第64話:魔法の修行
首都のファータへはどんなに早くてもここからだとあと5日はかかると言う。それは向かうまでにへルギア帝国の要塞が幾つもある事から、それをかわしながら向かうのに時間が掛かるからだと。
以前のディバーレル国は、自然が取り囲む中に城を建てそこから広がる様にして村や街が合体したようにあると言う。それは今の国づくりの基盤にもなっているようで参考にされる事も少なくはない。
「さて、今日も頼むね麗奈ちゃん」
「は、はいっ!!!」
ドーネルの話を聞いていた麗奈は今日もドス黒く汚れた泉の前に来ていた。その後ろではキールとラウル、ラーファーが来ておりこれから行われる事を黙って見ていた。
(………あの時と同じ、綺麗で清潔なイメージ………)
ふぅ、と一息つき見られていると思うと緊張で上手く動かせるか不安になる。陰陽師の時には札に自分の霊力を込めて行う為に媒体があった。
しかし、魔法に基本的にその媒体はなく、自分の手の平で魔力を感じる必要が作り出す必要がある。
(フェンリルさんから魔力を貰った感じ………あのフワフワした、温かい力。ウォームさんが使っている時と同じ感覚)
召喚士は魔法を扱うのに精霊から用いるが、麗奈自身殆ど精霊を行使したことはない。ウォームが扱う時の行動をずっと見ていたが、力の流れを見る間もなく次々と素早くこなされてしまい観察したとも既に終わっている事が殆どだった。
「ワシの魔法の扱い方を見てもなぁ。精霊と人とでは扱い方も力の流れも違うからのぉ」
観察しても無意味だと分かったが、麗奈はその観察は続けていた。無意味だとしても何かの役に立つかと思い続けていたのだ。キールやレーグ、ゆきの魔法の扱い方を見てなんとなしに見てみた。
自分も出来るのかと思い内緒でやってみたが……上手く出来ているのか確かめる術がない為に途中で恥ずかしくなって止めたのだ。
その時、麗奈はウォームとの契約を果たしていない。魔力の流れを見る事が出来ず霊力とは、違う仕組みなんだと言うのを改めて思い知らされた。
(今はウォームさんと契約を果たせたから魔力の流れが……なんとなくだけど分かる。この黒い泉の中に、核になる所を……探す)
最初、泉を元に戻した時は無我夢中だった。
しかし回を重ねるごとに段々とではあるが、この泉の浄化の方法を見つけ出した。黒い泉の中に中心部とも言える部分がある。その中心は、今ある黒い泉よりももっとドス黒くて闇の力が強く感じられる。
これを見付けられるかで浄化に、かかる時間が違うのだと知った。その闇を見付けるのに、今回は簡単にいった。見つければいつものように、手の平に魔力を集め解き放つ。
途端に七色の光が泉を囲い黒から透明へと変わっていく。
「綺麗……だな」
「そうですね。まさか……こんな方法で泉を戻していたなんて」
「…………」
ラーファーも少しだが魔法を扱える。だから麗奈の行っているこの力の流れに思わず本音をもらした。キールだけはこの魔法を使っている間、ずっと険しい表情をしており一つ一つを見逃がすまいと凝視していた。
そして、ドーネルはそのキールの行動をチラリと見て予想通りの反応にふっと笑った。彼も麗奈が泉をこの方法で戻した所を見た時、何が起きているのかが理解出来なかった。
夜中に抜け出しているのは知っていたし、帰ってきた時は少し疲れた様子なのも知っていた。それで何度か皆より遅く起きたので魔法の訓練をしているんだろうなと思っていた。
(訓練の内容ではないよね。穢れを完全に無くして元の泉に戻すだなんて)
それは訓練ではなく実践だなと思うも、彼女のように複数の属性を操りそれらを完全に制御出来る者はかなり限定的になる。それが可能である人物はドーネルの中では1人しか浮かんでいない。
「…………」
今も麗奈の行っている作業を見ながらじっと考え込むキールだ。
大賢者は数百年に1人居るか居ないかの確率であり、大戦を終わらせてきた英雄的、または伝説的に世界に伝えられている存在。
それは大国、小国に構わず誰でも知っている事だ。キール自身それを公言する気もない。その名を使って好き放題もしないと言う。しかも理由が――
「そんな事言ったら主ちゃんと居れる時間が少なくなるのが目に見えてわかるよ。大賢者なんて名乗って魔法についての論議や実戦を見せて欲しいなんて言ってみろ………私は全部叩き潰すよ?完膚なきまでに」
その時の冷え切った目で本気だと分かり、地雷を踏んだなと思った。その後で、麗奈がキールに用があるらしく何かお願いをしたら「うん、良いよ♪」と言った。
「……マジか」
思わずポツリと言った。
