第39話:誘われた理由
最初は空耳だと思った。しかし、いつも笑みを浮かべている精霊は今は違う。おちゃらけた雰囲気もなく、静かに麗奈を見る目は真剣そのもの。自分が全ての元凶、そう言い放つ彼に何故か心が痛んだ。
「最初にここに呼ばれたのは、恐らくは神の気まぐれ。朝霧 優菜は、朝霧家の当主になる為の修行をしていたと言う。この名に聞き覚えはありそうかな?」
「………初代当主にして、血染めの術を作り上げた人物でもあります。そう、武彦さんから聞きました」
「そうかそうか………立派になったんじゃな」
嬉しそうに頷くウォーム。それを見て今の自分みたいに、彼女を大事にしていたのが分かり何だが嬉しくなった。そこからウォームは話し始めてくれた。気まぐれで呼んだとしても、興味を持ち彼女に魔法と精霊について話した事。
今の麗奈のように表情をクルクルと変わり、別世界と言う全く体験した事のない事でも何故か楽しそうにしていた。そんな芯の強い彼女に、自然と契約を持ちかけた。麗奈と同じ、魔力が全く感じられないが自分を通せば扱えると言えばさっそくしてみたい、と楽しそうに言い実行。
「お嬢さんのその首飾りは、ワシが優菜と作ったものなんだ。宝石と似た輝きを放つその水晶は、彼女の好きな色でな。………それを繋がりとして、この世界を去ったよ。また会える、と言ってな」
「………じゃあ、ウォームさんが私達の世界について見聞き出来たのは」
「うむ、その首飾りのお陰じゃ。………精霊との本契約には、自分の分身とも言える水晶を契約者に渡す。それで互いの同意がなされれば、晴れて契約完了と言う訳だ」
家の家宝として代々伝えられてきた首飾り。それがこの世界とを繋ぎやすくする為のものであり、1つの証明だと彼は言った。
「……ワシがお嬢さんを見たのは生まれて間もない時、母親に抱かれて寝ているのを見させてもらったよ。突然、ワシの頭の中に声が聞こえて来たんだ。懐かしいような不思議な感覚、導かれるようにして行けば生まれたばかりのお嬢さんがいたんだ」
自分の姿は写らないので、母親と共に見てたぞ。と言い少し恥ずかしいと感じながらも、母親は既にウォームの存在を感知していたのか「娘をお願いね、見えない妖精さん」と言ったようなので、ゾクリと背筋が凍ったと言う。
「いやいや、あの時はビックリした。まさか感知能力があそこまで高いとは思わなんだ」
「あの、何だかごめんなさい………母が」
「ふふっ、よいよい。子を大事にするのは当然。恐らく、怨霊とでも警戒したんだろうて」
由佳里はその時には、当主として任に付き霊力もかなり高かった。強い力の精霊は同じように強い力の元へと集まりやすくなる。朝霧家は怨霊を引き寄せやすい体質から、魔を呼ぶ異端な陰陽師とも言われている為に、由佳里が警戒していた理由が分かる。
「………だから、最初この国に魔物が大軍で来た時に自分の所為なのかと思って、出て行った方が良いのかと何度も思いました」
「許す気ゼロだろ、ここの者達は」
「…………やっぱり、そう思いますか」
特に陛下は許さないぞ。とニヤニヤとするウォームに沸騰したように顔が熱くなる。最初にキールに言われた魔物に好かれてる?も、ある意味当たっていると言えば当たっている。
魔、と付くのが自分達にとっては怨霊のみだと思っていたからだ。しかし、この世界では魔物、魔族、魔王とそれらに対しても朝霧の血は働いてしまっていると思い申し訳ない気持ちで一杯だ。
「では、麗奈さんが色んな人に好かれやすいのは自身の血が原因、とそうとって良いですね」
「っ、ランセさん!?」
はっと、振り返る。自分とウォームの話を静かに頷き答えを導き出すは魔王ランセ。黒い狼は麗奈に突進していこうとするのを、黒騎士はそれを止める為に彼女の前に立ち剣を取る。
「迷惑にならない程度に暴れて良いよ」
主からの許可を得たその瞬間。ドカン!!と空気を震わし辺りを土煙に満たし爆発を生んでいく。迷惑にしかないと、思う麗奈は「ワシの世界に呼んだから平気だ」と言い話の続きをする。
「お嬢さん、最初にこの世界に来た時何を思った?」
「え、何を……?」
「そう、大蛇と呼ばれる怨霊を倒しあとは日常に戻るだけ。だが、あの時に大蛇の最後の抵抗として地割れが起き地震にも似た事を起こさせた」
