第50話:黄龍
ふと、体が揺れるのを感じて段々と自分の意識が覚醒していくのが分かる。ぼーっとする頭をなんとか無理矢理に起こし、周りを見ようとすれば『主~』と気の抜ける声を聞き反射的に殴る。
『いって!!!だから具現化してても痛いもんは痛いんだよ』
あー、いてー、と頭をさする破軍にハルヒはジト目で睨む。少し考えた後で「お前、消えただろ」と何で居るのかを疑問視される。
『待て待て待て。俺は主の霊力で見えるようにしてるけど、俺も柱同様に自分の命削って式神化してんだ。霊獣は俺とは違う術式で人に厄災とか振りまいた妖怪とかが、第二の人生として転生って言う形で世の中に居るんだ』
まぁ、その殆どは悔いがあるからって言う理由で居る訳だ。と自慢げに言って来るのでさらにピキリ、とムカつくと言う意味を込めて睨み付ける。すると「いつまで騒ぐ気だ」とハルヒを背負っていた人物は不機嫌を露わにする。
「…………誰?」
ハルヒを背負っていたのは水色の髪の男性だ。その隣では水の精霊のルネシーがニコニコとこちらの様子を楽しんでいるのか静かに見ていた。ハルヒは少し考えて「あ」と思い出したように言い放つ。
「れいちゃんの婚約者だって言った時に殺気を向けて来た1人だね」
「……………刺されたいのか?」
『悪いな主は空気読めないから』
「お前もだろ破軍」
『いやいや、俺は空気は読めるけど堅苦しい空気は嫌いだからワザと崩してんの』
「「タチが悪い」」
思わず声が重なれば破軍は『お、意外に仲良し?』と言うも即座に否定する。少しの沈黙の後、諦めたように「ラウルだ。ラウル・ラーベル………麗奈の騎士をしている」と少し不機嫌になりながらも答えてくれた。
「………騎士?」
「おかしいか?」
「僕の事嫌いな感じに見えたから、そこまで言うとは思わなくてね」
「気にくわないのは変わらないが、陛下の呪いを解こうとしている事、麗奈を助けてくれた事だけは感謝する。俺が君を信用しているのはこの2点だけだ」
『あー、陛下と麗奈ちゃ~んの事、大事にしてるんだねー。何だっけ、こういうのツンデレとか言うんだっけ?主』
「知らない、振るな。あとうるさい」
『………冷たい』
ウジウジし始める破軍を無視するハルヒ。ラウルは「……ツンデレってなんだ」と質問を投げかければ「無視して良いよ」とくだらないとばかりに吐き捨てる。
ハルヒは朱雀を封印してからの記憶がない。粒子となって消えた破軍と同時に、自分は霊力切れで下に落ちた、はずだ。それを精霊のルネシーが抱えハルヒ達を追って来たラウルと出くわしたと言う。今は、黄龍と呼ばれる存在が居るとされている街の中心部へと向かっている、と話しながらラウルは走るスピードを上げていく。
その時、青い光が天を貫いた。朱雀を封印した時と同じような現象でラウルはスピードを上げようとしたのを止め空を見上げる。
「今のは………」
『おっ、今のは青龍だ。おーよしよし、あの子が封印したって証拠だな』
『そんな訳ないだろ』
ふげっ!!と、奇声を上げながら破軍は蹴り飛ばされていく。自分達に姿を現した人物を見る。目つきの悪く不機嫌そうな表情の男性。右手には竜の腕と思われるもの、足は人間の形は成してはおらず竜の足をしていた。
麗奈と会った時のような恰好ではなく、青い着物を着崩しており、その後ろをクネクネと竜の尾が動いていた。体から電気を発しているのを見ていたハルヒは思わず目を見開いた。
「貴方は一体………」
ラウルは戸惑い気味ながら不思議な男性を見る中で、ハルヒは自分の感じた事が正しいものだと分かっていき、恐る恐る聞いてみた。
「この気の感じ………青龍、なのか」
『ふっ、陰陽師ならこの気を感じ取れて当然。……まぁ、それもごく一部分だけだがな。流石は土御門、と言うべきか』
