第62話:ユリウスの大事な物
カリカリカリ。
静かな執務室から聞こえてくるのは書類に書くペンの走る音のみ。寝る間も惜しんでなんとか終わらせたユリウスはふぅ……と、休憩を入れる意味で息を吐く。
(少し、休憩するか)
目を閉じて出来事を振り返る。
アウラと決めていた行動の為に、ニチリのベルスナントからは「娘をたぶらかした罪は重いからな!!!」と捨てゼリフを吐かれながらも行動してくれた。
(あー、脅しだよなどう見ても)
アウラから同盟を持ちかける前に、魔道具である水晶を手渡されていた。自動で再生し映像が頭の中に流れ込んでくる。聞けば同じ魔道具を持つ者同士で共鳴し、リアルタイムで戦況が分かるものだとか。
あの時、その魔道具を持っていたのはハルヒのみ。つまり、この映像はハルヒから見た映像であり彼もあの力の巨大さは理解したとみていい。
「家出してますが、いつまでも何も出来ないと思われるのも癪なので、勝手に持って来ちゃいました。仕返した気分でいい感じです♪」
思わず良いのか………と言いたくなったがアウラは満足げにしているのを思い出して笑う。しまいには「お父様が慌てた表情が良いので、やり返しはこれからも続けます」と、聞いてはいけないものを聞いた気がしたので……聞かなかった事にした。
「………パパ」
「……どうしたんだ、寝れなくなったのか?」
ギイィ、と遠慮がちに開けられた扉。中の様子を見ていたのはアリサだ。薄紫色のパジャマに寝てる風魔を抱えていた。いつも結んでいる髪も解かれており、ストレートの長髪でちょこんと顔を覗かせていた。
いつもはゆきがアリサの世話をしているが、今はリーグの居るファウスト夫婦の所におりトースネに事情を話した所快く引き受けた上に
「女の子かぁ………女の子が生まれた時に作った服もあるから………あ、そうだ。何が好きなのかしらその子♪」
物凄いテンションが上がっており自分の娘のように扱ってくれているので、よしと考えた。その時のファウストはトースネの後ろで何度も「すまない」と何度も頭を下げていたが、お願いしているのはこちらだからと頭を下げそうになった。
ファウスト達の所に居る筈のアリサが何故かここに居る。密かに抜け出したかと考えるが一応、「来るか?」と聞く。そしてたら嬉しそうに、コクリと頷き小走りに走って行きそのままダイブ。
「うぐっ」
容赦ない体当たりとアリサを、落とさないようにした事で尻餅をつき「いてて……」とお尻をさすればじっと見つめられる。
「ど、どうした?」
「もう、大丈夫なの?」
「え」
「パパ……悪いものに取り憑かれてるって、大ジジ様、言ってた」
アリサに呪いの事は伝えていない。
説明が難しい上、パパと呼び慕う子に死ね可能性があるなどとてもじゃないが言えない。武彦が上手い説明をしてくれたと思い、もう平気だと言えば「ママは……?」と不安げに聞いてきた。
「……麗奈は、俺がやるはずだった用を代わりにやってくれてるんだ。まだ、帰って来れないな」
「…………ママ」
ポツリ、と呟かれた言葉にユリウスは謝る様に抱き上げ「すまない」と優しく頭を撫でた。本来なら自分が行うべき事、仮契約とは言え向こうから持ち掛けた事を麗奈が行う必要はない。
しかし、大精霊ブルームはお前では無理だとはっきり言った。
「魔法が消えればお前達は役には立たん。丸腰で魔物に向かう事は出来るだろう。だが、それより上の者達にはどうする気だ………お前達は魔法に依存しているがその依存が無ければ、上級クラスの魔物すら相手にはならん」
あの異界の女は魔法とは違う力を扱う。だから必要だと、自分達を封じているものは魔法ではこじ開けられない上に力も出にくい。同属性と言う厄介な点で破壊出来るのはあの女だけだと言われ自分が代われない事、また麗奈を危険な目に合わせてしまう事に強い憤りを覚える。
思わずハルヒに殴られた頬を撫でた。
彼が怒りを向けるのはもっともだ。自分の目の前で大事にしていた者が消える。ユリウスの代わりに選ばれてしまった彼女は、自分を待ってると言った。だから、答えなければならない………謝らなければならない。
一度目は呪いにより意識を奪われ、危うく殺しかけた事。
二度目は自分の代わりにディルバーレル国へと向かわせた事。
事情を深く聞いてもいないのに。ただ、自分のお願いをただ純粋に受け止め叶える為に行動する。諦めず立ち向かう姿に………純粋過ぎるその思いにユリウスは心を強く打たれた。
