第37話:初デート②
城門まで来るとフリーエが馬車を用意しており「お出掛けと聞きましたので」と思わずユリウスを見るが、彼は「違う」と首を振って拒否を示す。聞いたら師団長から頼まれました、と聞き2人はそのまま黙り込んだ。
「麗奈。馬車も馬と一緒の感覚に近いから、辛かったら言ってくれ。休憩しながらでも行けるんだし」
「う、うん……」
そう言って馬車に乗り込み、続けてユリウスが乗って来る。座る時に少しだけ、ユリウスとの距離を空ける。馬車に乗った事もないと言うのもあるが、いつもとは雰囲気が違う。
それが何だか、居心地が悪いような良いような何とも言えない感じに少しモヤモヤする。
それと、城門まで向かう際に庭師、兵士、騎士団の方々、果てはメイド達にまで微笑ましく見送られた事があり最初は何故、そんな反応?と思った。
まさか、前みたいにキールさんの仕業……?とも考えたが、彼なら大々的にやる上に嫌がる事は進んでしそうだなな、と思い考えるのを止めた。
「………」
ユリウスの事をチラリ、と見る。互いに黙ったままだが、外を見る彼はそれだけで絵になる。
普段のユリウスは最初に会った時の気さくな感じ、陛下としての顔はあんまり知らない。
前は兵士達すら震える程の威圧的な感じだったらしく、そういう点はラウルにもだったのだと聞く。そんな2人が明らかに変わったと言うのは、決まって自分達がここに来てから。
そんな影響を与えた記憶がない、と言うのが麗奈の思う所。
(……何でここまで、緊張するんだろう)
ドクン、ドクン、と速まる自分の心臓の音がユリウスに聞こえないか、とぎゅっと胸を抑える。こうして考えてると、男性と2人きりと言うのは今まで無かったかな?と、ふと思った。
(祐二さんは仕事仲間だし、ラウルさんも同じ感じでお兄さんみたいだし……リーグ君は弟みたいに接してたしリーナとヤクルも友達だし。ベールさんと、セクトさんとはまだ2人だけで、行動はしてなかったと思うし)
こうして思い出すと意外に2人きりで行動してる、と考えてを巡らしているとユリウスがずっと自分を呼んでいたのか結構近い。
「っ……」
「お、おい!!」
ガタリ、と大きく揺れ思わず麗奈を引き寄せた。いつもと様子が違う麗奈にユリウスは「大丈夫なのか?……それとも帰るか?」と聞くも首を振り違うと答える。
「ち、ちがっ……ユリィが、いつもと……様子が違うから。こ、心の準備が」
緊急して上手く話せない。なのにユリウスはそれを黙ったまま最後まで聞いていた。優しく頬に触れればビクリと、なりそのまま固まる。
「顔……真っ赤だぞ」
指摘したらもっと赤くなり、フイっと顔を合わさなくなる。それだけなのに、ユリウスは愛おしいそうに見て思ったままを口に出す。
「悪いな。可愛いしか出てこない。……自分がこんな気持ちになるのは初めてで。麗奈に会ってから色々な感情を教えて貰ってる気がする」
「い、色々な……感情?」
そうだ、と告げて首筋にキスを落とす。突然の事にビックリし過ぎて声が出なかった。
その間にも、唇、耳、手と様々な所にキスをするユリウスに麗奈はずっと翻弄されっぱなしになった。
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フーリエは2人を降ろし「迎えは必要ですか?」と一応聞いた。麗奈はずっとユリウスと顔を合わせずいるが、当人は凄くご機嫌が良いのか満面の笑みだった。
「いや、帰りは遅くなる前にちゃんと帰るよ。夜には、イーナスから大量に報告書が渡されるんだろうし。散歩したいし」
「息抜きも程々、と言う意味ですね。麗奈さんは……平気ですか?」
「だ、いじょうぶ、です……」
手はしっかりと握られており、ユリウスは離れる気がないのが見てとれる。何度言っても止めないので、麗奈は頭を抱える。それをふふっ、と笑い仲睦まじいなと思いながら麗奈に近付く。
「陛下があんなに楽しそうにしているのは、初めて見ました。笑顔も初めてだったもので……楽しんで下さいね?」
えっ、と思わず顔を上げた麗奈はユリウスに連れられ城下町へと入る。フリーエはニコリとしたまま手をふり、「貴方達、いつまで隠れてるつもりですか?」と尾行者に告げる。
「出てこないなら宰相に告げますが」
「勘弁して下さい!!すみませんでした!!!」
すぐ出てきたのはヤクル。その後に、ゆきとリーナと順番に出て来た。
「悪い人達ですね」
「……すみ、ません」
反省の色があまり見えませんが?と言えばゆきは「麗奈ちゃんの初デートだから気になって」と理由を言うも、フーリエの自分もされたらどうかと正論を言われ押し黙る。
「麗奈ちゃん……ここだと凄く明るいんですけど、元いた世界だと全然違っていて……。ワザと人目を避けたり、私とも殆ど話さないですし。本当、ここでの麗奈ちゃんとは別人って位に違うんです」