えっ、とラウルは思わずハルヒを見た。
四神としてこの柱に生贄としているのは朝霧家の人間だ。それが、この世界で長い間に精霊として昇華していき人の姿を捨て形を成す為に選んだのが四神ではないのか、と言うのが誠一達の見解だ。
『他の奴らは人間に少し獣が混じったような姿だが、俺は違うぞ人間?俺は竜神として主達の世界に存在していた。半分人間、半分龍神としての姿を保っている』
今も分身として、お前達の前に居るだけで様子を見に来ただけだ。と、何故か不機嫌に言われる。
『随分な良いようね!!!!!!』
その時、ハルヒの懐に入れていた赤い玉が光だし声が響く。
パキン、と割れる音が聞こえたかと思えば光が辺りを包む。眩しくて目を瞑るラウルとハルヒ。バサリ、と羽を羽ばたかせる音が聞こえ次に見えたのは朱色の長髪の女性だ。
巫女服を纏い青龍を思い切り睨むのはふくれっ面の女性。うー、と睨み付ける彼女は『何よ、本物の竜だからって威張って!!!』と、怒れば青龍の傍で火柱が上がる。
その熱風はジリジリとし、太陽の傍にでも居るような照り付ける暑さに思わずハルヒは結界を張って凌ぐ。破軍はフラフラとなりながらも『あー。君等、あんまり喧嘩しないでー』と止める入ろうとすれば青龍と朱雀からダブルパンチを喰らう羽目になり、またも吹っ飛んでいく。
「………」
「気にしないで。あれは殴られるのが趣味の変態だから」
「分かった。人の性格は………色々だしな」
無理矢理納得するラウルに『それはひどい~』と、声を上げる。朱雀は未だに怒りをぶつける様に青龍に対して火柱を繰り出しており彼はそれを、当たり前のように避けては結界を張ると言った作業の様に繰り広げられている。
数分後。
ゼハー、ゼハー、と息苦しくも青龍を睨む事を忘れない朱雀はそのままへたり込む。ハルヒはポン、ポン、と労わる様に背中を擦りラウルは静かにため息を漏らす。ルネシーはその朱雀に水を飲ませたりと何かと世話好きなのは契約者のゆきに似ており少しだけ空気が和らぐ。
『憂さ晴らしは済んだか?』
『アンタが居なければね!!!』
涼しい顔をしたまま朱雀を見る青龍は見た目も相まってか、物凄く悪人極まりない顔をしていた。一方の朱雀は、睨み付ける事は忘れないながらもハルヒの後ろに隠れていた。その姿はさながら小動物のような可愛らしいのだが、殺気にも似た眼光で睨むので全てが台無しになっていた。
『背中、涼しい………もしかして玄武いるの?』
『はぁーいー』
「うぐっ!!!」
バフッ、と言う音が聞こえたのとハルヒの視界が真っ暗になったのは同じ。柔らかい何か。そう、女性特有の……と思い立ったハルヒは慌てて引き剥がそうとする。が、相手の力の方が強いのかじたばたしても、ビクともしない。
『あらー逃げたいの?男の子って大きいの好きでしょう?ねぇ、そこの彼もそう思わないー?』
そう言ってハルヒを抱きしめる腕は強くなる。またも女性からは良い香りがするの。間違いないこの感触は女性の胸だ。
ハルヒにそれを押し付けるようにして抱きしめている。それが分かり、一気に顔が赤くなり気恥ずかしくなる。だからすぐに離れようともがきだすが、相手は許さないとばかりにキツく抱き締めてくる。
「っ、俺に振らないで下さい!!!」
ズササ、と凄い勢いで下がっていく音が聞こえたがハルヒは早く息苦しさから解放されたいと思うのでどうでもいい。良いから早く助けろ、と言いたかったが段々気が遠くなっていく。
『……玄武、お前の胸で圧死しかけてるんだが?』
『……え?』
何か慌てたような声が聞こえたが、ハルヒの耳にはもう届かなかった。
