第66話:黄龍の頼み
「アンタ達、首都に行くのかい?止めた方が良いよ、あそこは今は死人の城、だなんて嫌な名前まで付いて。あー嫌だ嫌だ」
「へルギア帝国の要塞が幾つも破壊されてるって話だな。そう言えば、昨日も落雷が結構あったな。……その割にこっちには雨も降って畑は潤って助かったんだよ~」
「徴集も無くなったわ良いんだけど、男手が無いのがね………」
「パパ、いつ帰ってくるんだろ」
「ここはまだ首都から遠いから良いが、近付くにつれて酷い有様だって言う噂だし………止めた方が良いんじゃないかい?」
「お陰で商売もやれなくて困ったもんだ」
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「はぁ、水うめー」
「現実逃避が早すぎですよ、セクト」
「んなこと、言われても………」
ちょいちょい、とユリウスの方を指さしすれば彼は先ほど立ち寄った村がある方向を凝視していた。湧き水がある所で休憩しセクトが「綺麗な水だよなー、虹かぁ」と珍しそうに言う。
「………」
「ユリウス………おーい。おーい………無視か」
「恐らくですが、麗奈さんの魔力によるものだと思います。ここ最近、飲み水以外では殆ど使えない物だと聞いていますし」
小声で話すベールにセクトは「何で分かるの?」と口にすれば笑顔で「麗奈さんの優しさが感じられますから」と真顔で言われて戸惑った。
え、お前、そんなに気持ち悪い奴だっけ?
と、口に出さないだけでも誉めて欲しいなと思う。
しかし、ベールはそれを雰囲気だけで察したのか「失礼な人ですね」と泣き出す。
(えー、なんか面倒だな)
「スリーサイズ、好きな食べ物、よくお昼寝をする場所、得意なお菓子。私が知りうる限りの麗奈さんの情報に間違いはありません!!!」
「おい最初!!!」
ゲシッ、と蹴り飛ばしユリウスに聞かれていないか、と見れば彼は考え事をしていたからか反応を示さなかった。良かった、と安堵する中でフーリエが戻って来ていた。
「あの、一体……何を」
「気にするな」
「はぁ……そうしますね」
倒れているベールに、少しだけ顔が赤いセクト。何かあったのかとユリウスに向けるも、微動だにしない彼に少し心配になり近付く。
後ろでは「将来は私の妹に」と言う会話が聞こえてきたがすぐに「阻止!!!」と雄叫びを上げまたも蹴りが入る。
「…………」
今だけ存在を無かった事にしたフーリエは、ユリウスに近付き彼が見ている方向を確認する。彼はずっと、話しをしてくれた村人達の事を思い出していた。
話を聞く中でヘルギア帝国が建てた要塞が壊されている、雷が轟くその姿はまるでドラゴンを思わせるような感じだったと。
(ドラゴン………)
黄龍との戦いの時、雷を操る人物が居たと思い出す。風貌は片腕が竜と言う人外の姿でありながら、不思議と恐ろしさは無かった。もしかして……と考えるも、今度はその目的が分からない。
(四神の青龍と束ねる黄龍は麗奈の元に居る。……なにかあったのか?)
