第55話:大賢者の怒り
森に轟く音は青龍が放った雷。目を開けた先には森が広がり、肩に重みが掛かり視線を巡らせばラウルが自分の隣に寄りかかっていた。
(何処、だ………)
フラフラする。体も怠くて動くのも辛い。けど、麗奈が光に包まれて消えて行く様を見て、逃がさないようにと巻き込むようにして夢中で腕を掴んだ。ゆっくりと辺りを見渡し、居る筈の人物が居ない事に焦ったキールがラウルを突き飛ばす。
「ぐっ……う、うぐぅ」
「起きろ!!!主ちゃんが居ない!!!!ラウルも腕掴んでおいてなにしてんのさ!!!!」
「っ、うあ……?」
寝ぼけるラウルを無視して痛む体を無理矢理に起こす。見えた光の柱に(あそこか!!)と決めてすぐに駆け付けようとする。だが『あれは違うぞ』と第3者の声に驚く。
『主は黄龍と居る。急ぐならさっさと向かえ』
「………麗奈、が?」
少しずつはっきりしてくるラウルを無視して、青龍は2人を黄龍の元へと飛ばす。目を見張りながらも感じた黒い魔力にラウルは自然と体に力を込め、魔力を込めて相手にぶつける。
対峙するは国を襲い麗奈を連れ去ろうと動いたラーク。驚く麗奈を他所にキールが彼女だけを自分の手元へと引き寄せるようにして空間魔法で助け出す。ラウルはその間に足元を凍らせと同時に後ろに下がれば続け様に放たれる水。
名前を言おうとしてすぐに口を閉じ、代わりに無事で居てくれた事が嬉しくて頭を撫でる。
「うっ、ぐすんっ、うああああ!!!」
安堵した事で一気に感情を爆発させた麗奈。驚くラウルに『騎士が最低だ。な、主~?』と片腕が無い黄龍に言われ、何故か同意をするようにコクコクと頷かれる麗奈に(何でだ!!)と反論しかけて押し黙る。
「ラウル、離れてて、奴は私がどうにかする」
「っ、しかし」
「邪魔だから消えて!!!」
放たれた光線はラークと周囲に広がる魔物に向けられ『下がっとけ。アイツの邪魔になるのは……な』とラウルの首根っこを引っ張り、麗奈と共にこの場を離脱していく。
「ちょっ!!」
『青龍、やれ』
『命令するな!!!』
四方から繰り出される雷と凄まじい蹴り。それらは追ってきた魔物を散らしていき、結界で包んだ先から雷を落としていく。そのまま空へと逃げていると、キールが居る所から七色の柱が放たれる。
「キールさん………」
1人あの場に残したキールが心配な麗奈は不安げに見ている。ラウルも平気だと言おうとして、一瞬だけ暗転する。
「ラウルさん!!!」
「っ………すま、ない」
青龍に抱えられ「やっぱり何処か具合、良くないんじゃ……」と、顔に沿える手が少しだけ震えていた。心配させたくなくて平気だと言おうとし『やせ我慢するな、人間』と注意する青龍と目が合う。
『「………」』
「あ、あの………」
『良いの良いの、気にしないで♪』
何故かにらみ合いが始まり、戸惑う麗奈に気にした様子もなく黄龍は離れた場所にと周りを見渡す。しかし見えて来るのか空、森から湧いて出て来る魔物達、そして少しだけ服がボロボロの槍を使った魔族が標的を見付けたとばかりに青龍へと矛先を向けた。
「っ、うわああああっ!!!」
『あーもうお前最悪!!!!』
その時、背負っていたラウルを放り投げた。孤を描くようにして投げそれを追うように黄龍は追尾、麗奈は「ラウルさん!!!」と自分も飛び込もうとして『待って‼』と止められる。
『お前あとで覚えてとけーーーーー!!!!!!』
大声で罵倒する黄龍に気にした様子もなく青龍は結界で魔物達を閉じ込めついでとばかりに雷を叩き落としていく。
「ぶっ飛んだ野郎だな」
『貴様に言われたくないな』
バチィ!!と雷同士が激しくぶつかる。竜の腕が振るえば迫る魔物を一撃で引き裂き消し去る。矛を突き立てれば直接その腕で受けきる。多少の血が流れるも痛む様子もなく、ニヤリとする青龍に対峙した魔族も同様にニヤリとなる。
「てめー狂ってるな!!」
『お互い様、だろ!!!!』
一際激しい音がぶつかり合えばその衝撃で大気が震える。群れとなって襲い掛かって来た筈の魔物はあっさりと消え残るは魔族と青龍のみ。