青龍は呆れたように気絶したハルヒを助け、玄武は謝りながらもラウルに突撃していく。標的が自分になったと思ったラウルは逃げようとするが、玄武が逃がさないように追いかけて行く。朱雀は『主の関係者なんだから、無理やりは止めなさい』と、止める事もなく傍観するだけだった。
「「…………………」」
『もうぉ~何でそんなに警戒心むき出しなの~~』
『玄武に圧迫しかけた挙句に、追いかけられるなんてただの恐怖だろ』
青龍の後ろにはラウルにと気絶から目を覚ましたハルヒが居た。2人共、いきなり現れた玄武を警戒心を露わにし破軍はその様子をニヤニヤしながら見守っていた。
朱色の髪に同じ色の翼を持った黒い瞳の女性は朱雀。玄武は紫色の髪に茶色の瞳の女性であり、それぞれ着物で居た。朱雀は自分と同じ色の生地に蝶の絵があしらわれた着物。玄武は黄緑色の生地に川の流れを描いたような抽象的な模様が描かれた着物を着ており、彼女の豊満さを惜し気もなく主張させていた。
『あ~紹介が遅れたわね~。私は玄武~、朱雀ちゃんとは同期よ。ハルヒちゃんのお陰で呪いから解放されたし、主ちゃんの彼女のお陰で力が付くようになったし~嬉しい事が多いわ~』
んふふ~、と上機嫌の玄武。朱雀は160センチ、玄武は163センチと身長差はそこまで感じられないがお姉さん気質を醸し出す玄武は同期でもあり妹のような朱雀を気に入っている様子でもあった。
『そう言いながら自分の胸押し付けないでよ!!!!!暑苦しいのよ、アンタの胸は』
その一方で朱雀からは煙たがっていた。それは恥ずかしいからと言う勝手な思い込みをする玄武だが、それを何度注意しても聞く訳ない玄武に呆れ果てる。なのに撫でられるのはなんとなく嬉しいと言う気持ちもあるから厄介だ、と心底自分の性格が嫌になる朱雀でもある。
『あ~もう、そう言いながら照れないでよ~可愛い~♪』
『死んでから頭のネジ一本以上はぶっ飛んでんじゃない!!!!』
しかしそれを表には出したくないので、力一杯にもがき抵抗する。だが、力が強いのか玄武から逃れられないでいた。すぐに諦めた朱雀に気を良くしたのか玄武はずっと、頭を撫でっ放しでおり睨む青龍は完全に無視していた。
「破軍、お前消えたのに何で勝手にまた出て来たの」
『ん~消えたのは単に力の使い過ぎで休憩したかったからだ。ってか、主が俺との契約を解除しない限りはずっと一緒だしな』
「うわ、ホント迷惑」
『ちょっ、ちょっ!!!俺が居なかったら玄武も朱雀も封印出来なかったのに……酷い』
「泣くな気持ち悪い」
嘘泣きする破軍にハルヒはいつもの通りのキツイ一言。ラウルはそのやり取りに少しだけ温かい目で見ていたが、グイグイ来ようとする玄武に苦手意識を抱いていた。
あ、と思い出したように破軍は青龍に『あの子、どうしてるの?』と聞くが青龍からは無視をされる。ねー、ねー、と扇子でつつくも青龍からの回答は得られず無視をされ続ける。
『ちょっと、何で無視してんの?』
『話すのは疲れる。主なら既に黄龍の元へと向かっている。呪いを受けていた者も既に来ている………以上だ』
破軍を睨み付けながらもその場から姿を消す。すぐに朱雀が『あんのすまし顔!!!』と怒っているが玄武がそれを気にした様子もなく笑っている。のほほんとする玄武はふと、ハルヒを見て『どうするの?』と聞いてくる。
『私達は呪いから解放してくれた彼女と貴方の事、気に入っているし彼女は主に相応しいと思っているわ。初代と同じ雰囲気だし可愛いし♪』
小動物みたいで可愛いのね~、とニコニコする玄武にハルヒとラウルは同意しかけて思いとどまる。言ったら最後、嬉しさの共有から追いかけまわされると思い目を合わせないまでも何故か分かったのでそのまま黙り込む男2人。
『………だから急ぎなさい。何かあったらタダじゃすまないから』
