第58話:視える者と視えない者
長い長い廊下を突き進み、ぶち当たる大きな黒い扉。
その扉の前で止まり深呼吸し、気持ちを新たにするのには理由がある。紫と金色のローブに身を包み、片手には今日も大量に来てる報告書を持った薄紫色の髪の女性、エマールは思った。
(急な呼び出し………一体、何をしたのよあの子達は)
深呼吸を終え、扉を数回ノックする。
中から「どうぞ~~」と言われ、すぐに入る。
寝る為のベット、本棚にはいくつもの水晶が置かれておりそこには様々な世界で起きている出来事が映し出されていた。
それにも関わらず、広すぎる空間の中心部とも言える所に呼んだ人物は、豪華な装飾がされた椅子に座り微笑んでいた。
水晶に映る世界の、今、起きている出来事を見ている。エマールは傍に来て思わず声を上げた。
「なっ、ザジ!?」
ザジとサスティス。
死神の中でも力が強く仕事も速い2人組。仕事の速さは認めるがザジは気に入らない相手がいればすぐに殴り半殺しは当たり前。対して、サスティスは何故かザジ以外とは組む気も無いのか全て無視。
そんな仕事としては助かるのに、それ以外ではてんてダメな2人には何かしら目的があるのか、仕事には従順。
水晶から映し出される映像を見てある疑問が湧いた。
(あれ、ザジが………押し倒されている?)
死神は死んだ者達の魂を集める為に、同じく死んだ者達により組織された神の執行者だ。
だから生きている人間には決して見えない彼等。触れる事も話しかける事も出来ない、筈なのだ。
「ふふっ、驚いてるのはこっちもだよエマール」
「す、すみません……突然の事に気が動転していて」
「ねぇ~。ザジの奴が一番驚いてるようだけどね」
そしてこの目の前に居る人物はその死神を束ねる上司たる存在、ディーオ。白髪の長髪、黒と七色の瞳を宿すその男は今日もニコニコとしていた。
「生者と会った死神って、どうなるのかね」
「そ、そんな事したら、生者の方が死へと導かれてしまいます!!!」
人間も動物にも必ず死は訪れる。それは平等に誰にも来るものだが、不自然に捻じ曲げられたものは必ず綻びを生み、世界を歪ませていく程の事象を生じさせる。
「それなら心配ないよ。今回だけは見逃してあげるから」
「えっ」
見逃す、と確かに言った。
そんな事を勝手に言えば、自分達が消されるのは簡単であるにも関わらず笑みを崩さない。まるで、見逃すのが当然とばかりに……イレギュラーなものをワザと作っているような感覚。
掌で踊らされているような、気持ち悪さがある。
(苦手、なのは自覚してるけど………)
「あの~。苦手意識あるのは知ってるんだけどさ、心の中で何考えててもここでは無意味なの。分かってる?」
「失礼しました」
この男の前では何を考えていようと丸わかりであり、心の中で考えている事も全て見透かされている。
自分が苦手とされているのを分かっているにも関わらず、ムカつく声と笑顔を本来なら今すぐにでも殴りたい衝動に駆られるのを我慢。
実際、ザジは彼に会うと同時に殴り付けているのだが………それを楽しそうにしているディーオは共通で気持ち悪いと称されている。
「だから、さ。……今はザジの行動を見ていようよ。お咎めなしにするんだから、好きにして良いんだし」
「はぁ、私に仕事を振るのはこの為ですか?」
「君も気になるだろ?ザジの行動が」
「……………」
気になるに決まっている、と素直に口には出さない。出したら最後、ずっとそれでいじられるに決まっているのだから。
(良かったねザジ………君の望み、ちゃんと叶えたよ。どうするかは君次第だし、全て不問にする代わりにプレゼントあげるよ)
