第40話:元居た世界に帰らない理由
ウォームとの契約を果たした夜中の事。麗奈は風魔と共に空を駆けていた。向かう先は西の柱であり、既に誠一と九尾が先に来ていると式神から聞いていた。
『主、もう平気?』
空中で足を止め背中に乗せている麗奈に確認をとる。精霊との本契約で少しの間だけ体が動かなくなった時、風魔も表に出る事が出来ずに違う力が自分にも流れ込んできたのが分かった。突然の変化に少し戸惑っていると、目の前にアシュプが現れ
「お嬢さんと契約を交わしたぞ。お主にも何かしらの形で力が現れるようだろう。風魔、主であるお嬢さんを頼んだぞ」
と、当然の事のように言われむすっとなった。アシュプよりも先に自分の方が先輩なんだぞ、と思っているとアシュプから笑われ「そうじゃったな、すまんすまん」と言いながらも姿を消した。
「平気だよ。ごめんね心配かけて」
『ううん、平気。僕は良いけど、主に傷付けたら殺す所だったもん』
にこやかに爆弾発言をする風魔に麗奈は顔を引きつらせ「こ、殺すはダメだよ」と注意し『うん♪』と返事をし急いで西へと向かう。人よりも視力が良い九尾がこちらに気付いたのかすぐに雷を発生させて場所を示した。
「遅くなってごめんなさい」
「平気だ。……もう体の方は平気なんだな」
父である誠一は心配そうに見つめるが麗奈が大きく頷き「フリーゲさんの許可は貰えたから平気」と言いほっとした表情になる。それをニヤニヤする九尾に風魔は呆れたように尻尾で叩く。
「麗奈さん、お疲れ様です」
そこに黒ぶち眼鏡に黒髪の裕二がにこやかに出迎えてくれた。彼は緑と水色の狩衣、首元には水晶をぶら下げており浄化師としての装備。麗奈と誠一も、見回りの時以外では狩衣は着ていない。麗奈は紫と白、誠一は赤と白の狩衣を着ており裕二からの報告を待った。
「西の柱にも施したので大丈夫ですね。あとは中心部になる城下町の方の柱ですかね」
「……魔物は出てきましたか?」
終わっている事とは言え一応の確認をとる。麗奈とゆき、誠一達がこの世界に来てはや3カ月も経った。魔物が襲来して復興、その後、魔法協会へ出向いた先でのリーグの暴走とアリサと言う少女の保護。目まぐるしく変わる状況の中でも、麗奈達は陛下への呪いと柱への関係性をずっと疑っていた。
時間があれば図書館で国の歴史について資料を漁った。麗奈も4騎士の屋敷に行き、貴族が管理している重要な書類を見てせてもらうなどして辿っていた。
ラウルから自分達の資料の中には、次代の自分達への知恵と歴史について書いてあるものがあると言った。
柱が出来てどの位から魔物が現れたのか。
王族の呪いはいつから発生していたのか。
麗奈達が原因として柱を指したのは理由がある。守護の意味が強い柱が5本、魔物は必ず柱から破壊しようと行動を起こす。一度、この国に魔物の大軍が押し寄せていた時、柱を破壊しようよ行動していた魔物も居るが柱から魔物が出て来た所を見たと、言う証言が上がっていたとイーナスから聞いていた。
イーナスはその原因を調べようにも、勘違いの可能性も否定できずにいたがそれ聞いた麗奈達はそこから柱に原因があると、仮説を立て行動を開始した。柱に触り試験の時のような反応はないが、触れれば淡い光が浮かび上がるのは今までと同じ。
そこに一瞬だが、黒い嫌な気を感知した。はっとして手を放しもう一度触れるも、反応はそれ以降示さず淡い光を発したまま。考えた末、他の柱にも似たような反応があるのかも知れないと考え、夜中に柱を触れて反応を調べる事にした。
「はい、今回は出てきていませんね」
「……今回は、か」
西、東、南、北、城下町。
5つの柱を触れ麗奈が感じた気配を探す日々が始まった。浄化師の裕二も麗奈が感じ取れたものを説明し少し考えた後で、ある仮説を立てた。
黒い気配は、この世界で言う所の闇の力。麗奈もユリウスと同じように柱を制御できる権利が与えられたのなら、その黒い気配は彼女から逃げるように移動しているのでは、と考えた。
『これを続けて約2週間。まぁ嬢ちゃんが居ない時は主人と武彦が代わりにやれてたって考えると陰陽師に反応するな。……そんで決まりだな。嬢ちゃんから逃げてるのは、排除されると分かっているからとみて良い』
「それで裕二、封印を施したのは全部で4か所。城下町にある柱には近付いていないんだな?」
「はい。騎士団の方々が警備をしている柱には、既に封印の陣と札を張り厳重に管理できるようにしてきました。……と、思います」
最後の言葉に九尾と誠一は睨み付け、麗奈はお礼を言った。傍で聞いていた風魔からは『浄化師の天才じゃないの?』と心が刺さる言葉を聞いてくる。
