第43話:4人目の陰陽師
ヤクルは1人で泣いていたゆきを後ろ髪を引かれながらも頭の中で響く声に、逆らえる事が出来ないまま会議へと向かう。
それでも部屋まで送ってくれたヤクルにお礼を言い部屋に入れば、アリサが泣きながら彼女に飛び付く。
「ねぇ、何で?パパと、ママ………起きないの?っ、なん、で、起きてくれないの」
「っ、アリサちゃん!!!」
リーナから少しだけ聞いたとは言えアリサは直感で麗奈とユリウスが、何かしらで起きない事。自分に会わせないようにフリーゲが動いていた事、親友のゆきにも麗奈とユリウスに会わせないような事態が今起きている。
そして、あとから来た武彦からゆきは何もしないようにと言われた。理由を聞けば今回の呪いの根源に怨霊が関わっている可能性があるのだと言う。
「君は怨霊に狙われやすい。そうでなくても両親が怨霊に乗っ取られた気が君の中にはまだある可能性がある。魔物は君には反応をしなくとも、怨霊にとっては違う反応を示してしまうかも知れない。………麗奈を欠いた状態で君を守りながら戦うのは出来ない」
「っ…………」
麗奈よりも魔法を習い始め少しは役に立てたと思っていた。
実際、騎士団達の回復役にゆきは重宝されていた。魔道隊、騎士団の中での回復スピードが上なのは師団長のキールと騎士団長のセクトのみ。
レーグから褒められ、これで麗奈の役に立てると思っていた矢先、不要だと言われたような感覚にアリサを抱きしめる腕を強くする。
「………大爺様」
ゆきを泣かしてるのがアリサにも分かり、思わず武彦を睨む。それを笑顔で受け止めながらも、すぅと目を細める。
ビクリ、となりアリサはこれが恐怖なのか恐れなのか、殺気なのかと思った時黒い霧がアリサの周りにゆきの周りに広がっていく。
「魔法は闇の魔法だったね、アリサちゃん。君も来てはダメだな。今ので力が簡単に出るようなら………役には立たん」
それ聞いて一気に収まる黒い霧。アリサを見れば息苦しくなっているのか、フラリと倒れる。それを慌ててゆきが抱き留めれば、「ただの力の使い過ぎだ」と言う武彦は清にアリサを任せて2人で話をする。
「今のアリサちゃんのように、君はコントロールできるか?怨霊を前にして、自分の両親を死に至らしめた元凶を」
「…………それ、は」
正直、すぐには答えられなかった。魔法を扱うのも陰陽術を扱うのも、平常心が必要。
一時の感情に身を任せて力を振るえば、絶大な力が生まれリスクが多すぎる。
それはリーグが一度、暴走した事でその力を目の当たりにした。
あれが人に向けられれば簡単に殺せてしまうと、自分が生き残っているのは単に魔力量が多いのと、ヤクル達に守って貰えたからだ。
「君も自分の身は守れる程度には成長したのかも知れないが、ユリウス君の呪いを解くのはそう簡単な事ではない。それこそ大蛇並みの大仕事だ」
大蛇と聞いてゆきは思い出す。忘れるはずもない。
卒業式に現れた全ての元凶であり、その器にされかけた事。麗奈は、自分を助ける為に大怪我をし、ウォームが命の危険があると判断しラーグルング国へと引き寄せた。
大蛇を倒すのに苦労していた事を思い出し、ユリウスに掛けられた呪いの元はその大蛇並みだと聞いた。それ程までに強力なものが彼の体を蝕んでいたのだと知り、愕然となる。
「悪いがゆきちゃんは、何もせず待っていてくれ。ここで我々の帰りを待っていて欲しい。必ずユリウス君の呪いを解いてみせるよ」
そう言って頭を撫で出て行く。
武彦の気配がないのを確認したゆきは、自分の使っている枕の中に忍ばせてた札を取り出す。
それは一週間前に、突如自分の所に現れた水色の札。
そこから「気を巡って来たけど、ゆきで間違いない?」とハルヒの声を聞いた時は思わず息を飲んだ。
周りを見渡し自分だけしか居ないのを確認した位に。
彼は自分と麗奈と同じこの世界に降り立った時、ニチリと言う国に保護され魔族との戦闘を行ったのだという。
そうしている内に自然と自分達の状況も話していた。
麗奈に内緒で行ったのは、ハルヒ本人からお願いされたからだ。そのまま彼との話しに花を咲かせていた。
自分に魔法が扱える事、召喚士であり精霊との契約を交わせる特別な存在である事。麗奈に好きな人が出来ており、その好きな人は保護してくれた国の陛下だと言うのも伝えてある。
