第53話:呼ばれた先で
ドサリと頭から地面に来た衝撃にランセは思わず「くそっ……」と呟いた。今度は風魔とフィルが上から降ってきてそのままランセにダイブ。当たる直前に影でガードし風魔はグルグル巻き、フィルを抱きかかえる。
(最後のあれ。転送に似ていた………少し魔法と作用が似ているものなのか)
武器に張られた札を見ようとするも、既に効力を失っているのか札の形は残っておらずいつもの姿形の変わらない武器のみだった。予め張られた札と、任意で張った札とで一時的に転送の様な疑似展開をしてみせた黄龍。
半径1キロ圏内と言う限定的だが、ランセが降り立ったのは中心部の柱。ここに近付いてくる足音に視線を向ければ、フリーゲ、セクト、イールの3名が慌てたように来ているのが分かった。
「っ、おい!!!!なんだその光は」
「え」
フリーゲの言葉に慌てて柱へと視線を移す。
白い光が空へと上がる。それは見えないはずの4つの柱へと伸びていき吸収されていけば、同時に光り出す5つの柱。
しかしそれも一瞬の出来事。何が起きたのかと互いに顔を見合わせる。ランセは最後、退場させられた為に、作り出した空間で何が起きたのかは分からないでいた。
「フォフォフォ。喜べ呪いは完全に排除されたようだぞ」
ポン、と小さいウォームが現れその場で嬉しそうに踊り出していた。その光景にポカンとなるフリーゲ達。するとフィルがうめき声を上げながらもゆっくりと彼等に視線を合わせて行く。
「……何が、どうなって……」
「すまん、俺にも分からない」
フラフラとなる頭を押さえるフィルはすぐにイールにより治療されている。その場でクルクルと踊るウォームにランセは半信半疑ながらも、言った言葉を復唱するように確認する。
ピタリ、と動きを止め真剣な眼差してランセ達を見るウォームは満面の笑みでもう一度言う。
「だからこれで陛下にかけられた呪いもなくなった。彼のあと孫達の世代に呪いが伝わる事はもうない。………お嬢さん達が上手くやってくれたお陰でな」
「ほ、本当だろうな!!!」
「嘘言ってねぇよな!!!」
「ぐふ、ちょっ、ちょっと、ちょっと待て!!!」
ウォームに掴み掛かるセクトとフリーゲ。苦しそうにもがくが短い手足をバタつかせているが、2人は力を緩めずにずっと同じ質問を続けていた。
「ほ、本当だ!!!ワシが嘘を言う理由なんかない!!!陛下に渦巻いていた闇の力は完全になくなった。陛下本来の闇の属性しか感じられん」
国の外でも体調を崩すような事はない!!!と、大声で言いゼーハー、ゼーハー、と呼吸を整えるのに必死だ。それに補足するようにランセは続けた。
「彼の言う通りだよ。ユリウスから感じられる闇の力は自身の力だけで、呪いを受けていた際のドス黒いものじゃ無くなってる」
「……そう、か」
ガクリ、と膝から落ちたセクトからは涙が出ていた。彼はユリウスに仕えてから早8年、共に呪いを解く方法を探り出来る限りの事は全て実行した。
だが結果は変わる事はなかった。日が経つにつれてユリウスが扱えていたはずの闇の魔法が扱いずらくなっていった。どんどん減っていき、イーナスから少量の魔力で、魔物を狩れる方法を教わる事態にまで追い込まれた。
「……やっと、やっと自由に、あの人は。……自由になれるんだな」
国の外に興味があっても呪いの所為で向かう事も出来ない。彼はいつからか外の話をしなくなったし、あまり笑う事もなくなった。
だから、麗奈とゆきが来た時に全てが変わった。
失っていたものを、あの2人が思い出させた。死を受け入れていたユリウスに、笑顔を教え周りを変えて……好きな人まで出来たのだ。
「すげぇよ………あの子達」
歓喜を口にするのはセクトだけでらない。フリーゲもイールもフィルも、同じ気持ちだ。ほっとしたランセはユリウスを迎えに行こうとして足を止めた。
地面から七色の光が漏れ出る。
「っ、ウォームどう言うつもりだ!!」
「ワシではない!!!」
焦るのはウォームも同じだった。彼にしては珍しくこの事態に予想がつかなかったのか空を睨んでいた。
「ブルーム。お前の仕業か!!!」
返事がない代わりに、ラーグルング国を虹が包んだ。この時、花畑のある一角。夜にしか咲かない花だけを集めたあの場所の七色の薔薇。
その花びらが1つだけ、ヒラヒラと地面に落ちた。
今までなんの反応も示さず、変わらないはずの七色の薔薇。
地面に落ちて数秒、粒子となって花びらから七色の光が放たれた。
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不可思議な現象はユリウス達の方にも現れていた。
霊力を使い果たし倒れたハルヒは、目の前で光に包まれる麗奈を見た。
それを最後に、彼はそのまま気絶。代わりに破軍が、麗奈の傍まで行こうとするも見えない力に阻まれ弾き返される。思わず舌打ちし、悔し気に見守るしか出来なかった。
「な、なにが。何、これ……」
「麗奈!!!」
困惑する麗奈にユリウスは抱き寄せた。その間にも麗奈の体が光に包まれながら透けていくように、粒子になって消えていく事態に頭が付いていかない。
「ユリィ………どうなっちゃうの、私」
このまま消えていくの?
