第49話:仮契約
麗奈達が四神と対峙している時より数時間程、遡る。
ふと、自分の事を呼んだような声が聞こえた。そう思ったユリウスはゆっくりと振り返る。しかし、振り返った先は暗闇。
いや、自分以外の全てが闇に包まれたように何も見えず、先が見えなかった。
「………俺は」
一体、どうなった?と自分の身に起きた事を思い出そうとする。まだ寝ぼけたような頭のまま、今までの事、最後に意識を失った時の事を思い出し……体が震えた。
「あ、あああ………俺、俺は………」
自分が異形の手で麗奈を傷付けた事。
最後に意識を乗っ取るようにして聞こえた声は、楽しむように確実にユリウスが大事にしていたものを奪いにかかった。
体を動かしたくない、傷付けたくない。そう強く思った。体が急に動かなくなっても、頭で意識を最大限に使って無理矢理に動かす事が出来た。
だが、今度はそうはならなかった。意識を塗りつぶすように、ジワジワと自分と言うものが無くなる感覚。それを何処か自分は、一歩引いた所で見ていた。
「麗奈………麗、奈………」
彼女は襲われる寸前、札を持っていたのが見えた。術であろうと、結界であろうと構わずまずはそれを潰した。意識を乗っ取られてたとしても、実際に傷付け怪我を負わせたのは……紛れもない自分自身だ。
「うあああああっ、あああああぁぁぁあああああ!!!」
あらん限りの声を上げた。
悔しくて、自分が無力なのを味わうのは2度目だった。
1度目は兄が、自分の所に帰って来ると言って城に自分を置いた事。帰って来た者達は皆、ボロボロで瀕死の者も居た。それを忙しくフリーゲ達が治療した。
だけど、その中に兄は居なかった。キールも居なかった。
イーナスに聞いたら、彼にしては珍しく言い淀んだ。けど、覚悟を決めて幼いユリウスに伝えた。自分が気絶し次に目が覚めたら、兄もキールも居なかった、と。
「っ………うぅ………」
だから今度は守りたかった。自分で大事なものが、もしこの先にあったなら自分の手で守りたい、と。自分が弱かったから、兄もキールも自分の前から、姿を消したと思い強くなろうと決めた。
なのに、なのに……と悔しさで目の前が見えなくなった。涙が零れて目の前がぐしゃぐしゃで考えがまとまらない。
「自分を………保っ……て……ユリィ………」
「!!!」
はっ、とした。
今の声、弱々しいのは……間違えない、間違えられない。
今のは--
(麗奈………麗奈の声)
自分の腕ては無い何か。それが麗奈を傷付けた感触を、今も覚えており忘れる筈も無い。なのに、彼女は自分に言った。
意識が薄れる寸前、確かに聞こえた彼女の声。罵倒するでもなく、不思議がるでもなく……出てきた言葉はユリウスを心配した声、負けるなと言った言葉。
「っ………バカ野郎、何で……自分より俺の心配なんかっ………」
ー随分と、違うな。あの時とー
「………っ」
ーあの時に力を貸した時のお前はまだ見込みがあった、と思ったがー
「この、声……バーナントの」
ーふっ、なんだ覚えていたか。泣き叫ぶガキではないと言う事かー
「うるさい。アンタ一体何処から……あれからどれだけの時間が経った。麗奈は……アイツは無事なのか!!!」
ー泣いたり騒いだり、忙しい奴だな………ー
呆れる声と共に目の前が急に明るくなった。目の前に広がっていたのは明るすぎる晴天の空間。
空の上に立っているような感覚。地面はないのに、まるであるようにガラスの上に立っているような不思議な感覚。なんだこれは、と疑問に思っていたユリウスは目の前に自分を見下ろす黒い鱗を持ったドラゴンを見た。
鋭い爪はそのままユリウスの両端に置かれ、そのまま座り込むようにして顔を下げる。時々、翼が虹色の用に光り出しながらも一定の間隔でまた黒へと変化するその様にマジマジと見る。
