第67話:罪に気付いた大佐と召喚士
へルギア帝国の要塞が作られたのはディルバーレル国との同盟がしてすぐにだった。事前に準備していたともとれる所があった。そう思っていた矢先、言い渡されたのが要塞建設と管理だ。
(まぁ出向か。………まぁ、そうだろうな)
溜め息をもらし自分の境遇を思えば当たり前だろうなと納得できる。
8年、このディルバーレル国に就いてやったのは珍しい薬草の独占だ。帝国の方では見た事のない薬草が多くあり、それらが全て精霊により作られて出来ていると分かった時、すぐに召喚士を呼びつけた。
「申し訳ありません。私では……言葉を交わすのも出来ない様子」
理由を聞けば精霊の格が上の場合、向こうから話しかける事は難しいのだとか。むしろ契約する側の召喚士が立場的には強いのでは?と思っていたがどうも違うらしい。
「確かに契約するのは私達が上と思われますが………あくまでも精霊の方が格が上なので、強力な力を保有する精霊になれば、向こうにも自分を扱えるかどうかの目を持っています」
自分はここの精霊には下だと見られ話しすら出来ない、と言う事になりとりあえず薬草だけでも本国へと送った。
「ディルバーレル国の薬草の効果はこっちよりも性能が凄いな、と皇帝からのお褒めの言葉だ。これからも励めよ、ルーベル」
「はっ、ありがたきお言葉。これからも精進いたします」
魔法での通信は音声だが、それでも頭を垂れる。
ルーベン・ラーンは25歳と言う若さで要塞建設を任されたが、大佐と言う地位もここの任務に任されてからの昇進だ。帝国では家柄や財政もあるが、何より皇帝自身が戦好きだ。
戦いでの実績を第一に考える、と掲げた事から貴族としての格も含みながら武勲をも視野に入れる。だから時々現れるのだ。偶然や運により、ただの兵士からここまでのし上がってしまった者が。
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ルーベンもそのたまたま上がってしまい訳が分からないまま、あれよあれよと言う間に貴族の仲間入り。短髪の茶色の髪に、同じ色の瞳と言う代わり映えのない一般兵士であり家族は既に他界している身だった。
功績を上げたのだって、たまたまだ。見張りをいつものようにしていたら魔物の進軍があり、それを上司に報告しいつものように迎撃。しかし、その時はいつもより様子が違っていた。
(数がいつもより少ない……陽動、か?)
最近では知性を身に付けた魔物の報告もあり、注意を受けていた。そして、ルーベンは生まれて剣を磨き、帝国の為にと自ら志願してから数年。いつもと動きの違う魔物に不審に思い、別の方角からの攻撃もあり得ると思った矢先にそれは起きた。
「きゃあああああ!!!」
1人の女性が魔物に襲われかけている。
それを救おうとしたとき、自分の中に何か力が湧く感覚があった。助けなければ、と強く思った時にはその魔物は既に散っていた。
「………岩?」
自分が殺されると思い咄嗟にしゃがんだ女性。
恐る恐るだが、目を開けると。自分を囲うようにして岩が出現し、魔物はその力に押されたのか居なくなっていた。はっとしたルーベンは、そこからなんとかして女性を助け出す事に成功し今の力は……と自分の手の平を見つめていた。
その後日。
「え、今………何と?」
「だからルーベン。君にお礼をと言ったあの方は貴族なんだよ」
上司からの話によれば彼女はよくお忍びで街へと来るらしく、魔物が出るかも知れない地域には行くなと親から言われていた。が、好奇心で飛び出した結果が自分が襲われる始末となり大騒ぎ。
「今から本国のへルギアに行きなさい。君は貴族を救ったと言う事の功績と魔物から守ったの報酬として名誉騎士になった。晴れて貴族の仲間入りになったんだ」
「っ、えっ……自分が!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
自分はただの兵士であり、たまたまあの力が出て来ただけの者。貴族は財政もその見た目も、なれる者がなるのであって自分の様な庶民には………と思わずそんな視線を投げかける。
「しかし、な。お前が助けた女性は貴族の中でも力がある方の家柄だ。むげに断ったら………」
「ですが、作法など知らないのに」
