第386話:人たらしの家系?
「改めてお礼を言います。守り神様を助けて下さり、本当にありがとうございます」
「それを言うなら、最後に視線を逸らしてくれたでしょ。僕のは運が良いだけだから」
「え……」
ハルヒの言っているのは、最後の核への攻撃に対してだ。
自分が何か役に立てる訳でもない。とそう思っていたユートリアにとって予想外の言葉だった。
「ご、ご謙遜を――」
『いやいや。主が人の事褒めるのなんて、殆どないんだよ』
『そうだね。知り合いには甘い君が、今あったばかりの人の事を褒めるのなんて天地はひっくり返ったのかと思う位に、すっごく珍しい』
「君達、黙ってくれない」
破軍の言葉に続けとばかりに、風魔の言葉が乗っかりハルヒは式神である2人を睨み付ける。
そんな睨みで退く訳がない。付き合いの長い破軍はパタパタと扇子で仰ぎつつ、どれだけ人を褒めるのが珍しいのかと力説しようとした瞬間――体を小さくしたポセイドンに風魔と共に口を塞がられる。
『んむっ!?』
『むむむっ』
風魔的には、巻き添えを喰らった気分であり何でそんな事になるのかと目で訴える。だが、ポセイドンは睨むだけで黙らせた。迫力が凄いのかしょんぼりとして謝った。
《たとえ式神と言えど、主殿をからかうのは良くない》
『からかったつもりは……。いや、少しはあったけど』
「破軍はこういう奴だよ。今更、変わられてもこっちも調子が狂うって」
『僕としては、幼い君に会った時と比べるとすごっく変わったと思う。だから素直に褒めたのと感想を述べただけだよ』
「でも、ちょっとはからかったでしょ?」
『……はい、ごめんなさい』
しゅん、と体を縮こませた風魔はそのまま子犬へと変化。
首根っこを持ち、抱き抱えているとその光景に驚いたユートリアが風魔と破軍の事を交互に見ている。
「……えっと、そちらは精霊なのでしょうか?」
「違うよ。純粋なものじゃないし。あ、でもどうなんだろう。専用なものを持っていると自然と召喚師って認定になるのかな」
「大まかにはそうなりますね」
「そっか。ま、半分は精霊みたいなもんか。そう言えば、抜け出してきたって言ってたけど……ここに居て平気なの?」
「今、呪いで場が荒れているのでチャンスと思ったんです」
(意外に行動力がある人だな)
優しそうな雰囲気とは違い、行動力が凄まじい。護衛の人物であろう男性はハルヒが視線を向けると、ニコリと無言で笑顔を返す。その感じが慣れている空気を醸し出しているので、こういう事は初めてではないのだと分かる。
「そうだ。なんであの場に居たの? 危険なのは分かってたんだよね」
「……2週間程前から声が聞こえて来たんです」
最初は気のせいだと思っていたが、苦し気にされる声を聞くと気になってしょうがない。
そう思い、響く声を頼りに周囲を探し回る。傍から見れば探し物をしているように見え、手伝おうかと申し出る者達も居たが護衛のタルスがやんわりと断る。
幼いユートリアを護衛しているので、彼が詳しく言わないのは何か理由があるとすぐに思い当たる。こういう場合は、好きなようにさせ自分は邪魔しないのが一番だ。
「僕が言うのもなんだけど、長年居た人が居るのにその人の相談なしで行動しようとするのは……良くないんじゃないかな」
「うっ……少しでも1人でやろうとしたんです。頼り切りになるのはマズいですから」
「そこは気にしなくても良いんです」
タルスはそう言いながら、周囲の警戒を怠らないでいる。
ハルヒも同じように警戒をしながら、鳥の式神で様子を見ながら歩いていく。ユートリアは、タルスに事情を話しその声の正体を確かめる為に首都中を探し回ったのだと言う。
そして、今いる地下水路に辿り着き報告をしようとした時に呪いが発生。
王に知らせる前に様子をもう1度見に行こうとして、ハルヒが抑えている場面に遭遇したのだと言う。皇都を見て回るのが好きらしく、抜け出すのは初めてではないという事。
なので、今日この場で会った事は内緒にして欲しいと頼まれればハルヒの方も断る理由もない。むしろ、余計なトラブルにならなくていいと思っている位だ。
「ここを真っすぐに行けば、地上に出ます。それでは私達はこれで」
「分かりました。あと、さっきのは謙遜でも何でもないですよ。貴方が間に入って助かった事は事実なんですから、自信をもって平気です」