「………そう。麗奈さんに、好きな人が………ね」
その時の声の落胆に思わず疑問符を浮かんだ。
しかし、すぐにハルヒから今度はそちらに行くよと、言われ嬉しさでいつ来るかと聞いた。
そしたら内緒だと意地悪く言われ、むすっとなるもそんな表情をしても向こうには見えないのだと気付き急に恥ずかしくなったのを覚えている。
「ゆき、そちらが元気にやっているようで良かったよ。何かあれば言ってね。すぐに駆け付ける」
その言葉を思い出しすぐに知らせた。
全容は全て言えないけど、自分が何も出来ない事。呪いは大蛇並みに危険性が伴うものだと言い何も出来ない自分を責めた。
「そこまで自分を責めないで。必ず行くから待ってて」
と、そう優しく言ってくれたハルヒ。彼も麗奈と同じ陰陽師なのは知っていたが、その実力は分からない。そして、本当に来てくれるのかも分からない。
(………ハルヒ)
ユリウスが眠っているのは、魔道隊が見張りをしている部屋。
魔力の安定が見られないのか、彼は時々雄たけびを発して闇の力を放出している。そして、実際に怪我人が出ていたのだ。
危険と判断したキールはすぐに彼を拘束し、光の魔法により闇を抑える形となった。今はその効果が働いているからか、ユリウスは静かに眠る。
闇の力の放出の為に獣が通ったような爪痕が付けられおり、危険性があるがゆきは進んでこの部屋に入ったのだ。
(………お願い、目を覚まして)
聖魔法をかければ、苦しそうにしていたユリウスも穏やかになる。
悪い夢を見ているように苦しんでいる様子が、ゆきには耐えられない。
自分達と接している中、彼はこんなにも苦しんでいたのかと思うと何も知らなかった自分に腹を立てた。
思わずこんな時、麗奈ならどうしただろうかと思ってしまう。
大事にしている2人が倒れてしまっているこの状況。
それが、嫌な予感がしてならないと不安に駆られた。
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明朝。
イーナスは髪を一つに結び、腰に馴染んた剣をさす。見張りをしている騎士に「行って来る」と告げると「ご武運を」と礼をする。
「じゃ、行って来る。常に国の外を警戒しておいて。この隙に魔物達が来ないとは限らないからね」
「はっ!!」
足早になる自分の隣にはいつの間にかランセが付いてきており「寝れた?」と確認をして来た。不思議な事だが、いつもよりぐっすりだった事に少なからずショックを覚える。
「それだけ君が激務だったって、事でしょ。ガロウ達には国境付近を守らせてある。その分、私が参加するんだけど……闇の力が過剰に反応しない事を祈るしかないな」
「昨日誠一さん達も言っていたけど、呪いの元は魔物と怨霊が合体した強力な変異した何かだと言う見解だ。同じ闇の中でも魔王のは違うんだろうから頼りにしてるよ」
「魔王を便利屋扱いしてくるの、君だけだよ」
そう言いながら向かうのは城下町の柱。4つの柱にとっての中心部分であり誠一達が既に待機している場所だ。
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「ほいっとな」
グルン、と自分の体が一回転したような感覚に陥ったと思うも広がるのは変わらずの城下町。
誠一達は辺りを見渡し、ここに集まる騎士団、魔道隊を見て陛下の人徳が表れているなとふっと顔を綻ばす。
リーグを欠いた状態の4騎士の団長と副団長。
魔道隊の面々にキールとレーグもいた。
驚いたことにこの場にフリーゲと部下の何人かも居ており、危険な事をするのに良いのかと思わずイーナスを見た。
「来るなと言ったんですけど、彼は聞かなくてね」
「まぁ、覚悟があるなら良いかも知れんが。それで、ウォームさん。この空間は何をしても城下町や国には被害はないと言う事だけど………」
「うむ、この空間を維持しているのはワシだからな。街が壊れようが、森が破壊されようが、ここは既に異空間である為に現実には壊れんよ」
「………精霊の力は凄いですね、ホント」
「悪いですけどウォーム限定ですよ、こんな規格外の力」
