第51.5話∶イディールの心配事
ニチリの姫でありアウラから渡された錫杖には封印術が施されていた。それが彼の助けになると思い、彼等の無事を願って渡した物。きっと、助けになると信じて……。彼女もユリウス同様に呪いにその身を蝕まれており、王族が短命の所もラーグルング国と同じ。
それを異世界から来た土御門 ハルヒが解き、自分の目的の為にアウラを使うと言われても、不思議と怒る気持ちはなかった。
もしかしたら、アウラがハルヒに惚れたのはこの頃からだったかも知れない。そう感じずにはいられなかった。
「その時のハルヒ様はもう格好良すぎて、何度夢見て興奮したか!!!」
「その時のハルヒ、見てみたかったなぁ」
「えぇ、ゆき様にも見て欲しい位です。はぁー、何度アプローチしても見向きもしてくれませんが……負けません!!!」
「頑張ってアウラ姫。応援するよ!!!」
ガシリ、と固く手を握り合うアウラとゆき。和やかに楽しそうにしているアウラを見て、ほんわかするのはニチリの護衛隊。副隊長が居ないのを良いことに、ゆきが皆へと作ってくれたクッキーをバリバリと食べながら楽しく聞いている。
イーナスの代わりに仕切っているイディールと、姫の警護とハルヒのサポートをしていた副隊長のラーバルは大声で話す内容に、出された紅茶を飲みながら「女の子同士の友情、良いよね」と話をふった。
現在、2人の居るのは話し声が聞こえる範囲と言っても隣部屋。イディール自身はラーバルと話をしようと思っていたし、ラーバル自身も同じ事を思っていたので良かったとすら思っている。
「申し訳ありません………国の外、元より家より外を出歩いた事すらなかった姫様に、我々も気が動転してしまい……このように配慮して頂き感謝致します」
「いえいえ。見た感じ興味津々、見る物全て珍しいのは分かりますから」
麗奈さんとゆきさんがそうだった訳だし、とは口には出さなかった。
イディールが姫の相手をゆきにしといて良かった、と思いながら隣で楽しく談笑している彼女を思い少しは気晴らしになったかな。と珍しく弱気になった。
呪いで動けないはずの陛下が姿を消した。
朝からの戦闘から既に5時間。
イディールの脳内に届いた伝令係の魔道隊から報告された内容に焦りが無いと言うのは嘘だ。ゆきもそれを聞いてから、明らかに顔色が悪くなっていくのを見て(まさか……)と思った。
魔道隊の伝令係は、伝える相手の脳内に直接伝える方法だ。これは妻が自分に仕事をふる際にやった魔法はテレパシー。
伝える相手、魔力を探知しながらで行うこの魔法。簡単に見えるが、実は繊細な魔力コントロールを有する。伝える相手の魔力は、指紋同様に1人1人違う為、伝える相手の魔力を覚えなくてはならないからだ。
方法としてあげたが、魔力コントロールが普通の魔法師よりも優れている魔女のセルティル、また子供のキールには関係なく吹っ飛ばす。彼等は探知せずとも相手の魔力を色として見えるのが当たり前でありそれが魔女の特徴でもあるからだ。
(話には聞いてたけど………感じ取ったのか、私の魔力を)
イディールの扱う属性は光の属性。対してゆきが扱うのは、エルフのみに扱える筈の聖属性。そこにプラスして炎の属性と2つ扱える筈の物を3つも扱う。同じ光と言う共通点から偶然にも、イディールにのみにしか伝えられない報告をゆきが伝播するようにしてしまった。
人間が聖属性の力を扱う異例さは、ベール兄妹ので十分だと思っていたが異世界から来た彼女も彼も驚かせてくれる。興味が減るではなく、増えていくのだから不思議な感覚だ。
「どうされましたか、イディール宰相」
アウラは何処でそれを感じ取ったのか、ゆきを隣の部屋へと誘いハルヒと言う人物の事、ニチリでの事を話している内に隣から彼女の笑い声が聞こえた。姫にも何かしら特別な力があるのだろうと考え、彼女の咄嗟の行動に感謝する。
