幕間、見つめる空は……
「あーそうそうぶべっ」
戻って来てからザジと同じくディーオを蹴り飛ばすのはサスティス。彼の表情はいつもの冷静さではなく怒りに満ちた目で睨み付けていた。
「いたたたっ、君がザジと同じように殴る日が来るなんて………」
「痛がらない癖してそんなことしないでよ」
ザジが勝手に渡したフォルムの実は特別に要らないと言われ、理由を聞いてもはぶらかされ次に来た指令に思わず足が出た。
「何で見張るの?生きた人間が私達に感知出来たからってなんかのサンプルにする気?」
「しないしない。ホント、ただ見張れば良いんだから」
「……………」
「心中穏やかじゃないね。あぁ、彼女に告白してきたあの男共の事殺したいの?そんな目してるよザジ」
「うっせぇ。やっぱりお前も見てんじゃねーか!!!」
続けざまにザジからも蹴りをお見舞いされ、今度はゴロゴロと転がる。次に起き上がれば示し合わせたようにパンチが来た。
「今、分かった。ザジが殴りたい気持ちがよーく分かるよ」
「だろ?」
パン!!と互いにハイタッチして喜び合う。いつの間にそんなに仲が良くなったと言いたくなった。ジトっとした目で見れば次に来たのは暴言の数々。
「うん。無性にイライラさせるし、全部分かったみたいな顔がムカつく」
「お前も見れるなら俺等に頼むなよ。何でくだらない事を」
「必要だからだよ」
「っ………」
あー、痛いなーと肩を叩きながら気だるそうに言うディーオ。
張り付いた笑みは、その目に宿すのはただ観察するように見つめる。
「………ザジ、彼女の事、見てて何も思わなかった?」
「なんだと」
「本当に………何も思わなかった?」
ドクン、と。
最初に会った時の事を思い出す。
見覚えのない顔、自分と同じような黒髪、黒い目、そして……懐かしい匂いがしたと。
あの時、確かにザジは初めて会ったはず。しかし、体はそうでないと、それよりも前に会っているよと知らしめるように警鐘を鳴らし続ける。
「ジ………ザジ!!………ザジ!!!!!」
肩を強く揺さぶられはっとなる。
サスティスが心配したようにこちらを見ており「すまん」と言えばその言葉に、彼だけでなくディーオまで驚かれたような反応を示した。
(へぇ、謝るんだ………ザジの奴)
いつも会ったと同時に殴りに掛かって来た。あのザジは今は素直に謝って来た。自分でなくても他人に謝る、と言う事の変化に密かにニヤリとなる。
上手く作用してる、と。
「…………ちょっと出る」
フラリと少しだけおぼつかない足取りでディーオの部屋を出て行く。バタン、と閉まるのとサスティスが殺気を向けたのは同時。
「お前、ザジに何した!!!」
自分の周囲に闇の力を展開し、それらが刃となりディーオに襲い掛かる。しかしそれらは当たる前に消滅したかと思えば、次の瞬間には強い力に引っ張られ壁へと激突させられる。
「ぐぅ、げほっ、げほっ………」
痛みはなくとも衝撃はくる。ただ、当たったと言う記憶はあり受けたダメージはなくとも痛みが走る感覚があるのはディーオに攻撃した時だけだ。
「無駄だ。私に攻撃は一切当たらない。触れる事が出来ても攻撃は出来ないと何度言えば分かる」
「だったら!!!!彼女は何者だ、ザジは何でああなる。………彼女に会ってたからのザジは明らかにおかしい。彼女は、ザジと関係があるのか………ザジの死と何か関係があるのか!!!!!」
あれ以来、ザジは寝る事が多くなった。
気付けば寝ている事が多く、仕事はきちんとこなすが何処か空虚を見るようなぼーっとする様子に、サスティスは疑問を感じた。だと言うのに、麗奈を見ている時の彼は今までと違い優しさに満ちた表情をしている。
何かが変わっている。彼女とザジには確かな繋がりがある。
それをコイツは知っている。知っていてワザと鉢合わせる。カチリ、と何かをはめる様にして行動を起こすディーオを不気味に思う。