「「っ!!!」」
空気が凍った。
そう、感じざる負えない程の殺気を放った玄武に思わず攻撃態勢を取ったハルヒとラウル。札を構え、剣を構えた2人はすぐにはっとなり互いを見合う。続けて「ちっ」と、舌打ちし背中合わせになって構えていたのをすぐに離した。
『ふふっ、ホント仲が良いのね♪』
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黄龍と交戦する少し前。
不思議と体が軽かった。
今まで自分の体がこんなにも軽かったのかと考え、自分がどれだけの重みを背負わされていたのかと考えてしまう。
「……悪い。大精霊の中で頂点に立つ貴方にこんな事」
「しつこい。貴様、それ以上言うと燃やすぞ」
「…………」
思わず謝りそうになったユリウスは黙り込む。それが正解なのかブルームは彼を頭の上に乗せて柱へと向かっていた。ドラゴンが通れば必ず目に入るし、何事かと見張りの兵や警備をしている者達から注目を浴びる筈だ。
だから、ブルームはユリウスが起きた時点で空へと移動した。まだ起きてすぐなユリウスは既に広がっている青空、手に届きそうな位に近いと感じる太陽に驚きと戸惑いを起こした。
それに、と自分の服装を見て見る。いつもベッドの傍に置いていた筈の双剣は黒いベルトに収まる様にしており、灰色のズボン、黒のカーディガンに茶色のマントを羽織っており自分が陛下でない時に偽る姿でいた。
「………俺の記憶、見たのか?」
「いつものお前のスタイルだろ。仮とは言え契約者の事を理解しないといけないのでな。悪く思うな」
「いや。………なんか気を使わせて悪い。ありがとう」
そう言ってブルームに感謝を伝える為にポン、ポン、と優しく撫でた。
父は死ぬ前に自分に言った。
民を知るのなら、国を知るのなら自分も同じ目線でなければならない、と。だか兄と自分は宰相のイディールや近衛騎士達の目を掻い潜り、内緒で城下町へと行き民の暮らしや流行りの食べ物、物、書物を学んだ。いつも自分達を探しに来る見張りの兵に扮した近衛騎士とはかくれんぼをしている気分でよく兄と笑った。
よく行く店や自分達よりも長く居る者達からは密かに自分達が王である事がバレてはいたが上手く騎士やイディールからは隠してくれた。困っている事を聞き、対策を立て内緒で自分達も功績を立てた。
(優しい人達が居たから今日まで、ここまで生きて来れた。だから、俺はここで死ぬ訳にはいかないし悲しませる訳にはいかない)
自分の体が思うように動かなくなった、と感じた時に呪いが進んでいると感じた。それを隠してギリギリまでいたから、自分の大切にしていた物を自分で壊す事態にまでさせてしまった。この問題が片付いたらなにをしてでも、まず謝らないといけない。例え向こうは気にしないと言ったとしても。
「………あと残っているのは黄龍、だったか」
「異世界の神だ。……まぁ、この世界に居る以上は我と同じ大精霊の位置付けだな。人間と精霊のハーフとでも言えば良いか。今まで存在しない形でこの世界に留まらせた…………ふっ、アイツ等を思い出す光景だな」
「アイツ、等………?」
誰の事かと聞こうとしたが、そこにさえぎる様にウォームが目の前に立っていた。いつも優しい表情の彼が珍しく、ユリウスが初めて見た様な怖い表情をしてた。
「ブルーム、これはどういう事だ。何故陛下がここに居るんだ」
怒気を含んだ言い方はユリウスとブルームに向けられていた。麗奈と居る時のウォームは笑顔で怒った所を見た事がない。その怒気を含み、殺気にさえ似た睨みにユリウスは体が固まったように動かず、言葉を発したいのに上手く言葉に表せないででいた。
「これ、は……」