「いえ……彼女達が楽しくしているのが嬉しくてね」
質問された内容に。つい、そんな嘘を言った。
本当は自分の考えや予想の遥か上を行く彼女達が、それに触れ合っている陛下達が楽しくてしょうがない。それを言う気は無いが彼女達が楽しくしているのを嬉しく思うのは事実。
(………だから本心が分からないって言われるんだよね)
前にキールに言われた。自分は考えている事と思っている事が一致していないから気持ち悪い、と。まさか息子からそんな事を言われるとは思っていなかったので驚いて暫く固まっていた。
=======
「えっ、そんな事をキールさんに言われたんですか?」
麗奈がイーナスの用事を済まそうと協会へと足を運んだある日。
ふと言われた息子の言葉に引っかかりを覚え、誰かに聞いて貰おうとしたが妻のセルティルは魔物に襲われたあの日から忙しくしいた。関係ない話をして彼女の負担を増やす訳には……と思ったイディールは麗奈に聞いた。
イーナスからは単に資料を届けるように言われただけだ。中身は見ておらず別に見たら怒られるとはそう言う訳ではないのだが、なんとなしく見る訳にはいかなかった。それと同時に、前にイディールにコーヒーを提供した時の事を思い出し別の飲み物ならセルティルも喜ぶかも、と思い立った麗奈は協会へ行くまでに武彦から紅茶を貰って来ていた。
(紅茶だからクッキー……と、パウンドケーキを持って行こうかな。フルーツを入れるよりもまずは普通にして味の感想を聞こう。うん。そうしたら働き過ぎるセルティルさんにも喜んで貰えそうだし、キールさんも家族とで過ごしやすいだろうし♪)
そう思った麗奈の行動は早くゆきにも手伝って貰い、クッキーとパウンドケーキを作った。途中、匂いに吊られてアリサやリーグが来て……段々と人が集まって来たので慌てて持って行く分を包んで逃げるようにして協会へと向かった。
「大変でしたね麗奈様」
「は、はい……ありがとうございます、レーグさん」
「いえ。では気を付けて下さいね」
レーグに協会への道を作ってもらい、イーナスに渡された資料とお土産を持って届けた。対応したのがイディールであり、そのまま資料を渡しながらお土産として持ってきたクッキーと紅茶を頂く形になった。
(資料渡すだけだったけど、イディールさんがこんな相談するなんて………キールさんと仲が悪い、って訳ではなさそうだけどなぁ)
「ふぅ……落ち着く。これならセルティルにあげても平気だそうだ。ありがとうね」
「あ、いえ………」
「麗奈さん。キールってどんな性格?」
「へっ」
まさか、父親のイディールから息子のキールについて聞かれるとは思わず失礼のないように………と、唸る麗奈に(変な聞き方した、かな)と申し訳なさを思いながらも紅茶を口にする。
「キールさんは凄い人ですよ。魔法に関して物凄い知識と行動力ありますし私はそれで何度か助けられました」
(その凄い行動力が麗奈さんにだけ、遊ぶ為だけ、魔物との戦闘用とで分けてると思わないんだよね………)
「それと私に色々と面白い話を聞かせてくれますし」
(主に意地悪しがいのある人達だよね……麗奈さんも含まれてるんだけど、本人は知らないだろうし)
「この間、ランセさんと魔法のぶつけ合いしてましたね」
(魔王相手にぶっ飛んだ行動するのはセルティル遺伝か………)
「イ、イディール………さん?」
失礼のないように、と話をしていた麗奈はどんどん元気をなくすイディールの様子にアワアワと慌てる。しかしどう対処して良いのか分からずに、「えっと、キールさんは凄い強いですよ」、「魔法について分からない自分に、色々と優しく教えてくれますし!!!」と思いつく限りのキールの良い点ばかりを言い続けた。