「魔法として成り立っている世界と、その魔法が無い私達の世界とでは原理も違います。私達の居る世界なら通じる事でも、こちらで通じるかは分かりませんから」
『ははーん。だから嬢ちゃん、あの爺に契約を迫ったんだな?』
「……両方、慣れて置いた方が良いと思って。念の為」
大精霊のアシュプとの契約を果たした。
その事は既に、魔道隊、騎士団、4騎士の面々には知らせてあると聞く。
足を気にした様子の麗奈に疑問に思いながら、風魔が聞いてみた。
気まずそうに顔を逸らしながらも、その理由を話し出す。既にその表情は疲れ切っていた。
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キールとランセからの報告に頭を悩ませ、新たに問題が発生した事実にイーナスは速攻で麗奈を呼び出した。
キール以上に凄いプレッシャーを与え続けた上、そのまま正座を言い渡される。彼女自身としては、良かれと思って行動した事なのに、と思いつつも大人しく正座を続けている。
やがて溜め息を吐いたイーナスに反射的にビクリとなる。それを見たイーナスは椅子から立ち上がり、麗奈と同じ目線になるように体を屈めた。
「麗奈ちゃん、反省できた?」
「は、はい」
「嘘だね」
そう言って痺れているであろう足を思い切り掴む。瞬間、ビリリと来る衝撃にうっとなり涙目になる。相手はそれをニコリと笑顔でさらに強く握る。
「……君、良かれと思っての行動なんだろうけどさ。協会で古代魔法を使用したゆきちゃん、大精霊にして精霊の父たる存在のアシュプとの契約をした麗奈ちゃん………。危ない事は事前に言ってよ」
うっ、とキールにも言われた事にグサリとなる。
少し前に、同じ事を言われたのだ。
君達はいずれ、自分の世界に帰るんだから怪我をされては困る。
戦力として数えていても、それは最終手段だと言うイーナスに麗奈は「向こうには帰る気はないです」ときっぱりと告げた。
「どういう事?」
「そ、そのままの意味です!!! 私達は、アシュプさんにこの世界に呼んでもらいました。迷惑かもと言っていましたけど、私にとっては良かったんです」
「宰相、これについて………何してんだ?」
そこに報告書を持ってきたフリーゲが訝しむ様子でイーナスの事を睨んできた。正座をさせられている麗奈を庇護するような動きに、いつから彼女に味方になったのかと内心で思いながら。
「イジメられてる嬢ちゃんが可哀想なんでな、味方が居た方が良いだろう」
「それ、甘やかしてるの間違いではないですか?」
「良いから脅すの止めろ」
足が足が痺れて動けない麗奈を抱えてフリーゲが言う。向かい合わせて座るイーナスは目でさっきの説明の続きを、と促してくる。
「………」
すると、フリーゲが居るからか口を閉ざす。
イーナスは話させるようにと「元いた世界に戻らない理由は?」とワザとらしく聞く。
彼女達が異世界から来た事を知っているのは、ごく一部に制限をしたかったのが本音だった。しかし、麗奈とゆきが現れた場所は謁見の間であり、会議をしていた。
そんな中、何もない所から現れた2人の少女。誰も警戒をするなと言う方が難しく、見張り兵は実際に取り抑える行動を起こしている。
大臣達も仕方がないとばかりに、城の者達に知らせた。彼女達は自分達の居る世界とは全く別の世界に来た事、魔法を知らずこちらの常識を知らないと通信で知らされた。
始めは半信半疑だった者達も、イーナスが麗奈に掲げた試験内容を映像として見た事で納得し、異世界から来た彼女達の事を認め始めた。
「平気だよ。フリーゲさんも城で働く人達も、食堂の人達も麗奈ちゃん達が異世界から来ているのは知っている」
「えっ………」
「だから話して。何で自分の居た世界には帰らないのか。必要がないってどういう意味?」
「それ、私も知りたいな」
コンコン、とワザとらしく扉を叩くのはキール。顔を青ざめる麗奈に当然とばかりにイーナスの隣に座り「で?」と鋭く睨み話を促す。
フリーゲにしがみつく麗奈はガタガタと震え出す。
「おい、お前等が脅すから嬢ちゃん全然話さなくなったじゃないか」
「「自業自得」」
「こんときだけ仲良いな、お前等」
「そうじゃそうじゃ、お嬢さんの苦労も知らん奴には言われたくない」
シュン、と風を切る音を立てて現れたのはウォーム。主である麗奈に、名前をウォームとして、読んで欲しいと言うお願いした。アシュプとしての名は嫌だと、麗奈に付けて貰った名前が良いと熱弁したからだ。
そして今まで通りウォームとしての名で居る時のテンションは、大精霊と言う枷を外したただのおじいちゃんと化していた。