諦めかけていた自分の命。叶う事はないと、諦めて先に進むことをしなくなり生きるだけなのに苦しいと思っていた日々が……今では違うとはっきりと分かる。
(……いつの間にか、こんなに……こんなに夢中になってたんだな………俺)
最初はただ珍しかった。
自分と同じ色の髪、瞳も黒く思わず吸い込まれるような不思議な感覚。
魔法とは違う力で魔物を倒す姿。
その全てが目を奪われていた。ただ見ていれば良かったのに、自分の物にしたいと強く思った。仕事熱心な所、お菓子を作る所、4騎士達と仲良く話す所、魔法について興味津々な所、自分の言葉に顔を赤くする所…………
その全部が、ユリウスにとって宝物になっていた。いつの間にか、こんなにも満たされている心に、今の今まで気付かなかった事に凄く後悔した。
「パパ、大丈夫?」
泣いてる、と自分の頬を優しく拭き上げる。アリサにそのまま「パパもアリサも、良い子、良い子♪」と撫でられ思わずクスリと笑った。
「………アリサ」
「ん?」
「麗奈の事、好きか?」
「うん!!大好き!!!!」
「俺も入ってるか?」
「うん、うん!!!パパもママも、ここに居る皆も全部入ってる!!!!」
優しくしてくれるから、自分を自分として扱ってくれる皆が好き、とはっきりと言った。ファウスト達には悪いな、と思いつつ今日だけはアリサを独占しようと考えた。
「アリサ………俺のお願い聞いてくれるか?」
「うん、聞く!!!アリサに出来る事なら全力でやる!!!!」
「………ありがとう」
一緒に寝るか、と誘えばそれだけで嬉しいアリサは「パパ、大好き!!!」とギューギュー抱きしめて来る。
この日常が今の自分には必要だと改めて思い、その為に出来る事をしようと新たに決意した。それを少しだけ開けた扉から見ていたファウスト、トースネはお互いにクスリと笑い「もう帰りましょうか」と、何事もなく見なかった事として静かに扉を閉めた。
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その2日後。
傭兵をしていると言う設定での服装を何回もチェックする。ランセから貰った剣を腰に差し、お金を持ち自分の手荷物を改めて確認し「よしっ」と気合を入れる。
「やっと行く気になったんですか。遅すぎです」
「返す言葉もないな。フィル副団長」
「さっさと行ってさっさと連れて戻してください、ヘタレ陛下」
「…………俺、何かしたか?」
「麗奈に寂しい思いをさせた罰だと思えば良いのではないですか」
「…………………すまない」
キツク睨まれ思わず謝る。その隣ではイールから「これ、麗奈に必ず渡してね」と小さな袋にまとめられた何かを渡される。
「中身見たら………どうなるか、分かりますよね?陛下」
「あぁ、分かる分かる。鉄拳が飛ぶんだろ」
「そこに矢が加わります」
「……………見ないから信用してくれ」
麗奈を他国へと転送させてから2人の対応がさらに冷たいものになり、仕方ないかと受け止めながらも心が傷付くのはな………と別の事を考える。コン、コンとノックする音に「どうぞ」と言えばイーナスとイディールが入って来た。
2人はユリウスの恰好を見て同時に溜め息を吐き、ビクリと体を震わした。何だよ、まだ何かあるのか!?と視線で訴えればすぐに答えが返って来た。
「行動が遅い………」
「彼女を待たせるとは男としてダメですよ」
「はい。すみません、でした…………」
グサリ、と自分に突き刺さる心のダメージ。
分かってる、自分の行動が遅い事なのは。しかし、自分は王族であり国にとってはトップだ。私情を挟んで他国へ赴く訳にもいかない、と自分では色々と考えているのに………と思うがなかなか伝わらない。
「まず彼女が寂しい思いをしていると自覚するべきですよ。陛下」
「わ、わかっ」
「アウラ姫と協力したんだろうけどさ。ランセに黙ってやったんだから、彼にも文句言われるよ。分かってるの?」
「そ、それも」
「麗奈さんは呪いを解いた偉業をしたとは言え、一般の女の子です。怖い事があるのは当然ですし、寂しいと思うのは当然です。いくら息子とラウル君が付いてるとしても、直接話してないのはアウトです」
「ハイ、ドウモスミマセン、デシタ………」
何でこんなに立て続けに言われないといけない!!!
