第3話:戦い、そして……
「うっ………」
ふと、目を覚ました麗奈はゴロンと寝転がる。
見える天井は、自分の住んでいるものとは違い何かに引き裂かれたような大きな跡がある。
獣のようなそれを見つめ、自身の状況を思い出す。
(……最後に、なにがあった……)
1度に色々な事があったのは理解している。
何故だか最初に浮かんできたのは、土御門の面影だ。
「嫌な奴」
どうにか言えた言葉。
ハルヒを見るとどうにも胸がざわつく。それに懐かしむ様な表情もされたのには、身に覚えがない。
どこかであった? 学校以外で?
「無理。分からない」
憂鬱になるのがジャラリという鎖の音。それは、麗奈の片手に結ばれておりあまり動けない。
「あれは……」
部屋の入り口であるドアには封印術を施されていた。
黒い札が何重にも貼られており、自身の動きを封じている鎖にも同様の物が張られていた。
(……どこ)
霊力を封じられたと分かったのは札の色。霊力と言う目に見えないものだが、術として発動させるのには色が染まる。
赤くは炎、水色は水、緑は風、雷は青といった感じに。そして、黒い札は霊力を抑え込む力を持っている。
昔、そういったものを開発した陰陽師がいたらしい。その黒い札は禁術に当たるのだと記憶の底から引っ張り出した。
そんな時、自分の背中がゾクリと何かが這ったような感覚に思わず顔をゆがめた。
「誰ですか」
麗奈の背後から黒い影が浮かび人の形を成していく。
黒いコートにマフラー、眼鏡を掛けたその男性はニコリと気味の悪い笑顔を向けている。
「井波家の人間だ。成明、と名乗っても分からないだろうね。君と同じ陰陽師だ。連れて来られた理由は分かるか?」
答えの代わりに首を振れば、満足気に頷かれた。
霊力を封じるだけでなく、体のだるさもあって会話をするのが疲れる。どうにか起き上がれば「流石だ」と褒められる。
「……何をさせるの?」
「生贄になってもらう」
「……」
「大蛇の封印が解けた影響で怨霊達は街に溢れ返った。いずれ街は血に染まる。が、まだ……強い霊力が必要だ」
君のような強さが、と頬を伝うように指を滑らせる。その途端に力を失ったように倒れ込む。
「だい、じゃ……」
母親から聞いた事を思い出す。
まだ自分が幼い時、やっと自分の力で作れた式神をクッション代わりにしていた時の事だ。
その傍では九尾は『俺も撫でて』と甘えた様な声を出し、触れていた時に言われた。
「九尾は麗奈の事が好きねぇ~」
『え、ダメなのか?』
「別に。悲しませないならね」
麗奈に撫でられ癒された表情をしている九尾。それでも母親は嬉しそうに、遊び半分で封じた大蛇の事を話した。
『恐ろしいな……』
「暇だったし」
『マジか』
その時に言われたのだ。
強すぎる力だった為に、封印も中途半端。だから、いつかは外されるだろうと。
『無責任!!!』
「……麗奈が大きくなったら、再封印しといてね」
「がんばる~」
『断れ!!!』
呆れ返る九尾は頭を抱え、誠一がとんでもない人を嫁にしたなと初めて哀れに思った瞬間。
その時、九尾からは絶対に無茶するなとも言われていた。
「お母さんが封じた……」
「そうだと思ったさ、バカ兄貴」
自分のよく知る声が聞こえた。
スパッと天井が斬られたようにズレる。強い光が視界を覆うと、しっかりと支えられる感触が感じられる。
「平気か!!!」
『来たぜ!!!』
いつものような厳しくない、優しさを含んだ声色。九尾の声に安心した麗奈の目には涙が溜まっていた。
「お、お父さ……九尾!!!」
「やれ」
『はいよ!!!』
号令により1つの尾が風を生み、暴風となって全てを破壊する。空を黒く染め上げ、雷雲を呼べば降り注がれる無数の雷。
『ほらよ』
尾で札を簡単に燃やしていく。
別の尾で頭を撫でられちょっとだけ気恥ずかしい気持ちになる。その間に、制服からいつもの怨霊退治に着る和服に着替えられた。
いつの間にそんな芸当が……と、思わず視線で語れば――。
『俺、何のために嬢ちゃんの着替えを見たと思ってんだ。早着替えなら任せろ!!!』
「嬉しそうに言うな」
「最悪………」
褒めて欲しいのに……とショックを受けるが、お礼を言われれば照れる。その様子に誠一も満足げに見た後、空中に留まる男を見て悲しげに見つめた。
「兄貴……死んでいたんだな。怨霊に利用され大蛇の封印を解く道具にされたか。陰陽師が行った封印を解くには同業者でないと難しいからな」
それを聞いて、はっとなる。
