第52話:神霊の国・ニチリ
「何処だ!!!アウラよ、頼むから出て来てくれ!!!!!」
神霊の国、ニチリ。
海で囲まれた小さな島々だった。それらが段々と、周りの部族達をまとめ上げ、また長い時をかけ1つの大きな大陸を作り上げていった。新たなその島は、まわりをまとめ上げて王へとなったニチリ・イクマ、その者の名を彼が死んだ後に国の名として残した。そのニチリの中心部とも言える神領の祠と呼ばれるところがある。
祠と言っても神を祭るような場所と言う意味ではなく、島の守り神でもあり同時に大精霊のシルフ、ウンディーネが座す場所。それは祠と言うよりは小さな城であり神子として、またニチリの姫としているアウラの住む家でもある。
そことはまた違う場所。
ニチリの守り、魔物からの侵攻をと止める警護部隊。彼等が働く場所は海と向かい合わせに建てられた丸い塔。ここ最近、アウラはよくこの場所へと来ている、と様々な者達からの報告を聞いていた。
だから来た。日々の激務から少しだけ解放されて娘を見に来たのに……肝心の娘がいないのだ。
「も、申し訳ありません!!!!姫様、いつもは本を読んでいる時間なのですが……お、おかしいですね。今日はかくれんぼですかね、あははっ………はははは」
お世話係担当のウェンはいつもの黄緑色の布を着物の様に着込み、両手には姫様がいつも着ている服を一式を持ちながら早歩きをする。その表情は焦りもあり、冷や汗をかきながら隣で大股で歩き激昂する父、現王でもあるベルスナントに説明していた。
娘のアウラに甘く、部下に厳しくも息子のように娘のように接するので甘い時にはかなりの激甘なのだが、怒らせれば誰も手が付けられず止められる者もごく少数と言う恐ろしい人物でもある。
(うぅ、やっぱり無理だ~~~~~姫様、何故私が王を止められると思ったのか!!!助けて欲しいのは私なのに)
今すぐにでも逃げ出したいウェンは今日も髪をかきむしりたい衝動に耐える。が、彼はそのかきたい筈の髪はなくツルツルの頭なので、その衝動はどう考えて無意味なのだ。
加えて彼の性格は優しいアウラと合うかのようにかなり優しい。裁縫、料理、掃除、洗濯が出来るスペシャリストであり、世話係として頂点に立っている。
「またハルヒの所へと遊びに行ってるのか……まったく、彼は彼で帰る場所があると言うのに」
「あ、あはははは、そうですね。姫様は本当に……いえ、何でも無いです」
ハルヒ様が大事ですよね、と言う言葉は王の睨みにより言葉を飲み込む事となった。
娘のアウラが元気で笑顔になったのはここ最近の事。それまでは自分が死ぬ運命すら呪う事もせず、その運命に抗う事もせずただ死を待つだけの感情を無くした娘。
それが約3カ月ほど前、ハルヒと会った事で変わり全てが変わった。感謝しつつも初恋をしている娘に頭を悩ませがらも、自由にしたいと言うせめぎ合いでどう行動しても良いのか分からなくなる。
「さあ、ウェン。吐きなさい、何で嘘を言ったのかを」
「…………い、いえ、その」
「拷問にかけられたいのなら別に構いません。得意ですから」
「あばばば、選べと!?」
鞭、竹、木の棒が並べられ「さ、どうします?」と悪魔を囁きをするのはニチリの拷問とアウラの警護も担当しているディルベルト。
短髪の黒髪、空色のような青の瞳は睨み迫力が更に増す。腰に下げた剣の鞘、その刀身は静かにウェンへと向けられている。
「えぇ、選んで下さい」
「流血反対!!」
鍔の先端には小さな水晶がはめ込まれているように付いており、魔法を扱う際、また武器に魔力を通しやすくする為の処置であり、ニチリ専用の魔道具として戦い出る者なら誰でも持っているものだ。
(あぁ、だから言ったのに……せめてディルには言おうと言ったのに………なのに~~~いや、まず選べと言われても!!)