反論したら倍以上に返ってくるのが分かり、素直に何も言わずに受け止める。アリサがユリウスの傍まで駆け寄り「みんなイジメないで!!!」と、守る様に抱き付いて来た。
「パパ、反省してこれから迎えに行くの!!!」
『泣かしたからね』
グサッ。
「ヘタレじゃないんもん!!!」
『決断力が遅いんだよ』
グサッ、グサッ、グサッ
「……………ぐ」
「パパ!?どうしたの!!!」
今日一番のダメージだ、とズルズルと気力を無くしていくユリウスにアリサが慌てる。頭に乗っている風魔が『へっぽこ陛下』と言えばアリサに叱られてしまう。
アリサの良心と風魔の的確な言葉に、イーナス達以上の深く突き刺さる言葉に色んな意味で泣きなくなる。
「それは………災難でしたね」
「自業自得だろ」
「ヘタレなのは今に始まった訳ではないですし、ね」
「……………お前等まで」
フーリエは労わる言葉、セクトは真顔で応対されベールからは寒気が来るような殺気にも近い視線を送られる。誰も味方居ないのかよ、と天を見ているとリーグとリーナ、レーグがこちらに向かって来る。
ディルバーレル国へと向かうのに城の裏門からの方が近いとフーリエに言われるまま来たユリウス達。見回りはファウスト達と交代で行う事で、キールとラウルの居ない穴を埋めて行く形になった。自分が言う前に、彼等が考えて行動を起こしていたので思わず理解が追い付かない状態になったが、それだけ成長してるんだよとイーナスに言われた。
「お姉ちゃん達の事、お願いね!!!!絶対に戻って来てよ」
「アリサちゃんの事は任せてください。…………麗奈を泣かせ分は戻った時にお返ししますよ、ユリウス」
「……………」
リーグは純粋に心配と必ず戻ってきて来ると言う期待の目で見ており、リーナは既に生気を感じられないような目でユリウスの事を睨んでいた。「分かったよ!!!」と必死で睨み返せば、レーグが申し訳なさそうに声を掛けて来る。
「陛下。こちらを渡しておきます」
渡されたのは直径2ミリ程の水晶が取り付けられたイヤリングだ。レーグの説明で、この魔道具を付けていればラーグルン国からでも感知は出来る上に、何か異常があれば魔道隊を使って構わないと言う。
「で、でも」
「陛下。私達は私達で行える事があります。しかし、貴方には貴方にしか出来ない事があります。………ディルバーレル国へとは連絡手段が途絶えてから、色々と良くない噂を聞きます。そうでなくても、麗奈様は狙われている立場ですから使えるものは使って下さい」
「すまない………」
「ついで師団長辺りをコキ使えば良いと思います」
「………それが目的だろ」
「さぁ、どうでしょうね」
ニコリ、とレーグにしては珍しく良い笑顔で寒気がした。キールの普段の信頼のなさがにじみ出てるな、と思うが言わない。……仕返しが恐ろしい、からだ。
「じゃ、行って来る。なんか伝言とかある?」
「ラウルには戻ってきた時に色々と問い詰めるので大丈夫です。師団長には麗奈様に近付くなとキツク言って下さいね?」
「わ、分かった………」
「パパーーーーー!!!!!」
そこに再びダイブしてくるアリサ。慌てて受け止めれば、抱きしめる力を強め「行って、らっしゃい………」と泣きそうな声に目を見開くユリウス。
アリサにお願いしたのは自分達が帰るまで大人しく待っている事。
ランセが居ない間、レーグの指導の元で魔法の訓練を続ける事。
好き嫌いしない事。
この3つをお願いした。これから長い時間離れる事に、アリサも気付いているがここで駄々をこねたらユリウスは動けない。それはダメだ、そうしたら麗奈を連れ戻せない、と頭では分かっているが……どうしても自分の両親が居なくなった時の事を思い出し不安に思う。
