第3.5話:異世界召喚
パキン、と何かが割れる音がした。
さっきまで微動だにしなかったゆきは、グラリと倒れ裕二に支えられる。暫くして瞬きを繰り返しポツリと言った。
「……あれ、ここは?」
「ゆきちゃん。私達の事、分かる?」
「……裕二、さん?」
そう答えれば裕二達は安堵し、念の為にも体の調子が悪くないかなど聞かれ答えていく。隣に立った清はその姿に涙し、武彦も嬉しそうにしていた。
(そうだ……私――)
受け答えをする中で思い出していく。
九尾が傍に居たのに、大蛇の邪気に当てられ怨霊達によって自分は連れ去られた事。元凶である大蛇にそのまま乗っ取られそうになっていき、自分と言う意識が塗り潰されそうな時だった。
寸前の所で助けに来てくれた親友の事を。
「ゆきちゃん、それは?」
「あ」
そう聞かれ慌てて、首にかけていた紐を取り出す。
紐の先にオキニスの勾玉があった。ただし、もう形は保てなくなり真っ二つな状態だ。
幼いゆきにお守り代わりとして麗奈に貰ったもの。
裕二がそれを改めて見ると、これには霊力が込められていたと話す。
「恐らくですが、今日までずっと込め続けて来たのでしょう」
この勾玉が結界としての役割を果たし、自我を乗っ取られるであろう怨霊に耐えただけでなく大蛇にも負けない位の力を発揮した。
説明を受けながら空が黒く染まっている事、ここに居ない麗奈が今どうしているのかと聞けば――大蛇を1人で引き付けている、と聞き言い表せない不安がよぎった。
(麗奈ちゃん……)
「ゆきちゃん、ダメだ!!!」
裕二が気付くよりも早く、駆け出したゆき。走っているのは木々が薙ぎ倒され、普段では人の手が入らない裏山が何かに荒されている。
すぐに大蛇の仕業だろうと思い、向かった先は裏山の頂上。
そこで、肩からを血を流し対峙する麗奈の姿があった。首のない大蛇は禍々しく黒い気に覆われており、霊感がないゆきでも見えた。
同時に嫌悪感を抱かせ、勝手に冷や汗が流れていく。
(あ、れが……怨霊。なんて大きさなの)
麗奈から聞いていた怨霊とは違い、何もかもが巨大な邪気。距離が遠くてここまで気分が悪くなるのだ。至近距離で対応をしている麗奈にはどんな症状が現れるのか、と無事を祈るしかない。
「っ、ダメ!!!」
それは何に対して言われた言葉なのか。
突然、向きを変えた大蛇は彼女達の周りに怨霊を配置させていく。武彦が瞬時に結界を張るも、数の多さと大蛇によって力を上げた怨霊の攻撃をさばけない。
裕二がゆきを引き寄せ、少しでも負担にならないようにと動く。
「ぐっ……」
『主様!!』
見えない刃が武彦の足を狙い、裕二が張る結界で逸れるも完全には防げない。ザクッと足だけでなく、腕にも受けてバランスを崩す。清の叫びにも近い声で麗奈は迷いを捨てた。
「血染め結界・蓮華!!!」
自身の血を媒介にした、朝霧家の秘術にして強力な封印術を行使した。
それは、さっきまで攻撃をしていた怨霊と大蛇。獲物を求めるように麗奈へと全て視線が向けられる。地面から出現した赤い鎖は、大蛇と怨霊達に絡みつき縛り上げる。
縛られた先から起きた結界は、命令する前に次々と電撃を浴びせ続ける。
怨霊はそれだけで形もないが、大蛇だけは未だ身体がまだ残っている。痛みなのか大きな体がジタバタと暴れ回る。それを避けていく内、風が下から吹き抜けるのを感じた。
「っ……」
下を見て息を飲んだ。
空洞と思うくらい、地面が黒で染め上げられている。いつもなら下に見えるのは草木。このまま落ちたら間違いなく死ぬと言うのがヒシヒシと伝わり、思わず汗を拭う。
「まだ、ダメか……」
しばらく暴れ回った大蛇はズシンと倒れるも、油断はならない。扱える霊力は残り少ない。邪魔をしてきた怨霊に加え、秘術によりかなりの力を使った事から、どの程度の力が使えるかをざっと計算し――止めを刺そうとさらなる力を練り上げる。
「……大紅蓮!!!」
紅い雷が大蛇を串刺しにしていく。
そこから蓮華のような花が咲いていき、大蛇の気を吸い取る。
花が咲いていた場所から、崩れて落ち粒子となって消えていくのが見えた。