ーはっ、結局は我がお前を呼ぶ羽目になったか。人間は世話の焼けるのが多い。何故、アシュプはあの異界の女と契約したのか……理解に苦しむー
「……エンシェント・ドラゴン………ブルーム、なのか」
ーアシュプと同じ大精霊にして監視者……確かに我はブルームだ。人間に力を貸すとは思わなかったが………そこはアイツのお陰と言っておこうかー
「………アンタ、一体何処から……いつから見てた」
ふん、と鼻で笑いながらも答えてくれた。
ユリウスに力を貸したあの時から、ずっと見ていた、と。
「だったら………だったら止められただろ!!!麗奈が傷付く前に俺が意識を失う前に、防げてたんじゃないのか!!!」
ーそんなもの知るか。お前達が勝手にやった結果だ。こちらにふるのが間違いだろー
「…………っ」
確かにそうだ、と思いながらもそのまま睨み付ける。それを不思議そうに思ったが無視を決め込む。そして、ユリウスの言った事をもう一度頭の中で繰り返し、そうだ……と面倒そうに口を開く。
ーそう言えば、今……お前の呪いを解こうとしている所だぞー
「なっ………に」
―異界の女の事なら心配ない。アシュプの奴が怪我を治したからな………我と違い奴は魔力コントロールが上手い。ラーグルング国と同じ広さ、同じ街をアシュプが写し鏡のように作り上げているー
その空間なら街が壊されようが、国が滅ぼうが関係ないと告げればユリウスはヘナヘナと崩れるようにしてその場に座り込んだ。その時、ズキリ、ズキリ、と痛む頭に映像が流れ込んできた。
いつもの格好と違う麗奈、見た事のない金髪と蒼い瞳の青年、その青年の隣に居る格好が違う男性がニコニコとしている所。
それが映像として頭に流れ込んでくると、言葉もはっきりと聞こえて来た。土御門、破軍、四神、黄龍………あの柱に掛けられた呪いの化身と思われる四神。北を守護する玄武を土御門であり、麗奈の婚約者だと言った青年が封印している所を見た。
(な、んだ、これ………今、起きている事なのか)
見れば誠一達、騎士団の面々も居る。ランセ、師団長のキール、隊長を務めるレーグ、魔法隊の人達も居る。玄武が封印された時、体が一気に軽く感じられたと同時に自分の周りに淡い紫色の魔力が纏う感覚。
それは数秒後には見えなくなり、スゥと自分の中に溶け込むように静かに浸透していくのが分かった。何が起きたのか、今の紫色の魔力は何だと疑問が出て来るも、自分はキールのように魔法に詳しくない。今の現象がなんなのか、魔法に詳しくない自分は考えても意味はないな、と思っているとブルームが答えた。
ー呪いの枷が外れたな。………お前に流れ込んできたのは、今まで柱に渡していた魔力だ。その守護を担当した奴の魔力の色が、お前に戻ったに過ぎないがなー
良かったな、これで魔王と同等だ。と言われ「は?」と目を丸まるくした。その反応が面白かったのかブルームは目を細める。
ーお前も望んだ事だろ。魔王は異界の女を狙っている。かなりご執心のようだしな………女を守りたいなら力を付けておいて損はないだろー
「………待て、柱はあと4つあるんだったな。…………あと4回も魔力が膨れ上がる様な感覚が起きるのか」
ーあぁ、向こうが上手く行けば、なー
どういう意味だ、と思わずブルームを見る。
封印に取り掛かっているメンバー達が失敗すれば、その時点で今戻っている魔力は全てユリウスに倍になって返ってくる。人間の身で膨大な魔力を伴えば、入れ物であるはずのお前は耐えきれなくなって死ぬと告げて来た。
「………呪いで死ぬか、今ある魔力で死ぬかの違いか。麗奈達に影響はないんだよな?」
恐る恐る震えそうになるのを、押し止めブルームに聞く。そうすれば分かりやすく溜息を吐き、お前に影響があって向こうに影響がないなんて、都合が良いなと言われる。
聞けばユリウスに呪いが戻った場合、関わった連中は寿命を縮めるかその場で死ぬかの2択だと言う。唯一その力を跳ね除けられるのは、魔王のランセだけだが彼にも少なからず影響は受けるとも言った。
