第54話:主の為に
ブルームによりディルバーレル国と言う場所へと転送された麗奈。同時に自分に押しかかる重みに耐えきれず倒れ込む。
「キールさん、ラウルさん………」
気絶しているのか2人は倒れ込んだまま動かない。
状況がまだ上手く飲み込めていないのは、自分1人だけでない。それが分かり、悲しみに暮れるのはまだ早いと決意する。
「っ、うくぅ、やっぱり男の人って……重い」
2人は覆いかぶさるように倒れていた。
まずは運びだして、安全な場所をと探さないといけない。
なんとかキールを木の根に降ろし様子を見る。
「……っ」
苦しそうにしていたが、ラウルも運び出さないと思い急いで向かう。身長が高く体格が大きいラウルをどう運ぼう、と唸る麗奈はふと札を取り出す。
まだ力は使えるはずと思い、霊力を込める。
(ごめんなさい。服汚ごしてごめんなさい………)
風の力でラウルを浮かしながらも、どうにか運び一息つく。
「2人共、症状は同じだよね」
ふと、空を見れば既に真っ暗で星が綺麗に散らばっていた。夜だと飲み込むのに少し時間が掛かったのは、ずっとオーロラの空を眺めていたからだ。
国へと飛ばされるはずだと聞いていたが、見渡す限りの森に囲まれている。
(……ユリィの呪い。本当に解けたんだよね)
別れる寸前、本人から言われたがどうしても実感がない。迎えに行くと言っていても触れ合えたのはほんの一瞬。
不安に駆られてしまうがそれをグッと堪える。
「っ!!!な、に……」
その時、悪寒がした。無意識に震える体をなんとか抑え、その正体を辿ろうと目を瞑る。
(……このドス黒い感じは、魔族?)
疑問に思いながらも探すのに集中する。
魔族の気配は1つ、2つ、3つ、と感じながらもそれ以外で蠢くような魔力を感じた。
魔物だ、と感じすぐにラウルとキールに向けて結界を張る。
「………一応、強力にしとこう」
木の根に6枚ほど札を張り、2重、3重に結界を張る。「すぐ戻ります」と2人に言ってから気配のする方へと向かう。魔物の気配を追う中で段々と激しく聞こえてくる戦闘の音。
すぐに飛び出さず様子を見れば、5メートル程の巨大な魔物。目が体中に散りばめられ、鋭い爪には赤黒く鈍く光っておりポタポタと血が垂れていた。
獅子のようなその魔物はギロリと相手を睨む。
「っ、ぐっ、急いで離れろ!!!」
声を上げるのは剣を持ち魔物と交戦してる人物だった。その人物は後ろに控えていたと思われる人達に大声で指示を出す。
子供が3人、身を寄り添うようにしておりすぐ傍には同じく剣を持ち魔物に警戒をする女性が居た。
(………ラウルさん達と同じ、騎士なのかな)
装備は良く見えないが、剣を掲げている所から雷が放たれているのを見て麗奈はそう感じた。魔物は目の前で対峙する者よりも、後ろに固まっている方を見ている。
子供を見ていると思った麗奈は、咄嗟に札の残数を数えだした。
「っ、リーファル、構えろ!!!」
女性の方の名前なのだろう。ビクリ、となりながらも剣を構えれば迫り自分に振り下ろされようとしている爪。子供の悲鳴が聞こえるも、それは自分に襲い掛かる事はなかった。
バチッ、と何かに跳ね返されたかと思えばその魔物はすぐに立ち去る。それを呆然と見ていたリーファルは、何が起きたのかを理解出来ずにペタリと座り込む。
「ごめん!!!」
「うぐっ、ごめんなさい、リーファルお姉ちゃん!!!」
「こわがったよーーーー!!!」
座ったと同時に泣きつかれた。口々に謝罪をいい、無事である事に安堵した彼女は、さっきの魔物の行動に疑念を抱いていた。
「平気か」
鞘に納めながらも自分の事を心配してくれる人物に思わず「は、はい!!」と背筋を伸ばし答える。
「しかし、今の魔物………急にどうしたんだ」
自分が感じた疑念も同じように思っていた。子供を狙っていた様子だが、あまりにも不自然。
(誰かが……助けてくれた?)
ありもしない事を思いすぐに否定する。
この状況で他人を助けるのはあり得ないと思い、子供達を探しているであろう村まで戻るのだった。
======
「っ」
息を飲んですぐにしゃがむ。真後ろにあった木々が次々と薙ぎ倒され、生い茂る森がすぐに平地へと姿を変えて行く。
それだけ今の魔物の攻撃が凄まじい事を示し、ゾッとした。
(子供達に怪我がなさそうで良かった!!)
