第51話:制御する力
嫌な予感がする、とイーナスは唐突に思った。それは自分に降りかかる何かかだと思い、ユリウスや麗奈に関わらなければ良い。と思い我慢するしか無いとさえ開き直った。
くしゃみをしたキールは「んー、誰か噂してるのかな」と気の抜けるような声を上げていた。
(………空が少しだけ揺れた。他にここに入った人物が、いる?)
自分と同じような、しかし力の波長は闇そのものではないのが分かるとランセは感じ取れた。闇と混じる様に、または混じり合うように溶け込む様な感じで別の魔力同士が感じ取れた。
大精霊には自分専用の領域を作り出す力を有している。
それは人目に触れさせない為、魔物や魔族から完全に姿を消す為。落ち着ける場所を求め、または癒しを休憩を含めてなど理由は様々でありその用途も精霊により全て違う。
領域を作り出すのには膨大な魔力と、自分にとって波長の合う土地が必要だ。どんなに力がある精霊でも、自分の属性と相性の良い土地が無ければ土台が作れない。領域の広さはそのまま精霊の魔力量と同意であり、広ければ広いほどその精霊の持つ魔力量は膨大なものだと分かる。
だからこそ、その規模と空間を統べる存在でウォームの強さがとんでもないものだと言う事が分かる。
「……麗奈さん、すぐに連れて行かれたし」
それは青龍の言葉が始まりだった。
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『主よ。俺以外の者を呪いから解放し感謝する。抑え込むのもそろそろ限界が近かったんだ』
「い、いえ……私、何もしてません。朱雀と玄武はハルちゃんが解放したので」
『土御門のあの小僧も恐ろしいのは確か。破軍を扱い切れたのはあの小僧が初だしな』
「……破軍さんって、そんなに凄い力を持ってるんですか?」
『魔物や怨霊相手なら絶大。魔族とも多少なら相手は出来るが……俺よりは弱い』
そう断言する青龍。それを見た麗奈と風魔はクスリ、と笑えば青龍からは『……なんだ』と睨まれる。
「あ、すみません。……その、青龍さんって負けず嫌いだなって思ってつい」
『……負けず嫌い?』
「違いますか?」
『………』
麗奈に断言され、すぐに反論出来なかった。その時点で自分は思っていた以上に負けず嫌いなのが発覚した。風魔は何故か嬉しそうに、こちらを見ながらニコニコと笑みを浮かべていた。白虎は物珍しそうに『へぇ……そうなんだ』と新たな発見をしたな、とすぐにニヤニヤし始める。
『ちっ………』
白虎に知られたのが嫌なのか舌打ちした青龍は直径1センチ程の小さな球体を作り空へと飛ばした。その球体には電気が帯びており、物凄いスピードでその場へと離脱していく。不思議そうに見た麗奈の視線に気付いたのか、青龍はそのまま彼女を抱えて一言。
『黄龍の元へと向かう。他は好きにしろ』
『『は?』』
えっ、と戸惑う麗奈を知ってか知らずなのか青龍はバチッ!!と、雷を帯びた音が聞こえたかと思えば姿が消えていた。続けて風魔と白虎の絶叫が響き、ランセも追おうと行動を起こそうとした。
しかし、その直前。風魔に足を掴まれガクリと体が傾く。
『ちょっと!!!何勝手に行こうとしてるのさ!!!!!』
「………場所は分かってるんだから追うのは簡単でしょ」
足にしがみつかれて動けないランセ。気付けば反対側には白虎まで同じようになる始末で睨み付けるもそれに動じる訳がない。キールとイーナスの2人は消えた時点で、残された誠一達の状況を隊長のレーグとで整理していた為に電気を帯びた様な音と居る筈の人物が居なくなっていた事に、2人して頭を抱え実行した犯人に腹立たしさを覚えた。
「…………ホント、主ちゃんは勝手に消えるし勝手に行動起こすし」
「貴方の所為ですよ、キール。貴方が勝手に消えては行動を起こすのを見て、麗奈ちゃんまで真似し始めた」