冷や汗と自然と体がガタガタとなるのは彼の異名の所為でもあり、事前にアウラと打ち合わせをした際に彼に何も言わずに出て行った事。それを激しく後悔していたからだ。
鬼のディルベルト。
密告者、犯罪を犯した者達をまとめて精神ごと叩き直し周りから「兄貴!!」と変な慕われ方をし改心させると言う聞けばいい仕事をしてると思われる。が、ディベルトの部下達からは視線を逸らせながら「まぁ、あれは………な」と口を揃えてどんな拷問を掛けられているのかが謎た。
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彼自身、暗殺者として王を標的としていた過去がある。武術にも優れていたベルスナントは抑え込み、最後の抵抗として娘のアウラを人質にしようと武器を向けた瞬間……恐怖した。
(……何故、恐れない)
当時5歳のアウラは既に目に光は宿らずぼんやりと自分に迫る武器に見向きもしなかった。それが、今まで標的を殺し成功報酬として金を貰って来た10歳の彼からすればそれだけで恐怖でしかなかった。
初めから死を受け入れている。そう感じた時には武器を手放し、首をはねようとしたベルスナントからは「興覚めだ」と言われ背を向けられた。
「……殺さない、だと」
「そうとって構わん。それに、アウラが珍しく興味を示したようだからな」
「は?」
気付けば自分の服が強く何かに握られている感触。アウラがこちらをじっと見られており、不思議そうにしながらも自分を見上げる視線とぶつかる。
「私に触れるな。汚れるぞ……人殺しの手だ」
「…………きれい、め」
「なに?」
「きれいな、あお………すき」
自分の目の色を褒められたのは初めての事だと思いしゃがみ込んだ。彼の目は暗闇でも怪しく光り相手を苦しめる事から呪われた目だと、恐れられ両親からも早くから捨てられた。
生きる術として殺しをするしかなかった。青目が夜に見えたら死と思え、と自分の住んでいた村では恐れられ、殺しを専門に行う暗殺グループに身を寄せるようになり今に至る。
「この色、好きか?」
「……うん」
そらのいろ、だから。と離さないようにギューッと抱き付かれる。そこからアウラはずっと傍を離れず扱いに困った。ベルスナントは周りにどう言ったかは分からないが、気付けば養子としてアウラの兄と言う急展開さに頭がついていかれなくなった。
「私は、人殺しだぞ」
「それは俺もだ。まとめ上げる為に俺も多くの者を、魔物と共に屠ってきた。もう聞いているだろう、娘は20歳には亡くなる。それを幼い時からずっと身に染みたアウラが、興味を示したのが君だ」
瞳の色は俺も好きでね。
羽ばたく空色。自由の象徴ではないか!!、高らかに笑うベルスナントにつられるように周りが笑う。不思議な人、と言うのがディルベルトにとっての印象であり仕えられるなら命は惜しまない。
今まで殺してきた者達を糧に、自分の持てる全てをこの国の為に捧げようと思った。
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「そうですか……姫はラーグルング国に」
ディルベルトからの報告を聞いてもしやとは思っていたが、可能性は限りなくゼロに近かった。だから初めから選択肢としとは排除していたのたが……と、頭に手を起き溜息を漏らす。
「申し訳ありません。自分が持ち場を離れていた隙での出来事……処分はどんなものでも受けます」
後ろで「すみません、すみません……」と謝り倒しているウェンに、何処か悔やむような表情のディルベルト。その反応を静かに見ているのはニチリの宰相、リッケル。
彼も日々の激務から解放されての休憩。その少しかない休みに来たディルベルトと引きずられているウェン。厄介事なのは目に見えていたが、一応は聞かなければならない。
(ディルベルトが知らない、ね……)
スゥ、と紫色の瞳を細め報告して来たディルベルトを見る。彼は過去に王族に対し暗殺を行った事がある。リッケルも、その現場を見ておりベルスナント、アウラが何故か彼を気に入ってしまったのも知っている。