最後の抵抗。では、あの時の不自然な地割れは大蛇が自分を巻き込もうと発生させた、と感じあの時の事を思い出す。あの時、傍にはゆきが居た。
「………ゆきを助けて欲しい、と思いました。自分よりもゆきを、と優先したのは確かです」
「その時の、声を、助けを呼ぶ声を聞いたワシはその首飾りに魔力を送った。そして、お嬢さん達をラーグルング国の城へと転送した。人が居る方が良いと思っていたからな、怖い思いをさせて申し訳ない」
「じゃあ、ウォームさんが、助けてくれなかったら………」
「うむ、お嬢さん達はあそこで死んでいたよ」
「…………」
確かにあのままなら確実に死んでいた。ゆきを逃がそうとしてもあの時の自分は、血染めの術を使った反動で体が動かなかった。
「ウォームさん」
暫く考え、精霊を呼ぶ。ピクリ、と反応を示し麗奈の傍に寄る。この世界に呼んだのは自分、母親を呼んだもの自分、今いる娘に母親と二度と会わない結果を作った。だから、叱られるだけではすなまいと覚悟を決めた。
だが、ウォームが思っていた衝撃はこなかった。フワリ、と頭を撫でられ驚き目を見開いた。
「ウォームさん。私、怒ってます」
「う、うむ………」
「すっごくすっごく怒ってます」
言葉とは裏腹にウォームを撫でる手付きは優しい。笑顔は別に怒っていると言う訳でもなく、イーナスやキールのような怒っているのに笑顔と言う器用な真似が出来ない彼女は、それでもと言葉を続ける。
「でも同時に感謝してます。ウォームさんがここに呼んでくれなかったら、私とゆきは死んでた。それは……分かってます。それ以上に、ここでの体験は私にとって刺激的で、今も楽しいんです」
ユリィの言う様々な感情を貰った、と言うのが今になって分かったような気がする。自分のここに来て、周りに、今目の前に居る精霊に、感謝してもしきれない位に充実している。
「命の恩人をそう怒れませんよ。それに、私はもう向こうに戻る気はないので安心して下さい。ずっとここに居ます」
「………本当、か?」
「はい。だから、ウォームさん………いえ、アシュプさん。私と契約をして下さい。貴方の力が必要なんです」
「良いの、麗奈さん。彼と契約を交わすのは、それだけで争いの種を生む。……君の魔を引き寄せると言うのも、必要以上に働いてしますよ?」
「はい。心配してくれありがとうございます、ランセさん。皆、心配してくれて本当に嬉しいですし、無茶はしないつもりです。でも……アシュプさんの、虹の魔法はきっと今の………私には必要な事なんです」
「………虹、か」
七色と言うより虹の方はカッコよくありません?と言う麗奈に、ランセも納得してくれた。そしてじっと、精霊を見るのは反応を待っているから、契約を交わしてくれるか、と。
「参った。とんでもないお嬢さんだな………首飾りを出してくれんかの?契約を開始する」
「はい!!!」
首飾りをウォームに渡す。彼はそれをじっと見た後、真上へと投げる。魔力を送り赤、青、緑、白と強い輝きを発した首飾り。同時に麗奈の足元に浮かび上がる七色に、発光した幾重にも重なる解読できない文字と円形の陣。
「我が名は大精霊アシュプ、管理者にして全ての精霊の父たる存在。契約せし、者よ 名を示せ」
「っ、朝霧 麗奈です、アシュプさん!!!!」
目を閉じかけたが、アシュプの声に反射的に答えた。それを彼がどんな顔で聞いていたかは分からない。でも、フワリと笑みを深くしたのは明らかだった。纏う雰囲気は、自分と会った時のと変わらなかったから。
「ここにアシュプは誓おう 我が力は契約者の為 理解者となり、お主の盾となり剣となろう」
一層輝きが増していき、首飾りに全てが吸収されていく。麗奈の下に浮かんでいた陣は消え、自分の体が沸騰したみたいに熱くなるのが分かった。首飾りも首元に戻っており、契約が出来たのかと不安になるのと倒れるのは同時だった。
「っ、あれ………」
「契約は完了したよ、麗奈さん。今は休んで」
ランセに抱き留められその事にお礼を言う暇もなく、抵抗も出来ないまま眠りへと誘われた。静かに寝息を立てる麗奈を横抱きにして、城へと進路を進めようとしてアシュプに止められる。
「ずっとこのままと言うのもダメでしょ」