ため息交じりに言うキールにウォームをプイッと顔を逸らす。リーグの姿が無い事に気付いた誠一は聞いた、彼は来ないのかと。
「魔法を使わせる状態ではないので、私が脅して止めました」
淡々と告げる内容にイーナスとフリーゲは絶句。
ランセは予想していたのか、やれやれと言った表情をしていた。その間、誠一はウォームに麗奈の状態を聞いている。
「……傷は昨日で全て治した。あとはお嬢さんの精神次第、と言う事しか言えない」
「麗奈が目を覚ます前に、全てを終わらせたいからな」
裕二、武彦に視線を合わせ城下町の柱に集まる。
3人はそれぞれ色の違う札を持っていた。武彦は赤い札、誠一は緑の札、裕二は真っ白な札。それら自身の霊力を込め柱に同時に張り付け術を――発動させる。
「「「解呪!!!!!」」」
バシッ!!と何かに跳ね返される音が響いた後、地鳴りがおき光が5つ現れる。
最初に姿を現したのは大きな鳥、次に尻尾と思われる蛇に巻かれるようにして現れる亀。
雷を帯びた髭の長い竜、大きな虎はそのどれもが黒く禍々しいオーラを放ちながらも巨大な姿を保っていた。
それらは空中に留まる中で、ズシン、と大きな音を立てて自分達を見下ろす影が1つ。
「っ、やはり陰陽道に従った四神。その基盤の結界とはいえ、この年になってこんなものが異世界で見られるとは思わなかったな」
【我等を起こしたのは………お前達か、陰陽師】
見下ろすは翼をもたない竜。
他が黒いのに対し、自分達を見下ろす方の竜は黄金に輝いていた。プレッシャーを伴うような声に号令も出していないのに九尾と清は無意識に誠一と武彦を守る形に立っていた。
【………ふん、足りぬな。それで我等を止められると思っているのか】
「止めねばユリウス君が死んで娘に怒られてしまうからな。悪いが君等を正させてもらうぞ」
【主なき者に我等は止められんよ。………散れ!!!】
その号令と共に沈黙を貫いていた四神が一気に飛び立つ。それぞれの守る方角の柱へと移動していくと、同時に頭上から水柱がリーダー格の竜に襲い掛かる。
「へぇ、主って一体誰の事かな。僕、分からないんだけど」
『なっ!!!テ、テメェ、何でここに居やがる!!!!』
『お前、あの時の!!!!!』
九尾は雷を清は炎を纏い、水柱を作った人物を睨み付ける。裕二と誠一は驚き、武彦だけは密かに笑みを浮かべていた。
風になびくのは水色の陰陽師の正装であり土御門家にとっての戦闘服。
ニコニコとこの場に合わない笑顔を張りつけるのはウェーブのかかった金髪に青い瞳を宿した青年。
彼は大きな白い鳥の上に乗り、笑顔でいながらも飛び立った四神をしっかりと捉えていた。
(アウラの言うようにこっちの方が力も強い。ニチリの時よりも苦労させられそうだ)
【くっ、くはははははっ、土御門家の人間か、お前!!!】
「そうだよ。僕は土御門家の分家の人間。土御門ハルヒ。あと麗奈さんの婚約者でもあるよ」
「「「はあ?」」」
思い切り殺気立ったのはイーナス、キール、ラウルの3人。
ヤクルとリーナは呆然とし、ベールも含めた魔道隊達は開いた口が塞がらず、ランセの笑顔が引き攣ったまま。
【ふはっ、そうか、そうか。まさか再び土御門家と朝霧家がここに居ようとはな………朝霧家だけは居ないようだがな】
「要らないよ。彼女が来る前に全部終わらせてやるから!!!」
【お前が主に相応しいか試しておこうか】
体が光り出し思わず目を瞑る。次に目を開けた時、自分の目の前には北の方角を守護とし水の気を扱う四神の1つ玄武が立ち塞がった。
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チリーン、チリーン、と涼しい音が空間に広がる。
その音をどこか懐かしく感じふと麗奈は目を覚ました。
最初は暗闇に目が慣れなかったが、次第に慣れていく。
自分が幼い時に見ていた夢の空間に似ている、とふと思い声を出してみた。
「ここに………居るんですか、朝霧優菜さん」
「あらら、もう気付く?」
フワリ、と麗奈の前に現れたのは自分と似た雰囲気、似た容姿の別人。
朝霧家の初代にして血染めの結界を自分達に残した女性。
今は麗奈に合わせているのか、見た目の年齢も彼女と同じようになっている為に瓜二つにも見える。
「久々に会いました。小さい時に何回か会いましたよね?」