「お前、彼女とザジを使って何か起こす気!!!ザジはお前が用意した人形じゃないのかよ」
「人形、ね………ある意味ではそうだな。彼は、ザジは………人形だな。でも、彼女と会ってそれも意味をなくした。いや、会わないといけないんだよ」
「何を、言っている………」
「分からなくて良い。君が知っても意味は分からない………」
「んだ………なんだよ、それは!!!」
「そんなことより」
ボワッ、とサスティスの前に水晶が浮かび上がる。
そこから流れる映像にサスティスは目を見開き、ディーオを睨み付ける。
何でお前が知っているのか、と。
「知っていて当たり前、だって私は神なんだから」
「ふざけた神があるもんだな」
「君も……その口調、どうにかしなよ。ねぇ、魔王サスティスさん」
「……………」
ギリっ、と奥歯を噛み睨み付けたと同時に部屋を半壊し出て行く。ディーオに向けられるも彼には当たらずに逸れ続けるので、まったくのノーダメージ。傷は追わなくとも衝撃も来る。その余波もちゃんと受けるも傷はないが、半壊した部屋を見て溜め息をもらす。
「誰がここ掃除すると思ってんのさ………」
=======
「………………」
広がる空は暗く全てが真っ暗だ。
星で明るさが照らす様な事はなく、立っている場所も見ている風景も全てが暗い。方向感覚も無いに等しいのに、ただただ真っすぐに歩く。
ディーオが言うにはこの風景を見えるのには個人差があると言っていた。
「この死神しかいないこの世界では、見える空と世界は死んだ者によって全てが違う。星空が満点な空、夜を知らずにある明るい空、夕日の空、オローラの空………自分が死ぬ時に見た空、知っている空の色がそこには広がっている」
お前には、お前に見える風景は何だ?
その質問にザジは何もない、ただの真っ暗な空しかないと答える。それにディーオはそうか、と短く答える。
「なら、今のお前には何もないんだよ。何にも染まらないお前は………何を見つめる。何を果たす気でいる?」
何も映らないこの空虚な空は自分の心そのものか、と自虐的な笑みを浮かべて自身の変化に驚く。いつから、自分が笑うと言う事になったのか、何でそんな行動を起こすようになったのか………。
その答えを探すように、ザジは降り立つ。恐らくこの答えを、自分が求める答えを知っているであろう……彼女の元に。
========
「………い、おい……起きろ」
「んぅ……?」
誰かにペチペチと頬を叩かれる。
ゆっくりと瞬きをして驚いたように目を見開かれる。思わず声が上がりそうな所を、はっと慌てて両手で覆いキョロキョロと辺りを見渡す。
ランセ達と合流した麗奈達は互いに情報交換をした。
麗奈が今まで行ってきた泉の浄化、その原因。キールの魔力欠乏症での治し方とドーネル王子の事、何で首都まで赴く事になったのかを。
ハルヒは嫌気がさしたように不機嫌な表情をしており、麗奈にしか解けないと言う時点でその大精霊に対して「ぶっ飛ばす」とはっきりと口にしたのだ。
「向こうの都合でれいちゃん連れ出されて………危険な目に合って、実行者が姿現れないってどうなんだよ………」
その怒りのオーラにゆきと麗奈は慌てたように止めに入り、むっとしたままではあるが心を落ち着かせる事が出来た。麗奈の陣の破壊に乗る気の様で魔物を相手に憂さ晴らしを始める気で居るのか札づくりに没頭した。
そんなこんなでランセとキールが見回り、ラウルとヤクルが見張りを行いラーファーが火の番をしゆきと麗奈は先に寝る様にと周りに言われていた。そんな時、ザジが麗奈を起こしに来ておりじっーと見られているので来いって事かな?と思い手を握っているゆきの手をどうにかして解く。
「れいちゃん。何処行くの?」
「ハルちゃん………」
寝ぼけてはいるが、静かに抜けだそうとした麗奈を見て不審に思い声を掛けた。破軍も眠そうに『ふあ、何~~~』とハルヒに引っ付き離れないでいた。