それ位、キールの態度の差が明らか過ぎてビックリしたのと同時に彼の中では、麗奈を中心に回っているのだと実感させられた。それ以降、大賢者についての話はドーネルの中ではタブーになった。
(そのキールも泉が穢れる状況にある程度の認識があったようだけど、その原因が精霊自身が闇に囚われるか否か。と言うのは流石に知らなかったようだったな)
精霊が居なくなった、もしくは何かの原因で死亡した場合。自然が死に、そこに住む動物達が犠牲になる。再生も浄化も、魔法で可能な事は分かってはいるもどの属性でもその効果は薄い。
光と聖属性の2つは元々扱える人が少ない事から、なかなか実証できていない。そこに麗奈と言うイレギュラーが加わるのだ。
他国から見れば喉から手が出る程に我が物にしようと動くのが分かるからだ。
(大精霊アシュプと契約か。……しかも、ブルーム様からのお願いの為に彼女がここに居る)
麗奈から聞かされた内容に皆、様々な反応を示した。驚きすぎて状況についていけなかったからだ。
魔法がこの世から消える可能性を秘めている事。
麗奈の力でないと封じられた陣の破壊が出来ない事。
この2つを理解するのにさほど時間は掛からなかったが、その魔法が消えるのがいつなのかと言う疑問が出て来た。麗奈に確認するも彼女もそこまでは知らないと申し訳なさそうに言う。
(まぁ、魔法を今扱えるって事は消えてない証拠。問題はそれいつまで続くか、だね)
恐らくキールも同じ考えであるのだろう。
その話を聞いてからずっと考え込み何かを模索しているようだ。そして麗奈が夜中に抜け出して何を行っているのか、と言う疑問に答える為に宿代を払った後でこの近くにある泉に向かう事にしたのだ。
精霊が居なくなった事で汚された泉の領域は物凄い勢いで広がっている。統括していた泉の精霊は遅かれ早かれ亡くなる事は確定していたのだ。死神によりそれがほんの少しだけ早まった、ただそれだけなのだ。
「ふぅ………終わりましたドーネルさん」
「うん。そうみたいだね………キール、成功してるかは実際に手に取れば分かると思うよ」
「………そうさせて貰う」
手にとれば見た目は普通の水。しかし日の光に当てればそれは全て虹へと変わっていた。試しに飲んでみても、何ら変わりのない水の味であり見た目だけが変わったのだと確認できた。
「……………」
「キール、さん?」
泉を眺めている時も、水を飲んだ時も表情はずっと険しいので麗奈は心配になってしゃがみ込んだ。もしかして失敗したのか……と今更ながら心配になった。
ここに来るまでに小さいものも含めて数え切れない程の泉を元に戻してきた。それらも含めて失敗しているのならと顔を青ざめる。
「主ちゃん」
「は、はいっ」
「もっと早く言ってよ。こんな方法だと君の体が持たなくなる」
「あ、え、すみません……」
「ドーネル。ここから首都は5日ほど掛かるんだっけ?」
「……まぁ、うん。そのくらいで着くよ。拠点を変えて来たりして、近道も知ってるからもう少し早いかも」
「そう。じゃ、悪いけど主ちゃんはこのまま借りるよ。早くて3日には追い付けると思うし」
「え、え、あの」
戸惑う麗奈を無視してキールはそのまま抱き抱え、何処かへと消える。ラウルも付いていけないままだったので、今の流れるような出来事をただ見ている事し出来なかった。
「あ、あのっ、一体何しに」
「彼ね……恐らく彼女に覚えさせるんだよ。テレポートを」
「し、しかしあれは……」
テレポート。
転送魔法の中では一番覚えやすいが、一番扱い扱いにくいとされている。転送魔法は自分の経験から知る街や国の風景を思い浮かべれば、その付近まで移動が可能になる。
しかし、このテレポートは違う。これは同じ属性同士を結ぶ為の線であり、街や国の移動方法と言うよりショートカットに使う用のものだ。距離が長ければ長いほど、魔力の消費量は多く距離が短ければ同じく消費量も少ないと言うもの。
つまり、転送と違って気軽に国へ赴くことが出来ない事を意味する。転送魔法も消費される量が多い代わり、確実にその場所へと向かえるもの。
テレポートで街や国に行くためには自分と同じ属性が居なければ難しいと言う事。加えて距離が短いなら然程問題ではないが、距離が長くなる場合、魔力探知が優れていないと扱えない。
「ラウル。君、テレポート使える?」
「つ、使えはしますが……俺は氷しか扱えません。やっと水とを分けられて扱えました。でも……それでも、俺はあまり使えませんが」
「そうなんだよね。最初に扱えるのに実際使うとなると、上手くいかない。同属性限定ってのが……ね」
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「まぁ、テレポートの概要はこの位………。ねぇ、いい加減君等、主ちゃんから離れてよ。そして遠いんだけど」
