第61話:旅は道ずれ
「はぁ………」
ゆきはやっと解放された足の痺れと質問攻めに息を吐いた。隣では心配そうにこちらを覗き込むガロウ。その視線に気付き、お礼を言いながら麗奈がするように頭を撫でれば気持ちよさそうに大人しくしていた。
「ごめんね、麗奈ちゃんじゃなくて」
≪ガウ、ガウ≫
違うと首を振り、そんな事ないとアピールする。それに気付いていないゆきは話を続ける。
「君、麗奈ちゃんの事が好きだもんね」
≪ガウーー≫
麗奈は好きだけど、君も好きだぞ!!、とアピールしまくり、ゆきの話に全て反応していた。ふと、ゆきが小声で言う。
「ランセさんが、怖い………」
≪………ガゥ………ガゥ≫
同意と言わんばかりにゆきと同じように、ウンウンと頷く。知らず知らずの内、その時の恐怖が思い出されたのかガクガクと、ガロウと共に震え出す。
ヤクルはそれを離れた所で見て少しだけ微笑んだ。
「ゆきの事好きなら告白すれば?」
「うわっ」
ひょこりと顔を出すハルヒに思わず声が上がる。
ドクン、ドクン、と生きた心地がしない。聞けばずっと居たのに、ゆきに夢中で気付かなかったからねとか言われた。
「そ、そんな訳」
「あの魔王さんからの質問責めの時、ゆきの事をずっと庇ったのに?」
「…………」
「ずっと俺が巻き込ました、って誰が聞いても分かる嘘言ってたのに?」
「……………」
「君の事をあと押した騎士からはヘタレのへっぽこを、どうぞよろしくとか言われたんだけど………君、へっぽこなの?」
(リーナの奴、帰ったら覚えてろ!!!)
「人の話、聞いてる?」
「………ガウ」
視線を逸らしながら言えば「逃げんな」とハルヒに足を踏まれ、そのやり取りを見ていた破軍は大爆笑。ランセは再び頭を抱えた。
≪周辺に魔物、ない≫
「悪い………」
見回りから戻って来た黒騎士の報告にランセは内心で、やっぱりと納得し感じ取れた麗奈の魔力を追う為に行動を開始する。
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呪いを解いてたからの数時間後の事だった。
夜中に感じ取れた魔力は自分の感知した事のないものだった。
光属性でも聖属性でもない。だと言うのに、自分はこれを知っている。アシュプが作り出した空間と同じ虹のオーロラ。
不思議な暖かさがあり、それでいて闇を扱う自分にさえ反発する事なくすんなりとこれが誰であるか分かった。
「麗奈さんの、魔力だ」
≪ガウ♪≫
傍に控えていた狼が嬉しそうに尻尾を振る辺り確実だ。未だかつて、アシュプの契約に成功した人間はいない。
この世で唯一、それを成し遂げ誰も到達出来なかった新たな魔法、虹の力を手にした少女。魔法の始祖、大精霊達の生みの親たる彼を契約し従える彼女はきっとその力と意味を知らない。
大精霊の制御を行えるのは召喚士と言えど容易ではない。
召喚士は基本的に1人につき1体とされている。魔力量が桁違いである事、精霊の扱う力は人にとって純度が高すぎる故に、召喚に成功したと同時に絶命するのが決まっていた。
その対策として、精霊は召喚士に対して契約を行う前に自分の分身とも言える水晶を渡す。その水晶を介してようやく精霊は、人の前に現れその魔法を扱える。
純度が高すぎて扱えないなら、人に扱えるように純度を下げればいいのだと。
大賢者のキールでさえ2体が限界だ。
ゆきはそれを3体、麗奈はゆきと同じ大精霊を扱える上に、そこにプラスして4体めのアシュプも従える。異世界から来た、と言う特異性を持ってもこの異常さが明らかだった。
「すぐ、消えた……」
感知した方向からユリウスから聞いたディルバーレル国なのは間違いない。しかし、とランセは考え込んだ。感じ取れた方向は確かにディルバーレル国だが、首都がある方角とは真逆でありラーグルング国に着くまでにある噂話を聞いた事がある、と思い出した。
─ヘルギア帝国と同盟を結んだらしいぞ─
─息子の第一王子は病により外には出られないらしいな─
─そう言えば最近、妹さん達も奥方様も見えないわね─
─王も大変だから、あの帝国と手を結んだのか─
「………ヘルギア帝国、同盟………か」
聞いた事のない国。
所々で引っ掛かる所があり、ランセの記憶が正しければ第一王子のドーネルは病に伏せった事がないはずだ。自分の事を普通に受け止めた辺り器が大きいのか、意味が分かっていないかのどちらかだが。