「風魔。アリサの事、頼むぞ」
『言われなくても分かってる………代わりに主の事、ちゃんとしてよね』
「あぁ。分かってる」
アリサの横ではむーっとしている子供姿の風魔。
彼は麗奈と別れてからは子犬か子供の姿でしか保てなくなっていると言う。主との距離が離れた事もあると同時に、青龍と黄龍が傍に居る事で思ったよりも力を振るえないと言う。
『今、主の霊力は青龍と黄龍に振られてるから僕にはあんまり送られてない。悔しいけど戻って来た時に独り占めするもんね♪』
「アリサも入る!!」
『うん、そうしよう。2人で独占♪』
(……いつの間にそんなに仲良くなったんだ………)
風魔が意外に子供好きなのも驚いた。すると、今度が九尾と清から蹴りを喰らい少し吹っ飛ぶ。
「っ!!!」
『テメー!!!!戻って来たら覚えておきやがれよ!!!!』
『本当はこの場で燃やしたいのに、燃やしたいのにーーーー!!!そんな事したら麗奈ちゃんが悲しむから出来ないんだから!!!!これで我慢しろーーーー!!!!』
「パパ、殴んないでーーーーー!!!!」
「なかなか出発できんな」
「ははは、もう日常に近いからな」
呆れる誠一と武彦にユリウスはもみくちゃにされながらも、何とか抜け出して駆け寄る。裕二の様子はどうなのかと聞けば、変わらずまだ目が覚めないと聞き途端に表情が暗くなる。
「すみません……俺がもう少し早くに到着してれば」
「君は呪いで体が上手く動かない上に、それを無理に動かしたんだ。呪いから解放されたとはいえ、安静にしないといけないんだがな…………」
「っ、す、すみません」
「裕二の事は気にするな。今まであんまり寝てない日々が続いてるんだから、こんな時くらいゆっくり休んでれば良いんだ。それにより、娘を任すとは言え何かあったら…………承知しないぞ」
「……………」
誠一からはそう脅され、武彦も何も言わない辺り同じ気持ちなのだろう。雰囲気が怖すぎて初めて視線を逸らす。いつも優しくて良いおじいちゃんが、今は笑顔で居るのがとてもではないが怖い。
『主人、もっと怒れ。ソイツ、絶対に分かってないから』
『そうだそうだ、主様!!!もっとプレッシャー与えてやれ!!!!』
「ダメなの!!!パパいじめないで」
『今はアリサの味方。先輩、あんまりアイツの事いじめないで。ヘタレなんだけどもね』
「そうですよね………」
「反論して下さいベール騎士団長」
「嫌です♪」
「……セクト団長」
「何も見てない見てない」
「…………レーグ」
「はいはい………」
フーリエとレーグにより回収されたユリウスはそのまま馬に乗せられて出発。アリサは姿が見えなくなるまでずっと手を振り続け、やがて見えなくなると肩を震わせて静かに泣いた。
「………大丈夫、頑張るよ………パパ、ママ」
馬を走らせディルバーレル国へと向かうユリウス達。その途中、ユリウスは足を止めてセクト達に待っておくようにお願いし馬から降りる。駆けよればそこに待っていた人物はイーナスとフリーゲだった。
「内緒で見送るつもりなのに、君って気付くの早いよね」
「幼い時からずっと居たからな。すぐに分かった」
「麗奈ちゃんの事もそれ位分かってあげなよ」
「…………今日は散々だ」
「それだけ皆、陛下の事が心配って奴です。本当だったらもう少し様子を見てないといけないが………これ以上引き延ばいししたら後が怖いからな」
すまん、と頭を下げるフリーゲにユリウスは平気だと答える。
