第42話:声
ランセはアリサに魔力操作を教えていた。やり方を覚え少しでも自分の身を守れるように、と麗奈から直接言われ断る理由も無かった彼はユリウスとリーナに教える要領で行っていた。
そしてユリウスには今日、何もするなと言ってある。彼自身、気付いているし、麗奈にも不安がらていた事。突然、体が動かなくなったのは呪いの影響なのではないのか、と。
(………同じ魔王なら呪いの魔力は少しであろうとも感知できる。だが、あの時に感じ取れたのは麗奈さんが呪いに掛けられていた時だけ)
呪いも魔力の塊。だから、少しでも進行を遅らせる方法としてユリウス自身の魔力コントロールの上達が必要だった。少しでも魔法での戦い方を身に付けさせ魔族との戦いに備える為もあるが一番は自分の為だと自覚させる為でもある。
リーナも同じ理由で稽古をつけていたのだが……疲れたのか息を切らしてみっともない姿。その隣ではしゃぐアリサとの差で、彼女の方が呑み込みが早いのが分かる。
「お兄さんすっごく強いね。慣れている、って言うより体の一部みたいに使ってるね」
「ふふ、君も慣れればこれ位は軽いよ?少なくともリーナお兄さんよりは強くなるだろうね」
「悪かった、ですね………」
ギロリとランセを睨むが、彼はなんともない感じで涼しく受け止めアリサに次の課題を、と言おうとして突然の異変に空を見る。
「………」
「お兄さん?」
「ランセさん、どうかしましたか?」
「悪い、この子の事お願い」
「えっ!!」
戸惑うリーナを他所にアリサを預け、理由も言わずランセは空を駆けた。血の匂いと同時に嫌いな魔力を感じ取り、抑えていた筈の自身の魔力が膨れ上がる。
その時、一気に空気が変わった。さっきまで青空が広がっていたのに、今は全てが虹色に塗り替えられていた。精霊が自身の領域に招き入れた証拠だと気付き急いで向かう。この空に広がる色はそのまま精霊が扱う属性を意味する事から、誰が行ったのかすぐに分かった。
「っ、これは………」
辿り着いた先は湖。その中央には七色に光る大樹がある。そこに横たわる麗奈とユリウスが居た。血に濡れている麗奈は、淡い七色の光に包まれ傷口からは強い光を発してた。
ユリウスの手は獣のような腕をし血に濡れていた。ランセが近付こうとした時には、元の人間の腕になり呪いの影響かとも思ったが心配する所は別にある。
「何があった!!!」
「少し黙れ、治療に専念させろ!!!!
つい、怒鳴るように聞いてしまうが相手はさらに怒りを乗せて来る。一瞬、息が詰まる感覚になるが自分も落ち着こうと深呼吸して改めて考える。
(何でサスクールの魔力が感じ取れる。何でユリウスの魔力と被るように……今は別の魔力を感じ取れるんだ)
「お前が居れば陛下に悪影響だ、去れ」
「っ、だが」
「クククッ、必死だな。ランセ、アシュプ」
その時、2人の間に影が現れた。大きくなりフヨフヨと浮かびだし炎のようにユラユラと動く。それは人の形を成さず、ただ声だけが聞こえてくる。その声にランセは睨み「貴様か、サスクール」と今にも襲い掛かろうとするのを抑える。
「クククッ、実に面白いぞ。好きだと言った相手を、自分の手で傷付ける快感。奴にも声は聞こえ抵抗していたが結局は抑えられなかったから良い………だが、つまらん。腕を斬り落とすはずがそれしかダメージがない。日頃から警戒してたようだが、やはり自分の思い人が相手となると気が緩むか」
「…………何処から見ている」
自分の声がこんなにも低くなるのかと、他人事のように思った。影を睨み、その奥に居ると思われる宿敵の相手、サスクール。
ランセの居た国を奪い、目の前で家族を、仲間を殺していった相手。そう思えば、今も憎しみが押し寄せ何もかも破壊したくなる、その衝動をなんとか抑え込む。
「ふははっ、それを言ったらつまらんだろ。これはゲームだぜ、ランセ。……次は男の呪いだ。俺が早めてもいいぞ?目が覚めた時に最愛の人物が死んだ……あぁ、それでも面白いか。女の絶望が見れるのは何とも甘美だ」
