第59話:麗奈の責任
フォルムの実を探してからおよそ12時間程が経った。もう昼過ぎの頃だ。
父を討つと言う目的もあるが、国を取り戻すと言う目的もある。
それを知っているのは幼い頃から自分の傍に居た宰相の息子。騎士団長を務め国を守る立場でありながらも自分に付いてきた者。その団長の団員達、魔法師で構成された小さな反乱軍であり、解放軍でもある。
そんな時、見張りをしていた騎士達の報告からヘルギア帝国の者達が巡回され、この場所を通ると分かりすぐに撤退の準備に取り掛かった。ドーネルは周りが片付けに忙しくしている中、キールの傍を離れず小屋の中で帰りを待っていた。
(3日以内には必ず戻る、か………何でかここに居ないといけない気にさせる。なんだろう………ユカリさんを見ている気分だ)
そう言えば……と、ふと昔の事を思い出す。
ラーグルングから来たと言う麗奈とユカリさんの雰囲気が似ているような……と唸るドーネル。そこに扉を蹴破り『誰でも良いから医者を呼んで!!!!』と黄龍がなだれ込んでくる。
「っ、ビ、ビックリ――」
『はい、これ!!フォルムの実ってこれで良いんだよね?』
「え、あ………はい?」
急いでいる様子の黄龍に驚き、手渡されたものを見る。蹴破られた音の豪快さにリーファーが「もっと静かに出来ないのか!!!」と文句を言われるが黄龍から『うるさい黙ってろ!!!!』とさらに文句がとぶ。
(……図鑑で見た特徴と一致している。淡く光るのは紫色、蕾は他と違い実の形をしてる)
言い合いを始める2人をほっとき、村の人にも一応の確認をしてもらいすぐにリーファーに薬を作るよう指示を出した。すると黄龍から他に薬剤に詳しい者、もしくは魔法師の中で治癒が出来る者は居ないかと尋ねられた。
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「どうにか足の火傷は食い止めましたが……この高熱は毒の作用に似ています。一体、何があったんですか?」
キールとは違う小屋で治療に取り掛かっていた魔法師はそう黄龍に訪ねた。ドーネルから治癒力の高いスティに治療をあたらせた。
桃色の髪に同じ色の瞳、白いローブに2羽の金の鳥が刺繍されたディルバーレル国の紋章を着ている事から、魔法師であるがレーグ達と同じ国の所属と言う事を意味していた。
彼女はラウルの足の状態を見てただの火傷ではない事。最悪足が使い物にならないとまで覚悟した位に。自身が光の属性だったのもあり、見た目が酷いが足を切断する必要もないことにほっとした。
(この火傷……魔物に受けた火傷ではない)
彼女が心配したのはラウルの高熱だ。
光の使い手は浄化作用と治癒力が高い。魔物の攻撃により受けた副作用でも、かなりの効果を発揮する事が分かっている。
「そちらはどうだ。スティ」
そこにドーネルが様子を見に来た。スティは足の火傷は平気であること、高熱が下がれば体調も元に戻ると報告すれば、ほっとした様子。それに今度はスティが驚いた。
「あの、ドーネル………」
「ん?あぁ、どうも彼女達と居ると色々と調子が狂うよ」
困ったな、とはにかんだ様子で頬をかく。
それを見て少しだけ昔に戻れたような気がした。それを言うべきでないとぐっと堪える。黄龍はタイミングを見計らい、フォルムの実を採るまでの経緯を話した。
死神の事は伏せたまま、少しの嘘を織り交ぜて話した。フェンリルからの注意もあるからと、彼等に話していく。
(ヘルギア帝国。要塞を作る為だけに、私利私欲の為に、この国と協力関係にあるが………実際に執り行ったのは奴だ)
国の宰相であり親友の父親も、謎の死を遂げた事で後釜に据えられた男。ドーネルの父親以外にも敵はいる。
『主。まだ起きるのは早い』
「ラウル、さん………」
黄龍が駆け寄り肩を借りながら、歩いて来たのは麗奈だ。顔色が悪く歩くのもやっとの状態であり、その後ろから「ま、まだ立ってはダメです!!」と控えめに言っている魔法師は目を泳がせていた。
「大丈夫、です。すぐに、済むので………」
『ダメだ。泉での浄化で力も随分使って――』
「ごめん、ね」
そう小さく言い、黄龍は体が動かなくなったように固まってしまった。
『(あんな、泣きそうな表情されたら………止めるに止めれないじゃないか)』
主の性格はよく分かっている。
責任感が強く、自分の事は後回しにして他人を優先にする。時に泣き虫な所もあるのに、仕事には誇りを持って行い、頑固で融通が利かない。
(っ、ラウルさん……ごめんなさい、ごめんなさい………)
少し目の前がぼやけながらも、うめき声を上げているラウルに謝り続けた。
スティは駆け寄ろうとしたのをドーネルに止められ、黙って見る様にと目で訴えて来た。
そうしている間にも、ラウルの傍に座り額に手の平を乗せる。フェンリルが自分に魔力を送った感覚を思い出しながら、自分の持てる魔力をラウルに注ぎ込む。
ポゥ、と自分を包むようにして七色の光が一瞬だけ漏れ出しすぐに光の膜が包み込む。太陽に当たっているような優しい光を感じ取り、それを渡すようにゆっくりと慎重に行う。
(……光の膜が、彼にも伝わって来ている)
