第37.5話∶リーグとキール
キールはリーグの怪我が治り次第、毎日のように彼のお見舞いに来ていた。外出許可、仕事をしてもいい許可をまだフリーゲから貰えていない状態であり、少し膨れていた。警戒し始めるリーグに「主ちゃんと陛下のお墨付きのジュース……要らない?」と2人の名前を出してきた事で、一気に警戒がオフになり喜んで受け取った。
(2人の名前を出してこれか……分かりやすいな)
魔力欠乏症。
魔力暴走を引き起こしたり、急激な力の変化が起きた時に発生する。魔力を保持する量が、いきなり上がった場合でも起き、気怠さと高熱、人に寄って症状はバラバラ。魔力量は魔物との戦い、魔法師同士の魔法の競い合いで多少なりとも上がる傾向がある。召喚士は精霊との対話を行う為、自然と魔力量が上がっていきその量は魔法師のそれとは比べ物にもならない。
ラーグルング国は魔法の国、精霊の国として知られている。その魔法師を保有している人数は最大数であり脅威的なもの。精霊が多い事で起きる事象として、魔法を扱う人物にとって魔力量が少なからず上がる。
薬師の人達はそれらの対処に慣れている。リーグの状態を見たフリーゲが適切に処理し、その後ランセが呪いの力を打ち消した。
三つ叉の竜。それは禁忌の子供と表される彼等の体に浮かぶ呪い。体の何処に印が出るかは人に寄って異なる。キールは胸元、リーグは右肩から腕にかけてのもの。
「リーグはキールと同じ禁忌の子供と呼ばれる者。彼等は魔法が使えるようになると同時に、呪いとしてその印が浮かび上がる」
ランセによれば、これはリミッターとして自分の命の制限しているものだと言う。万一、魔力の暴走を引き起こした場合に、命を吸い取り暴走を加速させるもの。加速すれば周囲を巻き込み、町、村、国を飲み込む。闇の力で消滅した中には、この禁忌としての呪いも含まれていると推測されており、それらも闇を扱う者達を嫌い差別される原因にもなっている。
「闇は人が扱うには強力。でも、アリサのように暴走ギリギリで止まって命が生き残るケースもある。だが、禁忌の呪いは違う。これは命を吸い尽くして、周囲を滅ぼす。呪いを掛けられた者も、たまたまそこに居ただけの者達の命も簡単に奪っていく」
今回のリーグが引き起こしたのは命あるものを確実に殺す為の呪い。それを止められたのはゆきの救いたい気持ちが強かったからだと、ランセが言った。魔法は人の意思の強さで、同じ力を使う者とでの差が生まれる。今回、ゆきはリーグを闇から救いたい気持ちが強くそれに合わせて魔法の力が上がった事で成功した事。
「ゆき嬢ちゃんの、お陰……?」
「強すぎる感情はいい方向にも悪い方向にも傾く。ゆきさんの強い思いが今回は良い方向に働いた。加えて聖属性と言う珍しすぎる力、古代魔法はエルフが扱える中でも取り分け珍しいものだ。
彼女はその両方を見事に扱いきった、それで操られ無理矢理に暴走状態にされたリーグを元の状態へと戻したんだ。命を削った訳だから彼にもなんらかの後遺症が残るが、古代魔法はそう言ったものでの解消があるんだと思うね」
呪いは私が解除出来るし、と笑顔で言い切った。なら陛下のも、と思ったフリーゲは次に言葉で押し黙った。
「私が解除しようとすれば、彼の死期は早まる。イーナスには言ってあるけど、呪いの元は我々魔族であり魔王だ」
そう説明するランセは闇の魔力を、自身に纏うイメージでフリーゲに見せた。ランセの周りに黒い霧のようなに纏わり付く。自分の目がおかしくなったのかと、何度目を擦ろうとも見えるものは同じだった。
「この世界の人間であれ生物であれ必ず魔力はある。ただ、これを見えるようになるか、魔法として力を発現出来るかは運とも言える。神様の気まぐれだったり精霊の気まぐれだったり……様々だけど」
突然なんだ、とフリーゲは言った。ランセはこの霧のように見えるもの、これが呪いの正体を視覚化したものだと言った。
「呪いの属性は闇。今までは人も扱えるようになったが、大半は我々が扱っていたしね。陛下に掛けられた何代も渡る呪いは、魔族または魔王がかけたもの」
魔族なら良いがもし、同じ魔王である自分がユリウスに掛けられた呪いを解除しようとすれば反発して死に至らしめる。呪いを解除しそれが魔族のものか、魔王が行ったものかは解いてみて初めて分かるのだと言う。
「前に麗奈さんに掛けられたものは魔族のもの。ユリウスのは連鎖的反応で一時的に意識を失っていた。麗奈さんの解いたと同時に、ユリウスに起きていた呪いの一部分は解除出来た。代わりにいつ暴発するかも、分からない爆弾を抱える事になったんだけどね」
これ以上手を加えれば、彼は死ぬが分かっている。それは麗奈さんの為にも良くないし、イーナスからは止めろと言われている。