「うんうん。でも、でも、貴方固すぎなのよ。もっと、こう……はっちゃけるとかないの?」
「…………はっちゃ、ける?」
コテン、と首を傾げる麗奈にはぁと優菜は肩をガクリと落とし「あ、うん、やっぱいい」と諦めた表情をしていた。少し砕けたかと思えば、真剣な表情になり「何で来たか分かる?」と問われる。
「私がユリィに攻撃を受けたからか、もしくは柱の呪いをお父さん達が解いたから……ですか?」
「そう。貴方、やっぱり気付いていたのね。………あの結界を作ってあの国を守れるようにしたのは私と土御門の人間。まさか、柱に呪いが付加されてるだなんて、誤算だわ」
「………5人は、部下かお知り合いなんですか?」
なんとなく、聞きにくい話ではと思ったが聞いた。
あの結界は合計で5つの柱があり、その結界を作り支える為には最低でも同じ人数の生贄が必要になる。
「それも分かったんだ。凄いね、貴方。そこまで気付いたのは由佳里以来よって当然か。彼女の娘だもん………勘が鋭いのは仕方ないね」
「すみません。事情があるのは分かってたんですが………私も譲れない事がありますから」
「………彼の為?」
「へっ」
「だから、君がそこまで頑張るのは………自分の事を傷付けた彼の為?何でそこまで彼の為に動けるの?」
探る様な、興味があるような視線を向ける優菜。
言われた事を一つ一つ復唱していく中でふと、思った。
理由は最初から決まっていて、自分がそれに行動を起こすのは当たり前だ。
「す、好きだからです!!!保護してくれたって言う気持ちもあるけど、それ以上に私は………私はユリィが好きです!!!優しい所も、カッコいい所も、慌てる所も………い、意地悪な、所も………ぜ、全部が好きです!!!!」
思わず勢いで言ったが、後々から大変な事を言っていると気付き顔を真っ赤にして「ま、待って下さい!!えっと、えっと……」と必死で別の理由を言おうとうする麗奈に優菜は大声で笑った。
それにいたたまれなくなり、思わずしゃがみ込んで「違う、えっと、えっと」と頭の中がグルグルとなり言いたい言葉が纏まらない。暫くして優菜は「あーラブラブねぇ」と言い麗奈を立たせた。
「もうそこまではっきり言われたら意地悪なんて出来ないわよ。って、事で土御門の彼と協力して彼等を解放してね?早くしないと本当に戻れなくなる」
「も、戻れなく………え、土御門って、え、何です?どういう事です優菜さん」
訳が分からない、とアタフタする麗奈に思わずぎゅうっと抱き締める。
それにもがくこと数秒。
諦めてされるままになっていれば、優菜は「四神に昇華した彼等を解放すれば自然に彼も平気になる」と、優しくけれどしっかりと告げる。
「ごめんね、麗奈。貴方に辛い思いをさせて、辛い事を背負わせて………でも、出来る事なら彼等の主になって。彼等も貴方なら協力的になると思うし、アシュプにもよろしく言っておいて」
そう言って首飾りが強い光に包まれて優菜は居なくなった。
ふと、夢と同じように目が覚めれば誰かの部屋のベットに寝かせられ、綺麗に掛けられた布団。
そして自分の枕元に置いてある戦闘服と束になった札を見て、誰がこれを用意してくれたか分かり「ありがとう、裕二さん」とお礼を言っていた。
『主、ごめんね』
「平気だよ、風魔。傷はウォームさんが治してくれたんだね……相変わらず凄いな」
委縮する風魔は子犬の姿で申し訳なさそうにしていた。手招きされて近付けば、抱き抱えられ「風魔、お願いがあるんだ」と向き合う。
『何?』
「これからも私の事、助けてくれる?」
『こんな僕で、良いなら』
「うん、風魔が良いんだ。ユリィの事、恨まないでね。あれはユリィであってユリィじゃない、ランセさんとは違う魔王だから」
『ソイツが、主に傷を付けたのなら………許さない。僕、頑張る』
お願いね、と決意を新たに裕二に用意された服を着替え、ベットを整える。この部屋を貸してくれた人にお礼を言うのと、迷惑を掛けた事を謝らないと、と考え次に行く所を頭の中で整理して行動へと移す。
「初代様から頼まれたんだものきっちりやるわ」
自分に出来る最大限の事を、大好きな人の為、優しくしてくれた人達の為にと麗奈は戦いの場へと急ぐのだった。