魔力の流れが視える魔法師のスティと、麗奈の事を追って来た魔法師も見て驚いていた。麗奈に纏っていた膜がそのままラウルにも伝わり、体に浸透していくのがはっきりと見えた。
ドーネルから様子を見る様に言われ、スティはすぐにみる。
「熱もない様子です。しかし……油断は出来ませんのでこのまま様子を見させていただきます」
「だってさ。良かったね」
「は、い……」
お礼を言い切る前にフラリと倒れ込む麗奈を、黄龍はすぐに抱きかかえる。麗奈の代わりにお礼をいい、足早に小屋に向かっいった。
魔法師は慌ててその後を追いかけていき、スティはドーネルに何者なのかと尋ねた。
「あぁ、彼女達ね。キールの知り合いで、ラーグルング国から遥々ここまで来たんだよ」
「………嘘を言わないでいいです」
スティは国が抱えている魔道隊の中で、ドーネルの身の回りと警護を含めて任された魔法師でもあり、彼とは幼馴染でもある。
王族と言う立場のドーネルと魔道隊とでは結びつきにくいが、実力がある家柄と光属性と言う珍しい使い手と言う事もあり重宝されていた。
だから、彼女は幼い頃からドーネルの傍に居て彼の成長と共に自分も成長してきた。王族としての苦悩、葛藤、それらを傍で見て来た彼女はドーネルの嘘には敏感だった。
「はははっ、悪い悪い。分かった……言うよ、言うから睨むなって」
彼はそこで麗奈達が何らかの転送魔法でここに飛ばされた事を話した。
騎士、魔法師、不思議な力の持ち主と言うイレギュラーだったが、キールが危険な状態な為に話を聞くのは終わってからと言う事になった。
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その夜、キールの寝ている小屋に麗奈が入る。キールを診ていたリーファーは何処かに出かけていると聞き、今の内にと黙ってきたのだ。
≪寝なくて良いのですか≫
「インファルさん、エミナスさん」
≪アンタ………疲れた様子じゃない。ちゃんと休んでいないでしょ?≫
青い魔方陣と白い魔方陣が浮かび上がり、姿を現したキールの精霊。だが、エミナスに軽くこつかれる。前足で器用に麗奈の頭をグリ、グリ、とげんこつを喰らっている。
「い、痛いです」
≪当然。無理してるもん≫
インファルから≪止めなさい≫と静かに言われ、エミナスは少し考える。すぐに≪次やったら蹴り飛ばすわね≫と麗奈を脅す。
「き、気を付けます」
≪嘘、絶対に無理よ≫
「そんな事」
≪ある≫
「……………」
『精霊達にまで主の性格は、知れ渡っているんだね』
そこに黄龍が大きいサイズのおにぎりを2つ持って入って来た。彼としては麗奈の分のみ、と必死で言ったのだが無理だったと悲しまれた。
今の黄龍は誰にでも見える様にしており、何も食べないと倒れると心配されたからだとか。この村での食料にも限りがあると言う事でおにぎりで我慢してくれ、と言う事らしい。
『私達は死者だが、術式で柱を依り代にしている。眠る時は主の回復に努める時だけで、空腹もないからと言う理由だが……ここの者達に言う訳にはいかないしね』
「あれ、青龍はどうしたの?」
音もなくテントの入って来た青龍は麗奈に一礼し、黄龍に向けて『妨害は済ませた。1週間は動けないだろうから安心だ』と。それを聞いた黄龍は満足気に頷いていた。
≪そう言えば今朝からへルギア帝国が、ここを回ると言う事で撤退の準備をしていたはずだったな≫
≪あぁ。だからあんなにうるさくなってたの≫
「でも、来てないですよね。その帝国」
『だって青龍が妨害してきたからね。どっかで落雷があったり、要塞のいくつかが燃えたり………川が増大して何故か要塞を飲み込んだり、ねぇ?』
「え、青龍………?」
『主の安全確保の為だ。必要な事だし、実害はでても人を死なせてはいないから安心してくれ』
人を巻き込んで良いなら次からするが?と本気で言う青龍に麗奈は全力で止めた。黄龍に事情を聞くと、実に楽しそうに話し出した。
『見た目も珍しいフォルムの実で得たお金で新たに作るんだろ?まぁ、希少価値があるなら、そのまま懐に入れておくのが一番いいのかな』
(……聞かなかった事にしよう)
『帝国とディルバーレル国が同盟を組んでいるらしい。巡回されて困るから、破壊してきたんだよ。青龍が実行したんだけども』
とてもいい笑顔でグッと親指を立てながら言った黄龍に麗奈は目が点になった。エミナスは≪ストレス発散ね≫と言い、インファルは≪重要拠点が破壊されれば、巡回も中止するか≫と納得したように頷いている。
『泉の精霊のフォンテールは帝国の所為で変異した。少しでも彼女の仇を討てたとなれば俺は十分』
「………そっか」
『武器庫を破壊しまくったから、それの調達にも時間が掛かるだろうよ。ついでにその要塞を任されていた奴は、本国から叱られたりしてるんじゃないか?』
クックックッ、と物凄く悪い笑みをする青龍に黄龍も同じような反応。心の中で主としてやっていけるのか心配になった麗奈に、インファルは≪大変だな、貴方も≫と同情されてしまった。
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(………朝?)