「それは向こうでも学べるだろうよ。なに、時々で良いからこっちに息抜きに来たまえ」
「………ありがとう、ございます」
そう言ったルーベンは静かに部屋を出て行き、未だに自分なんかが……と思いながらもとこの状況を受け入れられずにいる。そしてその上司は
「頑張りたまえよ、成り上がりの貴族」
クツクツ、と意地の悪い顔をし彼に降りかかる災難を面白そうにしていた。
この時、ルーベンは17歳と言う若さで名誉ある栄光を手に入れた。
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そこからルーベンは足りない頭を必死に動かし、貴族の振る舞いを学んだ。兵士から名誉あるものの貴族としての成り上がり。当然陰口はある。
しかし、今の自分にはそれを跳ね返すだけの言葉を発しようとも理解はされずにいると言うのも聞いた。噂では、帝国での名誉貴族とは成り上がりの事を指し、また貴族達の鬱憤を晴らすための生贄だ。
自分はたまたま居ただけ、たまたま妙な力が付いただけ。そしてそんな陰口を叩かれても、誰かの助けになるのならと気にしないでいた。
「良いか、ルーベン。人の為に働いたのなら必ず自分にも返って来る」
亡くなった父の言葉。
父も帝国では自分と同じ兵士として働き、そして国民を庇って死んだ。母も魔物に襲われたのが原因で亡くなっている。
父の言葉が妙に心に残り、剣の腕を磨いていたルーベンは誰に言われるでもなく兵士として志願していた。
「ルーベン様、今日も頑張っていますね」
「これはユフィ様……!!!」
輝くような紅い髪に白い肌、紅いドレスに身を包んだ持ち主は、ルーベンが助けたユフィ・グリフその人。
グリフ家は皇帝に仕え代々、王族との繋がりを強固にしていた。この国では、皇帝に長年仕えかどうかで権力の強さが決まると言っても良い。
つまり、この奥ゆかしいとも見えるユフィも、実は周りの貴族達を抑え言いなりに出来るだけの力があると言う事だ。
「じ、自分などに声を掛けて頂きありがとうございます!!」
「いえ、そんな……助けて下さった命の恩人に、しかも私が抜け出したのが原因で起きた事。謝るべきは私に──」
「そんな事しなくても大丈夫です」
自分を貴族と言う別世界へと連れだした。
煌びやかな雰囲気にも関わらず、ユフィはそれな負けないだけの美しさがあった。憧れに近い感情に、ルーベンは心惹かれた。他愛ない話をし彼女の為に、強い男になろうと決めた彼は彼女の為にとあれやこれやと手を尽くした。
楽しい時間が過ごせたと満足げに帰るルーベンに、いつまでも張り付いた笑顔を浮かべるユフィ。彼女にとっては通常運転であり、姿が見えなくなったあと分かりやすく、刺のある言い方をする。
「………疲れるわね」
たった一言。
その一言でルーベンは帝国から出向と言う扱いでディルバーレル国へと来た。彼がこの事実を知るのは着いてから、部下達がヒソヒソと話をしていたのを聞いてしまった。自分は単にはけ口にされ、それにユフィも関わりを……もしかしたら、主犯なのかとも思った。良いように振り回され、それに気付かず自分はバカな姿を晒した。
やっぱり、自分に貴族なんてのは似合いはしない。
分かっていた事だ。そんなの分かっていたのに、いつからか自分が上だと思い上がった。その結果が、これだった……それだけの違いだ。
これが25歳、ルーベンの帝国での人生だった。
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そしてその8年後、33歳となったルーベンはこの事態に付いて行けずにいたが、これから自分が死ぬのだろうなと言うのは分かる。
「はっ、はっ………。はぁ、はぁ、はぁ」
だからだろう。自分が愚かだと気付いた時には全てが遅く、そして何もかも失うのだと………。
「グルルル」
そして、ここ最近では不可思議な事が続いている。
要塞の幾つかで連絡がつかない、薬草が急に枯れ始めた、水が濁り飲み水以外ではまともに扱えない。そして、今自分の目の前に大きな魔物が居たとしても………これも、今まで自分が至らずに居た事が原因かと諦めた瞬間。
その魔物を包むようにして黒い槍が降り注いだ。
「え………」
「セクト、怪我している人から優先に治せ!!俺達はあとでも良いから」