「俺は………何も、出来ないんだな」
ー普通なら呪いを受けた時点でまともに体は動かん。だが、この特殊な国はアシュプと柱の恩恵で今日まで生きて来た。……魔力が扱えるだけでも良いと思えー
「っ、でも!!!!!俺が解決しないといけない事なのに………肝心な時に俺は、俺は何も出来なくて………ゆきと麗奈にまで迷惑かけて」
今も自分の傍で聖魔法を掛け続けるゆき、その傍で見守りアリサ、リーグを見た。麗奈を殺しかけそうになり、また大切な何かを失うのは嫌だと思いながらも自分には力がない。
それが、どうしようもなく、悔しくて仕方がない。ギリ、ギリ、と拳を強く入り爪が食い込み少し血が出ていても、構う事無く強く握りしめる。
ー黄龍を元に戻せば、お前の呪いは解ける。呪いは闇の力そのもの。その闇を完全に除去すれば、お前に関わった者達の影響もなくなる上、お前も普通に戻れるんだー
「……………代わりに俺に何かさせる、ってか」
そう告げれば空気が変わった。
今まで何気なく答えていた他愛ない雰囲気。それがピリピリと肌を指す様な睨まれた感覚。ユリウスは不思議感じていた。
今、起きている事をユリウスに見せている事。バーナントの村では力を貸すのに渋っていたように感じたが、今はかなり協力的であり質問すればきちんと答えている事。これには裏がある、と思って質問すれば観念したように呪いを解くのに協力すれば、こちらの要求を飲めと言うものだった。
「最初からそう言えばいいものを………」
ーそれにはお前が生きていてくれなければ困る。だからお前を生かす為に色々と情報を渡しているんだからな…………一時的に呪いを我が引き受けてやる。お前が自分で解決したいと言うのなら、黄龍にはお前が対応しろー
「………大精霊に、呪いを付加させろって?」
ー我はアシュプと同じ世界が出来た時に、作られた大精霊であり監視者だ。魔王サスクールは倒すべき者だと認識した。だから素質のあるお前に協力を求めたんだ。一通りの属性を扱える我に呪い程度で負ける訳いかないだろー
「今まで扱えた人間はいない………けど、俺は麗奈達みたいな異世界から来ていない。この世界の人間だ。何で俺は使えると言い切れる」
ー質問の多いガキだな………理由が無ければ手伝えないとでも言う気かー
「いや、そういう事はないが………気になるだろ」
ーアシュプが本契約を結んだのは異界の人間。なら我は対をなす奴を使い手に選ぶ。それがお前だった、それでは不服か?ー
「…………」
何だろう、このイラっとする言い方は。
その表情が表に出ていたのだろう。ブルームが「睨んでも何も起きんぞ」と呆れたように言っている。そんな話をしている内に、ユリウスの体に力が漲るような感覚に思わず目を見張る。
「っ、今の、は………」
ー白虎、朱雀………どうやら封印が上手くいったようだなー
「力を貸してくれるって言ったな」
ブルームを見上げたユリウスは何をすればいい、と聞く。
それにふっと笑うブルームは「我をどう従わせる?」と挑発な言葉を投げかける。
「……………」
従わせる、と言われて思わず考え込んでしまう。協力はしてもらっても、自分から従うように強制した事もない。うーん、と唸るユリウスに「別にお前の命でも良いぞ」と言われるもすぐに拒否する。
「死なないようにしてるのに、何で俺の寿命を差し出さないといけないんだよ…………」
ーでは、他に何を差し出せる?ー
「………………魔力だ。俺が出来る事はそれしかない」
ー魔力だと?我を従わせるのに必要な魔力があるとでもー
「柱に渡してきた魔力。それなら問題ないだろ。俺だけじゃない、今までの王族達が柱に渡してきた魔力も含まれる。…………量がどんなものかは分からないけど、アンタを従わせる位には出来るだろ」