「何故、そんな真似を?」
疑問を口にした。まだ麗奈とゆきについて詳しくは聞かされていないが、2人がこの国に対して尽くそうとしているのは分かる。
ゆきには危うい所を助けて貰った。しかし、異世界から来た彼女達が何故ここまで親身になるのか不思議に感じた。
「麗奈ちゃんは、他人を優先に動きます。……自分を大事にして欲しいとは思いますけど」
ヤクル達と同じで、人を守る仕事をしてますから。と、はにかんだ笑顔を向けた。自分を大事に、と言う部分は何も麗奈だけを指しておらず、その場に居たヤクル、リーナ、フーリエにも言える事、と釘を刺されたような言い方に思わず目を見開く。
「あと、お届け物がありまして……」
小さな肩掛けのカバンを彼に見せる。水色の生地。ボタンの所がクローバー形をしており、所々にあしらわれた黄緑色の星。手作りにも見えるそれに、フーリエは首を傾げた。
「それは?」
「麗奈ちゃんにと、ある人から昨日、頂きました。お金とハンカチとか諸々入れたのに……忘れて行って」
数秒の沈黙のあと「そう言う事は早く言って下さい!!」と、怒鳴られながらゆき達はユリウスと麗奈の後を追った。
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「はあ~~~」
ベンチに座りショックを受けている麗奈。
ラウルと来た時には、ゆっくりと風景を見た記憶が無い。初めて来た所で、街のシンボルとも言える柱に触れ、見たことがない反応だと、兵士達に言われてからの目まぐるしく変わっていく状況。
あれ以来、街には行っておらず風魔、四騎士の人達との見回りが日課になってしまった。
見回りが終われば、精霊のウォーム達と話をしていて街に行こう、とは思わなかった位だ。魔物の大軍により壊された街も、ウォームが直してから一度も来てなかった、と反省中。
そして今も反省中なのは、カバンを用意していたのに忘れてしまったからだ。
(……ユリィに連れ出される前にはあった、はず。慌ててたからすっかり忘れてた。って言うよりユリィがあんな変な事しなければ!!!)
うぅ、とさっきまでの出来事を思い出し今日一日乗り切れる自信が一気に失われた。
ツンツン、と自分の肩を何回か叩く感覚に思わず顔を上げた。すぅ……と、見覚えのあるカバンがゆっくり、ゆっくりと麗奈に差し出されていく。
「………え」
「忘れたらダメですよ、麗奈。お届け物です」
「っ、ありがとう!!リー……ナ?」
思わず疑問系で聞いてしまった。知ってる声なのに、目の前の人物は 狐の面を被っていて合ってるのかも分からない。
首を傾げている内に速攻で、その場を離れたリーナらしき人物を目で追うと「麗奈?」と飲み物を持って来たユリウスに声を掛けられる。
「見回りの兵士達に話し掛けられたのか?」
「ううん。……気にしないで」
追求する勇気は無かった。リーナの為にも黙っていよう、と心に決めた時に「カバン買ったのか?」と既に手に取って見ているユリウス。
「ち、違うよ?馬車に置き忘れてたのを、フーリエさんが届けに来てくれて」
「お、そうなのか。じゃあとでお礼を言わないとな」
「い、いい!!ちゃんと言ったから。フーリエさんも、慌てて行っちゃったから仕事じゃないかなぁ。あは、あははははは」
本人が言ったなら良いか。…なんか探ったら悪いし。と納得したユリウスは買った飲み物を飲んでいく。
幼い頃、兄に連れられて初めて飲んだフルーツミックスジュース。
果物の甘さと仄かに感じる別の甘み。店の主人に聞いたら、砂糖と機械国家からの贈り物のミキサーなる物とで混ぜ合わせたもの。
砂糖以外にも甘味は使われているが、その配合は絶対に教えては貰えずじまいだ。
今では2代目の亭主が果物、木の実などを独自にブレンドした新しいジュースがあり今では子供から大人まで楽しめるものとなった。
城を抜け出して街に来る時には必ず寄るのでユリウスもおすすめの品。
「はい。いつも来てくれてるお礼にって、内緒で貰ったクッキーだ。食べるだろ?」
「んー!!!」
口に含んでいたからか返事が出来ない、その代わりに元気よく頷く麗奈にユリウスはずっとニコニコしたままだった。
「……ユリィ」
「ん?なんだ」
「……普通に、渡して、くれない?」
「普通に渡してるだろ?」
心の中で(違う!!)と、思いつつ突き放そうとするも、手を押さえ顔を固定され、一口サイズのクッキーを口に付けるギリギリの所で止める。
対して麗奈は口を開かないように必死だった。
この攻防が続く事、約3分ちょっと。意地でも食べさせたいユリウスと、自分のペースで食べたい麗奈。
(ご、強引!!!ユリィ、こんなに強引にやるっけ!?)