「………何してんだ、アンタ等」
「あ、セルティルさん!!!!」
片付いた仕事が終わり休憩とばかりに大きなソファーがある応接室に入れば、先客?である麗奈がいた。彼女はセルティルに気付いて思わず「助けて下さい!!!」と助けを求めて来た。見ればずっと唸るイディールに慌てる麗奈と言う奇妙な感じ。
紅茶とクッキーを貰い今までの顛末を聞いた。思わずなんだそれ、と言うのを我慢して黙って麗奈が切り分けたパウンドケーキに手を伸ばす。
(キールの言う事も当たってるし、そのキールだって本心と思っている事は別々だろうに………)
イディール用にパウンドケーキを切り分ける麗奈をチラリと見てセルティルは思った。キールは麗奈の事が好きだろう、と思ったのは彼女が間違って協会へ飛ばした時だ。
あんな激昂した息子は今まで見なかった、とセルティルは思い息子が構う主と言う麗奈を見て託しておくかともその時思った。
(まぁ、その好きの種類にもよるが………な)
恋愛感情なのか、忠誠心からなのか、情愛からなのか。
それを知っているのは息子自身であり、アイツが本心を言うのはなかなかないなとも思った。
「まぁ、こっちから言わせればキールは………主の麗奈に対しては本心で言ってると思うけどね」
「えっ!!」
「…………」
驚く麗奈に今まで考え込んでいたイディールがピクリ、と反応を示す。その目は家族の自分達よりも?と言う質問を示した視線。それをふっと笑い「当たり前だろ」と言えば何故かショックを受けている。
「え、え、あの、セルティルさん!!!何でですか、キールさん私には結構意地悪してる来るんですよ!!!この間だって………」
「この間って、アシュプと契約交わした時の事かい?」
「…………」
「麗奈さん?」
反応のない麗奈が心配になり顔を覗き込むイディール。が、麗奈はすぐにバッと旋回しイディールとは視線を合わせなくなった。セルティルは振り返るその瞬間、麗奈が顔を赤くしておりニヤリ、とした。
「じゃ、ここは女同士………裸の付き合いでもするか」
「うえっ!!!」
「え、ちょっと、セルティル!!!」
嫌がる麗奈を無理矢理に連れ出すセルティル。シュン、と姿を消したのは空間魔法を使った証拠であり直行でお風呂へと向かったのが分かる。資料を渡しに来ただけの麗奈に悪い事したな……と、思いながらもその笑みは何処までも優しかった。
=======
ふと、思い出したのは協会で資料を渡しに来た麗奈の事、麗奈の持ってきたお土産と笑顔だった。それから一週間と経たない内に起きた陛下の呪いと同時に麗奈が襲われたと言う事実。
それを聞いてすぐにでも飛び出したかったが、セルティルからは落ち着け思い切り水をぶっかけられた。体温が下がっていくと同時にクリアになっていく自分の思考。
(………はぁ。情けない)
知らせに来た魔道隊の人から詳細を聞き、すぐに対策を練る為にセルティルは準備をした。麗奈が襲われたその次に日に呪いを解く為に誠一達が動くと言う事と、その間の国の事をイディール達に託したいと言うイーナスからの伝言を受け取り、彼女より先にラーグルングへと向かった。
だから、イディールはここでニチリがどういった目的で国へと来たのかを見極める必要があった。ニチリは海で囲まれた島国であり、他国との交流を極力避けて来た底が知れない国。
噂では魔法とはまた違った力を有する国とも言われており、ニチリを侵略しようとしてきた国は多い。それにより被害を被って来たのは、襲われた側のニチリではなく侵略してきた側の国だと言う。
(ニチリも支部が作れない場所だ。そんな未知な国が、本当に陛下の呪いを知っているとは……しかも、麗奈さんとゆきさんと同じ世界から来た1人が助けると言ったのが始まり)
はたして、その者は本当に同じ世界から来た人物なのか?
