第41話:異変
「ママ~起きて~」
ユサユサと母と呼ぶ麗奈を起こす為に体を揺らす。しかし、麗奈は眠そうにしたまま子犬化した風魔を抱きしめたまま眠ったままだ。
「アリサちゃん、ご飯出来たよ~」
「は~い、ゆきお姉ちゃん。ママ~、ご飯出来た~~起きて~~~~」
「……んぅ」
「起きなきゃパパ起こす~~~~~」
「ふぁ、ふぁはい!!!」
それに反応したのかすぐに起きた。すぐに辺りを見渡し、ユリウスが居ないかを確かめた。それにクスクスと笑うゆきは「陛下がここに居たら困るの知ってるのに」とからかうように言われてしまう。
うぐっ、と言葉に詰まっていると「おはよう♪」とアリサに抱き着かれる。銀髪がキラキラと光るように、綺麗になっている事からゆきに手入れをして貰ったのが分かる。
「ツインテールだけど、今日は三つ編みにしてみるからねー。アリサちゃん今だけ簡単に結ぶね?」
「は~い」
ちょこんと、ゆきの膝に座り髪を1本に結ぶ。その間に麗奈はパジャマからいつもの服へと着替える。黒いズボン、水色の上着を着込み家宝である首飾りを身に付けいつものように髪を整えようとする。
『おはよう麗奈ちゃん♪髪をとかすぞ』
いつから待機していた清がニコニコとしている。パチ、パチと瞬きをしている麗奈だったが「お願い」と頼まれ元気よく頷き髪をとかしていく。のそのそとなりながらも、麗奈達におはようと眠そうにしている風魔。そのままコテンと寝ながら床に落ちるもダメージが無いのかそのまま2度寝を開始した。
「………そう言えば、麗奈ちゃん髪伸びたよね」
『確かに』
「そう?」
鏡を見る癖があまりない麗奈はゆきと清に言われ、姿見に移る自分を見る。あー、確かにと思う。ショートだった黒髪が肩まで伸びでいる。そう言えばユリウスから「髪は結ぶのか?」と聞かれて暫く考えて「結ばないね」と答えたらガクリとされた。
「あ、いや……大体髪を伸ばしている女性多いから麗奈も伸ばすのかなって」
「………伸ばしたら何かある?」
「ポニーテールとかサイドにまとめたりとか。あぁ、三つ編みとか色んな髪の結び方が出来るだろ。したくないのか?」
「戦闘の邪魔だからいらない」
「…………そう、か」
物凄い長い溜め息をしてずっと下を向かれて凄く困った。え、え、なんか髪の結び方で何か変わる?と、その時の事を清に言えば何故かユリウスと同じようにジト目で見られた。
『そう言えば、おしゃれしないもんね麗奈ちゃんは……』
「必要ないよ。学校に戻ったら宿題と札づくり。あとは裕二さんと怨霊を封印する時の段取りを」
『おしゃれをしてーーーーーー!!!!』
突然の大声に麗奈達はビクリとなり、その声に風魔も流石に飛びあがりキョロキョロと周りを見た。しかし寝ぼけている、と自己完結して再びベットに沈んでいく。
「………今度でいいよ。今日は裕二さんの所に様子を見に行って、武彦おじいちゃんと術式の準備始めるんだ。こっちが有利になるように、仕掛けも施さないといけないから。ゆきはどうするの?」
「私はキールさんと一緒に、ベールさんの屋敷に行く用事があるんだ。その後、レーグさんに本格的に魔法を教わるんだ♪ありさちゃんは今日からランセさんに魔力操作を学ぶんだよね?」
「ん!!!パパと同じように頑張る。パパは?」
「ユリィは今日一日暇してるって言ってたよ。イーナスさんから仕事するなって脅された挙句にランセさんからも、休めって言われたからちょっと不機嫌かな」
話しながらパクパクと食べ進めるアリサの様子からゆきの料理は気に入って貰えたのが分かり、ついつい微笑む麗奈。それを見て、ゆきと清も同様に笑みを深めて和んでいる。
「どうしたの2人共?」
「気にしないで」
『……麗奈ちゃんが幸せそうで良かっただけだから』
「う、うん?」
