第44話:四神との戦い~ハルヒの告白~①
「ゆき!!!」
ユリウスに魔法をかけ続けていたゆきは、いつの間にか寝てしまった。まだ覚醒していない頭で、誰が呼んだかを巡らす。
揺さぶられ、ぼやける中で段々と意識がはっきりとしてきた。ここに居ない筈の麗奈がおり、ゆきは何度も流したであろう涙が溢れてくる。
「っ、麗奈ちゃ……麗奈ちゃん!!!」
「ごめんね、ゆき。あの――」
嬉しさで思わず麗奈を抱きしめる。すると、後ろからも突撃された衝撃で共に倒れてしまう。2人して「痛たた……」と振り返ればリーグとアリサが涙ぐんでいた。
「麗奈お姉ちゃん………」
「ママ~~!!!!」
心配かけたと言う自覚があり、麗奈は2人が泣き止むまでずっと頭を撫で続けた。そうしている事数分、北の柱がある方角を見る。
風魔から四神との戦闘が起きている影響だよ、と知り時々首飾りがカタカタと何かに反応するように勝手に動いているのが分かった。
(街に影響はないって事はウォームさんが結界を張ってくれたお陰か。あとでお礼言わないと)
「お姉ちゃん。僕、魔力の方は回復するのに時間かかるから来るなって………お兄ちゃんに脅された。あんなに怖いなんて思わなかった」
「私は大爺様に来るなって言われた」
「そ、そっか……なんだか、ごめんね」
動けるようになったリーグだが、魔法を扱うのに必要な魔力にまだ不安要素があるからと、キールが全面的に禁止していると言う。
キールの脅しが怖いのは麗奈は自分でも味わっているので、無理に逆らう気は無いし後の仕返しが怖いので何も言えない。一方のアリサは大爺様、と呼び慕うようになった武彦の睨みが怖いと感じたのか少し体が震えていた。
「2人共、ゆきお姉ちゃんの事お願いね。私は今からユリィを助けに行くからさ」
「パパの事………助ける?」
「ホント?」
2人して同じように聞き、コクリと頷きゆきに向き直る。ゆき自身、この時の表情は知っている。
一度決めたら最後までやり切る時の表情なのだと、自分が何を言っても無駄だと言うのは知っている。
「麗奈ちゃん。……頑張ってね」
「うん、行って来るよ」
これから戦いに行くとは思えない程の笑顔で部屋を出る。見張りの兵士達にゆき達の事をお願いし、城を出ればすぐに風魔で戦闘が行われる場所へと向かう。
その途端にグニャリ、と空間が歪むのが感じ取れ風景が変わる。空を見上げれば虹色に広がる空だが、これを行った精霊を知っている為あまり驚きはしなかった。
「お嬢さーーーん!!」と自分を見付けたウォームが嬉しそうに抱き着いて来た。
「うぅ、良かったぞ。ホント、良かったぞぉ」
「ごめんなさい、ウォームさん。そしてすみません、傷もこの空間もウォームさんが全部やってくれたんですよね?終わったらお菓子作ります。何でも好きな物言ってくださいね」
「ん、それは嬉しいお誘いだ。よし、頑張るか」
『食べ物に吊られるの………精霊の父が威厳なさすぎ』
文句を言う風魔を軽く叩くも笑顔なウォーム。その時、ビリビリと空気が震えるような振動と、水柱がおき方角を見れば北と西の柱から出ているのが分かる。
「北の柱、四神で言うと玄武だったか。東には青龍、西に白虎、南に朱雀が同時に大暴れているようじゃな。一番、酷く暴れ回っているのは北と西の方角だな。お嬢さんどうするかね?」
「東と南にはお父さんとお爺ちゃんが居るからまだ平気でしょうけど……西の白虎には陰陽師は誰も居ないから」
「西はまだ平気じゃろ。魔王、大賢者、聖魔法の使い手。他よりは幾分か保たれるぞ?西だけには魔道隊は呼んでないしな」
「え、どうしてです?」
「そんなの決まっている」
魔王だからな。と言い切りぐっと親指を立て「平気平気、強いから」と、妙な自信があるウォームに麗奈は何も言えずに心の中でランセに謝罪した。
風魔が呆れたように『うわぁ、あの人可哀想……』と小さく呟いた。とにかく北を目指そうと、風魔に急ぐように言いウォームには結界の維持を頼み急いで向かった。
「頑張れ、お嬢さん。……ワシはワシの出来る事をするぞ」
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北の柱。
魔法の属性は水に連なる力を上げる為、ここに配置されている者達は自然と水の使い手である魔道隊と騎士団が集まっていた。