そのまま彼は養子として王族に招き入れられ、アウラにとっての義兄とされた。その手際の良さと実力はあると言いディルベルトを差し出され、周りの者達も呆れを通り越して扱いに困り果てた。
「兄が知らないとかあるのか?」
ギロリ、と睨むリッケルに後ろでビクリと体を震わすウェン。ディルベルトはそれを普通に受け止め頭を下げる。
「申し訳ありません」
「ウェン」
「だっ、だから!!!姫はハルヒ様と共に、ラーグルング国に家出してるんです!!!ハルヒ様は目的があってあの国に行った様子ですが、詳しくは聞いていません!!!!」
もう勘弁して~、と謝りながらも宰相室から出ようとするウェン。
そんな彼ををリッケルが手をかざし魔法で動きを止める。ピキ、と急に体が動かなくなっかと思えばヒョイ、と紐を引っ張る様にして引く。
その動きに連動して、ウェンが作業机にぶつかる音が響く。
「ぐほっ!!!」
リッケルが扱う魔法の属性は無属性。その中で、彼は影を扱う魔法を得意としていた。動きを封じたのはウェンの影に向けて自身の魔力を放ちそのまま操作して動きを止めたのだ。
「ぐぅ、うぅ………」
「誰を相手にしてるのか、よく考えて置くんだなウェン」
思い切りぶつけた上、そんな言葉を放たれるもズルズルと床に落ちて行く。それを表情を変えずに見ていたディルベルトは「今から向かいますか?」と聞いてみた。
「………今から追っても、遅くて明日の明朝あたりが昼前に着くだろうけど。手配しとく。それにしてもラーグルング国か」
アウラが急に行くと言い出した魔法の国と呼ばれている所。精霊が多くその加護地としての力が絶大と言われている。通常1人で行える魔法の量は微々たるものだが、ラーグルングではそれが何倍も膨れ上がり、強力な魔法を打ち出す事が可能になる。
「8年前にラーグルングは、魔族との戦いで敗れたと言う噂だったが………どうやら生きていたようだ」
「………魔族」
「魔族を束ねて蹂躙したのが魔王と言われてるみたいだ。そんなのと戦って生き残った国が今の所……ラーグルングのみ。他国がどれだけ発展しようとも、精霊の数ではラーグルングには勝てない訳だし、強力な魔法を扱うあの国を脅威に思う所は多くてね………ニチリもその1つだと言ったらどうする?」
「…………」
噂では魔物の大軍を一気に打ち払い国に損害を与えなかった所がある。その国の詳細も分からずにいたが恐らくはラーグルング国であろう、と目星を付けた。
「姫は何故………その国に興味を示したのか、だ」
「恐らくはハルヒの影響かと」
「………あぁ、彼ね」
こことは違う世界から来た異世界人。
魔法と言う言葉を知っていても実行は出来ず、魔法とは違う力で魔物を蹴散らしたハルヒ。彼は保護してくれたこの国を知る内、娘に掛けられた呪いの存在を知り……誰にも成しえなかった呪いの破壊をやってのけた。
(呪いを解いた偉業は認めても、結局は部外者だ。そこに漬け込む連中は腐る程いる………だから王は彼を元の世界へと帰す方法を模索している)
そうなれば姫の初恋も終わり、全てが元に戻る。と現王を含めリッケルは思っている。しかし、そうはならないと思っているのがここに2人居た。
ウェンとディルベルトだ。幼い頃から姫の傍に居て、彼女がどんどん変わっていく姿を微笑ましく見てきた2人。
「ディル。あの顔は悪だくみの顔だよね?」
「だと思いますよ。もしくはハルヒを元の世界に帰したんでしょね」
「…………お似合いだと思うんだけど………ダメなんだ」
「思う所があるんでしょうね宰相も王も………」
「はぁ~やっぱり貴方には言っておくべき事なのに、ホントごめん」
「いえ、身の回りの事をしているウェンには感謝しているので」
「……なら尻を叩くの止めて」
「嘘とは言え一応、拷問するフリは必要なので」
「………真面目め」
と、ぶつけた頭を擦りながらしゃがみ込んで小声で会話をする2人。リッケルは思案中の為、会話は耳に入っておらず報告に来た部下がその異様な光景に思わずパタン、と静かに閉めた。
(な、何故、鬼のディルベルト様とウェンが仲良く話を……いや。リッケル様も十分怖いが!!!)