言葉に出さずとも言いたい事は分かり、キツく抱きしめ耳元で話す。これから起きる事を、ブルームから聞かされた話をそのまま麗奈に伝えていく。
「……っ、本当、なの?」
『事実だ。異界の女……お前を連れて行く』
ブルームの体が七色に光りそのまま空へと羽ばたいていく。オーロラを突き抜けたと同時、上半身だけ残りながらも粒子の消えるスピードは早くなる。
「絶対に迎えに行く。縛られてたものはもう無くなったんだ。……麗奈のお陰だし、皆のお陰でもある。こんな俺でも待っていて、くれるか?」
「……うん。待つよ………絶対、絶対に来てよ!!!」
手を固く握り真っ直ぐ麗奈を見る。
彼女は目に涙を溜めていた。呪いから解放されたと、そう思って良いんだよね?と、紡げば返事の代わりにキスを落とす。それに一瞬だけ驚き少しだけ笑顔になる麗奈が……そのまま消えていく。
その寸前。
「麗奈!!!」
「主ちゃん!!!」
麗奈を引き寄せようとしたその手は空を切り、同時にぐにゃりと空間が歪むのを感じた。
(逃がさない!!!)
パシ、と麗奈の腕を同時に掴んだと同時に強い光が辺りを包み込む。
光が止めばいつもの風景の城下町の賑わい。麗奈、キール、ラウルの3人以外が元の場所へと戻され、兵士達やファウスト達が駆け付けるまでユリウスは抱きしめていた手を見つめていた。
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「だーーーせーーー!!!」
魔法を放ち目の前にある紫色の鉄格子を攻撃する。しかし、当たる直前に風化したようになくなり声だけが響く。
「……何度やっても無駄だ、アシュプ。我も数え切れなない程に攻撃したがな、結果は今のお前と同じだ。当たる直前に必ず消え去る……魔法が効かないんだ」
一方のブルームは目の前でワタワタするウォームを呆れたように見ていた。いつもの場所に戻り安堵するではなく、溜息を吐いた。その目は未だに怒りに燃えており、下で暴れるウォームを自身の手で押さえ付けた。
「黙れ。話し相手は欲しいとは思ったが……選択を誤っていたな」
「陛下とお嬢さんとの再会に水をさしおってーーー!!!」
「ぐおあっ!!!」
ガツン、とウォームの頭突きを喰らいのけ反る。檻に対して魔法は効かないが内側に作用はしておらず、かなり力を込めてぶてけていた。
「ぐううぅぅ、貴様っ!!!」
「うるさい!!再会した矢先に離ればれなんぞ………お前こそどういうつもりだ」
「あとで再会するんだから文句を言うな!!!」
「なっ………に?」
思わず目をパチパチとし、嘘ではないな?と脅すように背後で氷の刃を向ける。その行動に呆れ半分、ウォームに気に入られた麗奈に同情が半分と言う視線を送る。
「嘘か」
今度は炎と水を繰り出そうとして、ハエ叩きの要領で尾を繰り出す。「ふがっ!!!」と情けない声を上げたウォームを気にした様子もなく話を続け始める。
「この魔法は我等を封じる為のもの。………このまま何もせずにいれば我等はこの世から居なくなる。そうなれば我等が与えた魔法の力はなくなり……魔族達の餌食になると言う地獄絵図が完成する」
貴様はそれでいいのか?