「いや、だからって」
「セ~ク~ト~」
「はいはいはい。分かりました、分かりましたから!!!!睨むなっての!!」
そう文句を言いながらも自分の所に歩み寄り肩、腕の切り傷を瞬時に治す。あまりにも早すぎる為に、自分が怪我をしたんだよなと茫然とした。慌てたように召喚士のワクナリが自分の姿を見付けて、ほっとしたようにヘナヘナとへたり込む。
「っ、うぅ………良かったです、本当に………本当に」
「彼女がここまで案内してくれたんですよ。あっ俺達、部外者ですけど怪しくはないですよ?」
そこんところ間違えないで下さい~、と明るく言われ思わず「はぁ……」と呆気に取られているといつの間にか魔物が消えており、それらを倒したと思われる人物達がこちらに向かって来る。
「怪我は平気そうか、セクト」
「あの~俺、あの人よりは力はないけどそれでも治癒力はある方だって自負してますよ」
ひでーな、とコツンと小突かれ反射的に殴り返す。「ぐほっ」とうめき声を上げながら「ひ、ひでー」とズルズルと崩れ落ちて行く。一連の流れに思わず瞬きを繰り返すルーベルとワクナリにフーリエが「気にしないで良いです、あれは普通なので」とフォローを入れた。
「ユリウス。彼と彼女以外は全員、あの魔物によって殺されていますね。黄龍から話を聞いていた通り、ですね」
「そうか………でも、あの2人だけでも無事なら、まだマシか」
「そうですね。恐らく………ここの要塞に居る人間、全て殺した後は他に目を向けられる訳ですしね」
暗にその周辺に住んでいる人達が対象になる、と含む言い方をしその答えに頷く。黄龍から頼まれていたのは要塞潰しと同時に、誰も居ない原因を探って欲しいと言うものだ。
『青龍が言うには武器庫を破壊する時に既に人の気配は無かった、なんだって。私も何度か破壊したんだけど………私の場合は、血の匂いとおびただしい血の量があって何があったんだろうって思ってね』
でも自分達は死者に近いから襲撃者は気味悪がって逃げてる可能性がある。だから……と、自分達を指さしてこう断言した。
『だから生きている君達が、要塞に仕掛けて行けばいずれ生きている人間を狙う魔物と遭遇する。だから頼むね~。あと要塞は完璧に破壊しといて。一応、それも重要だから』
そう言われて実行し始めてから早5日。
ベールの魔力探知の高さとフーリエの知りうる限りの近道を使い、要塞を見ては青龍と黄龍の言うように血の量が凄まじく、ここで魔物に襲われたにしてはその時の音と声が近くに住んでいる者達に一切聞こえていない様子。
だから、セクトがふと言ったのだ。
要塞に居る人間限定で、魔物が襲うように転送されているのでは?と。
魔力残留によれば、闇の力が一番強く感じられる事からここに魔族が来ていた可能性は高い。なにより、夜盗などの盗みをする者達が密かに潜入したにしては食料に手が付いていないにも疑問だった。
盗みをするのにも、生きて行くために金目の物か無ければまずは食料から取るのがセオリーだ。その食料に手が全く付けられていない様子から初めから人間狙いだったのが伺える。
「様子を見て来ましたが、あの2人以外は………」
フーリエの報告にユリウスは黙って頷く。まずは、ここを統括している人物に言わなければならない事が多いなと、今死にかけていたのにさらに苦しい状況になるのを見越して………彼等は話した。
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「そう、ですか………では、ここ以外の全ての要塞で連絡が付かなかったのももしかしたら」
「可能性、はあります。ここに着くまでにいくつかの要塞を見て来ましたが……ここ以上に悲惨な状況でした」
「ルーベン様………やっぱり、精霊との対話が出来なかったのが原因なのでしょうか」
薄ピンク色のローブに身を包んだ女性は、ハラリとフードを取り顔を晒した。青い瞳と水色と銀色の混ざったような髪の色、そして尖がった耳をしている事にルーベンだけでなくユリウス達も驚いていた。
「ワクナリ………君は、一体」
「…………」
「エルフ………いや、ハーフエルフですね貴方」
ビクッ、と体を震わした後で気まずそうに顔を逸らされる。