密かにラウルを投げ飛ばしたのを悪いと思いつつ戦闘に集中する青龍。今度会うような事があれば、少し位は……謝るか、と考えながら雷を打ち放つ。
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「テンペスト」
吹き荒れる雨と暴風。雨で塗られた所は泥となって巨人を作り出す。その巨人からも炎、水、風を生み出そうと魔力を練り上げる。
(ちっ、次から次へと)
対していたラークは次々と打ち出される魔法とその生み出される速度に内心で驚いていた。キールはラウル達が離れたと同時に光線を繰り出し、光の柱を作り出した。
その光に触れずに避ければ、触れてしまった魔物はそのまま消滅していく様を見てダメージを受ける訳にはいかないと感じた。その矢先の荒れる嵐。泥人形からはそれぞれ別の属性を繰り出そうとしているのが見えた。
(間隔が短すぎる)
練り上げ狙いを定めるまでの感覚が短いのは威力が小さく魔力の消費も少ない魔法。だが目の前の男はそれらの手順を全て取り払い、定めた先から次々と大技を繰り出していく。
いくつもの属性を瞬時に操り威力の高い魔法ばかりを繰り出す。魔法師にしては規格外の存在にラークは注意を促されていた事を思い出す。
「大賢者?」
「闇と聖属性以外の属性を操り同時に召喚士として精霊をも操る厄介な存在だ」
過去、魔族との戦いでも人間同士の戦いでも邪魔な存在。それで英雄とされるんだから困るよ、と困ったようなサスクール。聞けば賢者の操る魔力は魔法師と違い魔力の純度が元から違うと言われている。
「賢者だった奴は殺してきたけど、それも数百年に一度あるかないかだからあまり気にしなくてもいいんだけど………その時はヤバかったな」
もう少し力が強ければ死んでたかもなと、その時の事を思い出し懐かしむ。しかし、と言葉を濁すサスクールは何処か遠くを見つめていた。
「もし次に大賢者が現れたら………ヤバいかもな」
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「エミナス、インファル」
幾つもの魔法を展開し続け、すぐさま精霊で自分との契約を済んだ2つを呼び出す。白と黒の一角獣が現れサスクールの言っていた大賢者、と言う言葉が頭に浮かんだ。
「貴様っ、大賢者だな」
「だから何?」
お前には関係ないだろ、と目で訴え精霊達から感じる魔力にすぐに下る。ジャラン、と足元から聞こえた音に視線を向ければ自分に巻き付く鎖に目を見張る。
「っ、なんだ、これ」
≪アクルス・ブラスト≫
≪アース・ド・ブレイズ≫
気を取られている内に放たれる魔法。
それはラークへと向けられず別の方向へと逸れていく。キールは舌打ちし「仲間か……」と目を鋭くさせ新たに現れた魔族に警戒を示す。
「大賢者。まさか国の魔法師に紛れていたとは、な」
現れたのはリート。モノクロをクイッと直しパチンと音を響かせれば新たな魔物が次々と現れ「死んでもらうぞ」と闇の魔法で精霊達の動きを封じる。
「シャイン」
動きを封じていた精霊にすぐさま解除にかかり、少しだけ目を見開いたが自分にもラーク同様に巻き付く鎖。纏めて動きを封じ展開する魔法は同じ闇の魔法。
ランセからヒントを得、麗奈からアドバイスを貰い大賢者の常識を覆すと言う偉業を成し遂げた。
「ソンブル・リュミエール」
それは交わる事のない闇と光の魔法。
これを扱えたのはキールの中では過去に1人だけ。ラーグルング国、ユリウスの兄であり自分と張り合う事が出来た唯一の人間、ヘルス・アクルスのみ。
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「ぶはっ!!!………はぁ、はぁ、はぁ、くそっ、アイツ」
何とか川から這い上がる。憎々し気に空を見れば雷同士がぶつかり合う音と光が空を色づかせていた。放り投げられたラウルは青龍により川のある方へと投げ飛ばされていた。遠くを見渡せる青龍の目は、空へと移動したその時に川のある方角、村のある方を捉えており戦いの邪魔にならないようにと配慮したが……それがラウルに届くことは無い。