首を傾げるもアリサに「ママ~」と全部食べたのを褒めて欲しいのかニコニコと空になった皿を見せて来る。偉い偉い、と頭を撫でているといつの間にか風魔がアリサに頭に乗っており、自分も撫でられる位置に陣取っていた。
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裕二は朝霧家の秘術とも言える本を読み込んでいた。初代の優菜が残した秘術の始まりにして強力な守りの術。それが、このラーグルング国になされていた事と術の完成度が高かった事。本には未完成とされていたが、異世界の国では成功していた事、その理由を何か探れないかとずっと考えながら何度も何度も捲っては戻るの繰り返し。
「おはようございます、裕二さん。……裕二さん?」
「…………」
裕二が使っている部屋は宰相の執務室と隣り合わせの一室。さっきイーナスに軽食を届けた後だった麗奈は、裕二にも彼の好きな物も盛り込んで持って来ていた。だが、麗奈が入って来た事も自分の好きな物の匂いが漂っているにも関わらず、裕二は集中しているのか全然気づいていない。
やがて自分のお腹が鳴り、はっとなり時計を見る。この世界は四季も時間の感覚も日本と同じように動いていた。違う点は日の長さが日本よりも長いと言う点のみ、この世界で自分達の言葉が通じるのはウォームのお陰である事が分かり感謝した。
九尾からは『調子乗るから止めろ』と本気で止められ、風魔もそれに同意。清は呆れたように『男は面倒だな』と吐き捨ててたのが懐かしい。
「……あれ、麗奈さん」
「凄い集中してましたよ?私が入ったのも気付いていないし」
「………すみ、ません………」
恥ずかしくて顔を赤くする裕二に、麗奈は「いえいえ」と好物を出せば目を光らせて「麗奈さんが?」と聞けばコクリと頷き「ありがとうございます!!!」と彼にしては珍しい位のテンションで朝食を食べていく。
「慌てなくても逃げないのに」
「いえ、時間も、ありませんし、麗奈さんの手作りが食べられると思いませんでしたし」
ホロリ、と涙ぐむ裕二に大げさなと思いながらも嬉しそうに食べてくれる。今更ながらゆきが食べてる人が嬉しいと自分も嬉しいよね?と、言った事が良く分かった。
「ユリウス君には作ったんですか?」
「………いえ、まだ………」
「こんなに美味しいのに何でです?」
「な、なんか上手くいかなくて………イーナスさんに味の好みとか味付けとか、確認しながら作ってるんですけどね」
「なら、早くユリウス君を助けて不安を解消しないといけないですね」
「はい。……そう言えば、何か分かりましたか?ここと未完成として記されている違いは」
その質問に首を振りお手上げ状態ですね、とガクリと項垂れた。
朝霧家の秘術書はこれだけではないので、もしかしたら別な秘術書に書かれている可能性があると言われた。
慌てて持ってきた秘術書はこの1冊のみ、当主だけが読むのを許されている物であり、他の陰陽師家の物に見せる訳にはいかない為に念の為にと、武彦が持って来ていた。
「……なら、今できる事をしましょう。まずは――」
夜中に行う術の構成を裕二と考え、あらゆる可能性を叩きだそうと浄化師である裕二と陰陽師でありコンビを組んでいる麗奈。2人はラウルが昼食を持ってくるまで話が続き、ラウルも邪魔をする訳にはいかないと、黙って見ていた。
2人揃って、またお腹がなり「お腹、減りましたね」と言いラウルがニコニコしながら一緒に食べようと誘う。ずっと見られていたと気付き見張りの兵を部屋の前に居させよう、と強制的に言って来たラウルは……怒っていたが、その理由を知らない2人の反応に静かに溜息を吐いた。
(……仕事となると時間も、周りも見えないタイプか)
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昼過ぎ、セルティルはイーナスに「陛下はどうだ」と、いきなりの質問と突然の訪問に思わず答えるのが遅れた。だが、頭をフル回転させ答えを言う。呪いはまだ発動していない、と。