「だが、このままいけば陛下が危ないのは同じだろ」
「その為に、彼女達が居るんだろ?」
浄化師は呪いを解くのに優れている。麗奈達の場合は陰陽師でありながら、元は巫女の一族の末裔。自身の血を用いた呪いを解除したり退治出来る力を有する。
魔法で解くのが無理なら、彼女達に任せるしか無い。彼女達も、呪いの正体について薄々気付いている節があるのか今のその準備に追われていると言う。
「また危ない目に合うのか」
「それも承知していますよ。しかも、呪いを解除して無事で居るのが難しいとされてるしね」
命の危険は、陰陽師をすると決めた時から分かっていた。命のやりとりは日常茶飯事だ。
そう誠一から聞いていた。武彦も笑顔を崩さずに言い切り、祐二も同じ意見。それを、自分の娘にしていると自覚している。あんな若さでいつ死んでもおかしくない世界に、飛び込ませた。武彦から出来れば陰陽師にはつかず、普通の女の子として過ごして欲しいとどれだけ願った事か、と言っていた。
「孫にこんな血生臭い事させておいて、おかしいと笑って構わんよ。止めさせたいならとっくに止めている。だが、家を……一族の名を潰すのは、孫にとっては嫌みたいでね。家のしがらみとか取っ払って、普通に過ごしたくないかと、聞いたらな。
孫には、九尾や清、ゆきちゃんが居るのが既に普通なのだと。そこに私達も含んでいると言い切られてね」
あの笑顔には参った、と緑茶を飲み干す。しがらみ、と聞いてフリーゲは自分の家を呪った。貴族なんて面倒なもの、何で自分に残したのか。
「毛嫌いするのは勝手だけど、この国の貴族と他国の貴族とじゃあ天地ほど差があるよ?」
思案していたのを中断し、一応その言い分を聞いてみるとその内容に思わず睨んでしまった。
媚びないのが普通じゃない、国民を家族のように扱ったりはしない、対立が起きない、貴族の者でもない人と仲良くする、など上げたらキリがないよ?と、ニコニコと楽しそうに言うランセ。
「貴族としての格も大事にしてるけど、場合によっては自分の命を削ってでも国の宝としての民を守る。普通と言うより、凄い所は民を見捨ててでも自分の命優先だからね。っと、話が脱線して悪い。とにかく私は関われない。出来るのはユリウスに魔力の扱い方を教えるくらいだし」
フッ、と黒い霧が消えた事でどっと疲れが出たのか冷めているお茶を飲み干す。ランセが静かに出て行くのと、入れ替わりにキールが入り唐突に告げた。
「フリーゲ。リーグと私はいとこ関係みたいだよ♪放浪しかしない両親にイライラしてたけてど、まさか弟が出来るなんてね」
だから必ず助けろ。と、脅してくるキールに、情報が追い付かなくなったフリーゲは叫んだ。邪魔するな、と木刀を振り回し涼しい顔して避けるキールとの追っかけが始まった。
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「………そう、ですか」
リーグはキールから貰ったジュースを飲み干しイーナスから聞いた。自分の魔力はいずれ問題なく戻る、と。
キールとはいとこ関係である事実も一緒に告げられて何とか振り絞った言葉が、今の肯定しかなかった。いきなり血縁関係者が居た事、しかも神出鬼没のような行動を起こすキールに自分も似ているのか、と疑問に思った。
「次から次へと問題を持って来るよね、君等は」
はぁ、と溜息を吐き人を困らせるのは一緒だな、と微笑みかけられた。
「………っ」
バフッと、布団を被った。今までイーナスとは口喧嘩をよくした。だからか、あんな微笑みを掛けられ恥ずかしくなってつい逃げた。それを知られたくないから、強く布団を握り這い上がるのは気恥ずかしくて嫌になる。
「ゆきちゃん達も怪我をしても既に治療を終えて、元気に走りまわってるよ。リーナは君が戻るのが決まってるから、と部下達を上手くまとめてるしね。……大臣達とも話した結果、君の処分はなしだ」
「殺さないんですか?」
思わずそう出てしまった。ゆきを傷付けただけでなく、副団長のリーナ、ヤクル団長も傷付け、協会にもその傷を残した。ウォームが何事もなく残したが、リーグは操られていた時の記憶は残っている。
目の前に居て助けられなかった、名前を聞いていない魔法師。それが母が庇い自分を助けた時と被り、自分の無力さを痛感させられた。母から教えられた風の魔法。その為に、使い方を学び何があっても平静に保つ為の術も教わった。
だが、実際は違った。
咄嗟の事に動けず、死ぬんだと諦めた。その結果、母を死なせた。その怒りで、自分の未熟さが悔しくて、ただ夢中で傷付けた。
復讐心から他人を傷付ける事に躊躇が無くなった。殺してもなんら心に響かなかった。自分は、自分の心は死んだのだと自覚した。それが、ユリウスと会って変わった。ゆき、麗奈と触れ合い、今まで以上に感情が、変わっていく自分を実感が出来た。