そんな事を思いながら自分に迫る魔物の攻撃を結界で防ぐ。が、今度は魔物の攻撃方法が変わる。
結界に阻まれたのと同時、その頭上から襲い掛かるのは魔物の尾。
それを張りながらもサッと避けるが、地面に突き刺さった時に突風が生まれ吹き飛ばされる。木に叩きつけられ意識を飛びそうになるも、迫りくる爪に気付いて転がる。
「ぐっ、ごほっ、ごほっ………!!!」
口の中に広がる鉄の味。
それを気にする様子もなく、麗奈は立ち上がり右へと避ける。
立ち上がった場所に魔物が押しつぶすようにして尾が突き刺さる。結界で動きを封じようとしたその時だった。
四方から来た黒い腕に魔物が貫かれる。
「………え」
「ギャアアアアアッ!!!!」
魔物の絶叫が聞こえその凄まじさに耳を塞ぐ。
バキ、バキ、ゴキ、ゴキ、と嫌な音が響く。目を瞑り耳を塞いでいた麗奈はそのまま座り込み、嫌な音をやり過ごそうとしていた。
「ダメじゃない、ちゃんと聞かないと。壊れる音を、さ」
「っ、いや!!!」
耳を塞いだ腕を掴み、耳元で囁く。前を向けさせられた時には終わっていた。
ピクピクと痙攣する魔物は腕に貫かれていたが、グニャグニャと内側から形を変えたその瞬間。
「う…………」
腕に口があるかのように魔物を飲み込むこの行為に思わず背けた。その視線の先、恐る恐る顔を上げた麗奈は自分を見るラークに気付く。
「あ、あああっ…………」
思い出すのは自分を探していたと言う言葉。
呪いと言う印を残して血を飲んで美味しいとさえ呟き狂った魔族。
「やあ、また会ったね。……美味しそうな血の匂いがしたからもしかしたらってたけど、嬉しいな。君の事は忘れてないよ、ずっと……ずっと頭に焼き付いてたんだから」
「んんっ」
怪しく光る目に反射的に離れようとするが、血を求めていたラークからは唇を奪われる。口に広がる血を舐めとられ背筋が凍る感覚に、嫌悪感が生まれていき結界で阻む。
睨みながら、逃げていく麗奈にラークは笑みを溢していた。
それはいきなり言われた頼み事だった。
「はぁ、ディルバーレルですか」
気乗りしないラークはサスクールから言い渡された内容に思わず面倒だと言った。
自分でなくてもいいのでは?と言うニュアンスで言えば、サスクールは笑いながら「頼むよ。君にとっても悪い話じゃないよ」とニヤニヤとされた。
「そろそろ陣の完成が近いって連絡受けたんだ。まだ動けない私の代わりに行って来てよ」
「えーーー」
「頼むよ」
きっといい出会いがあるからさ。と意味深な事を言うサスクールに疑問を思いながらも、命令ならばと仕方なく向かった。
「他に連れて行く奴が居れば好きに連れて行きな」
「ほーい、じゃあ連れて行こうかな」
面倒だと言ったが今は満ちる心に感謝をする。
「さて、どうしようかな。あの子」
=======
「くそっ!!!」
『おーい、拗ねるなよ』
破軍が心配そうに見ながらも、ハルヒはイライラが止まらないでいた。
罰を与える為に殴ったのに全然スッキリしないモヤモヤした気持ちに、焦りもあってか乱暴になる。
『拗ねるなよー。結局、黄龍はきっちりとどめ刺しただろ?』
「れいちゃんが居ないなら良い事じゃない!!!!ゆきと3人で話したい事があるのに……」
『………まぁ、負けたお前に言われたくないよな黄龍も』
ワザとらしくパタパタと扇子を扇ぐ破軍に、ハルヒは「どういう意味」と睨み付ける。破軍はニコリと爆弾を投下する。
『だって黄龍も呪いに負けてねーもん。ずっと手加減しかしてないんだしさ』
「は?」
ゆっくりと起き上がり、破軍の言葉を繰り返す。呪いに負けていない。何を言っていると、見ていれば破軍は嬉しそうに『アイツ、そのブルームの状況分かったんじゃね?』と空中散歩をしながら話していく。
「分かってたって……そのブルームの、魔法が消える事がか?」
『まっ、分かったからワザと負けたんだよ』
「何でそんな面倒な事」
『決まってんじゃん。…………彼女を守る為、だよ』
=======
迫る黒い手に結界を作り阻むもすぐに破壊されていく。霊力の底が付きかけているのを感じた麗奈は距離を取ろうとして、ガクンと引っ張られる力に目を見開く。
(いつの間に………!!!)