一応、黄龍は結界を張った。しかし、それはあくまで川に衝突するのを緩和する為のものであり川に入ってからの衝撃は消せない。深い所に入ったお陰で怪我はないが、服がずぶ濡れで別の意味で体が重い。
『悪いね青龍の奴がアホで』
「ラ、ラウルさん………っ!!!」
服を脱いで水を絞り上半身になっていたラウル。突然の事で麗奈は顔を両手で抑え体を見ないようにしていたのにいきなり抱き締められた。
「ちょっ、ラ、ラ、ラウルさんっ!!!血で汚れ、じゃなくて!!!き、汚いですから」
「汚くない。君は……汚くない」
「で、でもっ、転んだし、怪我したし」
「………その怪我、アイツにやられたのか」
「え」
しゃがみ込んで見るのは膝から流れる血。少し考えた後、抱き抱えて川の近くまで寄る。驚いた麗奈は続けざまに来たひんやりしたものに思わず悲鳴を上げた。
「傷口はちゃんと洗わないとな」
「そ、それはそうですけど………ひゃうっ」
「消毒もしないといけないしな」
傷口を洗うまでは分かるがその後に何故か舐めとられているこの状況はなんだ、と口に出したのに恥ずかしさで声が出ない。うぅー、と顔を真っ赤にする麗奈にラウルは「仕返しだ」と少しだけ意地の悪い表情でそう言った。
「し、仕返しってなんのっ」
「君は言って聞かない。繋ぎ止めたいのに勝手に自由に行動する。だからちゃんと分からせてるんだ。嫌なら次から断わりを入れてくれ。心臓に悪い事させられるこっちの身も考えろ」
と、そう言ってから水で流し「分かったか?」と再度確認をする。うぐっ、と押し黙り顔を背けて「わ、分かりました」と了承を得られほっとなる。服を絞りまだ濡れて気持ち悪いが、濡れたままよりは良いと考え少し経ってから麗奈にしたことを思い出し……反省した。
(………っ、今更ながら恥ずかしくなったな)
(うぅ、ラウルさんなんか変だよ。何この状況!!!)
互いに黙り空気が気まずいのに、今はその気まずさが助かっている部分でもある。それを全て見ていた黄龍は口には出さず扇子で口元を隠しながらも、ニヤニヤしていた。
『(こっちの存在完全に無視だね。………まっ、主の恥ずかしがられる顔を見られただけでも良いとするかな)』
そう思っていたのに途中で麗奈が気付いて黄龍に止めに入らない事に叱られる事態になった。内心、ここで勘が鋭くなのか……と面白いなと考えながらも話を打ち切る様にパタン、と扇子をたたむ。
『悪かった悪かった。………主、そう怒らないでよ。さっきの事は私だけの秘密にするから、ね?』
「そ、そそそそそ、それは脅しですよ!?」
『ふふふ、じゃあ魔物蹴散らしに行くよ』
ラウルに目配りすれば「っ、分かりました」と気恥ずかしさを覚えているので逆らう真似はしない。まずは彼の方へ行くよと、キールの所に行った方が良いと提案した。
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駆け付けた麗奈とラウルが行った時には全てが終わっていた。所々にクレーターがあり森の一部が消し飛んでいた。青ざめる麗奈にラウルは倒れているキールを見付け駆け寄り抱き寄せる。
「キールさん!!!」
「………っ、ラウル?」
ふっ、と目を開けるキールは疲れ切っており再び目を閉じる。麗奈はその傍に控えているインファルとエミナスを見付け「平気ですか!?」と駆けよればコクリ、と頭をふって反応を示してくれる。
「っ、良かった無事なんですね」
≪そう、ですね。……だが、あの魔族達は逃げられたけれど≫
≪アンタも無事でなによりね≫
すり寄ってくるエミナスにくすぐったそうにしていると、黄龍が上空を見れば青龍がこちらを見付けて降りて来るのが見えた。少しだけ服が破けていたが黄龍からは『なに、なんか面白いもんでもあった?』と戦闘を楽しんできたと思われる青龍に言えば短く『そうだ』と返してくる。
『俺が対峙した魔族は面倒そうな顔していたが、こっちと戦っている間にスッキリしてたな』
『………え、君倒してないの?』