決して口には出さず微笑みを崩さないディーオ。クスクスと笑う彼は、未だに押し倒されているザジを、麗奈の事を見守る姿勢を貫いた。
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「っ、てめぇ、何で俺が視える!!!」
「な、何言ってるの!?それよりも何であの精霊を、彼女の首を斬ったの!?」
乗りかかり驚きで動きが止まっていたザジはすぐに切り替え、目の前に居る麗奈を突き飛ばそうと手を出す。
しかし、その前に詰め寄るように迫り死神に突っかかる。
「うっせーー!!死ぬのが確定しているんだから仕方ないだろうが。俺等、死神は死ぬ奴の前に現れて斬るのが仕事だ!!」
「だからって勝手に奪われていい訳ないじゃない!!!!」
『それ以上は寄せ!!!」
すぐに引き剥がされ青龍が死神の視界に麗奈を入れないようにしている。
フェンリルは初めて見た死神に体が思うように動けないでいた。
すぐにでも駆け付けたい。麗奈を守らなければ、と強く思えば思う程……体はどんどん鈍くなる。
『寄せ。黄泉の使者を相手にするのは危険だ。貴方が叶う相手ではない』
「ちっ、”動くなよ”」
≪ぐぅっ≫
死神に睨まれたフェンリルは石化したように完全にストップし、青龍にも同様の命令を下すも睨み返す様子に舌打ちする。
「お前………異界の神の子か」
『その霊体だが、力自体は全盛期のままだ。………一応、同じ神だ』
「あー、そうかよ。………精霊相手に通じても所詮は、異世界での神様か。神格が高いなら難しいな」
『そういうお前は………フェンリルの言っていたこの世界で恐れられている存在である死神だな』
泉に案内される中、フェンリルと自分達の神様の在り方について説明をしていた。
麗奈達の居る世界では万物に神が宿るとされる為、長く大切に扱われた物には小さくとも神様が宿る事。不思議な捉え方だと言われ、つい話が弾んだ。
フェンリル達の居る神は世界を創造した創造主が、
絶対的な存在。
物に神が宿ると言う身近な環境の中に居る麗奈達と違い、ここでは神により世界は管理されていると評された。
彼女達のように身近に居る存在はここでは精霊達を指し、精霊達を信仰している国や町がある。
一方で悪い神として揶揄されているのが死神だ。
≪彼等は血に似た様な大鎌を持ち、赤い首輪をし朱色の瞳をしている。男か女かもよく分からない存在であり、俺達も姿を見た事はない。恐らく知っているのはアシュプ様とブルーム様位なものかも知れない≫
なんせお父さま達は創造主たる神により作られた存在、自分達よりもその手の知識は豊富だろう。そう言えば麗奈は「へへっ、凄いねウォームさん」と何だか誇らしげにしていた。
昔から死が近くなる者の前にだけ姿を現しそのまま魂を狩る存在。
生者たる自分達には決して会う事はなく、姿を見えるようになるのは自分が死ぬ時だ。子供を叱りつけたり、怖がらせたりするのによく死神の話をする。
そういったものから怖がられ、死神と言う言葉自体を嫌悪する者も居る為に口に出すのも憚れる。
実際、ラウルもその死神と言う言葉にあまり良い印象を持っておらずあまりの無表情に、麗奈はこの話題は止めようとすぐに切り替えた位だ。
「はっ、だったらなんだよ………こっちは仕事で来てんだ邪魔するんじゃねぇよってその女にも言えよ」
「女じゃなくて――」
名前を言おうとする前に青龍の手により防がれる。
抗議されても今回ばかりは言う事を聞けないと心の中で謝る。
見れば死神の男は、珍しそうにその様子を見ていた。
「あー感謝しろよ、お前は生者だ。俺は死者な。……その死者に向かって名前を言うってのはな、そのまま死ぬって事を意味するんだぜ?」
まだ死にたくはないだろ?