なのに、助けられなかった。自分は未熟で、助けられると思っていた。前とは違う、と思っていた矢先にまた目の前で死んだ。いっそ助ける事も出来ないならーー
「そんなに死にたいのか?」
ドクン、と現実に引き戻される。イーナスは感情を読ませないのか、冷めた目でリーグを見据えた。それだけで、自分の首元にナイフを突き付けられたような錯覚が起きる。
「前から思ってたけど。……君、母を死に至らしめた奴を探してんだろ?自分が原因なら、その理由を探れ。途中で諦めるな、君が奪った命は人間だろうが獣人だろうが関係ない。奪った事実は変わらないんだから」
「っ………」
「耐えきれないなら勝手に死ぬな。生きて足搔け、奪った命の重みを知れ。生きているのが罪滅ぼしだ。憎く足搔き、死んだ者がしたかった事を代わりに行え。未来を奪うって言うのは、命を奪うとはそう言う事だ」
知らずに、頬に伝うものが分からなかった。涙を流してた。知らない内に、いつの間にか泣いている事実にビックリしたが、何度も顔を拭こうとも溢れ出るものを止められない。
「自覚はしてたんだろけど、誰からも指摘なかったからな。……結果、君もゆきちゃん達も危なかった。大人である私の判断ミスだ、すまない」
頭を下げるイーナスにリーグは止めるように言った。でも、頭を下げたままのイーナスは、次の瞬間に頭から思い切り水を被った。驚いた2人は、それを行った人物を見た。
キールはニコニコとしていた。いつもと変わらない笑み、感情を読ませないのはイーナスと一緒。だが、彼の纏っている雰囲気は、不機嫌そのものであり彼の周りにはバチバチと、雷が小さくなりながらも球体を描くように浮いている。
「珍しくイーナスが謝るからなんだろうと、思ってたけど……弟を苛めてるならほっとく訳いかないよね」
「急に兄貴ずらかよ……」
「うるさい。年上に対する口の聞き方じゃないよね。リーグ」
ビクリ、と体を震わせた。そのままずんずん進んでいくキールは、片手を空中に振りかぶる動作をする。
叩かれる。そう思ったリーグは目を瞑った。しかし、いつまでもその衝撃はこず恐る恐る目を上げる。ぐっと、引き寄せられ抱きしめられていた。
「っ、え……」
「ここまで来るのに苦労したんだよね。家族も居ない、誰も信じられない。……でも、主ちゃん達は違うよね?君に甘いし、陛下も激甘。例え傷付けたとしても、リーグ本人の意思じゃないのは分かってるよ。
君を傷付けるものは、人は、この国には居ない。どんな過去だろうと、決着はつけるべきだ。イーナスも暗殺者だから君の気持ちは分かるだろうし、リーナも似たような事してるから分かる。彼も覚悟を持って、罪を、奪った命を忘れない」
奪ったからには、自分は生きて忘れない事。だから自分から諦めるな、と言われているようで思い切り泣いた。
大声を上げて。今まで泣いた記憶は、あまりない。母を亡くした時以来にしか泣いていたような気がする。誉められても、好きなものを作って貰っても、素直に喜べなかった。ここに来てリーグは、感情を全部出し切った気がした。それを嗚咽を漏らしながら聞いていたのは、リーグだけではなかった。
麗奈とゆきの2人。ユリウスは天井を眺め、リーナは静かに泣いていた。ヤクルとラウルも、それぞれ思い詰めたような表情をしていた。
事情があるのは知っていた。ただ、聞くのはマズいと思っていた。踏み込ませないような、これ以上来たら容赦しない、と言わんばかりの殺気を滲み出していたからだ。
(結果、リーグは追い詰められ矛先がこちらに向かっていた。気付いていながら、踏み込まなかった俺達のミスか)
ヤクルはそう思い、自分達に向けられた憎みの大きさを知った。麗奈とゆきも、向けられた笑顔を素直に受け取っていたが、彼からのSOSは既に発していたのかも知れない。
「さて、泣き止んだ所で行くよ、リーグ」
「っ、ぐすっ……行くって、何処へ?」
「母の居る協会。……君と私の事。何で私達が禁忌の子供と、言われ一部から恐れられているか。全部、話すよ。君はそれを受け止められるだけには、成長しているし仲間も居るんだ。寂しくはないよね?」
「は?ちょっと、待て。まだ彼に外出許可は……フリーゲさんから聞いて」
「じゃーね♪」
シュン、とリーグを抱えて消える。ワナワナと怒りに震えるイーナスに、一斉に耳を閉じた麗奈達。
「バカなのかーーー!!!」
冷える体を無視しての怒声。あぁ、これは説教コースだな、とそれぞれが思う中。麗奈とゆきからユリウス達にある提案を申し出た。
それを聞いて、ユリウスはニヤリとして「俺達も含むよな?」と何故が有無を言わせない雰囲気に無言で頷く2人だった。