昨日、誠一達の説明から四方の柱はそのまま自分の扱う魔法を底上げするもの、四神の1つであり北を守護すると水の神とも呼ばれる存在。
(迫力が凄すぎる………魔物と比較したらダメなんだろうが、つい比較対象にしちゃうぜ)
普段の自分ならこんな考えはしない。
だが、とセクトは頭を切り替える。
陛下の、ひいては王族の呪いを解くためのもの。気合は十分だし、今まで呪いを解く手立てを探しても見つからなかったもの。誠一達が見つけ出し、尚且つその呪いの元を破壊すると断言した。
北の柱とその玄武の距離はおよそ1キロ位は離れている。しかし、歩く度に地鳴りと水柱が幾つもあがり、自身の領域を広げようと行動を開始していた。
膝丈まで水位が上がり動きずらいと感じたラウル達は、木の枝から枝へと飛び移り玄武の後を追う。
体はドス黒く染められ、自身を纏う気は既に黒く何もかもが濁ったような外見。
体長はおよそ20メートル弱はあろうかと言う程の巨体、そして玄武の尻尾の部分と思われる蛇はずっと上空を警戒しハルヒを睨み付けていた。
自身を封印。もしくは屈服される、その力を持った陰陽師を警戒しての事。
(ラーグルング国。別名、魔法の国、精霊の国とも言われている大国の1つ。……ニチリにもいたけど、こっちの方が力も強いし体が大きすぎる。色々と反則過ぎるな!!!)
イラつくハルヒは鳥の式神に乗り、空中で旋回を繰り返しながらニチリとここでの玄武の違いに愕然となった。
4つの柱よりも5つの方が安定性もあるし、結界を持続させる上では理想的な形だと陰陽師としての判断と、これを作り上げた初代に畏怖を抱かせた。
(土御門の初代と朝霧家の初代も、揃いも揃って恐ろしい人達だよ、ホント。だからって諦める訳にはいかないんだけどね………)
そう愚痴りながら、玄武に柱を接触させない為に足元に向けて水柱を放つ。少しでもバランスが崩れれば良いと思ったが、あの巨体がそう簡単に崩れるはずもない。
特に気にした様子もなく、変わらずのノロノロスピードで接近していく。幸いにも、亀と言う動物のお陰か動くスピードは遅い。
「風魔!!!」
ズドン!!と玄武と同じ大きさになった風魔はそのままのしかかり、前へ前へと進むのを遅らせようとしている。
その風魔の頭上では麗奈が札を何枚も投げ付け霊力を込める。
「神縛り!!!」
玄武の足元から飛び出してくる銀の鎖。それが束になって大きな鎖へと形をなし、進む玄武の体に巻き付き地面へと叩き伏せる。ハルヒはそれを見てふっと顔が緩んだ。
来てくれた、やっぱり彼女は強いのだと自覚しそのまま彼女の元へと向かう。
『爆雷陣!!』
爆発を起こし甲羅に、尻尾と思われる蛇にダメージを浴びせる風魔。炎の玉が命令を受けたかのように襲い掛かり、玄武の足が止まり叫び散らす。
その声に思わず麗奈は耳を塞いでいると、フワリと誰かに抱えられた。
閉じていた目を開けば目の前に「久しぶり」とハルヒに言われ数秒間固まりすぐに「うん。久し、ぶり………」と顔を逸らしながら言う。
「麗奈さん、麗奈さん、麗奈さん」
「なっ、なっに!!!」
「こっち向かないからだよ」
名前を連呼され恥ずかしさで向き直せば怒ったようなハルヒが写る。そして、唐突にある幼い時の記憶が思い起こされた。
「ハル………ちゃん?」
と、ぎこちなく呼ぶ。
すると相手はふふふっ、と笑い首から下げている赤い紐に繋がれた勾玉を麗奈に見せた。
それは水色の勾玉。
しかし、物は古いのかその勾玉には小さな傷が幾つも付いている。そしてハルヒは「やっと、だね」と懐かしさが勝り麗奈を強く抱きしめた。
「そうだよ。僕はあの時の、君から貰った勾玉………あのハルちゃんで会ってるよ。久しぶりれいちゃん」
「ご、ごめんなさい」
やっと再会し、麗奈は自分の事を思い出した。
だと言うのに彼女から出た言葉は謝罪の言葉。それに思い当たる節があるハルヒは「何に対する、謝罪なの」と耳元で言えばビクリと反応を示す。
それだけでハルヒは嬉しさを増し、心が満ち足り感覚を知って欲しくてさらに強く抱きしめた。
「僕があげた勾玉、ゆきに渡したんだね。僕が引っ越した後に、ゆきと暮らしてたの聞いたからさ。……ゆきが無事で良かった」
「ご、ごめん、だってあの時の。………ハルちゃんにしては」
