第37.5話∶リーグとキール②
トースネとファウストは突然の来訪者に目を丸くした。そして、言われるまま用意をしキールの転送で辿り着いた魔法協会。木造りの家を囲うように木の根が巻き付く幻想的な風景。ボール形の家は、木に吊らされるような形なのにそのどれもが重力に逆らうようにしてぶら下がっている。
「不思議な家の形ね」
「魔法師達が多く居る協会……話には聞いていたが来た事は一度もなかったな」
そして、トースネは自分の目の前に広がるキラキラと光る青い粒子が広がる光景に、思わず綺麗と声を漏らす。魔法を扱う者にはこの粒子が見えている。
ファウストは魔法を扱うのに不出来だった。出来るのが自身の体を強化出来る位にしか出来ないからだ。緻密なコントロールが上手いリーダー格の騎士から基礎とやり方を教わり戦力として数えられる位にはなった。
武器に魔力を通すイメージを行い、実行すればただの棒切れでも魔物の体を傷付ける事は出来る。下級クラスの魔物ならその対応でも良いが、中級、上級クラスの魔物はそうはいかないので、魔法とを合わせたコンビネーションが必要になってくるのが必須だ。
「仕方ないですよ、ファウストさん。協会には魔法師しか通る事が出来ない仕組みをしているんですから」
「それで、一体、どんな用で私達を呼んだんだ」
「……早すぎません?」
「ふん、大賢者と言うのを言わなかったからな。あまり話し掛けないのに、いきなり来れば警戒されても文句は言えんよな?」
「あははは、嫌われてるんですね……」
ショックを受けるも、日頃の行いだろ。と言われてしまう。トースネがそれを微笑ましそうに見ていると、ガサリ、ガサリとこちらに向かって来る足音が聞こえた。
歩いて来たのは綺麗な女性だ。キールと同じ葵の髪に同色の瞳、黒いドレスに身を包み、大きく胸元が開いたデザインに負けないプロモーション。聞けばキールの母親だと言われ、息子と母親を何回か見て(親子……?)と疑問に感じた。
見た目の年齢は、30代程に見え若々しい。子供が居るとは思えない、とファウストはじっと見てしまう。それを、頬を脹らませ自分の体型とを見比べるトースネ。
(……男の人は、大きい方が良いのでしょうか?)
(魔法を扱うと見た目と実年齢にも、差があるのか)
うーん、と悩む2人にキールは見て見ぬ振りをした。勘違いをしているのが分かったが、ファウストは自分の言葉を信じそうにない。トースネには……女性特有の悩みだと予想をたて、地雷を踏まないと誓った。
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「改めて。私はキールの母親のセルティルだ。魔女と呼ばれる者だ」
「「魔女……?」」
リーグ達を自分の部屋に招き入れれば、夫のイディールが人数分の紅茶を注いでいく。コテン、と首を傾げるトースネとリーグ。彼も2人が部屋に入ってからキールにより一瞬で連れて来られた。トースネとファウストの2人からお見舞いに何回か来て貰ったが、まさかここにまで来るとは思わず開いた口が塞がらなくて、さっそく注意されてしまった。
魔女は男女ともに言われる名称。それは魔法に対する適性が高く、エルフと同様に精霊に愛されていると言う。彼等は精霊との適合が高いのには理由がある。魔法師達の中で精霊は、世界の管理者として存在していながら大半は人間の味方として手助けをしている、と言う認識だ。
召喚士は精霊との対話を可能にしたが、本来はエルフと魔女達だけの特権だった。その彼等だけの常識を覆す事態が発生した。世界に初めて降り立った大精霊であり、監視者の精霊達をまとめあげているアシュプ。彼は異世界から来たある少女に興味を持った。
肩までの長さの黒髪、凛としたのに幼さがある何処か浮世離れしたような不思議な感覚の少女。彼女はこの世界の服装とは異なる物を着ていた。白の小袖に緋袴、草履。どの国にもないような服を着ていた事から自然姿を見せ話しかけていた。
名を朝霧 優菜と言う。
「だから私達、魔女は朝霧と言う名には恨みがあるんだ。自分達が精霊に選ばれたのに、いつの間にか自分達以外に話しただけでなく、賢者や大賢者なんて大層な称号を付け始めた。そんな変革を与えた存在の朝霧は嫌いなんだよ」
(何してんだあの管理者………!!!)