朝、ユリウスの所に顔を出し麗奈が居る所から首都からズレている事、まだ自分が感じ取れているので追って行くと言えば、彼は二つ返事をした。
「………」
正直、驚いていた。
麗奈の傍にはキールとラウルが居るのは確実だ。本当ならすぐにでも出向きたいのに、ユリウスは我慢している。少しだけ不気味だと考えながらも、ランセは転送魔法を発動させた。
その直後。
「今だ!!!」
「っ、な、君等!!!」
何でここに!!!と、ランセにしては珍しく驚き反応が遅れた。
それもそうだ。ユリウスの部屋に訪ねたのだから、彼しか居ないと思い込んでしまったのだ。
いつの間にか、ゆきとハルヒ、ヤクルの3人がランセに引っ付くようにしておりユリウスを睨み付けながら魔法がそのまま発動。
部屋には主たるユリウスが静かに息を吐き、次に備える。
「次はニチリの、アウラ姫の父親達と対面か………」
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ランセの案内で歩く森の中。道も方向感覚も分からなくなりそうな空間だったにも関わらずランセは普通に歩く。それを慌てたように追うゆき達は、叱られた事もありあまり言葉を発さなかった。
時々、こちらを見ては歩くと言う事を繰り返すランセは黙ったまま。だが別に怒っていると言う訳ではない。この先に村があるよ、と言われほっとなる。
「まぁ、今の君達の恰好なら旅人位には見られるだろうね。ヤクル、君は貴族だと言うのは伏せてね。ラーグルング国じゃないんだから、普通にするのは危険だよ」
「分かりました」
ヤクルはいつもの騎士団服ではなく、ラフな格好に少しだけボロいマントを羽織り、ゆきとハルヒも少しだけ服をボロボロにしていた。ランセいわく、あまりに綺麗すぎるとお金を持っていると思われる。
それだけならまだ良いが、それで夜盗や金銭目的に動く輩に追われる可能があること、貴族である事が分かり、もし貴族により苦しめられた経験のある村だった場合、最悪……追い出される可能性がある、とまで言われたからだ。
ゴクリ、と騎士として見回りをする以上に今のこの状況の方が緊張するなとヤクルは思う。
(まさか、ここまでズラされているなんてね)
チラリとゆきを見る。
聖属性を操る異世界の少女。自分の扱う闇とは反発しやすい属性でもあるが、まさか転送魔法を扱う時にまで反発されるとは思わなかった。だから咄嗟の反応に遅れた上にらしくない事までやっている。
「はぁ………」
ビクリ、と分かりやすく肩を震わすゆき達。
普段は怒らないランセを完全に怒らせてしまった事に、ヤクルとゆきは当然生きた心地がしないと思われている。ランセ自身は自分が失態を起こした事にショックを受けているのだが……そうとは読めない雰囲気を漂わせていた。
ユリウスと話した事で少しだけ気が抜けたのか、意外に自分も甘くなったなと思った矢先の彼女達の行動。魔力を感知できる範囲にはまだ麗奈が居る事から再び使えば間に合う可能性がある、と結論付け対策をどうしようかと考え込む。
(また反発したら………今度は何処に行くのか分からないな)
闇の転送魔法は使えない。
闇の属性に準ずる力もゆきの前ではあまり使う訳にはいかないな、と考えた。反発がどう作用し、自分にもどのような負荷が来るのかが予想つかない。その場合、被害を最小限にするには自分は闇の魔法を扱わない方が良い、と決定し更にその影響を受けないようにと、ゆきから距離を離す。
一方のゆきも、ランセの行動に少なからず気付いており以前キールに言われた事を思い出していた。
「闇と聖属性とでは光と違って反発する力が強い。極力、闇を扱う人には近付かない方が良いよ。どんな作用があるのかは分からないからね」
「作用、ですか?」
「そう。反発しやすい属性同士があると、扱う者にも多少なりとも影響はあるよ。力が半減したりとか、一部の魔法を扱うのも難しいとかね」
「……どうしたら、影響を受けなくなりますか?」
「うーん。ちょっと難しいからね……それらを関係なくする魔法とかあれば一番いいんだけど」
現状、そんな魔法はないしね。と、難しい顔をしたキール。ゆきはその時、言われた内容の意味はよく分からなかった。しかし、今のランセの表情を見て少しだけ分かった。
(もしかして、私の所為で………ズレた?)