言わずともニュアンス的にはそう聞かれているも同じ。黙り込むウォームはすぐにハッとなり、「だからお嬢さんを呼んだのか!!」と睨まれる。
「あぁ、この状況を打破できるのは……この世でたった1人。あの異界の女だけだ」
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「ふざけるな!!!!」
ガン、と壁にぶつける。ハルヒはユリウスを睨み、もう一発と殴りかかる。
だがそれをバーレルに阻まれ、後ろから護衛隊の人達に押さえ付けられる。落ち着くように言われ、無理にでも落ち着かせる。
最後に気絶なんてしなければ、と強く思った途端に湧き出た怒り。簡単に消せるはずも、落ち着かせる事も出来なかった。
「っ、お前が傍に居て。……何でれいちゃんが居なくなるんだ!!!!ゆきとれいちゃんの事泣かしたのはお前なのに。何で、何でれいちゃんは……」
「ハルヒ様っ、それ以上は」
「止めなくて良いです。イーナス達が止めてない以上、問題する気にはない」
(手を出すなって睨んだだからだろに………)
口に出したくともユリウスからの圧を受けるイーナスはそのまま黙り込むしかなく、傍に控えているヤクルとフーリエも同じように手が出せないでいた。
倒れたハルヒを含めて他の柱で負傷した騎士達をフリーゲ達が総出で治療し、ファウスト達がもう一度見回りを行った。
呪いが解けたと聞き、喜ぶ間もなく次の問題が襲い掛かった。それが、麗奈とキール、ラウルの消失だ。
「………さ、ない………僕は、お前を許さないからな!!!」
「ま、待ってハルヒ!!!」
ふらつく体に構う事なく出ていくハルヒを、ゆきは追っていく。一方で、魔道隊の方では治癒を担当する人達がせわしなく動いていた。
優先させたのはユリウスを含めた団長、副団長達、結界の維持と妨害を続けていた裕二。
誠一と武彦は麗奈とハルヒが割り込んだお陰か軽傷で済み、今もイーナス達の代わりに薬品を持って行ったりと忙しそうにしていた。
「ユリウス。今の話は本当なの、このままいけば魔法そのものが……この世界から消えるって」
ある程度まで回復した後にアウラ、バーレルを含めたニチリだけでなくイーナス達も交えての話し。ユリウスが告げた内容は麗奈にも伝えた事だ。
ブルームとの仮契約時に条件として提示され、それらを含めて一時的に自分に掛けられた呪いの力を彼に渡した、その理由を話し始める。
「この世界に魔法を生み出し世に広めたのは大精霊ブルームとアシュプ。その魔法の力が、絶たれようとしているんだ」
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「魔法が、絶たれる………何でそんな事態に!!!」
ーディルバーレル国。この名に聞き覚えはあるか?ー
「その名前………」
知らない訳がない。同盟国として交流があり、互いに魔法の力を高め合った国の名、それがディルバーレル国。幼いユリウスにも気兼ねなく触れ合ってくれた人達がいて、8年前の魔王との戦いでの時にも危険を承知で戦いに臨んでくれた国。
「………今は、交流がないけど、兄様がよくその国に行っていたから知ってる」
ーまぁ、交流があるのは当然か。我とアシュプは守護地を持つもの同士、何かしら作用するのは仕方ないなー
守護地。
大精霊たる彼等にも力が通りやすい土地、絶対的な力を振るえる場所。それがアシュプが居るラーグルング国、ブルームが居るディルバーレル国は国として成り立つ前にはドラゴン達の住処だったと言う。
ー守護地として我等が居るからこそ魔法は今まで保たれ続けていた。サスクールは8年前の戦いで、ディルバーレル国に魔力封じの陣を作り元を絶とうとしていた。邪魔が入って上手く発動が出来なかったようだが、魔族が密かに作り直したー
その所為で最近では魔物の活発化と同時に、ブルームが扱う魔法も発動しずらいと言う状況が生み出された。
このままいけば先に自分が消滅し、アシュプも同様に消える運命。その陣を破壊するには同じ魔法の使い手でなければいけない仕組み。
同じ、虹の魔法を扱える人間が必要なのだと伝えた。
ーそんな時、アシュプが気まぐれに契約したのがあの異界の女だ。あの女の力は魔法とは違う力だ。恐らくその陣を破壊するのには適しているだろうし、出来なかったとしても突破口にはなるー
「それって国に行くって事だよな」
ーそうだな。今は内戦中で何処もゴタゴタしているー
「なっ!!」
そんな場所に誰が行かすか、と言おうとした。だが、転送される場所は、ブルームの近くだから危険はないと説明される。そうまで言われてしまえば、ぐっと押し黙るしかなかった。
ーあの女は世界でただ1人の、我等と同じ魔法を扱える存在だ。大事にするさー
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ユリウスがアウラ達に話をしているのと同じ頃。
転送された麗奈はただひたすらに走っていた。服が所々ボロボロで、木に足を引っかけ転ぶも夢中で走った。
人が居ない所へ、巻き込まれない場所へと向かって行くのは夜の森。ハルヒと同様に霊力の残りが僅かであり、使った術の反動で体力もあまり残されていない彼女は焦っていた。
(っ、何で………何でここにあの魔族が………)
夜の森はただでさえ視界が悪い。足元に光を灯して歩きたいが、それでは相手に居場所を知られてしまう。そうなれば自分は捕まる、と言う思いから逃げるようにしやり過ごそうと木の根に隠れ息を潜み音を立てないようにしゃがみ込んだ。
「誰から逃げたいのかな?そんなに逃げると近くにある村を、村人を殺していくよ。………君はそれでいいの」
楽しそうに獲物を追い詰めるようにして歩くのは魔族のラーク。麗奈に印として呪いを残し、血を飲んだことで魅了され狂わされた彼はニヤリとしてた。
(面倒な頼み事だったけど、嬉しい誤算だったな)
ズズズ、と自身の影から現れるのは仲間を貫き、魔物を飲み込んできた数多の黒くて長い腕。
追い詰められる者と追い詰めるもの。ディルバーレル国と言う場所にいきなり転送され、状況を飲み込もうとする前に来た恐怖を植え付けた人物。
離れた仲間に危害が加えられていないのを願い、自分もどうにかして逃げられないかと考える麗奈と彼女を捕らえようと動くラークとの戦いが始まっていた。