「そこで私に責任転換するの?」
バチリ、と睨み合う2人にランセは止めろ!!!と言った。続けて2人の間に見えない刃が襲い掛かった。冷や汗をかいた2人はそれを実行した人物を見て思わず「げっ……」と言ってしまった。
「人の事見て、げっとは酷いですねぇ~。争う暇があるなら………麗奈さんが向かわれた場所にさっさと行きますよ?年上のお二人さん」
良いですね?、と涼しい笑みを浮かべながらも明らかに不機嫌なベール。妹のフィルは既に向かってますから、さっさとしますよとさらに冷ややかな目で訴えられ頷くしかなかった。
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キィン、キィン、と金属同士がぶつかる音。さらにその後方からは、炎の球体を今にも吐き出そうとするブルーム。狙いは四神を統べる存在とされている黄龍と呼ばれた存在のみ。
チラリ、とその炎を見ていた黄龍は黒い雷を帯びた剣筋を受け流す。逸らされた場所はバチッ、バチッ!!と音を立てて黒い刃が地面に突き刺さっていた。すぐに消えたそれはユリウスの頭上でもう一度、形を成す為に刃ではなく剣と言う姿を取って目標に向けて放たれる。
『おー、こわ』
少しも焦った表情のない彼は落ち着いた動作で、手を前に掲げ結界を張り黒い剣とぶつかる。今の攻撃も、剣として成り立つようにして放たれたやり方は以前のユリウスには出来なかった事だった。
彼は幼い頃からずっと魔力を抑える事にだけに全力を費やしていた。兄は光と闇と言う対極の属性を操りキール以上に恐らくは世界にただ1人、珍しい属性の持ち主だとユリウスは思っている。
ランセの言うように闇の力は制御が難しいものだった。
ユリウスも試しにと制御しようとして試した。が、森一帯を全て更地に変えてしまったと言う過去があるその時は、近衛騎士達も居なかったしキールも居なかった。兄に内緒で、憧れて少しでも近付きたくて特訓していた。
それがある日、突然自分の手では負えない程の力を感じた。瞬時にヤバい、と思った時には森を更地に変えると言う膨大な力を放つ事になりそれをあとから追って来た兄からは物凄く怒られた。
「人前で闇の力は扱うな、ユリィ。完全に制御出来てないんだから………」
「っ、ぐずっ、で、でも………兄様っ」
もし人に向けられた、と言う恐怖と兄の役に立てない事。自分も王族の1人なのに、と悔しく思った。
「ユリィ。キールには報告するよ………代わりに少しでも扱い易いようにコツを教える。これからは私も一緒に訓練する」
良いね?と、フワリと頭を撫でられた。
殴られる、と思って反射的に目を瞑りビクリ、となった。しかし、自分が思っていた反応とは違う事が置きキョトンとなりしばし目をパチ、パチ、と何度も確認をするように兄を見た。
「ん?どうした」
「………もう、怒らない、ですか」
「ユリィが危険性を分かったんならそれでいい。それに……この力は理解されずらいし、同じ力を持った者にしか分からない痛みってのがあるし。私も制御するのに苦労したんだから」
「兄様も………苦労、するの?」
ユリウスにはそれが意外だった。兄は何でも完璧で、何でもできる。と言うのが兄に対する印象だ。その兄が自分と同じように苦労し、苦しんでいたと言うのが意外過ぎて思わず聞いてしまった。
「……私は何でも完璧って訳でないんだけど」
「ううん、兄様は完璧。俺の目標♪」
反省してないな?と、コツン、と拳を軽くユリウスの頭に当てる。それでさっきまでの暗い雰囲気が明るくなった。森を更地に変えてしまった事にどうしようか、と巡らすユリウスに兄は「森はすぐに治るよ、精霊のお陰でね」と何でもないように言い、ほら。と手を出してくる。
