第63話:向けられる好意
ソロリ、と静かに起き手早く着替える。
泊まっているいる宿を静かに、足音を立てずにゆっくりと、ゆっくりと出口へと向かえば「主ちゃん?」と寝ているはずの人物の声が聞こえギクリとなる。
振り向かなくても誰であるか分かり、そしてこの後に起こる事も分かる。だから、振り向きたくないのだ。
「……」
「何処、行くのかな?」
「えっと……」
「このところ、夜中に抜け出してたけど何処に行く気だったの?今日も」
「……」
「主ちゃん、こっち見てくれない?」
「……」
「あーるーじーちゃーんー?」
うぅ~とうな垂れる麗奈にキールはニコニコとそのまま近付く。はっ、と気付いた時には既に目の前に来ていた。
端正な顔は人形のように美しく、そして今のキールの笑顔はよく知る怒っている時のもの。謝り倒して済む訳でないと分かっていながらも、麗奈は謝り続けた。
その翌日。
「なんだ、バレたか。意外に遅かったな」
「もう少し早いと思ったよ」
「……知ってて主ちゃんの行動を見逃した訳?」
「知るかよ」
「私は無理矢理付いてきたからね。何かしてる様子なのは分かったけど、危ない事でないから無視してたよ」
私達は君と違ってただ付いてきてるだけだし、と含ませた視線に舌打ちで返すキール。
ドーネルとラーファーはしれっとそんな事を言い内心で(付いて来るなよ)と思うも道案内は必要だと思い許してきたが、イライラが収まらない。
キールが回復し、ラウルも動けるようになってから1週間程経ったある時。ラーグルング国に戻ろうとした時に麗奈が渋ったのだ。首都のファータに用があるから、ラーグルングに戻れない。その理由も目的も話さずにいる彼女に、これ以上聞いても頑なに答えないのは明白だった。
そんな時、ドーネルが名乗りを上げたのだ。自分が道案内しよう、と。
「……何でそうなるの?」
「首都に様子を見に行かせた騎士達が帰って来ないからね。あまり長居すると村の人達にも迷惑が掛かる。……そろそろ拠点も変えないといけない。様子を見たくとも人数が限られてるから諦めてたんだ」
そんな時に君達が舞い込んできた。だから必要でしょ?
ドーネルの目的はラウルから聞いていたから知っている。妹と弟、母親を殺した父親を殺すこと。国の実権を握る宰相として成り代わった奴も殺すとはっきり言ったのだ。
それに麗奈を巻き込もうと言うのだ。許せるはずもない。王族だろうと関係ない、害を成すなら誰であれ邪魔はさせないのだから。
「お前も変わったな。前はそんなに感情を露わにしなかったろ。ラウルと同じで惚れてんのか?」
「だったら何?文句あるの」
「……そうかよ」
普通に返したが、ラーファーは驚いて反応が遅れた。
何かに執着して来なかったキールが執着したのだ。魔法の事以外には興味も示さなかったあのキールが、だ。
(……恐ろしいな)
自分がラーグルング国を出て8年。陛下の年齢を考えれば18歳であるなと考えていた時に不意にキールが言った。
「言っとくけど呪いを解いたのは主ちゃんだ。陛下はもう平気だよ。彼女の事を侮辱したようだから、私は許さないからね」
侮蔑を含んだ視線と冷たい声で言い放つ。ヒヤリとした空気にドーネルも流石に冷や汗をかき、ラーファーに至っては反論はしない代わりに睨み付ける態度を示した。
『あーはいはい、その辺にしろ。空気暗くするな、主に迷惑だ』
何処からともなく現れた黄龍がキールをペシリ、と扇子で叩く。少しだけ空気が和らぎキールは黙ったまま部屋を出て行く。バタン!!と彼にし手は珍しく壊れてしまうのではと思う程の力で閉められた。
『はぁ、主も主だよね。ちゃんと言えば分かってもらえると思うんだけど、言わないままここまで来ちゃったし。あの2人の体を思っての事なんだろうけどね~』
怒られるのは仕方ない、と困ったように言う黄龍だがドーネルとラーファーは青ざめた様子。それに気にした様子もなく『要塞もう1つ潰したよ~。じゃあね♪』と再び姿を消す。
「………」
呆然としてしまったが、ドーネルは黄龍が軽く言った報告に驚きが隠せなかった。要塞を破壊したと簡単に言うが、魔法を使うにしろかなりの魔力量が無ければ建物の破壊は難しい。
魔法の国として名を馳せたラーグルング国なら簡単に行えてしまうのかも知れないが……と考え、彼等が言う主が麗奈に当たると思うと雰囲気と言動が合わないと感じた。
(何事にも一生懸命な彼女が……要塞の破壊を命じた?)