成明を見た時に誰かと被ると思ったのは、誠一の兄だから。そして、彼は死んで怨霊に使われる道具へと落ちた。
『ちっ、だからあんなに陰の気が集まりやすいのかよ。だったら家の者は全員』
「あぁ、死んだな。俺の両親もアイツに殺されたとみていい」
『派手にやるぜ、主人!!!』
「娘と話す。その間、お前は相手をしてやれ」
『あいよ!!!』
地に降りた九尾は誠一達を下ろしそのまま成明に向き直る。
怨霊達が周りを囲うようにして現れ次々と湧き出て来るも、構う事無く九尾は戦闘を開始した。
誠一は結界を張り、麗奈の首に朝霧家に伝わる首飾りを付ける。
「遅くなったが……卒業おめでとう」
ふっ、と優し気な表情が自分に優しくしてくれた時の面影になり素直にお礼を言った。
次に誠一は麗奈に言い聞かせる為にと提案を告げる。
「このままいけば怨霊に憑りつかれ、大蛇の依り代として街を襲う。大蛇から引き剥がしお前達は逃げろ」
「………っ、いやだ」
首を振り拒否をした。父親に対しての初めての反抗。
それをどこか嬉しそうにしている誠一に、麗奈が疑問が浮かぶ。
「完全に復活していないなら手はある。それはお前がやることだ」
「……」
「最後の仕事としてお前は大蛇を封印しろ。妻が遊びで封印したがなんとかやれると思う」
お別れだと駆け付けて来た清に麗奈を預け、空へと移動させられていた。
父親に触れる事はなく、その場所から激しい術の攻防を見える。
『さっきはごめん、麗奈ちゃん。誠一は、アイツならバカ狐と居るのなら平気だ!!』
「……っ、うん」
本当ならまだ整理が追い付いていない。でも、と首飾りを握り父から言われた事を整理する。
(大蛇の封印………そしてゆきを助ける!!!)
======
「まったく娘の行動は父親の私でも分からん」
「遊びでアレを封印できますかね、普通!!!」
黒く染まった空は渦をなし、学校の裏山へと影を落とす。
怨霊は基本的に人間に乗っ取る形で害をなす。
しかし、巨大過ぎる力の怨霊は乗っ取った瞬間に、力に耐えきれなくなる。当然、乗っ取りなど成功しない。
今回、大蛇は人間にいきなり憑依するのは危険とみた。
まずは環境を整える為に邪気をまき散らした。術式は中途半端にされていた事で、誰にも気付かれず街全体へと行き渡らせる事に成功した。
(ここ最近の気持ちの浮き沈みが多いのも、コイツの仕業)
協会からやる気のない陰陽師が増えた事。霊力が弱い人が次々と熱や病気になりやすいと言った事が起きている。
武彦はその原因を作ったのが大蛇だとこの時に確信した。
「……」
一方、制服を着たままのゆきは虚ろな目で裕二と武彦の事を見ていた。
その後ろには首がなく10メートル程の胴体が暴れ回っている。
(治療の時に穢れはなかった。なのに何故、瘴気の塊のような大蛇に魅入られている)
土御門ハルヒを見張っていた裕二だったが、誠一から戻るようにと連絡を受けた。
戻れば麗奈が何者かに攫われた事。
ゆきも怨霊達によって攫われ、大蛇の依り代にされている事を知る。
「土御門への話も、婚約の事はひとます置いておくと協会から言われた。既に現場の指揮を執っているから、私達に構っていられない。今、この瞬間がチャンスだ」
麗奈の居場所が分かったのも、九尾が密かに制服のポケットに探知できるようにと忍ばせていた。自分の分身体として、ミリ単位程の狐を。
しかもかなり微弱な力を発し、感知できるのは作り出した九尾だけ。
裕二の術も武彦の結界も、完全な足止めにはならずにいた。それでもゆきは何故か動かなかった。
まるで、何かを待つように。動かずにじっとしていた。
「ゆき!!!!」
親友の周りに火柱があがる。
首のない大蛇はそれを飲み込むようにして吸収していく。それを見た麗奈は瞬時に動きを封じる術を練り出していた。
「神縛り!!」
小さな光が大蛇を囲んだその瞬間、鎖が地面から飛び出して暴れ回る大蛇の動きを制限する。
清から降りた麗奈は、空を見上げるゆきを裕二達の方へと避難する。
『下がって、麗奈ちゃん!!!』
気配を感じた清からの声には、麗奈は咄嗟に左へと避ける。
ズドンと自分が居た位置に倒れ込んでくる。目はない筈なのに、大蛇は麗奈の方へとグルリと向き直る。
「ゆきをお願い!!!」
『なっ』
倒れている暇はない。
立ち上がった麗奈は、そのまま裏山の奥へと走り出す。後ろからズルズルと追って来る音を聞きながら、狙いが自分へと向けられた事に安堵する。
少なくとも時間は稼げるのだと。
そう思って、無我夢中で走り抜けた先は――裏山の頂上だ。