《うっさいわね!!!ついに本性現したわね、この年下趣味!!!!!》
《キールに近付かない方が良い。彼の告白など無視していい》
「いきなりなんなの、エミナス、インファル」
麗奈を連れたキールは一気に森の奥地に移動していた。
風を切る音が聞こえたかと思えば、麗奈の前にインファルとエミナスと言うキールが契約を行った精霊が守る様にして降り立ちずっと通せんぼをしていた。
最初は無視して麗奈にこれから覚えて欲しい魔法としてテレポートの伝授を行おうと思い簡単な概要を話した。までは良かった………
その後、近付く度にエミナスからの攻撃に晒されるわで魔法の攻防が始まった。止めに入ろうとするも、キールは思い切り蹴り飛ばされてしまいそれに満足気のエミナスは……楽しそうにしていた。
「キ、キールさん!!!!」
駆け寄ったと同時に、精霊を一旦別空間へと移動させた。その早業に驚いている内に引き寄せられ、逃げられないようにしっかりと抱え込まれる。
「主ちゃんにはこれから、手取り足取り教えるから………覚悟してね?」
「…………」
「返事は?」
「は、はい」
青ざめる麗奈と楽しそうにするキールの魔法の講義が始まった。
「…………」
(き、気まずい………)
テレポートを習う前に、キールに言われた事を実行している。それは自分の手の平に、直径2センチ程の球体を作り出し形を保つ事を行うように言われたのだ。
「あ」
魔力の球体を作ってその形を保とうとすると、必ず崩れて今のように風に乗り消えて行く。チラリとキールの事を見れば無言で笑顔を返される。
続けて。と言う意味なのが分かりすぐに同じ事を繰り返す。それを行う事、数十分後……今度はフラフラと視線が保てなくなり段々と眠気が誘われてくる。
(っ、おかしい……泉の時と同じ要領でやってる時はもっと長い時間やれてた。こんなに早くフラフラにはならないの、に………)
「…………」
(もう少し………もう、少しだけ………)
途端に視界が暗くなるのが分かる。
倒れるのを受け止めたキールは麗奈の傍に落ちている魔力で、作り出された球体を持ち目を閉じて中の魔力の様子を窺う。
(やっぱり………今は属性同士がぶつかっていない。安定しているのは慣れてるようだから、苦手にしているのは保ち続ける事、みたいだね)
ぐったりした様子の麗奈に悪い事したなと思いながらも、反省する気はないキールは野宿できる場所を探す。探し歩き回る内に外は暗くなり、これ以上移動すれば魔物に気取られるかと思っていると……滝壺らしき所を発見する。
『中に魔物は居ない。どうやら水が引いてから大分経っている様子だ。ここなら雨風は凌げるし、何か物音がしても俺がすぐに対処する』
「うん。なんか悪いね」
『気にするな。俺達は陰陽術に関しては詳しくても魔法は全然だ。専門的に習えるなら習うべきだ』
青龍がそう言い、すぐに奥の様子を見に行く。
少しひんやりとした空気で起きたのか、麗奈が抱き抱えるキールと視線が合う。目をこすり「ん~」と唸る麗奈に思わずギューっとしていると、黄龍に『止めろ、変態』と扇子で叩かれる。
「君に言われたくないんだけど」
『私も変態に入るって?』
「違うの?」
「『……………』」
バチバチ、と互いに火花を散らす間にも寝ぼけたようにキールに体を預ける麗奈は再び目を閉じた。肩を揺らされて起きる。ぼんやりとしていた視界が、段々とクリアになり目の前には青龍が様子を見ているのか大人しくしていた。
「青龍………」
『今、キールが魚を釣りに行っている。焼くのは炎の魔法で出来るそうだ。寒くはないか?』
「一緒に、傍に……居て欲しい」
『分かった。そう言えば明日から訓練を始めるそうだ。夕飯が出来たらまた起こす。………今は眠れ、主」
「ありが、とう………」
青龍にもたれかかるようにして再び眠る麗奈。それにふっと優しく笑い優しく髪に触れる。寒くならないように麗奈の周囲に結界を張り、寒さを防ぎ風の音をかき消す。
今だけ、安らかに寝る主の為にと特別に作り出す。今まで忙しかったのだから、今だけ……今だけはと願わずにはいられない。髪をすくい軽くキスを落とす。
『(どうか、今だけ……良い夢を見る様に願うぞ。主)』
『青龍がセクハラしてる』
「こっちはご飯取りに行ってる間に………何してんの」
『うるさい、黙れ。主が起きるぞ』
『よし、主。起きて起きて、青龍がセクハラしてるんだって』
『消えろ』
まずは邪魔者を黙らせる方が先。
仕事を優先し、主の邪魔をする2人を黙らせる。その為には自分が、落ち着こうと考える青龍だった。