「きっ、さま!!!!!」
そこに黒い雷が落ち影を壊す。驚いて後ろを見ると、息を切らしながらもその影を睨み付ける麗奈が立っていた。ウォームが「それ以上はよせ!!!」と珍しく叱る所から無理をしてるのが分かる。
「勝手に、決め、ないで……。ユリィの事、操ってた癖に……負け、るかっ……」
「主ちゃん!!!」
フラリと倒れるのをインファルに乗ったキールが、抱き留め上空へと退避する。彼はアシュプが領域を展開したその瞬間、既に招き入れられていた。事態を把握しようと思考を働かせるよりも早く、強い魔力を感知し呼び出しもしていないはずのインファルとエミナスが現れこう告げた。
《急げ、キール》
《大事にしてる2人が危ない。アシュプ様が領域を展開するのは相当の事よ》
それだけでキールの行動は決まった。インファルに跨がり、向かえばフラリと倒れそうになる麗奈。抱きとめすぐに傷を塞ごうと強力な治癒魔法をかける。
「主ちゃん、無理したらダメだって言ったのに」
「……めん……なさ……」
小さめ呟いた言葉に反応をし謝る麗奈に、抱き締める腕が強くなる。安心させるように優しく頭を撫でれば既に、キールに体を預けるように気絶していた。
影は未だにユラユラとなりそこから笑い声が響く。その声に怒りを覚え、主を傷付けた者、陛下を変貌させた相手を睨み付ける。
「ふはははははっ、強気な女だ。………目をつけて正解だったな」
「失せろ!!!」
上空に七色の光が見えたと思った時には、影を消滅させ跡形もなく消え失せていた。フー、フー、フー、と大きく息を吸い気分が悪いとばかりに舌打ちをする。
「……ランセ、ワシが見た物をお前さんに渡す。ワシはお嬢さんの中から回復に努めるから出て来れん。それまで対策を考えて置け、陛下の状態も悪いからな」
杖をランセに向けられ、映像が流れこんでくる 。ユリウスが麗奈に襲う瞬間、麗奈が倒れながらも何かを言っていた言葉。それを理解したランセは分かったとばかりに、頷きそれに満足したウォームはそのまま静かに消えた。
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「ぐすっ、麗奈ちゃん、陛下……」
泣きじゃくるゆきはヤクルにしがみついたまま離れないでいた。リーナはアリサを連れて別室におり、やっとまともに動けるようになったリーグは2人の状況に肩を落とし悔しそうに拳を握った。
フリーゲの自室には、珍しい薬草が保管された別室付き。あまり使わなくなったベットを慌てて引きずり出し、シーツを整えて麗奈を横たわらせた。部下が居る所だと動揺が広がると、キールに言われそのままフリーゲが担当する事になり誰も入れないようにした。
「………ザックリやられてるが、血の量が少ないな。あの精霊のお陰か?」
キールに確認するも、コクリと頷き返事がない。いつもなら冗談の1つや2つ言ってのけ人を遊ぶキールだが、今の彼は殺気立っていた。主と言い仕えた彼女がよりにもよって、互いに好きだと告白した相手であるユリウスに攻撃された。
ウォームが手当てし何とか傷跡が残らないようには出来た。フリーゲは麗奈の体温を計り熱がないかを調べたり、他に痛みはないか、前に呪いを受けた時のような黒い印がないかなど調べた。キールは俯きながら悔しそうに呟く。
「タイミングは向こう持ちみたいだった……主ちゃんはもしもの為に、護符を持ち歩いて備えてたってウォームから聞いた」
「んじゃ、その備えが良かった。かなり深くやられる傷が広く浅くで済んでる。……咄嗟に使ったからって、こんな上手く防げるか?」
「麗奈さんならやりますよ。彼女、前に大怪我をして一ヶ月は目が覚めなかったですから」
そこに祐二が入ってきた。陛下にやられたとまだ知らせていない。なのに何故、と疑問に感じていると懐から取り出し灰色に発光する紙切れを見せた。
「それは………」
フリーゲが不思議そうな表情をした。すると元の形はこれだと、2人に渡したのは長方形の紙にしか見えないものに、見たこともない字がびっしりと書かれていた。
