第60話:王同士の対面
「…………」
「…………」
ユリウスは自分と対峙している人物を見て、その偉大さと自分はまだまだひよっこだと言う事実に直面していた。麗奈達がディルバーレル国の領土内へと飛ばされてからの翌日。
見張りをしていた兵士から「ニチリの関係者が……姫に会わせ欲しい、と」気まずそうに言いすぐにユリウスとイーナスは北の柱がある海辺へと向かった。
「もうよせ!!!ディルベルト、さっきからどうしたんだ、お前らしくない!!!!」
ガキイィィン!!
リーグの扱う剣と黒髪に空色の瞳を持った男性と対峙していた。互いに同じ風を扱う関係からか、金属同士がぶつかる音と共に、突風となって周りを近付かせないでいた。
「その年齢でこの力………鍛えればもっと上へ上がれますよ」
「本当?」
「えぇ、私が保証します」
「やっだぁ!!!」
「リーグ!!!」
げんこつがリーグに襲い痛がっている内にユリウスは2人の間に入っていた。イーナスはディルベルトを含めた面々を見て、姫の関係者と聞いていたが、まさか王自身が来るとは思わなかった。
イーナスはベルスナントは見てすぐに王だと気付いた。ユリウス、ヘルスと同じく王としての威厳があり、自分の方が下だと本能的に分からせられるような感覚。
ガッシリとした体格、灰色の髪、腰に下げている剣は緑色の光が淡く、優しさを感じさせるような不思議な力を感じ取れた。それを感じ取りすぐに精剣だと結論づけた所で、アウラが慌てたように声をあげた。
「お、お父様!?」
「アウラ。心配させないでくれ」
そう言われ抱き締められてしまい、思わずユリウスを見る。彼もその視線に気付きコクリと頷く。
昨日の夜、アウラと話した事を、自分の考えを伝える時が来たのだ。
=======
「ユリウス陛下。少し……いいですか?」
麗奈が飛ばされてからの夜。アウラはユリウスに、謝りたいと思い見張りの者に無理を行って部屋に案内して貰った。ドア越しの声に、ユリウスはドアを開けてアウラが会いに来た事に驚いた。
「こんな夜にどうしたんです」
「ハルヒ様の事、謝りたくて………」
「俺は怒ってないし、殴られるのは分かってた。……彼の言うように、事情を知って起きながらいなかったんだ」
薄情者だろ?と聞けばアウラと兵士は同時に「違う」と言いだしユリウスの目が点になった。言った2人も同様に目を見開き互いに見た後に「アハハハ」と笑い釣られてユリウスも微笑み返す。
「……綺麗な花達ですね」
「それは良かった。ワームさんも喜んでくれるので、姫が喜んでくれたなら……今度来たとき花をプレゼントしますよ」
「本当ですか!!それは嬉しいです」
花をプレゼントする、と言うだけで凄い喜びようだな、と思ったユリウスはふと麗奈を思い出す。自分の事のように、何倍も嬉しさを表現し、それを見ていた自分がどれだけ心が和らいだか。
「……ユリウス、陛下?」
「っ、す、すまない……目にゴミが、入ったみたいだ」
首を傾げたアウラは見てしまった。
一瞬で自分に背を向けたユリウスの頬に、涙が伝っていた所を。それでどれだけ麗奈の事を思い、今も心配しているのかアウラには分かった。
(ハルヒ様と別れたら………私は、私でいられるでしょうか?)