「少し、眠れなくて……散歩しに行くだけだよ」
「ダメ」
「………えっ、と」
「行くなら誰かに付いてよ。僕が一緒に行く」
『…………』
「…………」
ザジからは早くしろと言う視線。破軍は気付いているのか『私が行く~』と麗奈に付いていくと言えばハルヒも付いて行こうとして止められる。
「何で?」
『なんでもかんでもだよ。主、まだ力が万全じゃないんだから休むのを優先にしてよ』
「そんなの」
『倒られても困るって言ってるの……分からない?』
「…………」
見つめ合う事数秒。
折れたのはハルヒであり、麗奈と合流するまでにかなり無理を押したなとぼんやりと考え「何かあったら呼んで」と言い再び眠る為にゆきの近くに行く。心の中で謝りつつ、麗奈は破軍にザジの事が見えているのかと小声で話せば、ボンヤリと見えるよ………と青龍と黄龍と違いはっきりとは見えないだと思った。
『白い靄が掛かったみたいに見えにくいだけだけど………悪い奴じゃないのは分かる。何か事情があるんでしょ?主の事は任せて行って来て良いよ』
「ありがとうございます」
『良いの良いの。そこの君もあんまり独占しないようにね』
怖~い人達がいるからさ、と言えばコクリと頷き返し麗奈を連れ出して行く。夜風が少し肌寒いかなと思っていると、抱き寄せられ体を密着させてきた。
「あ、の………」
「人間にとっては寒いんだろ。……俺はそういう感覚ないから分からない。ただ寒そうにされてるのも困る」
だから少しでも風よけであれば良い、とそっぽを向かれながら言う。
ちょっとした変化にクスリと笑い「ありがとう、ザジさん」とお礼を言えばむっとしながらも、何か言いかけてすぐに止めた。
「どうしたんです、いきなり」
「別に………ただ、何となく…………会いに来ただけだ」
「怒られませんか勝手に来て」
「良いよ別に」
どうせこれも見てんだろうし、と小声で言われるも麗奈からは聞こえないので首を傾げる。サスティスさんも居るんですか?とキョロキョロと辺りを見渡すがザジは1人で来た、と驚いたようにパチパチと瞬きを繰り返してじっとザジを見つめる。
「………なんだよ」
「いや………何か雰囲気変わりました?」
前と違って話やすんですけど、と言えば「知らん」と言われる。変化か、と自分でも戸惑う位に変わっているのに驚いているのに何だかこうしているのが普通に感じて不思議な感覚。
(………前も、こんな風に誰かと歩いてたか?)
自分が死んでからどれ位の月日が流れたのかも覚えておらず、何でここに居るのかもよく分かっていない。でも、何かを果たさなければと言う使命感と同時に守らないといけない者が居るのだと分かる。
だから、自分はここに居る。だから、死神として魂を狩りその目的の為に動いている。しかし、ザジはその目的が何であるのかどうやって死神になったか、と言う記憶の部分が全てかき消されている。
そう。自分が死んだ時の記憶、最後に何を想い守ろうとしたのか……。
ずっと、ザジは胸に秘めた苦しい感覚に、その正体に訳が分からなかった。だけど不思議と麗奈と会っているこの時だけは……その全てがどうでもよくて、すんなりと受け入れられている。
(不思議な、感覚だな………ずっとこうしていたい)
「ザジさん。私の話、聞いて貰っても良いですか?」
「………俺はよく分からないぞ」
「良いんです。ただ、聞いて欲しくて」
だからお願いします♪、とおねだりする麗奈にふっと柔らかく笑みを浮かび話を聞く。密着した方が暖かいか、と大木に背を預けてそのまま引き寄せてしゃがみ込めば、驚いたように慌ててジタバタとするが抑えられそのままズルズルとなる。
「あ、あのっ、ザジさん」
「この方がよく声を聞こえる。あと、ザジで良い」
「えっ」
「だから、ザジでいい。………それで、話ってなんだよ」
「っ~~~~~!!!」
耳元で囁かれてビクリとなる。