思い瞼を開け、最初に感じたのは日の光。
起き上がろうとして体の怠さと頭がグラグラとなり少し酔ったような感覚に、自分に何が起きたのかを理解するのに時間が掛かった。
「何がどうなって………」
≪やっと起きたわね、遅い!!≫
≪気分は平気か、キール≫
んー、と唸るキールは少しぼんやりとなる視界が段々とクリアになっていく。
それと同時に自分の手が誰かの手に握られていると気付き、視線を追っていくと麗奈が寝ているのが見えた。
体を静かに起こし、契約した精霊から何が合ったのかと事情を聞く。
「そう………。主ちゃんとラウルには、かなり迷惑を掛けたんだね」
ラウルの治療をしようと動こうとするのを止められる。何故だと聞けば、先に麗奈が実行したからだと聞き驚く。隣で寝ている麗奈をじっと見て「本当に?」と聞けば、間違いないとまで言われた。
「まだ魔法を扱うのに全然慣れてないはずだけど……」
≪そうだ。彼女はアシュプ様と契約してから間もない時、魔法を習おうとした時に……陛下に斬られたんだ≫
≪あとはアンタが知ってる通り。陛下の呪いを解こうと動いて、全部終わった。そう思ったら今度はブルーム様からの呼び出しでここに居る≫
だから、魔法の基礎もなくいきなりラウルの治療を行ったと言う。
しかも、麗奈の行った事はキールにしたのと同じ魔力の受け渡しであり、治療と言うよりは底上げに近い効果だったと言う。
「虹の魔法……。それなら出来るのかな」
≪まぁ、属性の集合されたものだから……出来なくはないが≫
≪この子だけだものね、虹の魔法を扱えるの≫
「そっか。ありがとう、主ちゃん」
自分を助ける為に、彼女はどんな危険を冒したのだろう。命が危険な目にあっても、どんなに絶望的であっても彼女は諦めないでいた。だから、今の自分がある事……麗奈が無事で居てくれた事に感謝する。
(好きにならないようにしてるのに………これじゃあ、好きになってくれって言ってるものだよ)
人を優先し、自身の事はあまり気に掛けない。
自分をないがしろにしている部分も見られ、ゆきからよく心配されている。
見ている方が心臓に悪い。恐らく彼女にそれを言ってもよく分からない顔をするのだろう。気付いたら色んなものを巻き込んでいるであろう姿が思い出され、それを楽しんでいるのも事実。
「ありがとう。命の恩人になっちゃったね」
2度寝をしよう。
元気な姿を見せるのは、主である麗奈からだ。そんなキールの様子を見た精霊達は、見なかった事と処理をし姿を消した。
それから暫く経ってからの事だった。
(あれ、な、何で!?……ち、近い!!!)
隣に寝ていたと記憶していたのに、いつの間にか潜り込むようにして入っていた。自分の寝相の所為かと思いながらも、必死で離れようとするが何故か起こすと言う選択をしない。
(ふふっ、慌ててる♪やっぱり他だと見ない反応だからか気になるんだよね。癖になる)
頭を撫でたい衝動を抑えつつ、麗奈の反応を楽しむキール。二度寝しようと思ったが、麗奈の寝顔を盗み見ている内に目が冴えてしまったのだ。パニックになっている様子を楽しみつつ、どうしようかなと考える。
すると、様子を見に来たリーファーが「テメェ趣味変わったな」と看破される。それを聞いた麗奈は顔を真っ赤にして――。
「キールさんのバカーー!!!」
ふくれっ面のまま飛び出せば入れ違いでラウルが入る。ただ事じゃないのが分かり、その原因であるキールを睨む。
「やぁ。お陰で調子が戻ったよ」
「……もう1度、寝た方が良いかも知れませんね」
その日、氷漬けになった小屋。事情を聞いたドーネルが、大爆笑をし麗奈は警戒してキールに近付かなくなったらしい。
それから1週間後。麗奈達はディルバーレル国の首都、ファータへと向かう方針を固めたのだった。