今も隣の部屋ではハルヒと言う人の話題で持ちきりだ。そして、目の前に居る落ち着きのある男性が、副隊長であり隊長はその同じ世界から来た人物だと言う。
「イディール宰相。これで、我々の信頼を得ると言う事にしてくれませんか」
そう言って差し出してきたのは水晶だ。直径10センチ程のそれは小さな光が漏れ出ており、机に差し出した瞬間に風景が広がった。目の前には黒い鱗の体を持ちながらその翼は七色に光りまた黒い翼へと戻ると言った一連の流れ。
その美しさに見惚れていると、雷と水柱が空から地面へと吸い込まれるようにぶつかる。その激しさにその衝撃に思わず目を瞑った。
「っ、陛下、麗奈さん!!!」
膝をつき息を荒げるのは姿を消したはずの陛下ユリウスと、呪いを解く為に飛び込んだ麗奈の姿があった。さっきの黒いドラゴンはユリウスの背後に回り込み翼を広げて2人を覆うようにして守る。
それと同時、炎が襲い掛かる。炎はドラゴンを焼く事無く左右へと逸らされ、その翼の主は空気を吸い込むように、魔力を溜め込むように力を貯める。
「フリーズ・バースト」
炎に触れた所からパキン、パキン、と凍てつき襲い掛かる炎を全て氷の世界へと変えてしまった。その光景に思わず疑いたくなった。ユリウスは「ブルーム、あんまり力を使うな!!!!」と怒鳴りそれに呼ばれたドラゴンは『苦労するのはアシュプだけだ。我は関係ない』と知らんぷりを通していた。
(……ブルーム!?まさか、七色の魔法を扱えるエンシェント・ドラゴンのブルームだとでも言うのか)
魔法を扱う者なら誰しも聞いた事がある大精霊。その中でも巨大な力を誇り、同時に世界の管理者と言う担い手でもあるアシュプとブルーム。彼等は世界に降り立った初めて精霊であり、世界の成り立ち、国の成り立ちを見て来た管理者。
召喚士、賢者、大賢者ですら姿が見えない彼等を神のように称えいつしか噂が噂のように呼び本物の様に語り継がれた。
彼等を扱えし者現れる時、世界の覇者になる。
(……ふっ、あの2人には一番似合わない言葉だな)
麗奈がアシュプとの本契約を交わしたことを知っている。そして、ブルームを扱えている事からユリウスも七色の魔法を扱う適性があると言う事だ。覇者など一番似合わず、2人からは絶対的に想像できない未来。どうせ、誰かがまいた噂なのだから信じる必要などないのだ。
「これはニチリ特有の魔道具。離れた所からリアルタイムで状況を見られるものです。道具を持つ者同士でしか繋がれませんので何かと制約はありますが。ここで起きている事は向こうと繋がっておりますが、我々はあくまで傍観者である為助ける事も庇う事も出来ません」
「これが……リアルタイムで」
だからなのだろう。凍てつくような空気なのに、寒さなど感じない上さっき降り注いだ炎すら熱いとすら感じない理由に納得した。気付けば元の応接室におり、未だに自分があの場に居た様な錯覚を覚える。
「…………」
「この魔道具を渡すのを条件に我々との同盟をお願いしたい」
「…………」
ニチリにとってこの魔道具は他国へ持ち出すのは危険なもののはず。リアルタイムで戦況を見れると言うのは画期的であり、悪用しようとすれば出来るものだ。しかし、何故ニチリの者達は自分達との同盟を望むのかと不思議がり自分だけで決めるには事が大きいと悟る。
「自分だけで決めるには正直自信がない。……陛下達の帰還したのち、改めて返事をさせて欲しい」
「……いえ。その言葉が聞けただけでも嬉しいです」
思っていた反応とは違うと思っていただろうに、副隊長のラーバルは満足気な表情だった。応接室を出る際に魔道具を置く。
まるで、同盟を組むことが分かっているかのように。考え込むイディールを他所に静かに出て行った。