暗さで辺りが見えない。ガシリ、と握られた感触から流れ込んでくる記憶。
魔物を喰らい、同族の魔族を喰らい、その力を上げ続けて行くラーク。その表情は恍惚としており貪るようにして喰らう魔力に悪寒を覚えた。
「みつけた」
「っ!!」
その僅かな隙に両腕を高く吊るし上げられ、足に地面がつくかつかないかの距離でぶら下げられている間にもし締め上げられる。
「う、ぐうぅ………」
「ふふふ。どんなに逃げようとも無駄だよ。………血の匂いを漂わせてる時点で、見付けて下さいって言ってるようなものだもの」
そう言いながら膝下から滴り落ちる血を舐めとっていく。ズキン、となる痛みと疲れから来る眠気に意識を持って行かれないように必死で考えるが気持ち悪さだけは逃げられない。
「!!!」
バックステップを踏んで下がったラークは横から来た雷を纏った蹴りにより別方向へと吹き飛ばされていく。拘束されていた麗奈は抱き留められて『遅くなってごめんね、主』と頭を撫でてきたのは黄龍だ。
「おう………りゅう?」
『うん♪やっと主の霊力が分かったからすぐに駆け付けたのに………ホント』
そうしている内に魔物達が集まり、麗奈と黄龍を囲んでいく。
『汚してくれたな。お前等』
自分を中心とした結界を作り全てを葬る。ガラスが割れるような音が響くと同時に消滅していく魔物達。
黄龍の目は怒りに燃え主を傷付けた敵を徹底的に叩き潰す勢いで術を発動していく。
『消えろ!!!』
========
『お前の仲間、次々と消えて行くが良いのか』
「はっ、余計なお世話だ」
上空で展開される雷と闇の攻防。上空にも魔物が来ていたがぶつかり合う2つの力に触れる前に消滅していく。回し蹴りを喰らわせ下へと叩き落とした青龍は、すぐに黄竜の所へと向おうとして足を止めた。
『(ちっ、次から次へと数ばかり増やしがって)』
「おー、おー、好きに暴れてやがるなー」
舌打ちする青龍に1人の男が歩いてきた。
身長は180センチ程、身の丈以上に背負っているのは矛であり時々黒い雷が纏われている。魔物が集まり出しているのを感じ『貴様の仕業か』と雷を落としながら聞いた。
「ひゅー♪すげーな」
『貴様に構う理由はない。主の元へと帰らせて貰う』
「そうはいか、ねぇな!!!」
振るわれる矛先が青龍を捉えるもしゃがみ込みそのままジャンプ。空へと上がり黄竜の気配を感知、視線を向ける前に迫って来た蹴りを結界で防ぐ。
青龍の手前で防がれたそれは空中で縫い止められたように動けず、続けざまに何かに覆われるようにして動きを封じていく。
『雷陣凱』
降り注がれた雷の束。眩しすぎるそれは光の柱のように、集まり出していた魔物達を自動的に伸びるようにしていく様はまるで大木を思わせた。
『……派手、か。まぁいい……魔物も蹴散らしてるし』
喰らい続ければ少しは大人しくなるか、と興味なさそうにしながら主の元へと急ぐ。その光景を見ていたリーファルは思わず腰を抜かした。
響く音に魔物が反応しそうだが、今はあの雷の音が大きすぎる事もあり逆に集まり出してきている。
「な、なんだこれは……何が、起きて………」
魔法と言うには規模が大きすぎる。
村まで送り届け、お尻を叩かれながら泣きじゃくる子供に、ふと良かったと思いながらも拠点に戻ろうとした。その時、森から聞こえる轟音に警戒しかながらも突き進んだ。
(魔法の応戦、にしては規模が大きすぎる……あれでは、あれではこちらに勝ち目などない)
上司に報告を、となんとか気丈に足がガグガクになりながらも拠点へと急ぐ。この異常に不安を覚えてながらも馬を掛けその場から離脱していった。
=======
『しつこい!!!』
風を切り、水を迸らせ襲いかかる魔物達を蹴散らす。抱えられた麗奈はさっきまで戦い涼しい顔をしていたはずの黄竜の豹変ぶりに、目をパチパチと繰り返し「黄竜……?」と不安げに見上げていた。
『バカ青龍。もう少し先を考えろっての!!!』
ザシュ、と抱えていたはずの重みと自身の腕が無くなっている。目を見張る黄竜は向かい合わせに立つラークに、押さえ付けられた麗奈を見て舌打ちする。
「次から次へと……」
苛立ちを見せるラークは背後で剣振るったのを避けるが、風を切る音と共に麗奈が居ないと気付くも「魔族!!!」と迫るラウルの魔法とでぶつかり合う。
「主ちゃんの事、傷付けたな」
ラウルが下がったのと足元から放たれた水は同時。
目まぐるしく変わる状況に麗奈は追い付けないでいると「大丈夫?」と話し掛けられる。
いつもと変わらない声の調子に、気付いた。
自分は怖かったのだと。
「っ、ぐすっ。ううっ、うあああああっ」
分かった途端に涙が出てくる。手で拭うも、止まる事を知らずに流れ続ける。
後ろで『うわー泣かした、最低』と茶化す黄竜を無視したキール。
ラウルに麗奈を預けながら、魔力を練り魔法を展開していく。
「国を襲った代償と主ちゃん傷付けた罰、ここで払え」
圧縮された魔力が、キールの怒りを読み取るように広がり、光線として打ち放たれた。