「今、麗奈ちゃん達が呪いに対する術式を施している真っ最中でね。……早ければ明後日には封印を行えると言う話だよ」
「へぇ。あの小娘が、ね」
「息子が主と定めているのがそんなに認められない、と?」
「別に逆に面倒な奴が居なくてこっちは清々したよ」
「親子喧嘩なら他所でお願いします」
話しながらもイディールから貰った資料を見て「そう言えば、協会に誰か来たんですよね?」と質問して話題を変えた。
「あぁ、ダリューセクの王女で陛下とも呼ばれている人だ。ウチの陛下と同い年だ」
「………他国の、王女が?では召喚士と言う事ですか」
「あぁ、協会に国の身分は関係ないからね。護衛の方も付いて行きたくても出来ないさ」
ざまみろ、と勝ち誇るようなセルティルに(貴族とか王族は基本嫌いだったな)と思い出し、身分関係の話題は避けようと考えた。
ラーグルングで起きた魔物の襲来は、少し遅れてダリューセク以外にも他国でほぼ同時に起きたとされる。それらが一斉に国を襲い沈静化するのに時間はあまり掛からなかったと言う。
突如、虹のような光が国を覆い魔物のみを狙って放たれたと言う。その事態に誰も反応を示せず、呆然としていた中で唯一動いたのはダリューセクだったと言う。
「王女が言うには保管されいる古い文献で見た七色の魔法と酷似してるそうだよ。……管理者のアシュプとブルーム、彼等にしか扱えない七色の魔法だったか?各国は慌てたようだよ?
アシュプ様とブルーム様は、我々を見捨てていないとか、神の天罰だとか好き放題。妙な宗教も出始めているからそれらの沈静化も大変なんだと」
「………」
「どうした、イーナス」
「いえ。………心当たりがあり過ぎて」
ガン、と机に頭を打ち付け元凶とも言える精霊に苛立ちを募らせた。彼はダリューセクに行って魔族をぶっ飛ばしたいが逃げられたと言っていた。まさか、ダリューセク以外にもそんな魔法を使っていたのか、と言う怒りと規格外過ぎるウォームに力の巨大さを思い知らされた。
あれが、自分達に向けられれば滅ぼすのは容易いだと。
「おー居た居た♪宰相よ、見てくれお嬢さんがワシにくれた花の冠だ」
「………」
そこに音もなく現れたウォームにギロリと殺気立つ。セルティルは驚き、ウォームは気付いていないのか自慢するように、胸を張り「王様みたいじゃな」と苛立つ発言をした。
ブチン、とイーナスの中で何かが切れた音がした。
「ふざけんなあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「な、なんじゃ、なんじゃ!!!」
怒声と疑問の声。見張り番はアワアワと震えだしベールとセクトは「何だ?」と声を上げた。年少組の代わりに肩代わりをした仕事の報告書を持って来て響く声に疑問を示す。
聞こえて来る内容はイーナスが誰かを叱りつけ「麗奈ちゃんに迷惑掛けるな!!!」と言う感じ。キールかと思ったが反対側から来た彼に「ん?」と予想と違い驚いた。
「今、エミナスからアシュプ様が怒られてるんだって。寝てたのに起こされるから、ちょっとイラつく。ゆきちゃんと出掛けたばっかだって言うのに」
(出かけたのにもう寝るのかよ………)
「こっちに殺気を向けないでもらえます?」
心の中で突っ込んだセクト、和やかに言うベールにキールは「元凶は中?」と無視して執務室に入る。数秒後、不機嫌マックスのキールと言うダブルパンチを喰らう羽目になるウォーム。それを聞いていたセクトとベールは同時に納得し思った。
((何、地雷踏んでんだ……))
管理者として力がどの精霊よりも上のはずのアシュプ。麗奈の前ではただの孫に嫌われたくないお爺ちゃんと言うのが、当たり前になった中で、イーナスとキールの地雷踏み抜くのは……彼しかいないと結論。