実際、ユリウスがディルバーレル国へと向かう事に最後まで反対していたのはフリーゲとベールとフィルの父親のフィナント。ファウストは陛下の呪いが終わったのならリハビリに行けばいいと無責任な事を言い出す始末。
一時、フィナントとファウストが喧嘩腰で論争を始めてしまい止めたくても止められない。そんな時、のんびりとした声が2人の喧嘩を止めさせた。
「まぁ~まぁ~、ユリウス陛下がやる気なら良いんじゃないかな。……今まで呪いから解かれたのは居ない訳だし、息子の彼くらいしか確かめられないなら行って貰っていいじゃない?」
惚れた女の子為に行動するなんて陛下も青春してますね~と言えば、途端に顔を赤くしたユリウスに「そ、そう言うのは言わなくて良いです!!!!」と注意を受けてしまう。
ワーム・ウリス。
城の花畑を管理する庭師ながらも、フーリエとヤクルの父親なので騎士に所属していると言う異例の経歴の持ち主。のんびりとした言い方だが、言葉の端々に2人を黙らせるように殺気を込めている。それに気付いたからこそ、押し黙るファウストとフィナントは互いに顔を見ずにそっぽを向く。
「陛下がワガママ言うのは初めてなんだし~許してあげようよ。………あとは自己責任、だろ?」
「もちろんだ」
当然のように言うユリウスだが、勝手に出向いてくたばる真似はするなよ、と言う副音声が聞こえたのは気のせいではない。フリーゲはずっと生きた心地がしない上、会議が終わった後には力が抜けたように崩れ落ちた位だ。
「じゃ~私はこれから花達の様子を見るから抜けるね。なんか用があったら言ってね~。頑張ってね陛下~~~~」
「こら、待て!!!!ワーム!!!!!」
ヒラヒラと手を振り会議を勝手に抜ける彼を追うように、フィナントは激昂しながら今のはどういうつもりだと、駄々洩れな会話を始めた。その時の事を思い出したフリーゲは青い表情をしユリウスから心配された。
「いや、悪いです………ワームさん達の事思い出して、胃が…………」
「「あぁ………」」
納得した2人はそのまま遠い目をする。イーナスが渡してきたのはディバーレル国の地図だ。驚いていると「フーリエに言われたへルギア帝国の要塞は付け加えた」と言い、8年前と今では大分変っているだろうがないよりはマシだろと言う事で渡してきた。
フーリエには自分のコレクションとしている薬草と霊薬の何種類かを渡された。しかもすぐに使えるように魔道隊に加工して貰ったから水も無い状態でも飲めるし扱えるとの事。
「………でも」
「人命の方が大事だしな。この先、何があるかは予想がつかないんだ。用意は万全にして損はないし、向こうで薬が買えるのかも分からない。貰えるもんは貰っていいんだ」
「ありがとう、ございます」
「戻ったらキールの奴を使いぱっしりにしてまた取れば良いんだしな」
「………そう、ですね」
満足気に告げるフリーゲにユリウスは困ったように答え、イーナスは「戻って来たら大変だな」と小声で言った。再度、お礼を言い急いでフーリエ達の方へと戻り馬を走らせる。
「………行っちまったな」
「寂しいですか?」
「当たり前だ。やっと呪いから解放されたのに息する間もなく、他国に行くとか……嬢ちゃんの為に動くとは言え、待ってるだけってのは辛いな」
「忘れる位仕事すればいんでは?」
「お前みたいに仕事人間じゃないんだが…………」
「フフフ、それはすみません。戻ってきた時、また笑顔で迎えましょうよ」
だから、今はただ待とう。
この世から魔法を消さない為、大事な物を失わない為。
ディルバーレル国へと舞台を移すユリウス達に災難が降りかからない事を、密かに願い帰りを待つイーナスだった。