母が語る初めての事。彼女の過去は決して息子には知らせていない。だが、急に話すと言い始めたから不思議に思っていた。父に聞いても絶対に話してくれない事から、話しにくい事なのだと子供の時に感じそれから聞くことは無くなった。
ガクリと脱力したキールはセルティルの後ろでフヨフヨと、浮かび恥ずかしそうに体を丸めているアシュプ改めウォームを睨み付ける。それをリーグ達は不思議そうに見られているのを知らないが、今のキールには関係ない。
「だがそれは魔女であった私の場合だ。別に今は関係ないし、自分の故郷に戻る気もさらさらない」
「………戻る気が無い?」
思わず聞き返したのはリーグ。人は誰でも自分の生まれ育った国に、戻りたいと思うはずだ。自分はもう戻れないが……と言う思考を捨てて聞いた。実際、麗奈達も自分の世界に戻りたいと聞いた事がないので、あとで聞いてみようと思いながら彼女の答えを待った。
「あぁ、あそこに戻る気が無い。………私達、姉妹は獣人に奴隷にされた事があるからさ」
「!!!」
その言葉に反応したのはファウストと、父のイディール。チラリと彼を見れば、何かを押し殺すように我慢しているようにも見え、そんな父の姿を見た事が無かったキールは「妹の名前はミウレル。……聞き覚えがあるだろ」と、リーグに確認をさせた事で考えを止めた。
「……リーグ。自分の母の親の名前はなんだい?」
「…………ミウ、レル。僕と同じ……髪に、金の腕輪をしてました。僕に風の、魔法を教えてくれました」
「そうか。まだあの子はそれを持ってたか………」
彼女はそこで少し目を閉じ、思い出すように今での怖い過去を彼女達に言う。金の腕輪は、獣人の奴隷にされた時の印。自分達は、魔女をまとめる里長の娘だったと言う。
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エルフが治める領地は広大な森。その広すぎる森の中で、特別に共同で住んでいる者達が居た。それが魔女と呼ばれる彼等。エルフは他との共存を好まない種族だが、人間の魔女だけは例外だった。それは、どちらも精霊との対話を行えるのと闇以外の属性を扱えると言う共通点があるからだった。
「元々、獣人との仲は悪くてね。エルフの容姿は美しいと評判な上、上質な魔力を保持しているのが特徴、深緑の瞳を持つ彼等を奴隷として出来れば高く売れる。それは私達、魔女も奴隷の対象なんだよ」
逆に魔女達は容姿ではなく、魔力の質から狙われる。魔力量が多い彼等は、奴隷として使えば魔法が不出来な獣人にとっては貴重な実験材料。過去、それで魔女もエルフも狙われ、獣人との争いが絶えていない。
「今は分からないが、恐らくはまだ争っているんだろうよ。私は葵髪、妹は緑の髪。ミウレルはエルフと同じ風の魔法を得意とし、私は魔女達の中でも特異な空間の魔法を扱える。………周りの手本とならないといけないのに、私達は掟を破り獣人の領地に迷い込んでしまったんだ」
掟として里の外には出てはいけない。補給物資はエルフが毎日欠かさず持ってきてくれると言う。その理由は知らずにいた姉妹は夜中に狩りをすると言うのを、親に内緒で行っていた。だからいつものように狩りをしていた時、たまたま入った所が獣人達の領土であると同時に、自分達やエルフを捕らえる為の罠が張られていた事。
「獣人はどういう経緯か魔法の力を、一時的に無効にする為の道具を作り出していてね。魔法を扱えば反射的に自分に返ってくる仕組みの物に、見事に引っかかり気を失った。次に目を覚ましたら、妹とは別々にされ奴隷の印の金の輪をさせられていたんだ」