だとしたら、不味いと思った。
麗奈を助けたい。離れたくない、だから必死で付いてきた。けど、もし……もし、と思わず足が止まる。
「ゆき?どうした」
不意に足を止めたゆきに心配になったヤクルは近付く。俯いて表情が分からないでいるが、次にはヤクルの手を取りハルヒの手を握りランセの所へと走る。
「ちょっ」
「麗奈ちゃんの所に連れてって!!!」
≪ガウーー!!≫
強く願い、ランセを巻き込んで発動した転送魔法。空高く伸びた光の柱が出たかと思えば瞬く間に、風化して何事もなかったように静けさな森に戻る。
眩しさから目を閉じていたが、小鳥のさえずり、動物達の鳴き声が聞こえて来る。ゆっくりと、ゆっくりと目を開ければ自分達を囲むようにして佇む野生の動物達。
いろんな動物と目が合うが、どれも人間に対して敵意はなく逆に興味を持たれているのか、髪や首筋の匂いを嗅ぐ仕草にくすぐったさを覚えて笑いを堪える。
「綺麗………」
思わず口にした、その声に、言葉にヤクルとハルヒも賛同するように綺麗だと言った。彼女達の目の前には泉があり、日の光で煌めく幻想的な雰囲気を持つその泉は……とても神秘的だった。
(………あれ、虹?)
表面が虹のようなグラデーションで不思議な美しさがあった。泉に近付こうと動けば、小動物達に服を引っ張られ案内をされてるままに中を覗く。透き通った綺麗な色なのに、不思議と温かさを感じる感覚に笑みを零す。
「向こうでもこんなに綺麗な泉はないだろうね」
「うん、そうだね♪虹が膜を張ってるみたいで、綺麗さが更に上がるよね」
「え、虹?」
「……え、見えない?」
「「……………」」
見つめ合うこと数秒。
ハルヒにはこれは澄み切った泉にしか見えず、自分やヤクルが見ているものとは違うと言う。手に取れば所々で虹の光が入り込むも、気持ち悪さはなくむしろすんなりと受け入れられる位だ。ハルヒが触れても同じだが、彼にはこれも普通の水としか見えていない様子だった。
「その泉、魔力で保たれてるね」
≪魔族がその泉に触れるな、穢れる≫
「これは失礼」
気温が急激に下がった。そう感じる間に、ランセの周りには氷の刃が向けられていた。その殺気にも近い声色にハルヒは思わず札を取り警戒態勢に入る。
≪人に向ける事はしない。用があるのはその魔族だけだ≫
フワリ、と泉の中央に氷のように透き通った水色の狼が居た。精霊なのはすぐに分かった。人の美しさでは到底辿り着けない領域におり、決して真似は出来ない。
そう、頭で理解させられる位の圧倒的な美しさがあった。
≪ガウーー!!ガウ、ガウ♪≫
≪ガロウか。久しいな、その娘がお前の主か?≫
≪グウ、グウ、ガウーー≫
≪……何?貴様、どう言うつもりだ!!!≫
ランセに向けられた殺気は、それに連動するように刃が襲い掛かる。それが彼に触れる事は決してなかった。彼の傍に控えていた黒騎士が守り切ったからだ。
「ま、待って、待って下さい!!!」
「ちょっ」
ゆきの制止に、氷の狼はピタリと動きを止めた。
それもそのはずだ。攻撃されまいと、ランセに抱き付き全力で阻止する。たまたまとは言え黒騎士の視界からは見えず、ランセが警戒していたのは狼だった為に完全にゆきを見失っていた。
思い切り抱き付いた為か、そのまま倒れる形になりドサッと強く頭を打った。すぐに声を発したいが抱き付かれた勢いなのか、思い切りゆきの胸の感触がダイレクトに伝わり思考が停止する。言うべきなのだろうが、どう表現して良いのか分からずに黙っていると精霊同士で話が進んでいた。
≪……それは本当か?≫
≪ガウ、ガウ!!≫
≪言語を話せない理由がある訳か……。すまない、どうやら勘違いをしていたらしいな≫
「ランセさんは確かに魔王ですけど、魔王じゃなくて、でも魔王だけど………と、とにかくダメです。ランセさんは攻撃しないで下さい!!!」
「ゆきーー、しどろもどろの所、大変申し訳ないんだけど………」