麗奈には誓いを立てた魔法師と騎士がいる。
彼女に付いていった2人は、ユリウスも信じており実力的に申し分ない。でも、不安はある……それでも、ユリウスがしっかりしているのはーー。
「ユリウス陛下は、信じているのですね」
「えっ」
「麗奈様の事、信じているのでしょう?」
「周りからはすぐに行けと言われたがな………」
ワガママ言ってる場合じゃないだろ、と困った様子に呟く。ハルヒはすぐにでも行きたいが、霊力が回復するのに時間が掛かるため不機嫌ながらも、城で用意された部屋に大人しくしていると言う。
「恐らく、明日の朝か昼前には……父様達が来るはずです。精剣のシルフを扱えば、船のスピードは上がりますから」
本来ならもっと早いが、人が居るとかなり酔いが早いことからあまり使用しないとの事。ユリウスに向き直り「宰相様から話しは聞いていますね?」と言われ頷いた。
「魔王を倒すのに大賢者のキールだけじゃ無理だし、ランセさんが居ても難しいからな。……同盟の件、俺は嬉しいがそちらにメリットはあるのか?危険しかないぞ」
何故か魔王サスクールは麗奈を狙っている。
目的も手段も分からない上、同盟を組んだと分かれば被害が大きくなり犠牲もある。本来なら組むに値しない。
前の魔王との戦いで周辺諸国にも、被害が出ているのを聞いたからこそ改めて聞く。今度は国が滅ぼされる可能性すらある、と。
「………どちらにしろラーグルングが倒れれば魔法が無くなります。なら、そうさせない為に同盟が必要なのでは?だから、父様達は私が説得してみせます」
それに……。とアウラは顔を曇らせる。
少し考えた後、意を決したように口を開く。神子は、神様の声を聞ける唯一の存在。アウラ自身に掛けれた呪いを除いても、彼女の命や我が物にしようと動く輩は多い。
「私には……世界が、魔法が消え去る事が分かっていました。でも、私はそれよりも自分の命がないのを知り……正直、どうでもいいとさえ思いました」
「………」
ユリウスはそれをただ黙って聞いていた。神子と言う立場がどういったものなのかは、その立場の人間同士でなければ分からない。王族として分かる所はあっても、アウラの苦悩は分からない。
共通しているのは残り僅かな命、それを呪いによりかけられている。それを異世界から来た陰陽師に解いて貰った、と言う2点だけだ。
「世界が滅びようとも、自分は既に居ないのだからと聞かぬフリをしていました。……でもハルヒ様に会い、彼が自分の力を見せるものとして私の呪いを解いてくれました。諦めていた私にハルヒ様はこう言ってくれたんです」
─魔法だろうと何だろうと、君はそれで諦めた。呪いの所為にしてただ逃げてるのがムカツク。世の中、苦しくても諦めずに逃げずにいる人だって居る─
─そんな腰抜けさんに見せてあげるよ。こっちに来てからまだ間もないが、陰陽師の仕事として呪いは排除する。僕はね、会わないといけない人が……謝らないといけない人が居るんだこんな所で死ぬのはごめんだ!!!-
そう、言い切ったハルヒは見事に呪いを破壊しアウラを自由にした。彼女が望んでも手に届かなかった事、望んではいけないと思っていたもの。
それを叶えてくれた彼に、そんな彼の為に動きたいと、命を懸けても良いとさえ思わせた。彼に憧れて、いろんな事を真似た。周りから止められても、構わず続けてなんとか洗濯だけは出来たのだ。
「ハルヒ様、この国で会いたい方には会えたようなので嬉しいです」
「ゆきと麗奈だろ。……彼女達の世界の事は少ししか聞いていないが……文明がかなり進んでいる所で食べ物の種類が豊富だと聞いたが」
珍しいものが多いからか城全体で取り合いが発生してて止められない、と愚痴を溢せばアウラからは笑顔で「参加してみたいです」と言われた。もちろん全力で止めた。
「ふふっ、良かったです。落ち込んでいるようですけど、ちゃんと迎えに行かないといけませんよ?約束、したのでしょう?」
「…………」
思わず貴方もそんな事言うんですか、と視線で訴えた。
「父様は同盟には反対なさりますが、私が絶対説得させますし陛下と話して優しい方だと分かり安心しました。最初、魔法を生まれた時は優しさから来たとされていますしね」
「………からかってますよね」
