第4話:ラーグルング国
フワリ、と風が頬を撫でるような感じにふと目を覚ます。いつも見慣れている筈の天井ではなく、 白くて明るい天井が見え思わずパチパチと瞬きを繰り返してしまった。
(あれ……?)
「んぅ………んー」
ゆきの声かと思い、そちらに目を向けて見ると薄緑色の髪の少年が眠っていた。しかも何故だか手を握られながら……。
「え」
スヤスヤと気持よさそうに寝ていた。ゆっくりと起き上がれば、九尾に用意して貰った服ではなく、ピンクのワンピースが着せられていた。
(……んん?)
思わずこめかみに手を置き、記憶を辿る。
ゆきと居た時、原因の分からない光を感じた。そして、避難だという声に導かれるように着いた場所は……裏山などでなないこと。
紅い髪をした男がいきなりゆきに切りかかったと思い、自分はそれに抵抗した。
そこから先が思い出せない。どうしたものか、と考えていると少年と目が合った。
「起きた!!!」
「っ………」
大声で言われれば誰でもビックリする。少年はそんな麗奈の反応を気にした様子もなく、走り回っている。
「お姉さん、あれからずっと寝てたんだよ? ゆきお姉さんかなり心配してたんだからあとで謝ってね!!!」
ビシッ!! と指を指され圧倒されるまま頷く。
それに満足したのか少年はそのまま部屋を出ていき「お姉さん呼んでくる!!!」と勢い良く飛び出して行った。
「嵐みたいな少年だな」
「彼はリーグ騎士団長。騒がしくて悪いね」
「!!」
出て行ったあとにポツリと独り言。
まさか返ってくるとは思わず、反対側から聞こえた声に視線を合わせた。
銀の髪を1つに結んだ金の瞳の男性。彼は麗奈の反応を楽しむようにニコニコとしていた。
「でも、本当に良かったよ。あのまま起きないんじゃないかって、ゆきちゃんが泣きそうだったし。君からも話しを聞きたいしね」
「……すみ、ません」
何故か怒られているような口調に麗奈は謝った。
次に扉をドンと乱暴に開けられる音が聞こえ、慌ただしく入って来たのはゆきだ。学校の制服の上にローブを着た上、先程の少年が「ねっ? 起きたよね?」と嬉しそうに報告している。
「………」
「ゆき……?」
戸惑った様子のゆきに、麗奈がぎこちなく声をかける。涙を溜め、治まらない分は既にポタポタと流れている。
「麗奈ちゃん!!!!」
次には強く抱きしめられた。
困ったような、申し訳ない気持ちが麗奈の中で渦巻き、安心させるように頭を撫でれば大泣きをされてしまった。
ここに至るまで大変だった、と詳しく話を聞くことにした。
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「お姉さん。話せそう?」
ゆきは少年の事をじっと見る。
頬を切りつけられた後。どれが正解なのか分からないゆきは、大事そうに麗奈を抱きしめそのまま答えないでいた。
「ヤクル騎士団長の所為で、警戒されたじゃん」
口をとがらせ、ヤクルと呼ばれた紅い髪の青年に向け言い放つ。
そこに「団長」と控えめに呼ぶ声がし、2人はそちらに目を向ける。
「あの……」
「リーナさん、あの薬持ってる?」
「へ」
思わずキョトンとなった。
リーナと呼ばれた自分達と似たような青年。明るいオレンジ色の髪に同じ瞳で、やはりと言うべきか腰には剣が下げられている。
「あります、けど」
そう言って取り出したのは、小瓶に入った水。リーグは、苦しそうにしている麗奈に渡すように言えばヤクルが睨んで止めさせる。
「変な奴の味方をするのか、リーナ副団長」
「ええっと、それは」
団長には睨まれ、友人からも睨まれてしまいリーナはオロオロと迷う。そこに別の声が割り込んでくる。
「セクト騎士団長」
低い声が静かに響き渡る。
リーナだけでなく、この場に居た者達が全員引き締まる様な表情となった。
「女の傷を完全に治せ」
「うえ……?」
「聞こえなかったのか?」
セクトと呼ばれたのは白髪の男性。水色の瞳で、誰が見ても分かるような気だるさで2人の元へと向かう。
(いつもより怖いんだけど……)
今も睨まれており、実行しろと暗に言われている。やらない場合の被害が酷いのを彼はよく知っている。
「失礼」
改めて連れの女を見る。
肩から血を流していたのは分かるが、それ以外にも足や腕にも切り傷や何かに噛まれたような痕もある。
返り血なのか倒れている人物の血かは分からないが、顔色が悪くこのままいけば出血多量が原因で亡くなってしまう。
(何に襲われたらそんな傷になるんだ……)
自分よりも年下、しかも女だ。城にバレずにここに入るメリットが無いだろう、と思い怪我を治すために魔力を練る。
「アクア・ヒール」
ポゥ、と水色の小さな光が麗奈の肩の傷口に当てられる。すぐに血が引いていき、裂かれていた傷も綺麗さっぱり無くなる。ゆきにもその光が包まれる。
(え、うそ………)
傷が綺麗になくなっていた。思わずペタペタと自分の頬を触り、麗奈にあったであろう傷もない事に嬉しさから涙が零れる。
「ほいっ。これで平気だが、服は所々破れてるから、マントを被せとけ」