「奴とは仮契約をした。契約者を守るのは召喚士としては当然だろ?」
「陛下は召喚士ではないぞ。魔力を扱えるだけのただの人の子」
「はっ、ならあの異界の女だって言える事だろ」
「彼女はここでは関係ない。はぐらかすな」
「おいおい、いつの間にあんな女の肩を持つようになったんだ」
「もう一度言ってみろ。叩き落として潰すぞ」
凄い喧嘩が始まってしまった、とユリウスは思った。
どんどん声が低くなるウォーム、その変化を楽しむようにしかし挑発する事は忘れないブルームの険悪なムードに内心で自分を入れるなと思って思わず睨み付ける。
「……はっ、お前まで喧嘩売る気か?」
「そうじゃない。あとでやってくれって言ってんの」
「陛下。とにかく城に戻ってくれ。お嬢さんは陛下の為に命懸けでやってる。少しだけ」
「だから来たんだ、ウォームさん」
ウォームの言葉を遮る様に言った。それに怒りを覚えるでもなく、視線を受け止めるウォームはため息をしすぐに杖をクルリ、と回す。
目に映るのは自分の知っている国であり、5つの柱が見えるいつもと変わらない風景。それに違いを上げるのなら空が青空ではなく虹色に染め上げられ、オーロラが広がっているのに太陽の様な温かさがあった。
「そんな決意のある目で見られたら止めたくても止められんよ。………外側にある柱の封印はお嬢さんと土御門と名乗った青年によって全て元の形へと戻った。じきに封印から解き放たれて、本来の力を取り戻すぞ。……彼女達の世界では彼等は四神と呼ばれているようだぞ」
「四神………4つの神様って意味ですか?」
『四方を守護する神の事だ、陛下さん』
「っ……!!!」
別人の声が聞こえたと思ったらいつの間にか地面へと叩きつけられていた。すぐに起き上がった視線の先で、裕二が倒れていた。空から一気に叩きつけられた事で体が思うように動かないはずだったが、裕二の身の安全を優先した事で自分の体の痛みなど無視していた。
「裕二さん。俺です、ユリウスです。しっかりして下さい、裕二さん!!!!」
大声で呼びかける。
治癒魔法を扱えたのなら良かったのかも知れない、と学ばなかった自分に腹が立った。すると『力の使い過ぎで気絶しただけだ』とユリウスを安心させる為なのか、さっきの第三者の声が聞こえた。
『なんせ今の今まで、四方全ての柱に対して力を阻害する為の術式を発動し続けていたんだ。加えて私と言う例外も含めて阻害しに掛かった。が、それを跳ね返して彼にそのまま当てた』
その反動で気絶したんだよ、と優しく微笑む男にユリウスは双剣を構えた。
男の風貌は不思議なものだった。麗奈と同じ黒髪の黒い瞳、なのにその瞳は時々黄色に変化したかと思えば一瞬の内に元の色へと戻る。長い黒髪を一本に結んだ男性は、ユリウスとここに向かっているであろう人物を思いながらずっと笑みを崩さないでいた。
白と黄色の狩衣、紫色の扇子を扇ぐ。その仕草だけで、自分の知っている国ではなく何処か異国の様な、まったく世界が違うような感覚へと陥る不思議な感覚。
幻覚だ、と頭を強く振り扇子を見ずに男の事を見る。すると、男は『へぇ……』と目を細める。
『驚いた。魔法に幻覚なんてものが存在するのかな?』
「………悪戯好きな人のお陰です」
『そう。その人とは話したいな。………面白そうな感じするし』
ニヤリ、とした顔を見て何故かキールが浮かんだ。いや、浮かんでしまったのだ。
(………また、イーナスに負担掛かりそうだな)
既にキールの事で精神ともにかなりの負担を掛けている彼に、またも多大な負担と疲れをさせてしまう事にユリウスは静かに謝った。くしゃみをするキールとは対照的にイーナスは身震いする事態になっているなど、この時のユリウスは知る由も無かった。