無理に外せば電撃が遅い体力を奪う物。加えて魔力を少なからず奪われる効果も付いていると分かり、自分以外に捕まったエルフ達も居て酷い目にあったと言う。美しい容姿のエルフ達を見世物にしたり、魔石を生む為の道具として魔力を奪われ歯向かう意識を阻害したり、と起きた現実に目を背けたくなったと言う。
「……そんな地獄が続いたある時。私は獣人の用事でラーグルング国に来たんだ。ラーグルング国の国王、ベーイル様がすぐに私を買ったんだよ」
「あれには驚きました。ご自分が息子にと残したお金を全部、差し出して彼女を買った。……奥様に怒鳴られていましたけどね」
その光景が浮かんでいたのか、イディールとファウストは困ったような表情をした。兄のヘルスが生まれて間もない時の出来事だったらしく、城の大臣や長年騎士をしていた人達からは、思い出したくない事の1つである。
「あの方には感謝している。他国に出向くからと高い服を着せられ、顔以外には殴られた後を沢山つけられたのに………あの人は一体何処で気付かれたんだか」
流石に王からお金を貰いながらも、奴隷であったセルティルを差し出さない訳にはいかないと思い解放したと言う。しかも、彼女以外にも来ていたエルフ達も同様に開放し里まで護衛をしていたと言う。
「……私が里に戻らなかったのはね。妹見付けるまでは戻らないと決めていたからだ。しかも、ベーイル様は成人するまで面倒を見ると言い切りそれまでの衣食住は自分が行うと言ってくれたんだ。………だから、その言葉に甘えて知識も魔法の勉強もここで行わせて貰った」
成人してからは付き人として、自分の教育係でもあったイディールと一緒に旅に出たと言う。そこから5年経って一旦国へと戻ったら、結婚するだの子供も身ごもったと言い、城に居た者達を驚愕させた。
「その後のレグネス家は大変だったと聞くぞ。跡取りとして旅に出せて見聞を広める為に許可してたのに、結婚、子供がいると聞いて嬉しいような悲しいような、訳の分からない感情に飲み込まれたと」
「あははは………すみません」
謝るがファウストはその後のフォローが大変だったな、とその事を想い出したのか懐かしむ様な表情をする。リーグはそこでセルティルに聞いた。母の名前と金の腕輪、風の魔法だけで何で自分がキールといとこ関係になるのかと。
「私達は魔力を色で見る事が出来る。妹のミウレウは緑と灰色の魔力を纏っていた。それは私にも同じものが見える。指紋と同じで1人1人違う魔力の色を持っている」
例え同じ魔法を扱っていたとしても、その人の持つ魔力の色が違うと言う。同じ色なのは血縁関係者以外はあり得ない、と言いリーグも同じ緑と灰色の魔力を纏っていると言う。
「………だから、僕は貴方とは家族、だと………」
「それで妹は……ミウレウは何処に居るんだい?」
そこからリーグはポツリ、ポツリ、と語り始めた。自分を庇って死んだ事、どうやってこのラーグルングに辿り着いたのか。それを全て話終えリーグはセルティルに頭を下げた。
「ごめん、なさい………。お母さんを、死なせたのは、僕です。僕が、僕が弱かった、から」
「リーグ!!!」
悲痛な声で制止するのはトースネ。もういいと、そんな辛い事は言わなくてと涙ながらに止める彼女。セルティルは「そうか……子供を守って死んだ、か」と静かに言いそこから話さなくなった。
「リーグ。禁忌の子供と呼ばれるのは、魔女以外と関係を持ったからなんだ。妹はもしかしたら誰かに助けられて幸せに暮らしていたんだろ。あの国には冒険者も多く居たからね」
魔女同士との子供は生まれてすぐに、魔法の適合が凄まじく血を残すのが義務付けられている。強い血はそれだけで、大精霊との対話を可能とされているからだと言うが実際は良く分からない。それが途切れるような真似をすれば、呪いとして子供に残り、呪いが発動すれば親をも巻き込むものだと言う。