ハルヒが胸の辺りを指で指し示す。
どう言う意味?と、今の自分の状況を見て一時停止し、カァと顔に熱が集まるのが分かる。
「ご、ごめんなさいーーー!!!」
「ま、待て。ぐあっ」
追おうとするも「来ないで!!」と、無我夢中でヤクルを殴ってしまいそのまま全力で走る。密かに破軍を追わせて離れ離れになるのを阻止する。
「魔王ってムッツリなんですね。人間味があって良いです」
「次言ったらぶっ飛ばすからな」
「れいちゃんにも知られたくないですもんね」
「くそっ、ホント余計なこと言うなよ?」
「さあ、どうでしょうね?」
≪(これが………魔王?)≫
ガクリとなるランセにハルヒは「やった!!」と満足げにしていた。未だに腹を抱えてうずくまるヤクルは、少しだけ顔を上げこのやりとりを見て、随分とランセも丸くなったと別の事を考えた。
その一方で、フェンリルは魔王が人間のようにしているのが不思議でいたが、ガロウから嬉しそうに仲間の事を紹介される。その際、嫌いな人物としてハルヒを上げ、それに習うようにフェンリルも少しだけ嫌いになった。
「そう……やっぱり、これは麗奈さんがやったんだね」
少しだけど、自分が感じた魔力が漂っている。
フェンリルから事情を聞き、ゆきが転送魔法でここに来た理由が分かった。泉の精霊が居なくなった事でドス黒く濁り切った泉は、もはや人が動物が触れて良いものではなくなっていた。触れば電気が走る程度のものが、今の状態の泉に触れた場合だと大火傷を負い、毒の作用により最悪の場合亡くなる可能性がある。
前の泉のように、綺麗で清潔に保たれる泉へ戻れるように……。そう、麗奈が強く思い自分の知る限りの清潔なイメージで保たれる泉を想像した。とにかく透き通った何にも汚されていない泉として、想像をし初めての魔法を行った。
(初めて使った魔法の規模にしては………規格外すぎるな)
泉を元に戻したこの力は再生と言うよりも浄化に近いやり方だ。全てを操れる事から聖属性の力も含んだとしても、ここまで上手く出来るのだろうかと疑問に思った。
「……もしかして、ここに麗奈ちゃんが居たから私達ここに来れたの?」
恥ずかしさに耐えながら、破軍に道案内されて元いた場所に戻ったゆきはフェンリルに質問する。
≪恐らくはそれで合っている。彼女が行ったのは夜中の内だ。送り出したいがここから離れる事が出来ない故、道案内も難しい………すまない≫
フェンリルの話によれば、代わりの精霊が居ない場合同属性の力を有するものが管理を行う必要があると言う。そこに強さの格は関係なく、大精霊であろうと小さな力を持った精霊であっても構わず、精霊である事が条件だと言う。
「自然の管理は精霊が行っているから属性に関係なく、精霊と言う条件に当てはまれば良いものね。成るべくなら近い属性のものが管理するのに苦労しない、って事だしね」
「……じゃあ君は新しい精霊が来るまではここに動けないって事なんだね」
≪あぁ、本当にすまない………彼女には感謝したいのに、お礼を言う間もなく魔法師を助ける為にテントに戻ったからな≫
「魔法師を、助ける………?」
そこで大賢者のキールが危険な状態だったこと、麗奈とラウルが必死で探し死守したものは治療に必要な珍しい薬草にもなるもの。そう言った詳細を話せばランセ達はどんどんと顔色を変えていく。
≪あとを追うなら今一度、魔力を辿れば平気だろう。場所は移動していたとしても、向かう場所なら分かっている≫
彼女達が向かっているのはディルバーレル国の首都であるファータ。何をするにもまずはそこに向かえば必ず麗奈に会える、とフェンリルが教えてくれた事でランセ達の行動は決まった。
まずはファータへ向かい、合流を果たそう。
ゆき達が行動を起こした2日後。準備を整えたユリウス、フーリエ、セクト、ベールの4人は馬を使って首都・ファータへと向かうのだった。