ニチリは3つある守護柱の影響なのか、魔物が引き寄せられやすい状況だった。それと同時に神子としている王族の命を奪うと言う呪いの為に、柱を怖そうと試みるもどんな攻撃でもビクともせず、ヒビが入らない柱に怒りを覚えたか。
ラーグルング国でも騎士が多く居る事から、ニチリの警護をする者達は文官も含めた者達も戦闘に慣らされる。リッケルもそうした1人であり、ディルベルトとは稽古のような殺し合いにまで発展する恐ろしい人物でもあった。
(報告が遅いと怒鳴られるが、あの場に入る勇気は………ない)
ディルベルトが居るだけでも困るのに、と報告しをしに来た部下は暫く扉の外でじっと待つのだった。
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『おー、頑張るね』
「バカにして……くれる、な」
その頃のラーグルング国。
黄龍はニコニコと実に楽しそうに、片膝をつくユリウス、ハルヒ、ラウルを見ていた。彼は未だに錫杖が突き刺さったままだが、苦しくもなく普通にしており痛覚がないのかと言いたくなる。
『ん?』
風とは違う流れを感じた瞬間、錫杖が魔力を纏い内側から黒い力を押し出す。それを実行した人物の元へと向かえば相手は、いきなり現れた黄龍に一瞬だけ驚いてしまった。
『浄化の魔力があるとはね。侮れないなまったく』
「うぐっ!!」
離れた所から身を潜めていたフィルは聖属性の力で闇を消し去ろうと考えていた。狙いは良かったがすぐにフィルの居場所を突き止め首を絞め、体を持ち上げる。麗奈が気付いて助け出そうと動いたのとフィルが投げ飛ばされたのは同時。
『ちっ』
投げた直後に黄龍に向けられた風、闇、炎、雷がぶつかる。その衝撃で周りは爆発を起こし暴風が巻き起こる。フィルを支え風魔で離脱しようと考えていた麗奈は爆発が起きた事で、まとめて吹き飛ばされ建物の残骸にぶつかりそうになる。とその寸前、空高くへと避難されていた。
「っ、青龍!!」
『怪我がなくて良かった。黄龍は結界の力が強いから簡単には破れん。先程の女は風魔と共に退いて貰った』
ほら、と青龍が指さす方へと麗奈も追っていく。張られた結界は麗奈と同じ青い立方体、その中心にはパタパタと扇子で仰ぐ黄龍が居る。イーナス達の攻撃が効いていない事、ユリウス達も攻撃していたのにも関わらず彼は涼しい顔をしている。
黄龍の影から大鎌を掲げ振り下ろしていたランセ。しかし、ガキン、と銀色の鎖に阻まれ動きを封じられていた。
「!!」
すぐに鎖を黒へと変色させ、ボロボロと崩れ落ちていく。次の行動を移そうとしたのと、黄龍がランセに向けて手をかざしたのは同時。
『やば過ぎる力を持ってるな。退場』
「なっ……!!」
武器に張り付けた札が光り出し、その輝きに目を瞑った。目が慣れて来た頃には黄龍と対峙していた筈のランセと離れた場所に居たはずのフィルと風魔がまとめて姿を消していた。
『あー青龍が女の子抱き抱えてるー』
俺も女の子と触れ合いたいーと大声で言っていた。状況を理解する前に、既に動いていたベールがすれ違い様に斬撃を放つ。驚いた表情をしたのは先に攻撃を仕掛けた側のであり黄龍は変わらずの笑みを浮かべるだけだ。
「っ、頑丈ですね本当」
結界には傷すらつかず代わりに来たのは蹴りだ。剣で防ぐのも構わず建物の残骸が広がっている所へ吹き飛ばされ、壁にぶつかりながらも剣を突き刺して方向を変える。
壁にぶつかる直前に風で勢いを殺しながらも、魔力を纏い最小限にダメージをなくす。転がりながらもギリギリの所で意識を飛ばさずにいた所で黄竜を睨み付けるスタンスは崩さない。
『ふえー、便利だね』
『だよな、便利便利♪』
『『…………』』
『死んでからもムカツクな』
『お互い様だろ、バカ黄龍』
「お前等揃ってだ、バカ!!!」
激昂しながらもハルヒは封印の札を床に展開し、突き刺さる錫杖に向けて霊気を送る。逃がさないように援護する麗奈はひとまず結界を張る。『ん?』と唸る破軍だったが、黄龍は既に結界の解除に取り掛かっていた。
「させるか!!!!」
今ある霊気を全て錫杖と封印の札へと送り届ける。黒い光が錫杖から漏れ出すのと封印の札が黒くなるのとが連動し、ピシリと黄龍へと影響を与えて行く。
「れいちゃん!!!!」
体が黒へと染め上げられた黄龍は『(やっとか……)』と、ふっと悟ったような表情を浮かべていた。その先には封印術を施した札に自身の血を滲ませた麗奈の姿があり、もう1つの秘術を繰り出そうとしていた所だ。
「血染めの結界」
「封印術」
「「神落とし!!!」」
赤い光と黒い光が黄龍に突き刺さる錫杖へと放たれ、同時に限界が来ていたのかその錫杖がついに壊される。そこから流れ込んでくる強い力は黄龍を蝕んでいた呪いを元から断ち切るのには十分なものであり、麗奈を抱えていた青龍からは青い光が漏れ始めていた。
『あぁ~やっと解放される。お疲れさん、土御門、朝霧の当主。この世界の、ラーグルング国の者達』
これで終わったよ、と笑顔で言いユリウスに視線を向ける。
『これからが大変だ。頑張れ若者』
破軍同様に粒子となって消えて行く黄龍。それは全ての柱を正常に戻した事を意味し、同時に王族に掛けられた……ユリウスにかけられた呪いが完全に排除し重しがなくなった、と言う瞬間でもあった。