『主を傷付けた魔族ではないからな。向こうに付き合っただけだ』
『そんな余裕君にあるなんて………』
驚く黄龍を無視して青龍は麗奈にここから東南の方向に村がある、と上空で上がった時に見えた事を言った。すぐにラウルに言えば、魔物を倒しながらそこに向かおうとなり即座に行動を起こす。
インファルの話によればキールの放った魔法で大ダメージを受けた魔族はそれ以上の追撃をすることなく、その場から離脱していったと言う。青龍の方は対峙した魔族以外は全て蹴散らした為、この森に潜んでいると思われるものは倒したのではと言う見解になった。
≪流石の主も大技の連発と皆を守って来た事で力は無くなったんだ。完全に気配が消えたのをと同時に倒れ込んだんだ≫
≪半分以上、嫉妬で攻撃してたけどね≫
コラ、と足蹴にされて注意を受けるエミナス。これ以上自分達が出れば主の負担になると言う理由から、回復に努める為に姿を消す。青龍も自分が居れば要らぬ誤解を生むだろうからと姿を消し、麗奈が無事なのを風魔に伝えて来ると言って消えて行った。
(あ、そっか……風魔とは別れたんだっけ)
いつも一緒に居たからか居ない事に鳴れておらずキョロキョロと辺りを見渡す。と、手を握られて思わず見ると黄龍が握っていた。
『風魔の代わり。それに最後、色々と意地悪しちゃったしね……謝罪も込めてね』
「あ、うん………」
「…………」
キールを背負っているラウルは少しだけ機嫌が悪くなるも、気にしないように歩く。3時間程歩き続け、黄龍が何度か木に登り方角が間違っていない事を確認しながらで到着したのは簡易的なテントが多くあった。
馬を駆け忙しなく動く人達。村の人と言うよりはラウルのような騎士に近い印象を受け、思わず物陰に隠れた。麗奈はそこで、魔物に襲われていた子供達の事、その子供達を守るようにして居た人物が居たのを思い出しラウルにそれを伝えようとした。
その時、首筋にピタリと当て「動くな」と低く脅す声。そのまま手足を結ばれそのまま乱暴に連れ出されたのは一際大きなテントの中。入ったらいけない場所か、と後悔したが黄龍が小声で『主、平気?』と気遣ってくれる事に嬉しく思い小さく頷く。
「侵入者と言うのは君達、か」
入って来た人物は水色のセミロングに、緑色の瞳を持った恰幅のいい男性だ。その男性の後ろから来た2人の男性は武器を持ち警護体制のようなピリピリとした雰囲気に、麗奈は思わず下を向いてしまった。
「……珍しい服を着ているな」
「え」
クイッと持ち上げられ、視線を上に向けられ緑の瞳とぶつかる。ニチリから来たのか?と聞かれるも麗奈はその国の名前を知らず何と答えて良いのか分からずに押し黙る。
「答えられないのか?」
「い、いえ、その………」
「麗奈!!!」
そこにラウルが乱入してくる。黄龍も結ばれていた筈の紐をいつの間にか断ち切っており、涼しい顔で『彼、意外に過激だね』と笑いかけて来る。
「そ、そそそそそんな事よりラウルさんを止めて下さいよ!!!」
『だってさ、君止めなよ』
「キールさんの治療をお願いします!!それだけを行ってくれたのならすぐに出て行きます。俺達も国に戻ってやる事がありますから」
「………キール?」
「お前、誰に口を聞いて」
「止めて。………ねぇ、君達キールって言ったけどそれって、キール・レグネスのキールなの?」
「「え」」
『お知り合い、のようだね』
ふむ、と少し考えた後で「まずは着替えとお風呂かな」と目を瞬きさせてラウルを見れば彼も同じような反応を示していた。
「あ、あの………」
「君達の事は後で聞くね。悪いね、いつまでもその格好だと色々と困るだろ?」
「「…………」」
ラウルはずぶ濡れで麗奈も泥と血で汚れており、困るなと心の中で思い提案を受け入れる。傍に控えていた2人は頭を抱えたり呆れた様な表情をしており、ピリピリとした雰囲気から一気に緩くなる。
「紹介が遅れたね。俺はドーネル。恐らく君達の言うキールとは知り合いだよ」
まずは綺麗にならないと、と笑顔で招き入れた。そこで緊張が解けた事、疲れと眠気が一気に来た麗奈はそこからの記憶がなくなった。