自分達はあぁはなるまい、と大精霊を犠牲に1つ学んだ。
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「自業自得だろそれ」
「まぁまぁ、花冠渡したのが悪かったんだね。ごめんね、ウォームさん」
部屋から出てけと窓から思い切り投げられてしまったウォーム。飛んでいくボールに不思議に思いながらも、キャッチしたユリウスは目を見張った。
そこには目を回したウォーム。何処からだったか?と、素早く木に登り飛んできた方角を見て納得した。
(イーナスに何を言ったんだか……)
彼はストレスが貯まったり、問題が山積みになると怒鳴る。素のイーナスは凄みがあり、低い声で脅されるとユリウスでも逆らえない怖さがある。そんな事を考えていたらウォームが「うぐっ……」と呻きながらもゆっくりと起き上がりユリウスを見て……すぐに泣きつかれた。
黙って聞いていた時に麗奈が「どうしたの?」と聞いてくる。すぐにユリウスから麗奈に場所を変えウォームは今起きた事を必死で伝えた。大人2人から怒られるなんて……と呆れるユリウスと真剣に話を聞く麗奈。
「じゃあ、次はユリィと居る時に花飾り渡すね。ユリィにも作るからお揃いだよ」
「ウォームさんとお揃い………」
「お嬢さん、陛下には別の物を渡した方が良い」
「え、花だとカッコ悪い?」
「いやいや、こんなワシとお揃いなんて嫌だろうよ。おぬし等、互いにプレゼントとか渡さんのか?」
「「……………」」
「この間、デートしたのではないのか?」
「「何で知ってるの?」」
「ふふふっ、何故じゃろうなぁ~」
何故かその場でクルクルと周り楽しそうにしているウォームを不思議な感じで見守るユリウスと麗奈。ふと、ユリウスは隣に居る麗奈を見る。
(髪、切らないんだな………)
最初に会った時はショートだった黒髪も、肩付近にまで伸びたセミロングになっており髪型について話したなと思い出した。髪を触りクルクルと指に絡ませたり、匂いを嗅げば「ユ、ユリィ………」と弱々しく名を呼ぶ麗奈を見る。
「ん?なんだ」
「は、恥ずかしい……んだけど………」
顔を赤くしながらも、止めるように言う麗奈に内心で可愛いと思いながらも言葉には出さないまま。それが面白くて暫く髪を触り「ただ、こうしたいだけ」と静かに答えれば言葉に詰まる麗奈。
「前に髪は切らないって言ってたから切ってるんだと思ってたんだ。………俺の為に伸ばしてる?」
「っ、それ、は………」
「だったら嬉しいな。髪を伸ばした麗奈は見て見たいし………可愛いと思うけどな」
「かっ、かわっ……!!!」
それが限界だったのかショートしたように顔を赤くしたまま、口をパクパクとするも言葉として発していないので内容は分からない。多分、文句だろうなと思いながらもこの時間が続けばいいのにと強く思ってしまう。
そう思った時、ドクン、ドクン、ドクン、と自身に響く音。それに違和感を覚えたユリウスはすぐに麗奈から離れ胸を抑えた。急に息苦しくなり、体の中に別の何かが入ってくる感覚に悪寒を覚える。
「ユリィ……!!!」
「っ、ぐ、るな!!!!」
駆け寄る麗奈に思わず睨んで来るなと意思表示をする。それを読み取るよりも前に彼女の体が傷付いた。
否、傷付いたではなく、自分が傷付けた。
咄嗟に結界を張ったからだろう。腕を斬り落とすはずの力を弱め、右肩から斜めになる形に抑えられた。
ドサッ、と血を流して倒れる麗奈。
体が動かない、言葉は発せられない。でも、自分の意思でないのに、と乗っ取る何かに逆らいたい逆らえない。
―どうだ、自分で大事な物を傷付けた感想は―
低く地を這うような気持ち悪い声。それがはっきりとユリウスに届き、倒れている麗奈は何かを言っているのが見える。
でも、何も聞こえない。何も、見えない。
そこでユリウスの意識は完全に途切れた。