ヘルギア帝国の要塞が破壊されていると聞いた時に、真っ先に実行したのは(キールの仕業か?)と思わずにはいられなかった。話を聞いたら何だか違う気もしたが
「………可能ですね、彼なら」
「嬢ちゃんの為に躊躇なく振るうだろな。むしろ嬢ちゃんが危ない目にあってたら、誰であれぶっ飛ばすぞ」
「弟のラウルも、同じような事言えますね」
「………悪い、もし弟の………ラウルもやってたら」
ベールの冗談を真に受ける辺り、あの2人ならやりかねい。と言う共通点が今のユリウス達の認識など、本人達は知らないだろう。フーリエも言葉に出さないだけで表情を見れば、賛成しているのだから。
『あれー、ここに居たの』
そんな事を考えていたら、フワリと自分達の前に姿を現したのは黄龍だ。呪いから解かれて既に麗奈を主として仕えている彼はニコニコ、とユリウスが来ている事に予想通りだなと納得した様子だった。
『あー、そこの彼。あの時は悪かったね……なかなか君の攻撃は効いてたよ』
「……それはどうも」
ベールは何度か黄龍とすれ違い様に剣を交わらせたが、攻撃が通った記憶はなく涼しい顔して嘘を言う黄龍に、イラッとしつい素っ気なく返した。
『主なら今、ドーネルって奴の所でお世話になっているよ。あと要塞潰しは私と青龍の仕業ね♪』
「…………」
「えっ」と同じ反応をみんな示した。
キールとラウルを疑った自分達が恥ずかしいな、と思い再会したら謝ろう……と同じ事を思った。しかも彼は楽しそうに実に、晴々した笑顔で『いやー、嫌な奴ぶっ飛ばすのは気分が良いね』などと言う始末。
それから、キールが危険であった事、麗奈とラウルは薬草を採りに行った先で危険な目にあった事、泉での事を話し、ヘルギア帝国の要塞を潰し回っている理由も話した。
「…………そう、か」
全てを聞いて出た一言。
安堵と不安が混ざった感じだが、とにかく麗奈達が無事である事に心の底から良かったと思う。
まさか、フリーゲの父親のリーファーがドーネル王子の所に居た事に驚きを隠せなかった。その時、ドーネルの事を聞きディルバーレル国との連絡が途絶えた理由を知った。
ディルバーレル国もラーグルング同様に自然に囲まれた国。そして、ラーグルング国と違い内陸に位置する為にこちらのように海の物は取れず、外部から取り寄せるか同盟を組んでいた時にはラーグルング国から直接届けていた。
魔王との戦いで被害を被ったのはラーグルングだが、兵を向かわせていたこの国にも当然その余波はある。そして、そこから急に連絡も取れなくなった事にイーナス自身疑問に思い何度も問い合わせた。
「何度やっても返答は同じだ。そちらとの同盟はとうに切れた……の一点張りだ。くそっ」
いきなりの事実にイーナスもユリウスも頭を打たれたような、ガツンと殴られたような衝撃が来た。様子を見ながらイーナスは何度かディルバーレル国に連絡を続けている内、へルギア帝国との同盟の為にそちらを切ると言う話を受けてからは連絡も取らないでいた。
(レーグさんの話だと、魔法を阻害されているのが原因って言っていたな)
魔道隊の話によれば通信している間、会話が途切れ途切れになり話をするのが困難になっていた。最初は繋がりにくいから、段々と回数を重ねる事で繋がらない状況になった。
原因を探った所、ずっと何かに阻害され、魔法そのものを拒否するような働きの為についには連絡出来なくなった、と言うのがレーグ達の調べた結果だ。
(いつからへルギア帝国との同盟話があったんだ?少なくとも兄様のが居た時にはそんな話はなかったってベールとセクトから聞いている)
だとすれば自分達が魔王を相手にしていたあの時から……?と考えていればフーリエから宰相の息子もその時に父親を失っていると聞き、「計画性を感じるな」と言えば同意したように頷く。
(第一王子のドーネル王子………)
フーリエから聞かれた王子の状況と、近衛騎士の状況。
ユリウス達はフーリエから聞かされる内容に驚かされた。