うぐっ、自分で言ったけどこれは………と、予想外の行動に話す内容が一気に飛んでしまい言葉に迷う。そうしている間にも、ザジは何をするでもなく話し出すのをずっと待っていた。
誰にも邪魔されないこの空間がいつまでも続けばいいのに、と密かに思い始めていたら落ち着き始めた麗奈は話し出した。自分が魔法を扱えた事、泉の穢れを浄化した事。
自分にはどれも初めて聞く言葉なのに、意味は分からないのに何故かすんなりと入ってくる。彼女の声が心地いいのか、嬉しそうに話すからそれが自分にも伝染して楽しいかは分からない。
「そうか………なら、泉が汚れた場所は全部綺麗になったのか」
「多分だけどね。でも、少しだけ自分の力で……誰かの力になれるって言うのが嬉しくて」
私、誰かの役に立てたのが嬉しくて。
そう告げる麗奈は本当に誇らしげに、自分の事のように嬉しくなるので自然と笑えば「あっ、今笑った!!」と新たな発見をしたかのように身を乗り出してきた。
「っ」
「ザジ、今笑った!!!嬉しそうに笑ってくれたよ」
「!!!」
ーこら、あんまり暴れたら怪我するよ!!!嬉しそうにするのは分かるけどー
ーこれから家族になるんだから遠慮しないでー
ーザジ!!!私の、私の家族♪ー
ズキリ、と頭に響く声に、匂いに、感覚に、ふっと暗くなる。長い間、気を失っていないのに不思議と長く感じるのは何故だと思う。心配そうに見つめる麗奈に大丈夫だと言いたくて自分に引き寄せた。
甘える子供のように、狂おしく抱きしめるザジに戸惑っている。なのに寂しそうにするザジに麗奈は困ったように抱きしめ返した。フワリ、と鼻をくすぐる香りに懐かしさを感じた。
(何で、これを知ってるんだ………)
========
「おかえりザジ。もう帰って来ないのかとヒヤヒヤしたよ」
「………そーかよ」
「彼女との内緒の逢瀬は楽しかったかい?」
「胸糞悪い。人の見て楽しむ変態が」
酷いな、と別段傷付いた様子のないディーオ。
ドンッ、と彼の机に置かれたのは大量の報告書。パチン、と指を鳴らして別空間へ入れていたものをここに呼び出した物。何処にそんな時間があるのか分からない位の、大量に積まれた報告書に……げんなりとなる。
「はっ、いい気味だ。いつも覗いてる罰としてやっとけよ」
「あ~酷い~~。何だよ、自分だけ良い思いして」
「うっせぇよ。ちゃんと仕事してんだから文句ないだろうが!!!ついでにてめーの頼み事、全部聞いてやるよ。だから約束しろ」
言われたノルマこなしたら、俺の願いを叶えろよ神様。
その言葉に見開いていると、ザジを探しに来たサスティスが割り込んできて行くぞとせがまれる。首根っこを掴まれ暴れながらも「約束破りやがったらぶっ殺す!!!!」と断言して扉が閉められる。
「………っ、くくく、あははははは。やっぱり最高だよ、ザジ」
久々にお腹を抱えて笑った。こんなにも充実して楽しい日々に変わったのはザジを死神にして以来だなと、クツクツと笑いが収まらない。考えられる手は全て考え、使えるものは使い、恨みが強い者を優先にして死神に変えて来た。
「ふふっ、楽しみだよザジ。君がそう意気込んでくれるならそれは嬉しいんだから。………ザジ、サスティス」
君等の恨みが大きければ大きいほど、後々役に立つんだから、と。
神と名乗ったディーオはザジの変化に喜ぶ。それは当たり前で、誰でも一度は持っている気持ちだ。
誰かを守りたい、と言う強い気持ち。
きっと今のザジにはこの死神の世界は、見ている風景は変わっているだろう。暗く底が見えない空とも沼とも知れない場所は、ザジにとって自分の空虚を示すように自分の心を映し出されているようで気分が悪いもの。
だが、今のザジにはその空虚は違うものに映るだろう。
麗奈と話した時に見上げた満点の星空のように。光り輝く星は、ザジと麗奈に光を与える様にいつまでも輝いていた。
その風景を、ザジは忘れない。絶対に、忘れてはいけない物だから