そう含みのある睨みに、麗奈はそのまま黙り込む。だと言うのに睨むのを止めない麗奈にクツクツと笑うザジ。
「はっ、おもしれー女だな。………これ、要るか?」
そう言って何もない所から手を入れて取り出したものに麗奈達は目を見開く。
ザジが持っているのは紫色に淡く光る花の蕾、自分達が探していた目的の物………フォルムの実だ。
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「っ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」
剣を杖代わりにして立ち上がるラウル。彼の周りには氷漬けにされている魔物達があり、剣を振るうと同時に氷が砕けて魔物を滅ぼす。
黄龍も泉の周りに現した魔物達を倒した後であり、気配がないことを確認し『ふぅ、安心だ。平気だよ、ラウル』と安心させるように肩を叩く。
「っ、はぁ………そ、そうか………」
『ラ、ラウル!!!』
それを聞いてフラリとなるラウル。慌てて抱き上げれば、尋常ではない熱に思わず突き放そうとなるのを我慢する。
額に手を当てれば通常の熱以上に発汗しており顔色が悪くなっているのを見て、泉に入った所為かと考える。
『(ちっ、玄武がいれば多少は違うだろうが……)』
その場合、自分か青龍のどちらかを交換する必要がありそれは叶わないと悟る。自分が消えても青龍が消えても、この状況を把握しているのは2人のみであり事前に伝えていない玄武に言えば大慌てするのは目に見えている。
『(あの性格だ。事態が把握した時には全て終わった時だからな……任せられない)』
おっとりとした性格であり全てがゆっくりに行動している玄武。慌てると言った行動は彼女のパニックを意味し、それを宥めるのにもかなりの時間を有する。
そして理解した時には、最悪な事態になっている事が殆どの為にやりたくない。主の許可もなしに勝手に代わる事も可能だが、その場合麗奈の霊力がごっそりととられ意識を失う可能性も出て来る。
もし、大変な事態になっているのに麗奈の意識を奪うような真似をしたら助けに行っている青龍からの叱責が凄い事になると想像できこれも却下した。
「あーやっと倒れましたね、彼。一応、警戒してそのまま見守って置いて正解だった」
そんな時第三者の声に戦闘態勢に入る黄龍。
現れたのはザジと同じ赤黒い大鎌を持ち、赤い首輪を付けたミントグリーンの髪に紫の瞳と朱色の瞳を持った男性が歩いて来た。
セミロングまである髪をクルクルと自分の手で遊び、倒れているラウルを見て「泉の毒にやられたね」と現実を突きつけて来る。
『………死神か』
「あれ、知ってるんですか。私達の事」
『精霊に聞いたからね。………なに、死んでいる私達にもう一度死んでくれって意味で姿を現したの?』
「へぇ~~一度、死んでるんだ。なのに、ここに残っても何の影響も受けていない………気になるね」
『悪いが、それについて話す気はない。………迷惑を掛ける可能性があるからな』
「平気平気。君等が対象じゃないからさ」
ヒラヒラと違いますアピールをされるも訝しむ黄龍。そこで彼の言葉にある引っかかりを覚えて思わず聞き返した。
『待て、今………私達って言ったのか?他にも、居るのか!?』
「だって基本2人1組だし。そうしろって上司がうるさいから」
すると、泉から這い出て来るザジと麗奈達が姿を現す。それに黄龍は無事である事に安堵しザジはサスティスの所へと降り立つ。
「君、用は終わったの?」
「あぁ。……すぐに行くぞ」
「え、ちょっ、何。どうしたのさ、ザジ」
「ばかやろ!!!!」
蹴り飛ばせば「ザジ……さん?」と、麗奈に呼ばれ肩を震わす。一方でサスティスは「えっ」と驚いて麗奈を見てしまう。
「え、なに、もしかして」
「あぁそうだよ!!!あの女には何でか視えるんだよ、ついてで俺等の会話も丸聞こえだ!!!!」
なー、サスティス!!!!と、やけになって蹴り返した。
「ちょっ、早く言ってよ!?」
「注意する前にお前が言ったんだよ!!!」
一方的に蹴るザジに麗奈は意を決して近付く。
動きを止め腰をさすっていたサスティルは「あ、ありがとう、ございました!!!!」と感謝の言葉を聞き瞬きを繰り返した。
「何でお礼なんか言う」