そんなウォームを抱きしめ、2人の睨みに耐えるように話し始めた。
自分が当主として別の当主との婚約をされそうだった事。誠一達から自分達はすでに向こうでは死亡扱いになっている事。それを行ったのは陰陽師を束ね管理している陰陽師協会。
彼女達の世界を見た事のあるウォームの補足もあり、2人をこちらの世界に呼んだ理由も言った。
命の危険があり、たまたま首飾りをしていた麗奈がゆきを巻き込みたいないと、言う強い思いからウォームと繋がるきっかけを掴み謁見の間に飛ばしたのは運らしいが。
「…………」
それを聞いた3人はそれきり黙り込んだ。
フリーゲは明らかに不機嫌オーラを身に纏い舌打ちした。足の痺れが治った麗奈は、ウォームに言われて3人から離れていきそのまま退出する。
「………確かにそれなら元いた世界には帰りたいと思っても無理だね」
「誠一さん達があまり口に出さなかったけど………これは、キツイね。そりゃあ、言える訳ないか」
「胸糞悪い。嬢ちゃんが何したって言うんだよ」
「怒ってくれてありがとう。孫達も辛い選択だろうが、それでも彼女達が選んだ道だ。支えてやってくれんかね」
のどかな口調でお願いをしてきたのは武彦。その横では清が不機嫌のまま3人を睨み『主、燃やして良い?』と物騒な事を聞いてくる。
「陰陽師協会は自分達の都合の悪い事は抹消しなかった事として話を作り隠蔽するんだ。朝霧家は協会にとって異端であり邪魔な存在だった……家を潰す口実として孫を無理矢理、力の強い土御門家に嫁がせる算段だったのだろうな。いや、もしかしたら………」
そこで考え込む武彦に清が『お前達、麗奈ちゃんに酷い事したな?』と、炎を身に纏い攻撃を仕掛けようとする。だが、武彦の一声でピタリと動きを止め『うぅ、何故だ~~』と、納得がいかないと言う表情で問い詰める。
「イーナス君達の計らいで城に置かせてもらっているんだ、止めなさい」
『っ、でもでも』
「清」
『………………九尾、燃やしてくる!!!』
すぐに行動に移る清に溜め息を吐き、外で『ぎゃあああああ、てめぇぇどういうつもりだ!!!!』と怒声を上げながら九尾が避難する声が聞こえてくる。
八つ当たりに選ばれた辺り、これは日常茶飯事なのだろうとスルーした。
「騒がしてすまないね。家ではいつもあんな感じで居るんだ。彼等もここを気に入っている証拠だよ………それとね、夜中に封印を施させて貰うよ。守護のシンボルとしている柱に」
にこやかに言い、報告として告げた内容にキールとイーナスは反応を示し、フリーゲだけは分からないといった表情で武彦を見て来る。
「貴方方がこの国のシンボルとし、魔物を引き寄せる力を用いている柱……それが王族に掛けられた呪いの、全ての元凶だと言ったらどうするかね」
「なん、だと………!!!」
2人を見れば既に知っていた内容なのか「そうですか」と一言で済まし、武彦に引き続きお願いします、と言うイーナスに武彦は分かったとばかりに行動を起こす。
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「と、言う訳です」
『怖い2人に睨まれた挙句正座か……お疲れさん』
『僕が傍に居たらちゃんと殴ったのにごめんね』
「良いよ、風魔はアリサちゃんの世話してたんだし。あと風魔、殴るのダメ」
『うん、僕あの子好き♪』
(聞いてない)
子犬の姿で麗奈に飛び込み、褒めて欲しいとばかりに尻尾を振る。九尾が俺もあの姿ならと考えたが誠一の睨みと「今考えた事、実行したら………分かっているな?」と、冷めた目と殺気を込めていた。
『あいあい。俺、まだ死にたくないし』
「今日はもう遅いですし。明日、中心部分の柱に術を施します。そしたら準備は完了になります」
「しかし、良く気付いたな麗奈。私達が扱う結界の術式構成と同じだと」
「最初、風魔と飛んだ時………柱の距離が一定にあるなって感じたから。もしかしたらって思って、それと初代様の名前が出て来たから可能性はあると思ってたから……当たるとは思わなかったけど」
この国の柱は自分達の扱う結界と、術の構成が似ている可能性がある事と初代の名前を出したことで武彦がピンときた。持って来ていた秘術に関する秘伝書、それを開きこれだと見せて来た。
五柱守護方陣。
それは、中国の神を見立てた守護の力。四方の神である四神とそれを束ねる黄龍と言う関係性を元に組み上げた術。絶対的な守りの術式でありながら未完成の術として朝霧家の秘術として記されていた。
この術が未完成とされている理由。これには欠点があったとされている。それは、五柱を見立てる為の生贄が必要だと言う事。