「いえ、全然」
=======
「同盟、か。何故、そんな事をする必要がある」
「大精霊ブルームから魔法が無くなる可能性がある、と示唆された時に真っ先に浮かんだのはニチリとダーリュセク……この2国が狙われると思ったからです」
現在、ベルスナントは応接間でユリウスと話を進めていた。
ユリウスの右側にはアウラが、反対側にはイーナスとイディールが控えていた。ベルスナントも同様に宰相のリッケル、ディルベルトを傍に控えさせておりこの内容を聞きながらどう判断を下すのかを見守っていた。
丸い長テーブルを挟んで対峙する王が2人。
ピリピリと感じるのは気のせいではなく、アウラはぐっと堪えた。いつも父としてのベルスナントは本当に優しく、戦ともなれば勇ましくカッコいいとされている憧れの対象でもあり誇りある人だ。
しかし、今のベルスナントは父としての顔ではなくニチリの国の王としている。それがこんなにも、息をするのも、息の仕方さえも忘れてしまう程の圧迫感があるとは思わず……説得してみせると言った自分の言葉が恥ずかしくされ思えた。
「ほぅ、大精霊の……しかも魔法の祖として伝えられている彼を呼び捨てか」
「………自分も敬意を払いたいのですが………本人から拒否を受けた挙句に次に言ったら燃やすぞと脅されたので、これで勘弁してください」
(脅し………)
リッケルはその内容に信憑性がないと断言付け、ベルスナントも同じ考えだった。伝承に様々な形で干渉してきた大精霊ブルームとアシュプは、姿形はないがその恩恵あってこそのこの世にある魔法の力。
彼等を信仰する者は多く、その象徴とされているのが精霊達でありその声を見聞きできる召喚士がかなり希少なのも頷けられる。今まで彼等を使役できた事など、どの記録も無ければ証拠がない。だから、この同盟も今ユリウスが提示してきた内容も全ては無意味と判断した。
「証拠、と言えるかは分かりませんが………姫からこれを預かりました」
そう言ってイディールに置かせたのは見たことのある水晶。魔道具であるこれはアウラから譲り受けたものだと言えば、リッケルとベルスナントはピクリと反応を示す。
そして数秒後に輝きだす水晶。イディールが見た映像がベルスナント達に流れ込む、その時間はほんの数秒のはずなのに体感的には長く、もっと長く感じられた。
それはユリウスに力を貸したブルームの影響もあり、伝承として残された存在を、初めて見たと言うのもあった。しかし、本能的に感じ取れたのだ。
あれは偽物などではなく本物である、と。
「…………」
無意識に手汗が出た手をじっと見た。
圧倒的な力の差。
覆せない、触れてはいけないもの。
大きな魔力の塊は、決して自分達に向けられていない。にも関わらず、自分の喉元に突き付けられたような錯覚が感じられる。
「今のが……証拠か」
「黒い鱗の体を持ち七色に光る羽根を持ったドラゴン。姿形は分からずとも、力は分かったはずです」
「何故……あれ程の力を持ったものが、君に力を貸すのかね」
「………俺も、姫と同じ呪いに苦しめられ異世界から来た……魔法とは違う力を持った女の子に助けて貰いました」
「!!!」
魔法とは違う力、異世界から来た。
そのワードは自然にハルヒを思い出させた。ベルスナントとリッケルは目を見開きディルベルトはここに来るまでに、ある女の子と話をした。
ラーグルング国に着いて早々、水の柱を警護していたリーグの騎士団と交戦になった。飛び掛かったのは団長のリーグだけだったが、反射的に放った風の魔法で咄嗟に自分と同じ力だと悟った。
交戦ではなく訓練のような形になり、ユリウスに止められた後にリーグと共に謝りに来た女の子。
「お怪我はありませんか?気分が悪かったりしたらすぐ言って下さい」
「いえ……平気です」
茶色の髪に黒い瞳、雰囲気を見て何かが違うと思った。漂う雰囲気からなのかは分からないが、最初に会った時のハルヒを思い出させた。
(彼女以外にも居るのかこの国は……)
「──分かった。あれがこちらに向けられれば、到底叶わん。あれだけの圧倒的な力を見せられたら嫌とは言えんよ」
「………」
イーナスに視線を向ければ彼は肯き話を進めた。
