れば「平気か」と心配されてしまった。
(意外に……優しい)
「さっさと行動しろ。屋敷の中で立っているのも邪魔だ」
「あ、はい………」
前言撤回、優しいとか思ったのが間違いだった。
途端に嫌な表情をするリーグを引きずり、連れて来られたのは森林の中。屋敷でしょ?と思ったがそんな疑問もさせない程にフィナントから圧が凄い。
いきなり風の上級魔法、テンペストをやれと言われ思わず「嫌です」と言った。
言われた通りに行うも必ず魔力が乱れて落ち着かない。しかも回数を繰り返せば繰り返すほど、乱れが激しく体力の消費も早い。
「同じテンペストでも、威力に違いがあるのはな……術者の扱い方が違うからだ」
キールの場合は魔物の大軍を相手に改良された殲滅の力。ベールの場合は攻撃特化でありながら味方を守る力、フィルの場合は癒しの風と異常回復。
同じ力の魔法でも術者の扱い方1つで違うものへと変化する。
「元々このテンペストは風の魔法の中でも、とりわけ範囲が広い。扱う人間によって用途が違う。その分、魔力コントロールが難しい部類だ」
扱えればその力は絶大、習得するのに時間が掛かると言う。リーグは何で自分に魔法を、教えるようになったのかを聞いたら「危なっかしいからだ」の一言で済まされた。
(自分なりのテンペスト。僕の力、何をしたいのか……何をしなくちゃいけないのか絶対に見付ける)
麗奈に作り方を教わったクッキーを食べ、ちょっと休憩したらすぐに訓練に戻る。そんなリーグの様子を静かに見ていたフィナントは、自分の屋敷へと戻る。
そうしたら、薄い青色のワンピースにストールを掛けたフィルが立っていた。
「リーグ団長は諦め悪いんです。私が最初に副団長として居たんですから分かります」
「そのようだな。あんなに熱心に取り組まれるとは思わなかったぞ」
「陛下と麗奈達の為ですから当たり前です」
「………あの異世界人か」
ユリウスの呪いを解き、柱の制御化を可能にさせた人物。同時に柱に眠っていた四神達を呼び起こし、国の守りとして強力な結界を成り立たせた。
魔物の侵攻は今もあるが、騎士達の負担は確実に減ってきており前と違い休むのも出来ない程ではない。
「………何故、兄様を国の外に出したのですか。私達は出てはいけない、とお父様がいつも言っているのに」
「理由ならあのバカに言え。こっちに頭を下げてまで願い申し出たんだ」
フィルはそれを聞いて驚いた。兄が誰かに頭を下げると言うのを今の今まで見た事がなかったからだ。完璧にこなし誰とでも普通にしているあの兄が……と思うも、それを崩したのが1人だけ居たなと思った。
(そう言えば、いつから兄様は………麗奈に構うようになったのか)
初めから好感があったのか、同じ読書と言う趣味からなのかは分からないがベールは気付けば麗奈の事を構い倒す姿を目撃する。
師団長のキールも構い倒し、いつの間に人が集まり円の中心に居る。
兄様から言わせれば「麗奈さんをぜひ妹に!!!」と言う訳の分からない意気込みをされたので無言で成敗した。そんな事はさせないとばかりに、殺意を向ける事になんら抵抗はない。
「それに隠していてもいずればバレる。だったら最初から公開しておいて良いだろう」
「……そうですか」
「いずれ大きな戦いが起きる。こちらも手をこまねいている暇はない。使える物はなんでも使ってくれなければ困る、と私が宰相を黙らせた」
「物騒ですね」
「何とでも言え。こっちは彼の指導で忙しくなる。騎士団は任せるぞ、我が娘よ」
「はい」
そう言ってさっさと寝室へと向かうフィル。フィナントはやれやれと言った表情で娘を見た後、未だに魔力操作を続けているであろうリーグにどうアドバイスをしようかと思案する。
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ーディバーレル国ー
城の中を進んでいく。ここに至るまでドーネルもギルティスもキメラに襲われずに簡単に城へと入る事が出来た。何故か自分達を襲う事はなく狙うのはゆき達だ。
誘われている、と誰でも分かる事の誘い。罠だと言わんばかりに忠告するギルティスを無視して居るであろう人物、自分が殺すと決めた相手の元へと向かう。
「………人の気配が無さすぎる」
「それになんだこの異臭は」
城に入ってからも、ここに至るまでにも感じていた異臭。腐ったような嫌な匂い、気分を害するような悪寒が走るようなこの感じは何だと嫌な感じを感じた。
しかし、ギルティスの不安をよそに辿り着いてしまった王の間。扉を蹴破り剣を抜いたドーネルは王座に座す自分の父に向けて歩みだす。
「今まで、この都に何度か足を運んだ。だが、何故か拒否され見えない壁に阻まれ……何度お前を恨んだことか」
「…………」
座す王はしゃべらずドーネルの話を聞くような姿勢。不気味さを覚えたギルティスは呼び読めようと動くも、後ろから来た殺気に防御する。
「ぐっ、は………」
向けた人物に、自分の腹に突き刺さる槍を見て、目の前の人物に「何で………」と疑問を口にする。ドーネルに知らせなければ、罠なのは分かっていた。嫌な予感は何度もしていた、復讐に囚われるドーネルをどうにかして元に戻したい。
(私、は………何も、何も………)
自分は目標を、友を失うのかと、何も出来ないのかとそんな失意の中でギルティスは倒れる。そんな彼の異常など知らず、目の前の事に集中していたドーネルは自分の父の心臓めがけて剣を突き刺した。
「なっ、んだと……」
その驚きは自分に貫かれる槍を見て驚いている訳でも、それを突き刺した人物が自分を支えて来た団長であるグルム・タートでもない。
父を貫いた剣が血に濡れている。だと言うのに、刺した感触はあってもその剣はズブズブと吸い込まれている。その不可思議な現象に何が起きているのかと考える。
それが、ドーネルの隙を生んでしまうとも知らずに。
「王族の血はこれで全て、か」
「お、まえ………」
「お前の父親はとっくに死んでいるよ。8年も前からな」
俺が殺したんだ、と告げるのは魔族のユウト。
鉛のように重くなる自身の体、段々と意識をなくしていく中で、視界の端に捉えたのは倒れているギルティスだ。
(……ぐっそ………)
第一王子ドーネルが王の間で倒れた事で、城全体に設置した術式が発動する。放たれたキメラは飛び回り、魔法を扱っていたセクト達に異変が起きる。
体に力が入らない、自身の魔力を感じる事が出来ない。
これでは魔法を発動する事も身を護る事が出来なくなってしまう。今、この時、この瞬間。
ディルバーレル国と言う限定された場所で魔法を封じることに成功したのだ。
活動報告書くようになりました。
と、言うか知らなかった……。ちょこちょこ更新していきたいと思います