「今の僕と、あの時の僕は全然違うって?」
全力で首を振り肯定をする麗奈にハルヒは嬉しいなと思う。
母親は自分を生んで亡くなっており、父は陰陽師としての任務で亡くなったのだ。施設に預け、迎えに行くといったあの時に無理が祟っていたのだ。
ほどなくして、土御門家の者がハルヒを引き取った。分家からはいじめにも似た修行をさせられた。
守ってくれる人は居ない、自分は周りと違って見た目も髪も、瞳の色も違う。
ただ、ただそれだけの理由。
なのに、分家としての中ではハルヒに適う霊力を持つ者はいない。それも彼が冷遇される原因にもなるが、幼い彼にはそんな事を知るはずもなかった。
由佳里はハルヒの父親とよく組んでいた。
だから彼の事も知っているし、彼の両親の事も知っている。両親が亡くなって間もなく、心がかなり憔悴し生気がないハルヒを、心配した由佳里は娘の麗奈と引き合わせた。
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「これ、あげる………」
1年ほど朝霧家で暮らしていた時。
そ麗奈がまだ6歳を迎えた時。
九尾のモフモフを堪能していた時、遠慮がちに渡された手には勾玉。
オキニスは黒々としており、太陽に当てられてもその黒さが際立つ様子にキラキラとした目で麗奈は「いいの?」と聞けば、「うん!!」とふにゃりと笑顔になるハルヒ。
「わーい。ありがとう、ハルちゃん!!!」
そのまま抱き付き、床に倒れハルヒは頭を抑えた。しかし、上に乗る麗奈はずっと笑顔で「だいじ、にする!!!」と宣言しぎゅーと抱きしめている。
その間にも九尾からは殺気にも似た視線を当てられるも、ハルヒはキョトンとしながらも「れいちゃん、僕、好きだよ」と小さいながらも伝えた言葉。
「うん、私もハルちゃんの事好きだよ!!!」
『嬢ちゃん、ソイツは止めて置け!!!』
すぐに突っ込む九尾に麗奈は「いじわるダメー!!」と、彼にのしかかられる。
『のわーー!!』とワザと声を上げて暴れる九尾に、清が思い切り蹴り飛ばし『麗奈ちゃんいじめるな!!』と喧嘩腰でそのまま、空中へと場所を変えて逃げて行った。
「…………」
「ごめんね、ハルちゃん。きゅうび、いつもこわいよね?」
暴れる霊獣を見て、ポカンとなるハルヒ。
麗奈は頭を撫で何度も謝り、ふと何かを思い出したのかトタトタと離れていく。バコン、ドカン、バキャーン、と凄いを立てて何かを探している音が聞こえてくる。
自分も、行くべきかと考えていたら――。
「麗奈ちゃん、何を探して……あーーー危ない、危ないから!!!」
「でも、おにいちゃん、ここにあるっていわなかった?」
「取るから!!! 怪我したら怒られるから」
はーい、と明るい声が聞こえハルヒはそれだけで顔を綻ばせニコニコと待つ事にした。
その数分後、髪がボサボサ、着ていた服も少しだけ誇りまみれの麗奈に「だいじょうぶ?」と聞けば「へいき!!」と胸を張る麗奈。
「ハルちゃん、これ」
「あ………」
それは水晶の勾玉。
太陽に当てられてキラキラと輝くそれに、目を奪われたハルヒは手に取り何度も太陽の光を当て、輝く勾玉を楽しそうに見る。
「………くれるの?」
「うん!!!だって、もうこれないんだよね?」
「……………う、ん」
ここに来れなくなるのは引っ越しの為。
本家から修行の為とこの街から離れるように言い渡され、気持ちが重くなる。
どうせまたイジメる、自分を嫌う理由など知らずとも人の口は軽い。
伝統ある陰陽師として、いきなり髪も瞳の色も違うハルヒが次期当主としているだなんて、周りは信じたくないし絶対に認めない。
「………ありがとう、れいちゃん」
「はなれてても、いつもいっしょだよ?」
そう言ってくれる麗奈は涙を流していた。
気丈に振る舞うも麗奈は、自分の為に泣いてくれている。それだけで離れたくない気持ちが募る。
ハルヒはここで行き来をする中で目的が出て来たし、それが彼をやる気にさせた。
「れいちゃん。およめさんになって。ぜったい、しあわせにする」
両親のぬくもりを知らない。
でも、この朝霧家で行き来をし始めてから自分の中で何かが、満たされている気持ちがあった。
だから今目の前に泣いてくれている少女を、絶対に幸せにしたいとこの笑顔を守りたいとハルヒは強く思った。