「……………追いかけられるのが目に見えているんだが」
「頑張ってね、精霊の父」
「助けんかコラ」
「麗奈さんが倒れた原因………誰の所為?」
ぐっ、と押し黙るアシュプはプルプルと体を震わせる。魔力を持たない麗奈は契約により、魔力を持つ者へと変化していった。そして、見えない力が自分の中に急に現れた。適応させようとする体は、まずは休眠を取る行動に移る。次に風邪にも似た症状を引き起こし、魔力の熱に耐えられるように体の適性を変えていく。
「おそらく、親友のゆきさんにも似た現象は起きていると思うよ。なんせ、彼女が契約を交わした精霊は貴方の力の一部なんだから」
「だが、もうワシとは別物じゃ」
「父親が子供ほっとくんだ」
「全て見ろと言うのか!?ワシの体は1つだけじゃ」
ゆきは魔力に適性があるので、麗奈ほど重症にはならないが風邪のような症状になるのは必須だろうと考え嫌がるアシュプを掴む。今の彼は小さな体の精霊、片手で動きを封じるのは簡単で今もバタバタと暴れても意味はない。
「はいはい。精霊の父もちゃんと怒られようね~」
「こ、ここぞとばかりに楽しみおって!!!!」
怒りの声は空しく響き、ランセは強制的に城へと向かう。怒られる前に、麗奈の安静を優先にした彼はフリーゲの仕事場へと行けば、キールとなにやら話し込んでいたフリーゲと目が合う。
麗奈を片手で上手く抱き抱えるランセ、空いた方の手には今も暴れるアシュプ。それを何度か瞬きをしながらも「嬢ちゃん、ベットに横たわらせろ」と仕事モードへと切り替え、何が起きたと聞き………2人を驚愕させた。
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「…………ごめん、なさい」
「何で謝るのかな」
(そう言いながら、謝れオーラ纏ってんだろう)
フリーゲが呆れたように憐れむように麗奈を見る。キールはいつもの笑みに合わせて「勝手な事しないよねって約束は?」と、目で語りビクリとなる麗奈は逃げたいのに逃げれない自分に腹が立った。
(うぅ、いつの間にかフリーゲさんの所だしキールさんは怒ってるし…………アシュプさん居ないし、ランセさんも居ないし!!!)
アシュプはランセと共にイーナスの所へと行き、その後は誠一達に謝罪しに城の中を探し回っているなどとは知らない麗奈。目が覚めて少しだけ体の倦怠感が残りながらも、辺りを見るとずっと怒っているのかと言う位に、キールの視線に晒されフリーゲに助けを求めるも「諦めろ」と目で語られ逃げられない。
「ランセから全部聞いたよ。大精霊にして管理者のアシュプとの本契約。体が適応させようとして、主ちゃんが倒れた事、今も体が動けなくて辛いのも全部知ってるから………安心してね」
最後は低く脅され、素直に安心できないと首をフルフルと否定する。少し涙目な麗奈にキールは変わらずの笑み、フリーゲには溜め息を吐かれた。仕事行くわ、とフリーゲが出て行き残ったのは麗奈とキールだけ。
一緒に居るこの空間が、どんどん気温が下がっているのは気のせいではない。それに逃げたくて、布団を深く被り顔ごと蹲りこの場をやり過ごそうとする。じっとしているとグイッと体を引き寄せられ、抱きしめられている感じに閉じていた目を開ける。
「じっとして。大精霊との契約は一番体力を消耗するから、私も2体同時にやって1週間はまともに動けなかった。精霊の格が規格外のアシュプと契約を結んだ主ちゃんなら……下手すると一カ月は動けないよ」
「い、一か月も!?」
「主ちゃんは元は魔力を持たないからね。急激な力に体が追い付こうとすると、こうやって無理がたたる。私が負担になってる魔力を貰うから、主ちゃんはそのまま睡眠とって」
「………と、言われても」
寝ろと言われて簡単には寝られない。異性に抱きしめられるのは慣れていないからだと、分かり逃げたくても体が動かない。色々と考えを巡らせていると、キールと向かう合わせてさせられギクッとなる。
笑みはいつも見るのと同じ。だけど、自分をからかっているのは分かり彼がこれからしようとしているのが本当に、自分を思っての行動なのかも怪しい。
「……寝られない?それとも、こんなに近いのは陛下以外だと慣れない?」