豹変したように感じた。
人が行き交う場所で、こんな攻防はしたくない。だが、これは『あーん』とやらせているのが分かり口を開きたくなかった。
麗奈も学校帰りに見かけた知らないカップル。
そこで人目をはばからずキスをしたり、あーんをしているのを見て少しだけ顔を赤くした。
好きな人と居ると、大胆になるのだろうか?と考えるも作った事がない彼女に、それが分かるはずもない。
しかし、ユリウスは麗奈に感謝した。自分と会ってから色々な感情を教えて貰った、と。それで何でこんな大胆になるのか、と苦し紛れに睨んでも相手はそれを涼しく受け流す。
(っ、やっぱり視線が気になる!!!)
昼前と言うのもあり、行き交う人の数は多くなる。何でか「おぉ、若いねぇー」、「ふふっ、私達の若い時を思い出すね」、と微笑ましく思い出を語る老夫婦達。
巡回していた兵士達は、麗奈の助けを求めてくる視線を笑顔で、回避し別の道に入るなど助ける気ゼロだ。
「素直に食べるのと、口移し……どっちか選べ」
(んなっ!!)
抗議しようと口を開きかけて慌てて閉じる。痺れを切らしたユリウスが、ちっと舌打ちした後に当然のように提示された内容。
どちらを選んだとしても、恥ずかしい事この上ない。ブンブン、と首を振り拒否すると全力で示す。
「強情だな、まったく。……素直じゃない自分を恨めよ」
「んむっ!!」
どう言う意味だと思っていると、クッキーを口に含みそのまま強引に麗奈に食べさせた。顔をガッチリ抑えられ、逃げようとしても逃げられない。
羞恥心で顔に集まる熱なのか、ユリウスが与えた熱なのか、フワフワとした感覚。頭がぼーっとなる麗奈に、隙ありと2度目のキスをする。
周りに見せ付けるように、彼女は自分のものだと言わんばかりに主張する。
「陛下、大胆♪麗奈ちゃん可愛すぎ……!!!」
「ゆき、乗り出したらダメです」
「……ユリウスの奴。変わったよな、本当」
「ヤクル。貴方はユリウスの親か何かですか」
『うぅー……ぶっ飛ばしたい』
「風魔、抑えなさい」
何故、自分がツッコミを、と思いながらもリーナはゆきとヤクルを押さえ込む。
ゆきは麗奈の慌てふためく姿が可愛すぎ、と言い暴走しそうになるのを同意しつつ、飛び出して行きそうな風魔を影で抑える。
何処からかハンカチを片手に、涙を浮かべそうなヤクルをほっときながら2人が移動する。
そんなゆき達を微笑ましく見ていたのはキール。彼はユリウスの行動に、赤くしたり慌てる麗奈を面白そうに見ており、自分の用事を済まそうと人混みの中へと消えていった。
「ほぅほぅ、えらくご機嫌なのは俺にお嬢さんを紹介させたかった訳か!!!成長したね、本当!!!」
「あとここのジュース、麗奈も気に入ってくれたのでまた寄ると思いますよ」
「しかも、お客様として来るの前提とはな!!!繁盛したら君の所為だぞ」
ガハハハハハ!!と豪快に笑いバシバシとユリウスの背中を叩くのはジュースを作った亭主。休憩を挟む為、店を閉じる前にユリウスが麗奈を連れて来たのだ。
「さっきぶりです、ジローさん。俺の彼女です」
キョトンと目をパチパチと瞬きをし、目をこすりユリウスと麗奈を交互に見て「すぐに中に入れ!!」と強引に2人を入れて今に至る。
「ごめんなさいね、ウチの主人が」
「い、いえ」
髪を団子結びにし、ユリウスと麗奈を微笑ましく見ているのは妻のフーガ。
彼女は突然来た2人に対し、一緒にお昼食べましょう?と強引に誘った。その後、ユリウスとの出会いとか色々と聞いたので素直に答えざる負えなかった。
「麗奈ちゃん。今日の昼食の作り方教えましょうか?」
「ぜ、ぜひ。あ、いえ、ありがとうございます!!」
ユリウスも満足していたので、いつか手作りを。と思っていた麗奈は嬉しい申し出を受ける。
その後、午後3時から6時までの間、店の手伝いをしたいと、言いだした2人。
突然の申し出に断ることなく笑顔で「おう、良いぜ!!」と言い切り麗奈はそのままフーガに連れられ可愛く仕上げられる事になった。
その日、午後3時からの開店時にはさらに人が集まる事になった。笑顔が可愛らしく子供に人気の麗奈と、接客をしているだけで黄色い声が上がるユリウス。
繁盛しているこのお店に可愛いカップルが居ると別の意味で有名になり、さらに行列が出来ている嬉しいおまけ付き。
それは見張りの兵達に広まり城にまで広がっていくのは早かった。
噂を確かめようと、フリーゲが自分と部下達用に買いに来て思わずニヤニヤが止まらなかった。
そこには楽しそうにしている麗奈と、ユリウスの姿があった。邪魔するのが悪いと思いお客として寄った。あの後の驚いた2人は面白かった、と自慢している彼はいつもよりも優しかったと、別の意味で震えあがる部下達。
イーナスに知らせる訳にはいかないな、と口止めをしておくかと、嫌いな貴族としての権限を使う事にした。
無論、その日からキールやゆき達も常連になるのは……決まっていた事だが。