「これ、主ちゃんがよく使ってる札って呼ばれるものだね」
「はい。麗奈さん達、陰陽師はこの札を用いて怨霊と戦って来ました。炎、水、雷、土、結界、この5つの中で自分に合った力を伸ばすのは魔法師と同様の考え方ですね」
武彦が火、誠一が雷を得意としている中で麗奈はどれも平等に扱いながらも、結界と束縛の力が強いと説明した。
何かに引き裂かれたようなボロボロの札。これは互いに危険があった場合に知らせるものであり、やられた側のダメージを疑似体験するものだと言う。
「怨霊との戦いは命懸けです。ダメージを受けないのが一番良いですが、もしやられた時のダメージが自分にも来たら治療をする際に参考になります」
魔法と違い傷を無くすのは無理ですから、と悲しそうに麗奈の頭を撫でる。傷が残ればやられた時の事を強く思い出し恐怖が生まれやすくなる。トラウマにも近い出来事を飲み込み、街に人に害を成す怨霊退治を強制的にやらされている陰陽師。
フリーゲが逃げ出したくないのか、とつい聞いてしまった。自分は騎士団や魔法師のように魔物とは戦えない、だが彼等を支援する事は自然と戦う事を強制的に促しているように思いそんな事を言っていた。
「私は陰陽師達が戦い、力が弱くなった怨霊の封印と、呪いを解除するのが仕事の浄化師です。……それはある意味では戦いから逃げています。横取りをしているような形ですからね。実際嫌われ者ですよ」
それでも彼女達は当然のように受け止めいた。役割分担なのだからそんな事を気にする必要はない、そんな事を考えてたから戦いに生き残れない。と、誠一と武彦からは言われ麗奈には自分が居る凄く安心出来ると言っていた。
「安心、出来る……?」
「怪我をしても、怨霊が怖くても、自分が居ると背中を預けられる。怨霊で苦しんでいる人を助ける為なら危険だろうと戦う。……そう、麗奈さんは言っていますし、今もユリウス君の為、この国に恩返しも込めて全力で事に当たっています」
そう言って祐二は枕元に陰陽師での正装一式、束になった札を置き「あとはお願いします」とフリーゲに頼んで部屋を出て行った。キールは麗奈が目を覚ますまで離れる気は無かったが、頭の中に響く声と内容の為に、すぐに部屋を出て行く。こんな時に、と内心で舌打ちしイライラを少しでも抑える為に平静を保とうとする。
「お、おい、何処に」
「今から会議だよ。明日の明朝、呪いを壊す為に武彦さん、誠一さんからやり方を教わる。騎士団、魔道隊全員で取りかからないといけないようだしね。フリーゲも忙しくなるんだからさっさと寝なよ」
今回、イーナスも参加するんだってと言い残し部屋を出て行ったキールに、止める事も詳しく聞く事も出来なかった。髪をガシガシと乱暴にかき、そのままドカリと倚子に座る。
「………嬢ちゃん、頼むから負けんなよ」
悲しむ連中が多いんだからよ、とフリーゲにしては弱々しく言いすぐに気持ちを切り替える。寒くしないように布団をかけ、陛下の様子を見に別室へと向かった。
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揺れる波がここまで静かなのかと思った。月明りに照らされた木造の船は、今は穏やかな波に揺られており、船番をしている者達は何日ぶりかの穏やかさに緊張していたものが解けていくのを感じた。
「…………」
「どうされましたか、隊長」
船の先端に遠くを見つめる影を1つ。それは声を発するでもなくただ、月を眺めるようにして立っていた。だが、それを部下の1人は不思議そうに思いつい聞いてしまった。
「…………悪い、皆は休んでいる所悪いんだけど、明朝に着くように調整しといて」
「っ、では………」
告げられた内容にハッとなりすぐに言われた事を周りに告げて行く。ついさっき、泣きながら自分に伝えて来た友人に頼まれた。助けて欲しいと、大切にしてきた人が危ない目にあったと。
「自分は、何も出来ない、か………」