「っ、そ、それは………」
「ふふっ、主ちゃんに罰ゲームだよ♪勝手に行動起こした罰」
「うっ」
「ほーら、ちゃんと寝て体力つけて。君が学びたいと思っていた魔法が学べるんだ、まずはそれを喜ぶ方が先じゃない?」
「…………」
魔法を学べる。確かに、それは麗奈が望んでも望めなかった事。原理を知っても、実際に扱わないと分からない事が多いし学べる事も増える。ゆきが学び始めて騎士団の人達に役に立てているのを見ていると、自分のあぁなりたいとは思いながらも出来ない事だと自覚している。
「………主ちゃん?」
急に返事はなくなりキールが麗奈の顔を覗く。スヤスヤ、といつの間にか寝ている彼女にクスリと笑うと額にキスを落とす。ちょっとした悪戯に思わずニヤリ、となる。陛下は気付くのか?もし気付いたらきっと逃がさないだろうな、と2人の反応が面白くてしょうがない。
「ホント、君は飽きないよ……主ちゃん」
その日の夕方、ふと目を覚ました麗奈は今までの倦怠感が嘘のように治り戻って来たフリーゲに診察をお願いした。熱もないし普通にして良いと許可を経たと同時に次の日から薬を飲んで様子見るから、と粉の薬を渡され部屋へと送って貰った。
「あの、仕事の方は」
「んなの気にすんな。………キールに何かされたか?」
「い、いえ……!!!」
拒否する前にビクリ、となった時点でフリーゲは何かしたな、と結論付けた。首を振り違うと言うも「安心しろ誰も言わん」と、言えばほっとしたような表情に乱暴に頭を撫でまわす。
「そうそう、嬢ちゃんはそうやって笑ってれば良いんだよ。難しい事考えるのは大人の俺等の仕事。………じゃ、陛下あとは頼みます」
「へっ」
「お疲れ様ですフリーゲさん」
慌てたようにフリーゲが下がれば、ユリウスは麗奈から薬を奪い取り「熱があったって聞いたけど」と睨むように言った。えーっと、と考えながら体は勝手に下る。キールから説教を受けたから、この後は……とサッと顔を青くして既に遅い。
「逃がさないから安心しろ」
「きゃう!!!!」
引き寄せられ抱きかかえられて、何処かへと向かうユリウスに麗奈は慌てて「ね、熱なら下がったから!!」と抗議しても無視をされそのまま黙る。何も答えないユリウスが怖くて、思わずぎゅっと服を握る。フワリ、と頭を撫でられガチャリと部屋の扉を開ける音に耳を傾ける。
「じゃ、キールに何をされたのか………麗奈、言えるよな?」
今日1日、ずっとイライラしていたと言う。しかも、キールが問題を起こしたのは確定してる、と根拠のない事なのに見事に心当たりがある麗奈はハラハラした気持ちになる。
ユリウスの言葉から逃げるように部屋を見渡す。大きい本棚が3つ、大きなシングルベット、今麗奈が座らされている大きなソファー。ベットの近くには双剣が置かれ、非常時でもいつでも動けるようにしているのが分かる。
「ユリィ、の部屋?」
「話はそらさなくていい。質問に答えてくれ」
「………」
ピシャリ、と言われそのまま押し黙る。
キールは起きたら居なかった。がその理由を言えば火に油を注ぐ。
どんどん追い込まれていく状況に、もう訳が分からない。いっそ気絶してしまえれば、とすら思った。
「ユリィ………お、怒らないって約束出来る?」
「出来ない」
「うっ………」
「それもう怒る前提で言う気って事だろ?犯人はキールだな」
さぁ、言え。と睨まれ諦めた麗奈は素直に話してしまった。それ聞いたユリウスはその日は笑顔のままで何事もなかった。翌日になって「キール!!!」と、見つけ双剣で斬りかかる陛下をフワリと避ける。
「おっと、主ちゃんやっぱり言っちゃったんだ。もう、陛下に弱いし甘いよね」
「反省しろ!!!!!」
その日、陛下の怒声と楽しそうに避けるキールの奇妙な追っかけこが始まりフリーゲは避難場所にと麗奈を招き入れ、彼女から事情を聞いた。労わるようにココアと飴を渡し、どうすれば良かったのか、と涙ぐむ麗奈に大変だったなと言った。
それを見ていたフリーゲの部下達は、『麗奈見守り隊』と掲げ避難場所としていつでも来て良いと協力的だった。
暫くの間、キールがフリーゲの所に行こうとすれば部下達により阻まれると言う事態になり、キールと見守り隊の熾烈な戦いが起きた。