(こ、れで……)
「麗奈ちゃん!!!!」
段々と消えていくのを見ながらも、その場に倒れる。親友の声が聞こえるも、目を開けているのがやっとの状態。
「はあ、はあ……。平気? 無事?」
「うん……。でも、私よりも麗奈ちゃんだよ」
ちゃんと聞きたいが、段々と意識を失っていく。そこに自分の体が暖かい力に包まれているような、不思議な感覚に目を開けていく。
幻か……? そう思っていると、頭の中に声が響いて来た。
《お嬢さん。これは避難じゃよ》
「ゆきちゃん、麗奈さん!!!」
次に聞こえたのは自分達を呼ぶ裕二の声だ。
2人はその声を最後に、虹に包まれてその場から姿を消した。
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「えっ………」
さっきまで居た裏山ではない場所が、目の前に広がっている。
ゆきの声が妙に響くのもこの状況に誰も反応出来ないでいた。
「取り囲め!!!」
誰かの号令で包囲される。
突き刺さる視線にビクつきながら、麗奈を抱きしめる力を込め周りを見る。
囲んでいる人を見れば、腰に剣を収める鞘が見え、服も自分達が着ているのと違う。
混乱する中、自分達の目の前に歩み寄ってくる足音が聞こえた時、一瞬で床に組み敷かれた。
「いっ……」
「妙な賊だな。城に侵入した割には恰好がおかしい……。何処の国の者だ!!」
「に、日本……です」
とにかく素直に答える事に専念した。早く麗奈の傷をどうにかしないといけないし、裕二達にも心配をかけてしまうからと。だが、その考えは頬を軽く切られた事で止まった。
「え……」
「二ホン、だと? そんな国聞いた事もない。下手な嘘を付けば……次は容赦しないぞ、女」
「ち、ちが……」
「さわ、るな!!!!」
突如、雷が男を襲った。
何故、どこから発生したと疑問が起きていると咄嗟に剣で防ぐ。
「ぐ、うぅ……」
(ちっ、魔法じゃない……!?)
対峙する相手は奇妙な服を着た女。
剣とは違い、レイピアとも似ていないような細身の剣。白い刃でありながら、周りを囲う妙な青い光。それを淡くだが見えたと同時に彼の中で拘束しようと決断を下す。
「だめ!!」
未だ、攻撃を続けようとする麗奈にゆきは咄嗟に抱き着く。その声は届いていないのか札を取り出し、動こうとする。
(仕方ない……)
紅い髪の男――ヤクルは動きを止めようと力の媒体になっている札を、消そうと剣に炎を纏わせる。
「っ、殺さないで!!!」
麗奈が殺されてしまう。
瞬時にそう思ったゆきはそう叫び、思わず前へと踊り出た。それに目を見開いたのは対峙した側の2人。ゆきに剣先が届く前に、見えない壁により炎を消し弾き返した。
「っ!!!」
「えっ………」
弾かれたヤクルは、少しよろめきながらも2人を守る様にして魔法を使った人物に向け睨む。
「どういうつもりだ、リーグ!!!」
「それはこっちの台詞だよ、ヤクル騎士団長。眠いのに騒がしいなぁと思ったら……なんで襲ってるのさ」
眠そうに告げられた内容に不機嫌に顔を歪める。リーグと呼ばれた少年はその反応に気にした様子もなく、ゆきと麗奈へと向き直る。
麗奈はぐったりとしており、それを支えるゆきは不安げにリーグを見る。
「ここはラーグルング国、王の間だよ。お姉さん達、何処から来てどうやって入ったの?」
「どこ、から……」
言われて思う。
自分達はさっきまで裏山にいた。それがどういう訳か、知らない場所に来ていた。
ラーグルング国、王の間。
聞いた事ない国の名前。
そう言えば自分達の国を出しても、相手はまるで分かっていない様子だった事を思い出し、まさかとある結論を出したゆきは呆然とした。
「大丈夫。そんなに怯えないでよ」
気付けば少年は目の前に来ている。
優し気に見つめられ、どう答えたらいいのか分からない。この場合、麗奈ならどうするかと考えるも苦しそうにしている彼女を見て迷う。
自分達が生き残るには、何が正解なのか……。何も分からないまま、麗奈を抱きしめる力を強くするしかなかった。