考え事をしている内に話は進んでいたようで、ディルベルトは状況がついて行けなかった。そしたらアウラが傍までより「ディル?」と心配そうに声をかけてきた。
「いえ、何でもありません」
「嘘言わないでよ………」
「いえ、本当に」
「………」
大丈夫、と言おうとしてアウラにジト目で見られ思わず視線をそらす。
リッケルとベルスナントからは無言のプレッシャーを受ける中、そのやりとりを不思議そうに見ているユリウス達。
(何故、自分がこんな目に………)
溜め息を吐きたいのに未だにアウラのジト目から逃げたい衝動に駆られる。そこに申し訳なさそうに入ってくるのは、副隊長を務めているラーバルだ。ベルスナントが視線だけで、「何だ?」と示すように見れば彼の顔はますます青くなる。
「………申し訳ありません、ハルヒ隊長が………消えました」
「は?」
思わず、そんな言葉を漏らした。
ベルスナントは体を震わせ、リッケルは既に死んだ目のように伝えに来たラーベルを睨み付けており雰囲気は悪くなる。ドタドタ、と慌ただしそうにこの部屋に向かう足音にアウラとユリウスは静かに笑みを零した。
「た、た、大変です!!!!」
「ゆ、ゆゆゆ、ゆき様が居ないです!!!!!」
「ヤクル団長も見当たりません。陛下!!!何か……ご存知………で…………」
ドアを蹴破り、報告が上がる内容にイディールとイーナスはピクリ、と反応を示し同時にユリウスを睨み付けていた。兵士達は事前にニチリの王と話す事は伝えていたが、緊急時には無理に入っても構わない……と、ユリウスから言われていた。
だから彼等は入った。陛下に言われた事も含め、今伝えるべき内容は確実に伝えねばという使命感でしか動いていないのだから。
「し、しし、しししし失礼しまし」
「どういう意味?」
イーナスの冷たい声で兵士達はビクリとなり、ハルヒが居ない事を告げに来たラーバルも同じ反応をした。叱られているのはラーグルングの者のはずなのに、何故か自分にも向けられているような……そんな圧。
自分の達に視線を合わせないでいるにも関わらず、冷たい声と雰囲気からかガクガクと体が勝手に震え上がる。どう見ても怒っているのに、怒鳴る事をしないのは他国が居るからなのかと思うが……実の所、ベルスナントとリッケルも同じ事を思っていたので、代弁してくれて助かると言う思うもある。
「…………これは、陛下と姫………貴方達、2人で起こした企てですか?」
ズシリ、と体に重みが掛かるような錯覚が起こる。
ディルベルトはイーナスの雰囲気から、何処となく自分と似た感じとしか思わなかったが今のでハッキリと分かった。彼は自分と同じような経験をしている、と。
「友達を救いたいと言うハルヒ様の願いを、私が叶えるようにしただけです」
「俺はその手伝いをしただけだ」
「………成程、初めからそのつもりだった訳ね」
アウラは圧倒される雰囲気に飲み込まれないように、と心を強く持ちユリウスに至ってはどこ吹く風と言わんばかりにそっぽを向いている。
=========
ディルバーレル国から離れた、とある森の中。
そこにはヤクル、ゆき、ハルヒが正座で座らされており目の前に立っている人物は腕を組みずっと笑みを浮かべていた。
「…………」
「君等、許容範囲って知ってる?」
「……………」
「ユリウスにはあとで叱るから良いんだけどさ………何でこうなるのかな」
ねぇ、何でかな?、と笑顔なのに目は笑っておらず加えて纏う雰囲気が普段と違い過ぎてゆき達は冷や汗をかいていた。
ゆきの隣では黒い狼が【ガウ、ガウ、ガウ】と憐れむように前足をポンと置かれ、ヤクルの傍には黒騎士がじっと見つめている。破軍は『だから言ったのに』とこうなるのが分かり切ったような、自業自得だと言わんばかりにリアクションをとる。
「どういうつもりか、吐いて貰うよ?」
時間はたっぷり、あるんだし………ね?
と、黒い笑みを浮かべるランセにゆき達は改めて思った。
怒らせてはいけない人物を先に怒らせた。いつもは自分達に優しいはずのランセもこの時ばかりは怒りを向ける。
魔王の説教と言う受けたくもないものを、早々に受けた彼女達はランセには絶対に逆らえない……と強く思った。足の痺れが起きようが、疲れが溜まろうが構わず続けるランセに何も言えなくなった。