「今日から訓練。自分の力を物に変えるイメージ、馴染みのある武器に魔力を通すやり方。………知っておいて損はないぞ」
そこからユリウスが学んだのは兄から貰った双剣に魔力を纏うやり方。明確なイメージを持って形として制御し具現化するやり方。剣に魔力を通すやり方は出来ても、その魔力を形としてイメージし攻撃する方法までは今まで出来なかった。
「呪いの所為で細かい制御が出来ない。理由はこれに尽きる」
ランセから魔力制御のやり方を教わっていたある日。ユリウスは相談した。闇の扱いに長け、自分よりも絶対的な経験地のある魔王ランセに。
本来なら魔王と話す機会などない。魔族が出てくる事だけでも珍しいのに、その上の魔王と話せるはずもそんな状況もあり得ないのだから。
「……呪いの所為、ですか」
兄から教わった武器に魔力を通すやり方。武器に膜を張るような要領で行うのは自分に鎧を纏うようなイメージで行うのと、同じだった為にすぐに出来た。
しかし、どちらも魔力を一定量以上に注ぐと崩れてしまう。たからユリウスは他の団長、副団長達と違い少ない魔力で、剣と防御に徹しなければならなかった。
それも魔物相手なら良かった。しかし、この先は魔物だけではない。魔族も普通に加わってくるし、上級から下級まで来るのは分かったのだ。魔物の大軍が国を襲い、それに紛れるように魔族が来たのだから。
「焦るのは分かるが今は少しずつに慣れるしかない。サスクールが麗奈さんを狙う理由もその目的も分かっていないんだから」
「………」
先に君の呪いを解くのが最優先だし、と告げた。
それを聞いて申し訳なく思うのと自分の出来る事の少なさが、ここまで自分が役に立たない、と言われているような気持ちになって黙り込む。
(……呪いを解かない限り、俺は国の外すら出るのが難しい)
魔王を倒す為に必要な戦力を、それを集めるのに周りに頼ってはいけない。自分が赴かないといけない場面だって出てくる。しかし、他国にそれを言えば攻め込まれる口実を作ってしまう。
魔王を倒すまでの共闘としての同盟。
では、それが終わったら?終わった後はどうなる?
(………人間同士での争い、か)
そうなれば戦争だ。
魔物との戦いに日夜明け暮れるラーグルング国。それは柱の力の為、ユリウスに掛けられた死の呪いの副作用の為に魔物達が寄って来るからだ。
魔物との戦いをこなしながら人間の相手、となると疲労感を考えるたけでも頭を悩ませる。
「ユリウス。……ユリウス」
「っ、は、はい……」
そんな事を考えていたら、肩を強く揺さぶられた。慌てて見ればランセが心配そうにこちらを見ていた。少し離れた場所で魔力制御の練習をしていたリーナも、ランセの呼びかけが気になりユリウスに何かあったのかと、同じく心配そうに落ち着かないでいた。
「色々考える事はあるけど、何をするにもまずは呪いの方が優先だ。麗奈さん達が対策して準備するまで、少しだけ我慢して。本来なら、武器に魔力を通すやり方も属性の中で、闇は一番難しいんだ」
それが出来ているなら、強いイメージを保ちながら形にするのは早いよ。と断言したランセに不思議そうに思いながらも、何故か安心した自分がいた。
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ランセの言った言葉が、断言していたものが現実になっていく。それが分かり何故か自分は笑っていた。イメージ通りに、今、自分の思うように出来ている事が……こんなにも嬉しい事だととは思わなかったからだ。
『………戦いが楽しいと言う笑みじゃないね』
「あぁ、違うさ」
恐らく彼等は知っている。
呪いに苦しんでいるのは、自分だけではない。自分以外にも、父もその前の王は皆同じように苦しんだ。誰も解決出来ず、短い人生で幕を閉じなければならない事実に悔いが残らない訳ではないのだ。