まだ少ししか共に居ないが、麗奈の性格は少しだけでも把握できた。真面目で責任感が強い、そんな彼女が破壊を命じるのかと考える横でラーファーは別の事に囚われていた。
(陛下の呪いが……解かれた、だと)
それを実行したのがあの少女だと、キールははっきり言った。
それに纏う空気とあの見た目、前にラーグルング国に居た女性と何処か被る所があり思わず部屋を出て行く。
「あんな慌てたラーファーさん。……初めて見た」
薬草の事以外ではあまり感情的にならなかった彼が、唯一怒ったのもあの時だと思った。キールがあと3日が限界だと言ったあの時。それと麗奈に叩かれた時に反論した時……あの2度で、ラーファーがかなり怒りをぶちまけていた。
「やっぱり同じ国の出身者が、気になるんじゃないか」
口では勝手に出て行った事から未練がないと言っていたが、あの時の彼は間違いなく絶望的な表情をしていた。仲間の死に慣れる訳でもない。フォルムの実は希少価値が高い上、泉の精霊が居て初めて生産される特殊な花の実だ。
黄龍の話では既に泉の精霊は居ないと言う。
ラーファーからあの実の入手方法を聞かれ、キールに渡されたのが最後だと考えて良いと思う。その時のラーファーはほっとしたような表情をしていたのを確かにドーネルは見た。
(まぁ、すぐに無表情になったけど………)
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「麗奈……」
「すみません」
反射的に謝られラウルは困ったように頬をかくが、今の麗奈はテンションが下がっているのが丸わかりだ。原因は……夜中、麗奈が黙って宿を出ようとした事にありキールの怒りを買ったからだ。
(理由は言ってくれないから、無理に聞くこともしないが……)
それでも頼られないのは不安でもあるしショックを受けた。恐らく麗奈自身そのつもりはないのだろうと思うが……それでも何も相談してくれないのは寂しくもあり悔しさもある。
「どうしても、話せないのか?」
「……」
「青龍や黄龍に話せて俺やキールさんには……話してくれないんだな」
「そっ、それはっ」
「俺では役に立てないか?」
「っ……」
違う、と言いたかった。
そんな事はないと言いたかったが、ラウルの傷付いた表情に何も言えずにただ呆然とした。言いたい事がまとまらずにこんがらがる。
何か……何か言わないと。
傷付けているのは自分だ。そうさせているのも、寂しそうな表情をさせているのも自分の所為だと。
原因は全部、自分なのに。上手く言葉が出てこない。
「すまん。泣かせたい訳じゃないんだ…」
「うっ、うぅ。……ごめん、なさい。ごめん……なさい……」
涙で頬を濡らす麗奈に自然と拭う。
でも、どんなに拭っても止めどなく流れ出る涙に麗奈もどうにも出来ずにいる。このままではずっと泣き続けてしまうな、と思ったラウルは引き寄せた。
「悪い。麗奈にも麗奈の事情があるのにな。困らせたくないのに、どうしようもないな俺は」
違う、違う、と首を振る麗奈にラウルは優しく頭を撫でた。
そこで気付いてしまった。今まで気付かないように、隠してきたのに、やっぱり駄目だったのだ。
自分は惹かれているのだ、と。
「………」
気付いたら、これに気付いたら不味い。なのに、麗奈に目が離せない。
どうにかして抑えたいのにと思えば思う程、流す涙のようにどんどん溢れて来る。
「………好きだ。君が好きなんだ、麗奈」
だから、心配だし頼りにして欲しいとそう言えばビクリと体を震わす。
恐る恐る見上げる表情は、反応に困ったようにしている。ユリウスと麗奈が互いに互いを想っているのも分かっている。
「俺は……。陛下が好きな、君が好きなんだ……」
自分でも何を言っているのだろうと思うが、それでも思った本音は止まらないし止める事はしない。いつの間にか涙が止まっていた麗奈に「止まったようだな」と安心したように笑顔を向けられる。
「……あ、あのっ」