魔法協会で自分に武器の使い方を教えてくれた先輩、後輩、同僚を自らの手で殺した事。例え魔物に近い変貌だだとはいえ、人を殺してきた事に変わりはない。
自分がやらなければ、関係のない人が殺される。それは、同じ近衛騎士団の者として耐えられない、と。
「あの場で対峙した魔族は……8年前にも居ました」
国に入れるようになった時、自分を含めた10人程しか居なく魔物を相手でも時々、発狂する者がおり伝染した事が何度かあったそうだ。
イーナスはフーリエ以外にはすぐに休むよう言い、フリーゲ達が治療する事で少しは改善されてきていると聞かされた。
「……悪かった」
「え」
「近衛騎士の人数が倍以上に減っていたのは報告に上がってた。イーナスも負担にならないように、気を使ったんだろうな」
自分の事で手一杯だった。だから、これからも来るのだろう。
自分が関われなかった事で、誰かが、何処かで、知らずに傷付いているのを……知って背負わなければならないのだと。
「いえ、自分は」
「ありがとう。こんな俺が陛下で……まだまだ、ひよっこだし無鉄砲だし……あげたらキリないけど」
呪いを言い訳には出来ない。
自分に関わりがなくとも、人の為に行動し懸命に道を開いてくれた人が居るのだから。彼女が行動し、自分に自由を与えてくれたのなら……今度は自分の番だ。
「頼りないけど、力を貸してくれるか?」
今は弱くても頼りなくても、弱い王族でも。
周りに支えられてるけど、いつまでも守られてばかりじゃ格好付かないし、それでいい訳ではない。
「ま、それでも周りから見ればまだまだひよっこだよな」
「ですねー」
「う、うるさい!!!分かってるんだから、改めて言うなよ」
「イーナスに何度か手助けして貰ってるし」
「ぐっ…………」
「私の父からは色々と怒られてますよね」
「フィナントさんが厳しすぎる訳じゃ、ない」
「俺の父が時々、居なくなって悪いな………そこは迷惑かける」
「あの人、自由だから良いけどさ」
(それで許すユリウスもユリウスだけど………)
じゃれるセクトとベールに普通に接するユリウス。
外で陛下とは言えば何があるか分からない外の国。公式じゃないから仕方ないが、と思うもそれを見てほっとなる自分も自分だなと思った。
(私は、ただこれが欲しかったのか)
ラーグルング国での日常。
魔物の撃退をしつつ、国民と何気ない会話をしそこに時々城から抜け出してくるユリウスや兄のセクト。それを叱り追いかける日々、飽きもしないで繰り返し国民達にはそれらを見られて笑い合う。
そんな日常を、自分は知らずに求めていた、と自覚しユリウスを呼び止めた。
「ユリウス。私は……私もまだまだですが。こんな近衛騎士で良いのなら、私はいくらでも力を貸しますよ」
そんな事を気付いていたら言っていた。
それを聞いたユリウスは笑顔で「そうか!!!」と自分の事のように喜ぶ。黄龍はずっとそれを見ていて『おーい、もう良いかい?』とニヤニヤしたまま言って来る。
「お願いって………黄龍達のやってる要塞潰しをやってくれって?」
話がひと段落下とき、黄龍から頼まれた内容に思わず目を見張る。ベールは「他国に手を出してますよね?」と言われるも『関係ない』とピシャリ黙らせる。
『今、主は初めて使った魔法の影響で体を動かすのもちょっと辛いんだ』
「怪我してるのか!?」
『……じゃなくて、普通に動かすのには全然平気。ただ、魔力と霊力とが雑ざっているから慣れるのに時間が掛かるだけ』
戦闘はもっぱらドーネルの所の騎士がしてるよ、と扇子を広げながら言う。セクトとベールからは「そんなに心配しなくとも……」と言えば、ユリウスからはギロリと睨まれフーリエはニコニコとしていた。
『最初は主達の休憩の為に、そのへルギアが邪魔なだけだったんだよ』
聞けば、キールの治療をしようと言う時にその帝国の定期巡回とやらでドーネル達の居る所を通る為、早い段階から撤収作業をしていたと言う。それを無くす為、また気になっていた事も含めて青龍に破壊を頼んだのそうだ。
(それってもうただの横暴………)