ザジを見れば顔はいつの通りの怒り顔なのに、耳は真っ赤になっているのを見た。その反応に驚き、静かに離れ麗奈とザジを交互に見る。
「泉の精霊の彼女は……ただ動物達を守りたかっただけ、なんです。鎖に捕まった時、彼女の……記憶が流れ込んできました」
静かな森、山に突如現れたへルギア帝国。
彼等は要塞を作る為に山を、森を壊していきそこに暮らす動物達を狩り尽くす行動に出た。珍しい動物も居る事で、その希少さから毛皮やはく製にされていく様を見た泉の精霊は動物達を守る為に手を尽くした。
そんな彼女にさらなる絶望を与える出来事が起きた。万能薬として希少価値の高い、フォルムの実の独占。それは自然と泉を占拠する形になり、彼女を怒りに変えさせるのには十分すぎる程の理由だった。
「だから、彼女は………泉を毒へと変えてでも、動物達を守ろうとして……まだ色が水と変わらない時に、へルギア帝国の人達を……間接的に、殺したそうです。それで、どんどん心が荒んでいって汚されて………上質な魔力を求め始めた」
自分の行った事で泉が汚れて行き、さらには自分の力を低下させる事にも繋がってしまう中で求めたのが自分よりも質のいい魔力だ。
麗奈はアシュプとの契約を行った事で、精霊達の扱う魔力に似た力を宿した。その事から、彼女の魔力を奪い泉を元に戻そうと考えた。
「っ、私は助けられなかったですけど………ザジさんの行ったのは、助ける事に繋がるんですよね?」
「………しらねーよ。俺達は、これから死ぬ奴の前に現れてただ斬るだけだ。助けた訳でもない。俺も………人殺しだ」
「それでも、お礼が言いたいです」
そう言って麗奈は抱き締めた。
突然の事にザジも、サスティスも驚いて固まる。子供をあやすような仕草をされ、身動きが取れなくなる。
「……お礼をいいたいです。だから、そんなザジさんにも、きっと救われる時が来ますよ」
笑顔でそう断言し、満足気になる麗奈に思わずザジは突き飛ばす。
「知るか!!!」と怒声をあげて歩いていく。ザジの後を追うようにサスティスは追いかけていった。
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「良いの?あんな別れ方」
「良いんだよ。どうせ会わないんだし!!!!」
(そう言いながらも顔が真っ赤なんだけど………言ったら怒られるしなー)
死んでから自分が笑う事を忘れていない。その事に驚き、ザジの新たな一面と反応を見て一層楽しくなった。
自分のポケットに入れていた万能薬が無くなっていた。内心で不思議がるも「あの女に渡した」と呆気なくザシに言われた。
「はあ?」
「俺等に必要──」
「上司から要求された物だよ!!!どうするのさー、あのフォルムの実はお前が、死へと導いた精霊の力で育って来たんだぞ!!!」
あの土地に居た精霊が居なくなり新たな精霊が降り立つまで最低でも1年は掛かると怒られ、上司の珍しい霊薬、秘薬集めのコンプリートにならないと激怒された。
「あの辛気臭い野郎の趣味なんざ、どうでもいい」
「君は関係ないだろうけど、こっちは関係あるの!!!」
「つーか、よく知ってんなー、ここの事。何、お前……この世界で死んだ奴なのか?」
「………」
空気が変わる。
普段は怒らないサンティスの怒りに触れ、また聞いてはいけない事を聞いた。自覚はしていたが、それでも気になった。
土地勘はなく、あの泉の精霊の居場所も感知しずらかった。にも関わらず、サンティスは精霊が闇の力を纏う時には必ず魔物が大量発生する、と教えてくれた。
文字通り、魔物が大量発生し闇の力の巨大さを感知したらあとはその原因を潰すだけ。ザジは殺す対象に姿を現して狩る。だと言うのに、今日はいつもよりも違っていた。
視えないはずの自分達を完全に把握し、あまつさえお礼を言ったあの変な女。
何かが、自分を変えるそんな……不思議な感覚。
2度と会いたくない、会ってはいけないと分かってはいる。しかし、とザジは思った。
(会うような事になったら………好きな物でも聞いてみるか)
死神との縁は麗奈にどんな作用を与えるのか。ザジが会った瞬間に感じていた懐かしくも、思い出せずにいる自分が死んだ時の記憶。
次に会ったら分かるだろうか、と考えながらサンティスの睨みに耐えるのだった。