「っ、はい……。ありがとう、ございます!!」
「あと頼むな」
「ちょっ!!!」
隣に居たリーナに麗奈を預ければ、お礼を言うゆきに悪い気はしない、と照れたように顔をかく。
「陛下。確かに言われた通りに治しましたが、どうする気で?」
「世話をする」
「は………?」
セクトを含めた大臣達、他の団長達からは驚いたように目を見開かれる。隣に控えているであろう銀髪の男性は何も言わない。
「し、しかし!!!」
「失礼ですが、陛下。賊かも知れない者達をいきなり城に置くなど、国の評価に関わります」
「評価?……そんな事言える程、俺達の国は余裕ないだろ」
尚も食い下がる大臣達に分かりやすく舌打ちすれば、それだけで体を強張らせ「面倒は俺と宰相で見る」と威圧的に言う。
その迫力が凄かったのかそのまま押し黙る大臣達。
「リーグ、お前にしては珍しいな。最初から会議に起きてるし、何だか楽しそうにしてるし」
「そう?」
「団長……」
リーナはリーグの行動に気を遠くなり、フラッと倒れるも他の副団長達が支える。ゆきも動こうとして、力が入らない事に気付く。
「安心しろ。女性をそのまま放り込む様な事はしない。君も疲れているようだが、もう少しの辛抱だ」
「は、はい……」
麗奈を支えるように抱き抱えたのは水色の髪に水色の瞳の体格の良い男性。氷のように冷たく感じられ圧倒される。
そこで少し余裕が出て来たゆきは改めて陛下、と呼ばれている人物を見る。自分達と似たような年齢の青年で、同じ黒い髪に深紅の瞳。ずっと見ていたからか、途中で視線に気付いたようにゆきの方を見る。
「………?」
「っ!!」
不思議そうに首を傾げられ、慌てて下を向く。
「とにかく俺はここに置くと決めた。宰相、あとは任せる!!」
「分かりました」
「リーグ騎士団長。目が覚めたら事情を聞いてこちらに報告を上げろ。やり直しはないようにしてくれ」
「はい!!」
元気よく返事をしたリーグは嬉しそうに、ゆき達の元へと向かう。続けて指示が飛ぶ。
「ヤクル騎士団長、報告に上がってる南の柱に向かえ。イライラするなら魔物の討伐はお前に任せる。セクト騎士団長、ベール騎士団長は各々の仕事に入れ。会議はこれで終わりだ」
ベールと呼ばれた眼鏡の団長は頭を下げ、副団長を連れて先に出ていく。言われた事をこなす為にとゾロゾロと出ていく中、宰相と呼ばれた人物は麗奈を支える男性へと歩んでいく。
「ラウル副団長。彼女は私が支えるから早く団長の所に行ってあげて」
「すみません、宰相殿。あとはお任せします」
麗奈を預けた後、落ち着いた足取りで出ていき、もうここに残っているのは、ゆき達だけとなった。
「さて、まず部屋を用意だね。それに彼女の服かなり破れてるから替えが必要でしょ?」
それを最後にゆきの意識は途切れた。
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「と、言う訳でゆきちゃんも気絶しちゃったから休ませる部屋を用意したんだ。ここ好きに使って平気だからね?」
「は、はぁ………」
宰相のイーナスから事情を聞いた麗奈はゆきに抱きしめられながら、そう答えた。
リーグと呼ばれた少年はその反対側でゆきと同じようにぎゅーっと抱きついており、どうしていいのか分からない。
「あの」
説明をしてくれたイーナスに思わず助けて欲しいと視線で訴えた。だと言うのに、何故かニコリと笑顔で返された。
(ダメか……)
その時、ぐうぅとお腹が鳴る音が聞こえた。麗奈はお腹を抑え、恥ずかしそうに縮こまる。
「なら食堂行こう!! お姉さん達にここの料理食べて欲しいから♪」
「あ、ちょっ!!!」
引っ張るリーグにゆきはそのまま連れていかれる。食堂でご飯を食べようと思っているとフワリと体が浮いた感覚に思わず目を見張った。
「改めて、私はラーグルング国の宰相をしているイーナス・フェルグ。よろしくね、朝霧麗奈ちゃん、井上ゆきちゃん」
「え……」
このままで?
支えるではなく、運ばれる恥ずかしさに降ろして欲しいと言うも――。
「起きたばかりで歩くのも辛いでしょ?」
「え、と。……はい」
「じゃあ行くよ」
簡単に運ばれ、せめて道は覚えようと頭を必死で動かす。
食堂は活気があり、兵士達が各々頼んだものを食べていた。イーナスが入った事で一気に静かになり、また麗奈を抱えて入ってきた事でまた別の騒ぎが起きた。
「な、何であの人がここに」
「ヤクル騎士団長に喧嘩売った子か」
数時間でどんな話が広まったのか。
印象は悪いのだろうと言うのは読み取れた。それを気にしない様子のイーナスは、リーグがゆきに料理に持ってきているのが見え移動を開始した。
「珍しいですね、貴方が居るなんて」
「そっちもね」
声がした方を見れば水色の短髪に、同じ瞳の落ち着きのある男性が立っていた。がっしりとした体格に程よい筋肉が付いており、綺麗な男性が居るのかと思いずっと見てしまった。
「傷は治っているな。良かったよ、無事で」
「ど、どうも……」
その後、共に食事をしまさかイーナスから尋問されるなどこの時の麗奈は思いもしない事となった。