『まぁ頼んだのは要塞の外壁と武器貯蔵庫、食料には手を付けないように頑張って貰ったんだけど』
『彼、嬉々としてやってたよ』、と言い青龍って「そんなに戦闘好きなのか?」と聞けば『その前に魔族と一勝負したしたからねぇ』とさらりと言い全員の目の色が変わった。
「っ、ほ、本当にそれ無事なのか!?」
「ラウルになんかあったんじゃないだろうな!!!」
「麗奈さんの体に傷が付いたらどうするんですか!!!」
「他に被害は出ていませんか!?」
『…………君等、近い近い』
押し迫る様に来たユリウス達に鬱陶しいように視線を向ける黄龍。言うタイミングずれたなと後悔しつつ、そこから魔族との戦闘が起きキールがそれで倒れたのも話した後の彼は凄く疲れた様子だった。
(『この人達の前……すっごく疲れる。青龍の奴にあとで仕返してやる』)
「帝国がそんな定期的に外に展開しているとは思いませんでした。もしかしたらラーグルング国の事も視野に入れられている可能性があります」
「そーなると、イーナスに連絡した方が良いよな」
「彼ならそれなりに予想してそうですけど………」
「連絡は入れるだけ入れるぞ」
レーグから渡されたイヤリングに魔力を込める。
水晶からユリウスの魔力である闇の力が灯り、すぐに魔道隊の伝令係に連絡がつく。手早く今の状況を話し、自分達が要塞を破壊しに麗奈と合流すると言えば「お、お待ちください!!!すぐに宰相を連れて来ます」と慌てた様子の声が聞こえてくる。
((まっ、そうだろうな))
シュン、と風を切る様な音が聞こえて来たので緊急時に使うテレポートだと思い慌ただしくさせる事に申し訳ない気持ちだ出て来る。すぐにイーナスと近くにフィナントが来ているのか声色からして不機嫌さが分かる。
(しかも父の地雷……踏みましたかね)
ベールはそう思いユリウスに目配りで「気を付けて」と意思表示をすればコクリと頷く。伝令係の者から内容を聞き、ユリウスと黄龍がそれらを補足するように言えばフィナントは「何をしている」と睨まれる。
「君は魔法を使えなくなるこの状況に、そんな他所に手を出す気か」
「出す、と言うか………もう、出てしまってますが」
『主を優先に考えてるんだから無理だよ』
「おい!!!」
セクトに「参加すんな、ややこしくなる!!!」と後ろへと追いやられ『あの場は仕方ないだろ、それとも仲間に死ねってか』と騒がれ実力行使で黙らせようと戦闘の音が聞こえてくる。
「すみません、宰相。帝国がそちらに目を向けていたとなると、滅んだと噂されているラーグルング国が周りにも認知し始めているかもしれません」
「まぁ、それを含めての同盟だしね………ニチリには今、ダリューセクに向かっているんだ」
魔法が無くなった場合、ニチリでは陰陽術に似た力がありダリューセクでは聖騎士達の力がある為に魔族相手に多少の抵抗は出来る。しかし、それでも多少であり上級に対しては効果が薄いと言う。
「ユリウスも言ってたけど、魔法が無くなったら抵抗している所から潰しにかかる。それらの国が今あげた所。だから先に協力関係になってい置けば多少は動きやすいでしょ?」
「………何から何まで申し訳ない」
「そんな事より、さっさと麗奈ちゃん達を連れ戻しなよ。ゆきちゃん、彼女が居ないからって追って行ったんだし………ヤクルもだけどね」
「弟が申し訳ないです……」
「それで………帝国の要塞を潰しに掛かったら今度は帝国から宣戦布告と見られても仕方ないが?」
『それはないんじゃない?』
あっけらかんと答える。何故だ、とフィナントからは不機嫌さと同時に殺気も込められており(何してんだ!!) と周りから睨まれる。涼しい顔をしてそれを受け止める黄龍は断言した。
『だって青龍が言うにはもぬけの殻だったみたいだよ?武器も食料もあった、でも人は居なかったって』
そこから黄龍は最初に仕掛けた時の状況を話しだす。
状況は少しずつ、変化をもたらしている。彼は話している間、ザジとサスティスの視線を受け止めながらも話を止めようと思わなかった。