ーふっ、確かにあれだけの魔力………貰っていいなら貰うー
「その魔力あげるんだから、こっちの言う事を多少は従ってくれないと困るぜ」
ーはっ………貴様も我の言う事は従えよ。良いだろ、仮契約としてお前に協力してやるー
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「…………あれ、陛下ぁ?」
思い瞼を開けたリーグは横になっているはずのユリウスが居ない事に気付き、すぐに周囲を見る。自分に寄りかかるアリサも起こせば「パパ、居ないっ………」とすぐにぐずる。
「ちょっ、まずはゆきお姉ちゃんに……って、お姉ちゃんも居ないし!!!あ、見張りの兵士に頼んで探して貰おう!!!!」
「っ、う、うん」
2人して乱暴に出口を開ければ、見張りをしていた兵士達はビクリとなりながらもリーグ達の話を聞けば段々と青ざめていく。
「わ、わかりました!!!すぐに手配にします」
魔法具である腕輪からリーグの伝えた事を知らせれば、城内に居る魔道隊、騎士団達に伝えられる。魔力を用いて腕輪やイヤリングなどのアクセサリーに付加させる通称、魔法具と呼ばれる物。
師団長のキールが暇な時に遊びと評して大量に付加させた腕輪やアクセサリー。留まる事を知らないキールは、無理矢理イーナスに止めさせられて騎士団、見張りの兵士、魔道隊の面々に渡していた。
「リーグ騎士団長。今、フリーゲ薬師長たちが城に戻ってきています。あの方々に話を………っ、リーグ団長お待ちください!!!」
制止する兵士を無視してリーグは感知した魔力を頼りに突き進む。窓から飛び出し、少しとは言え風で勢いを殺し上手く着地すれば「お兄ちゃん!!」と自分を呼ぶアリサと視線が被る。
「っ、お願い、パパとママの事!!!!」
「うん♪任せて!!!お姉ちゃん達の事、僕に任せておいてね」
それだけ聞けばアリサには十分だったのだろう。言葉の代わりにとびきりにの笑顔でリーグを見送る。その後ろでは慌ただしく兵士達が動いており、自分の事を取り押さえるはずだと、感じてすぐに行動に移す。
(………キール、お兄さんの事………みんな怖いんだもんね)
まだ本人の前ではなかなか言えてないでいるお兄さんと言う言葉。それ以外でも、彼は微笑みしか浮かべていないだけであらゆる憶測が飛んでいる。悪だくみ、イタズラ、人を驚かす、などなど彼の所為で酷い目に合わされている面々からは危険人物として広まっているのをリーグはリーナやラウルから聞かされていた。
(それが麗奈お姉ちゃんの前では…………全然だもんね)
麗奈の前では彼は極力イタズラはしてこない。と、言うより反応が面白い麗奈をいじり倒している様子。フリーゲとイーナスが止めにかかるも、さらに被害は広がる始末。しまいには陛下まで止めに行く始末であり、あとでこってりと怒られたらしい……と言うのはヤクルから聞いてた。
「怒られるけど、心配なんだから良いよね」
キールに怒られるのは苦手と言っている麗奈。魔道隊の面々でもやる気を削がれて仕事にまで差し支える様子も見ており、レーグも困ったように止めるように言うがキールは正論しか言ってないので反省はしない。
「だ、大丈夫、大丈夫…………気にしない、気にしない」
まるで自分が睨まれているような感覚に、思わず背筋が凍り振り返る。誰も居ない、と確認が取れでもどうしても気になってしまう。思考が止まりそうなのを、ブンブンと頭を振り考えを新たにする。
向かうは陛下が居ると思われる街の中心部、5つ目の柱がある場所へと自然と走っていた。何処まで出来るか分からないけど、兄との約束を破る事になるけども、と心の中で引っかかる事が多いがそれを振り払う。
例え魔法が少ししか使えなくても、それでも……、と大切な物を守りたい気持ちの為に彼は陛下の元へと向かって行くのだった。