「知ってる。陛下が好きだと言うのも見ているから分かってるよ。告白も知ってるんだし」
「……」
途端に顔を赤くするのは互いに告白した時の事。キールが国全体にぶちまけた時の会話だ。イーナスが処理に困り、何とか魔道隊の面々で記憶の消去を行おうとしたらしい。
師団長であるキールが「私に勝ったらやりなよ?」と黒い笑みを浮かべながら言ってきたと言う。
無論、師団長と言う地位は国の中で一番魔法に精通していると言う証だ。
加えてキールは禁忌の子供と言う魔力量が特別に高い事もあり、自分が国に入れなくなる前まで魔道隊を創設し実践に向かえるように叩き上げた人物。
誰も勝てる訳がなく、キールの周りには魔道隊の屍が積まれていたと言うのは有名な話。イーナスは不本意ながら記憶の消去を諦めた。魔王のランセを使ってでもと思ったが……断念する。
そんな事をしたら、国が滅んでしまうのが見えてしまうからだ。
「あの後の処理も相当大変だったらしいからな。イーナスさんも頭が痛いって言ってたよ」
「……あの、でも」
分かってるならば、自分の言葉でハッキリ言わないと。そう思えばフワリと優しく頭を撫でられる。未だにニコニコとしているラウルは何だが、すっきりしたような感じにもとれ言葉に迷う。
「だから……もう一度、誓いを立てて良いか」
「えっ」
「あの時はただ必死で、麗奈を守る事しか考えてなかったし陛下が近くに守れる人が居た方が良いだろうって。だから、自分から申し出たんだ」
そんな事が……とあの時の騎士の誓いでそんな事を起きていたとは知らずにいた麗奈はただ驚いていた。
でも、と少し考えた後で笑顔から真剣な表情になる。
「今度は違う。今度は1人の大事な……大事な女性として守らせてくれ」
「ひっ、姫って……」
「別に今まで通りだ。俺は主として姫として君を守る。だから何か苦しかったり、言えない事なら俺に言って欲しい。俺は、麗奈を裏切る真似は、絶対にしない」
スゥ、と心にしみる様に浸透していくようにその言葉が響く。何度も頭の中で響く内、ラウルは花畑で行った誓いを再び立てあの時と同じ手の甲にキスを落とした。
次に目を閉じていた麗奈の瞼に、キスを落とす。
「っ、え……」
「今のはおまけだ」
驚いて目を開けるとそこにはイタズラが成功したような、意地の悪い顔のラウルが見つめていた。
ふっ、と笑った後でもう一度ぎゅと抱きしめられる。瞬きを繰り返し戸惑う麗奈に「もう良いよな」と遠慮なく入って来たのはラーファーだ。
「あ、あのっ」
「そのままで良い。俺は気にしない」
(私は気にします!!!!)
「どうしたんですか、ラーファーさん」
「………お前がその状態で話すのかよ」
そんなツッコミを繰り出すラーファーに驚いたが、いきなり甘えだすラウルに困り果て視線を彷徨わせる。流石に可哀想だと感じたのかラーファーがワザとらしく咳ばらいをする。
「おい、離れろって意味でやったんだが?」
「この状態でも話せますよね?」
「…………あぁ、そうだな」
諦めたラーファーに思わず「早いです!!!」と抗議を上げる。するとべりッとラウルと麗奈の間を引き離しに掛かった黄龍。彼は青筋を立て『場を考えろって言ってんだけど』と怒りを露わにする。
「成程な、異世界人にあの人の子供か。そりゃあ、雰囲気が似てるし何処となく懐かしく感じる訳だな」
何とか場を収めた後、ラーファーが感じていた質問に麗奈とラウルが答えた。キールの言う陛下の呪いを解いた事、魔法ではない力を用いた事、その全ての疑問が解消された時、彼は長い溜め息を吐いた。
「母を……知ってるんですね」
「あぁ、あの人にはかなり世話になった。………そうか、既に亡くなってたか。それは悪い事をしたな」
「えっと……」
「最初にキールの命が危ないと言った事。あれは……俺の妻と同じ症状だったんだ。フォルムの実で治せると分かったのはごく最近だ。しかも、キールのあの症状は魔力欠乏症の中でもかなりのレアケースで一般的には知られていない」