ハーフエルフ??とセクトとフーリエ、ルーベンが良く分からない、と言う表情をしていれば「人とエルフの間に生まれた子供だ」とユリウスが説明してくれた。
ハーフエルフ。
エルフは皆、透き通るような金色の髪と深緑の瞳、尖がった耳が共通だ。しかし、ハーフエルフは人間との間に生まれた為にその髪と瞳を持たず、逆に尖がった耳と言う特徴だけは受け継ぐ為に色々と差別されてきたと言う。
同族のエルフからは嫌悪され、自分達が汚されたような目で見て来ると言いそれで何度か殺されかけた、または殺されたと言う事は珍しくない。ハーフエルフは召喚士として周り目を欺いて来たと言う。
「理由として、精霊との魔力を使い………私の、私自身の姿を人間として偽る為でもあります」
「偽る……?」
「ルーベン様は知らないでしょうけど………エルフと獣人との仲は悪いです。場合によってはハーフエルフも奴隷にされ、外の世界を知らずに生涯を閉じるなんて話はざらです」
ピクリ、とベールが反応した事にユリウスは見て見ぬふりをしワクナリに話を促すようにお願いした。
「………この国の、精霊は既に話せるような状態ではありませんでした。もしかしたら薬草を独占しようとしたり、動物達を過剰に狩ったのが………怒りに触れたのかも知れません」
精霊の怒りに触れたと分かり、すぐにルーベンに報告をした。しかし、彼はそれに耳を傾けずにそのまま薬草と動物達を狩り続け独占し続けた。怒りを買った精霊のやり返しはおぞましく、へルギア帝国の人間だけに反応するように毒の作用を含んだものを作り出した。
最初はへルギア帝国の人間にだけに、としていた者が段々と周りに住む村人などに被害が出始めて来た。そうして力の制御が完全に出来なくなった泉の精霊は麗奈達を襲われると言う事態になったが、その事を彼等が知るのはもっと後になる。
「帝国が………奴隷に、していただと」
「知らないのですね。………やっぱり貴方は普通の人、ですね」
だから生きていて良かった、とホロリと涙を零すワクナリに慌てる。あたふたしている内に、ユリウスから「良かったらどうぞ」と言われて渡されたハンカチ。
それを受け取りお礼を言えば、少しだけ顔を赤くするユリウスにクスクスと笑う。ルーベンは帝国がエルフと言う種族を奴隷をしていた事、そして自分に協力してくれていたワクナリもハーフエルフと言う種族だった事に驚きをかくせないでいた。
(………へルギア帝国。自分は、一体何の為に………)
目の前が真っ暗になった。自分が帝国に付いてきたのは国の為になると志願した事であり、国の貢献になりさらには皇帝も喜んでいたからだ。例え自分をはけ口にしていた貴族達が居たとしても、だ。
自分は踊らされている、と自覚してもやはり褒められれば嬉しいものであった。そして、ワクナリが自分に仕えるようになってから嬉しそうにしているのが何だか心休まる様な感じがして心地よかった。
(…………俺に、もう帝国に仕えると言う心はないな)
「どう、されましたか?」
恐らく自分は既に帝国に仕えると言う事が無いのだろうと考え、ワクナリを見る。泣き止んでいたからか彼女の表情は少しだけ穏やかだった。美しいその美貌に思わずポカンとしていると不思議そうに小首を傾げたワクナリと目が合う。
「い、いやっ、何でもない!!」
「そう、ですか」
少しだけしょんぼりとしたワクナリにルーベンは慌てて「ち、ちがっ、見惚れてたんだ」ととんでもない発言をしてしまい、はっと周りを見る。
「………」
「そういうのは別の時に」
「おーおー見せつけるね」
「ふふふっ」
ユリウスは顔をそむけ何故か彼の顔も少しだけ顔が赤く、フーリエからは笑顔でダメだし。セクトは盛り上げ係、ベールはにこやかに見守っていた。ワクナリ自身、オロオロと視線を彷徨わせており「そ、そう、ですか……」と顔を俯かせていた。
「よ、よし!!!!他の要塞がある場所は案内する。命を助けてくれた貴方達に協力させて貰う!!!!首都へも近道も分かるし」
「は、はい!!ルーベン様の言う通りです!!!!」
妙なテンションになったルーベンとワクナリと言う協力者を得て、ユリウス達は首都へと目指しながら要塞を潰していく。自分の所為で命を奪われてしまった部下達を想い、自分が生き残った事には意味がある。
そう信じて、2人はユリウス達と共に元凶と思われる首都へと目指すのだった。