「資料に乗らないのは、目撃者もろとも禁忌の呪いで全てを壊すからさ。だからキールが生まれてすぐにその呪いを外そうとしたが無理だった」
「ランセが外したから平気だったよ。代わりに印だけは残すようにして貰ったんだ……親子って言うのが分かるからね、私の中では」
だから今回のリーグは本当に危ない状態だったと言う。ランセが居なければ、協会もろとも全てを壊し代償として自分の命もなくなる。生き残っているのは奇跡だ、と優しく言葉をかけられた。
「…………たまに、遊びに来ても、良いですか?」
「ふん、遠慮することないよ。もう、私達は……家族だ。家族に許可取ってどうるすんだ」
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「本当に良いの?」
話の後、リーグをずっと離れないでいるトースネだったがファウストに止められ渋々離れる。協会を出てリーグははっきりと言ったのだ。トースネ達の居るラーグルング国に残る、と。
「良いの。遊びに来て良いって許可得たし。……陛下の事もあるし、お姉ちゃん達の事もあるし。やり残してる事いっぱいだもん」
だから離れない、と笑顔で言い切り涙を滲ませるトースネにファウストはやれやれと、肩を抱き自分の方へと引き寄せ存分に泣いて良いと態度で示す。キールはパチン、と指を鳴らし城へと戻る。
「「お帰り、リーグ君!!」」
着いた途端、麗奈とゆきに抱きしめられ思わず目を丸くした。城にある食堂なのが分かったが。その内装がいつもと違った。紙吹雪が自分に舞い、訳が分からないと目を丸くすればお腹を刺激する良い匂いがした。
長テーブルには果物、肉料理、魚料理など豪華に盛り付けられ食堂で働く人達が大きな看板を掲げていた≪リーグ団長、アリサちゃん歓迎会≫と達筆な字で書かれた内容にまたも瞬きを繰り返せば、アリサから紙で作られた冠を被せられ自分と同じと嬉しそうにしている。
「すみません、団長。本当ならもっと早くにすれば良かったのに時間とかなくて」
陛下も手伝ってくれたので、と次々と報告をしてくる部下。キールは驚いた?と意地悪が成功したような表情をし「主ちゃんとゆきちゃんの提案だよ」と、自分は関係ないよとアピールするので思わず睨んだ。
「あ、あのね、お兄ちゃんにこれ……」
アリサがおずおずと差し出してきたのはおにぎりだ。中身の具が既に見えていたが、それを受け取る黙って食べる。それに周りがゴくり、と息を潜みアリサも固唾を飲んで黙って見る。
「………美味しい」
「ほ、ホント!?」
「うん、嘘言わない………」
お母さんに教わったんだ、と嬉しそうに言いリーグに抱き着けば支えきれずに倒れ込む。頭を直撃する前にリーナが下敷きになり「ぐぅ……」とうめき声が聞こた。
謝るもアリサは嬉しさから上で暴れ、その度にリーナが苦しそうにしていたのでユリウスが抱えて引き剥がした。
「リーグ君とアリサちゃんが主役だから、飲んで食べて騒いでね!!ユリィが一番歓迎しているんだから」
ターニャ達が料理を運び、トースネを含めたお城の人達に配り、ユリウスも許可した上で朝までどんちゃん騒ぎを行った。見張りの兵士達や騎士達には、麗奈とゆきが運びそれに涙ながらに喜ぶのでビックリして、思わず「お仕事お疲れ様です」と苦労しているんだなと思って声を掛けた。
(多分、手料理を喜んでいるだけだと思うんだけど………)
その様子を見ていたランセは冷静にツッコミながらも口には出さない。
ゆきと食堂の方達が作ったのと、麗奈、ユリウスが参加したのが大きいのを知らない。麗奈の手料理を食べられる、陛下の手料理が食べられるのがこの上なく嬉しいとばかりに表現するも本人達は仕事熱心だな、と見当違いな事を思いながらも料理を運んでいき1日が過ぎていく。