だからあの時はきつく言って悪かったと言えば、今度は麗奈が慌てて「わ、私もあの時叩いてごめんなさい!!!」と勢いよく謝った。
「身近に人を亡くしたなら………色々と敏感になるのも仕方ないな。現実を受け入れるのは色々と難しいもんな」
「あのっ、ラーファーさんはどうして………国を出たんですか?」
「……陛下の呪いを解く方法を模索してて挫折したんだ。俺は、それで逃げたただの腰抜けだ。そんな俺が今更戻っても意味ないしな」
「………どう、してもですか?」
チラリと見れば寂しそうな表情をされ自然と頭を撫でくり回し「うっせぇ、泣きそうな顔すんな」とそっぽを向ければクスクスと笑う麗奈。
「今の、そういう所……フリーゲさんと一緒です。やっぱり親子ですね」
「…………」
「次は許しませんよラーファーさん」
「まだなにもしてねーのに、すぐに殺気立つな」
「………まだ?」
「言葉のあやだろうが」
やんのかよ、と喧嘩腰の雰囲気にオロオロとなる麗奈に黄龍は『馬鹿ばっか』と呆れかえる。そこに音もなく麗奈を抱えたのはキールだ。ギクリ、と彼を見れば笑顔で「好きだよ、主ちゃん♪」といきなりの爆弾を落としていく。
「っ、え、えっ」
「慌てる所も真剣な所も、真面目な所も………全部可愛いよ♪」
ボンっ、と真っ赤に染まる顔にクスクスと笑うキール。途端にラウルからは殺気に近い視線を込められそれを涼しい顔で受けきる。
「陛下の事好きなのも知ってるけど、今は居ないから独占しても良いよね」
「ダッ、ダメッ、ダメです!!!!」
「わぁ、陛下愛されてるね」
「あっ、あいっ……!!!!」
耳を塞ぎ顔が赤くなるのを我慢すればするほど、熱が出てどうして良いか分からない。グルグルと処理が追い付かないでいると、ラウルが奪い取り「ここから離れてくれ」と言われそのままの勢いで部屋を出て行く。
(とんでもない奴等に好意持たれたな………しかも、あの陛下が好きね)
ほぅ、と唸るラーファーを他所にキールとラウルは睨み合う。途端に魔力による寒気にすぐに避難したラーファーはそれが収まるまで、ドーネルの居る部屋へと向かう。
そこには………
「大変だったね……よしよし、今日は私の所に居ようか。そんな2人の傍に君を置いてはいけないよ」
「っ、でもっ、でも」
「気にしない、気にしない♪」
どの程度の事情を知っているのかドーネルの所に避難していた麗奈。ドーネルは勘も鋭い上、ラウルとキールの好意の向けられ方も知っているだろうから、全て言わなくてもある程度の予想はついているのだろう。
(もしかして、これも予想通りってか?)
「ラーファーさん。今日は3人で一緒に寝ません?」
「あーはいはい。分かった、分かったよ」
じゃ、俺等は床だなと話を進める。麗奈が床でと言う前に全てを決め出した為、口を挟む間もなく終わりぼーっとなる。
(あの女、王族、貴族ホイホイか?)
そんな事を考えているラーファーの事など知る由もなく麗奈はその日、頭がこんがらがりながらもなんとか眠りにつく。ドーネルは心が少し安らぐ感じに、懐かしさを思い妹にしたようにあやす様にして一緒に寝た。
翌朝、それに驚いた麗奈は声を上げる事も出来ずに我慢した。それを起きて知っていたドーネルはクスリと笑う。
(なんだか、あの2人が気に入るのも………分かる気がするな)
ラーファーが思った事は、当たっているのかも知れない。そんな状況を見ていた人物は分かりやすく舌打ちした。
「気安く触んなよな………」
それは決して誰にも聞こえない言葉。
だが、言わずにはいられなかった。人が周りに集まるのは構わないが、どうも好かれるのだけはダメだと本能的に思ってしまった。
出来る事なら、もし出来るなら………あの女に向けられている好意は全て斬り殺したいとさえ思わせた。
「ちっ」
何で自分がこんなことを思うのか。色々とかき乱す女に何故か、嫌いになれずにいたザジだった。