彼女は今回の事に参加できないとはっきり言われた。それが悔しくて、でもその理由も分かっているから責められない。
「…………今からでも遅くない。だよね、アウラ」
「はい」
アウラ、と呼ばれた黒髪の長髪に茶色の日本人にも似た容姿の麗奈やゆきと同じ年齢の女性。彼女は桃色の巫女服、金の錫杖を左手に右手には大きな鈴を持っていた。
水色の陰陽師服に身を包んだ隊長と呼ばれる男は突然自分にすり寄る官女を見て驚き、ビクリと体が固まった。その行為に驚き、彼女の方をゆっくりと見れば、ふふっと意地悪が成功したような表情に静かにため息を漏らす。
「平気です、貴方が大事にしている人達は負けません。私は貴方のお陰で救われました。……だから今度は私の番です」
「公私混同……」
「でしょうね。リッケルに怒られますね」
「怒声と容赦なく反省文を書くように睨まれるようだね。…………君、ホント国に居なくていいの?」
「嫌です」
何を、と言わずともアウラは分かっている。彼がこれからする事も、彼が飛び込もうとしている場所も、彼から聞いている友人達の事も。全部、分かってそれでも、とアウラは一瞬目を閉じ再び彼を見る。
「国に居るのが仕事と言う訳ではありません。………私、その方々と友達になりたいです」
「友達………?」
「はい。私には友達と呼べる者は居ませんし、作る事も出来ませんでしたから。………だから、なりたいです友達に」
そう言って彼に金の錫杖を渡し「お願いしますね」と視線で訴えてられ、分かったとばかりに受け取り軽く振るう。懐に札を取り出し霊力を込めれば鳥の形を成し、アウラの周りを嬉しそうに飛び回っている。
「ふふっ、相変わらず可愛いですねこの鳥さん」
「命令だよ、今からラーグルング国の様子を見に行って。何でもいい、異常があればすぐに知らせて」
コクリ、とアウラの肩に止まっていた鳥はすぐに飛び立っていく。通常の鳥の早さよりもかなり早いスピードでラーグルング国に向かって行く。早ければ明朝とも思っていたが、予想よりも事態は動いているようだと思い仮眠を取ろうと移動すればガシリ、と腕を掴まれる。
「……えっと」
「私も寝ます。一緒で良いですよね?」
「ダメダメダメ。男が女と一緒に寝るのなんてダメだし、僕等はそんな仲じゃなだろ、ただの協力関係だし」
「うぅ、私はそうではないのですけど」
少し涙目で下から覗き込まれ甘えてくるその仕草。コロッと惚れそうだが彼にそんな気はない。ズルズルと部屋まで辿り着き、乱暴に振り払いバタンと扉を閉める。部屋に入れさせないので、悔しくて頬を膨らませるアウラをハラハラした様子で見る部下達。
「諦めませんよ。私は………貴方に救われましたから、今度は私が役に立たないといけないんです。そして惚れさせます!!!」
堂々と宣言してにっこりと微笑み、自分に用意された部屋へと向かい次に備える。一方、その宣言が聞こえ中に入った者は重苦しそうに溜め息を吐き、何故こんな事に……と悩むも今は優先すべき事がある。
「待ってて、ゆき、麗奈さん」
麗奈には謝らないといけない事がたくさんあるし、事情も言わないといけない。誤解は解いてそれでもって、自分の事もきちんと伝える。自分の今の感情も、幼い時に自分に言ってくれた約束もちゃんと言おうと決意した。
「ゆきが泣く位の事を麗奈さんはしてしまった。………何が相手だろうが構わない、2人を悲しませた罰は受けて貰うぞ」
鋭く月を睨むのはウェーブの掛かった金髪に青い瞳の可愛らしい顔をした男。だが今の彼にその可愛らしいと言うのは似合わない。それ位、彼の目には怒りに満ちていた。
彼、土御門ハルヒもまたこの異世界へと来ていた。彼は神霊の国と評されるニチリに降り立ちそこで魔物、自分達の世界とは違うと知り驚愕した。知り合いも居ないこの世界で唯一居ると分かった子は2人。
朝霧麗奈、朝霧ゆき。2人の為に行動を起こしたハルヒはニチリの姫と評されるアウラを連れ、ラーグルング国へと急ぐ。これから長い一日が始まろうとしていた。