「うん、およめさんになるー!!!」
「許さん!!!」
そう言って抱き着く麗奈に、何を感じたのかすぐに誠一が拒絶する。
楽しい時間はあっという間だ。
泣きながら手を振る麗奈に、ハルヒも同じように手を振った。
次に再会出来ると信じて。
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それから辛い修行も、自分を罵倒する者も陰口も気にする事なくメキメキと力を付けた。高校生になり、彼女との再会を夢見て受験をし、なんとか合格した。
そして、最初に見て驚いた。
幼い時の明るい彼女は、学校では暗くなり表情はいつも冷めていた。思わず、呼び止めて話をする。
「誰ですか。貴方」
「えっ………」
明らかな拒絶。
自分は彼女を覚えていた。
忘れるはずもない黒い髪に、ぱっちりとした黒い瞳。太陽のような笑顔が似合い、自分は救われた。幼い時にハルヒが惚れた部分でもあるため、すぐに分かった。
「構わないで下さい。………失礼します」
しかし、今の彼女は冷たい。それに少なからずショックを覚えるも、麗奈に構うゆきを見た。だから彼女に聞いたのだ。
自分は幼い時に彼女と会った時と随分と雰囲気が違う、と。
そう言った時、ゆきの表情が曇る。それからキョロキョロと周りを見て小声で話してくれた。お母さんが亡くなった事、そこから彼女は変わってしまった、と。
(由佳里さんが………亡くなってた?)
家に戻りすぐに朝霧家について調べた。
10年前に由佳里は急に行方をくらまし、その2年後には死体となって見つかった事。
それを聞いて、また自分を大事にしてくれた人が亡くたショックを受けた。
月日は流れ、卒業式を迎える少し前。
朝霧家と婚約するようにと協会に言い渡されたのだ。どちらにしろ、協会と土御門家は潰す気でいた。武彦との約束もあり、それを実行するために力もつけた。
あとは彼女を説得するだけ。嫌がったとして何でもいい。彼女を守ると決めたのだから、周りの声なんか気にする必要もない。
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「例えれいちゃんが忘れ去られたとしても関係ない。僕は君が好きだ。初恋の君を、今でも攫いたいと思う。でも、今の君は、君の心は既に誰かの物だ。そして、ここで居場所を作った君を攫うのは諦める。でも、君を傷付けた奴には容赦しない。……良いよね?」
「お、お手柔らかに、お願いします」
本当なら止めたい。
その筈なのに、ハルヒから有無を言わせない雰囲気を纏わせ思わずそう答えるのが精一杯だった。それに満足気になったハルヒは札を掲げてある秘術を生み出す。
「来い、破軍」
白い札に霊力を込めれば、空が暗く雷が鳴り響く。それに玄武が風魔が動きを止め上空を見る。札を玄武に向けて放てば雷がそこに落ち、同時に姿を形成していく。
雷を帯びたのは青い着物を着た男性。バサリ、と自分の持物であろう扇子を広げれば金の粒子が辺りを散らしていく。クルリ、とハルヒを見た破軍は麗奈を見え『ほほぅ』とニヤリと笑みを零す。
『なんだハルヒ。きっちり言ったのか、お前の気持ち』
「振られているからご心配なく」
『ふっ、あははははははっ!!!マジか、マジなのか。あんだけ想ってたのに、なのに振られたのか!!!!』
相当可笑しいのだろう。お腹を抱えて大笑いする破軍と呼ばれた男性に、麗奈は申し訳なさそうに顔を伏せハルヒはギロリと睨む。
『おーはいはい。やりますやります、殺気込めるな』
やれやれ、と言った表情で自身も札をばら撒き霊力を込めれば形成されていくのは色が紫の水の気を纏った玄武。
『おーし、主がお怒りだからちゃっちゃと終わらせる。んでもって、彼女紹介よろしく~。可愛い子は大歓迎だし、君、初代と雰囲気一緒だね』
「ふえっ」
「れいちゃん、あんなの聞かなくていい」
おー小動物。良いね!!と何のやる気が出たのか破軍と呼ばれた男性は、玄武に向けて命令を下す。
『おし、分身。本体倒して元に戻れよ』
出来なきゃ怒られるし!!!と、後ろから突き刺さる視線を受けながら式神を行使する。体を黒く染めた玄武と紫色の光を発光する玄武。2つの玄武がぶつかり合い、戦闘が激化した。