「私達の分まで、背負う必要はない。自分の事だけ考えろ、ユリウス。私の自慢の息子なんだ。私みたいに自由にしてみろ」
はっ、となり横を見る。
自分と同じ黒い髪に銀色の瞳。いつも笑顔で、安心感のある雰囲気は不思議と引き寄せられるような感覚。自分が憧れ目標にしたいと思った人物の1人、父の姿がそこにはあった。
「っ………」
目の前の、今、起きている出来事に頭が付いていかない。泣きそうになるのを堪え、成長した自分を見ていてくれた。それが分かり、応援してくれたからこそ負ける訳にはいかない、と強く思った。
「ユリィ!!!」
その時、自分を呼ぶ声と共に目の前に現れた麗奈。そのまま飛び込むようにしてユリウスにダイブし勢いに乗り転げ落ちる。
『痛そう……青龍、分かってて放ったね?』
『なんの事だ』
そう言いながらも青龍はふっ、と笑みを浮かべていた。その反応に驚きを覚え、『気に入ったんだね』と冗談のつもりで言ったのだが……青龍からは『一緒に居て楽しいからな』と言う言葉まで貰った。
『……流石。我等の主だ』
そんな会話が交わされていた中、ユリウスは麗奈を叱った。飛び込んだ事、自分が受け止められなかったらどうするつもりだ、と言っても麗奈はユリウスからは離れずに、離さないようにキツく抱きしめていた。
「ったく、聞いてないな。危ないって自覚ないのか本当」
「………平気、なの?」
えっ、と目を合わせる。
下から自分を見上げる麗奈からは不安しか感じ取れなかった。叱られている自覚はあるだろうに、それよりも優先したのはユリウスの体調だった。
「大精霊のブルームに一時的に呪いを被せて貰ってる。だから、今、動けるのはウォームさんと同じ大精霊のお陰なんだ」
一時的だけどな、と付け加える。ブルーム?と首を傾げれば大きな音を立てたと思ったら大きな目が麗奈を見ていた。
「え……」
『アシュプが世話になっているな』
「えっ、と……私の方が……お世話になってます」
なんとか落ち着かせて答えた。が、内心では体の大きいブルームに圧倒され頭の中が真っ白になる。その様子を微笑ましく見ていた黄竜は、音もなく突き刺さった錫杖と続けざまに来た雷に意識を飛ばしそうになる。
「呪いを受けた側が動けるなんて、デタラメな世界だよね。本当に!!!」
「陛下!!!麗奈!!!」
鳥の姿を象った式神に乗りながら荒れたように少し怒った様子のハルヒと、2人の姿を確認してすぐに飛び降りたラウル。近くに降り改めて無事な2人を見て……思わず抱き締めた。
「っ、ちょっ、ラ、ラウルさん!!」
「お、おい、一体どうした、んだ……」
驚く2人。麗奈は少しだけ顔を赤くしユリウスも戸惑いながらも聞き返す。が、すぐに思い当たる節があるのか黙り込む。その間にもハルヒは黄竜に放った錫杖を通して封印に取りかかる。
「感動の再会はあとでやってよ!!!」
『いや、いや、少し良いじゃんか』
「封印される側が何言ってんの!!!」
突き刺さった状態でも、和やかに言われ思い出すのは破軍の事。この状況でも変わらない笑みにイライラが募る。
(あー、もう、イライラすんな。人の事バカにする所とか!!!)
怒りながらも的確に術式を組み込みながら、それを放つタイミングを見計らう。流れるような行動に、落ち着きながら行う動作に黄龍は『(幸彦の野郎……良い術者見付けやがったな)』と思いながらも扇子で笑う顔を隠す。
『楽しそうだな………日菜の奴』
青龍は久々に見た面白そうに笑う黄竜こと朝霧 日菜。
彼は初代と同じ霊力に優れた術者であり、優菜の従者でもあった。そんな彼は彼女に自由さに翻弄され、その自由さからこの異世界へと共に呼ばれた。
彼女の願いの為なら、自分は死を恐れない。願った彼女の笑顔が好きな彼にはそれだけで十分な理由なのだから。