「――え」
詳しく話を聞こうにも、ハルヒは既に走り出した後。
呼び止めようとした手がぶらりと下がり、おずおずと引っ込める。
「……前に言いましたよね。自信を持って良いと」
「それは……」
「彼の言うように、あの場に出た事で隙を作れたのは事実です。例え咄嗟だったとしても、それが生まれた事で確かな隙を作れた。その部分は誇って良いのだと思いますよ」
「実感がわかないですよ。……姉上が武芸に長け、私はそうではない」
「人の得意な事は違います。それぞれいい面も悪い面もあります。肯定するのも大事ですし、貴方が自信を持つ一歩だと思いますよ?」
「……肯定する、一歩」
ハルヒが他人を褒める事は滅多にない。
破軍からの言葉に、ユートリアは信じて良いのか分からなくなる。そっと、タリスはユートリアの肩に手を置く。本当なら後宮に戻るべき足がなかなか向かない。
「本当なら、彼等だけで任せるべきではない。でも、私達にはその対策する力もない。任せきりにして申し訳ないのが悔しいですね」
「それが分かっただけでも良いと思います。こちらが下手に動いて、事態を悪化してしまう可能性もある。なら終わった後、出来る事を手配しましょう」
「……そうですね。なら、頼みたい事があるのですが」
「えぇ、実行してみせます」
気が弱いのを少しでも変えようとしてきた。
しかし、そうすればするほどに姉と自身の評価が気になってしょうがないのも事実。行動を起こしているハルヒ達の為にと、ユートリアは手配を進める。
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「また変わった。下がって!!」
アルビスの声でディークとユリウスはすぐに距離を取った。
今まで1つの首しかなかったが、今は3つの首に戻っている。そして、両サイドの首は金色に輝いており本来の色なのが分かる。
黒く変色していた体も、半分ほど元の色へと戻り呪いの進行がだいぶ止められているのだろうと分かる。彼等が抑えている間に麗奈も合流し、誠一の元に駆け付け呪いを消した事を告げる。
それと同時に、武彦からも報告が入った。
ハルヒの方も大きな呪いが解除し、今は残りが広がらないように動いていると言う。
「裕二君にも伝えたが、ハルヒ君と誠一君とで結界を強大化して包む方向で進めている。ユリウス君達が対処している呪いが、下で広がる呪いによって力を上げるのを阻止するのを止める為だ。大きな呪いが3つあった内、2つが元も戻った。変化が起きるのはすぐだろうから警戒はしといてね」
「了解ですっ!!」
「あ、武彦さん。終わったら食事に行こう。僕、おススメしたいの沢山あるんだ♪」
「ありがとう、ディーク君。その誘いを受ける為にも、君達も無事に戻るんだよ」
「えへへ、任せてよ~」
ディークと仲が良いのは聞いていたが、本当の事なのだとユリウスは思った。麗奈も誠一から聞いたり、ゆきからも聞いていたが実際に目にするまで半信半疑だった。
「……やっぱり朝霧家って、人たらしの家系なのかもな」
「思い切り否定したいのに、出来ない……」
思い当たる節があり過ぎる為に麗奈は思わず顔を逸らす。
一方、アルビスの分身体は不思議そうに首を傾げつつも精霊を抑えつけている鎖は緩めないままだ。
「あ、余波が来る」
その瞬間、黒く変色していた精霊が大きな咆哮を上げた。
耳がつんざくように、空気がびりびりと振動となって伝わり耳を塞ぐユリウスと麗奈。思わず衝撃を和らげようと結界を作り、ユリウスもその結界の中に入る。
「その結界から出ない方が良いよ。僕等は平気だけど、君等にはキツイと思う。方向感覚を狂わされたでしょ?」
「ううぅ、すみません……」
「少し眩暈も、します」
気絶はしないように意識を保ちつつ、眼前の精霊を観察する。
両サイドの首は中央の首へと話しかけ、正気に戻そうとしている。拒否が強く大きく首を振り、近くに居るアルビスへと光線を放った。
彼は結界を作り弾き返す。そんな攻撃手段が来るとは思わず、そのまま直撃を喰らいグラリと首が傾いていく。
「ごめん、続けていくよっ」
空中を駆け、急接近するディークにギョロリと睨むも彼は黒く染まった体に向けて暴風の刃を振り下ろす。竜巻を伴ったその攻撃を無防備に受け、血走っていた目も力を失ったように閉じられていく。
「でも、どうするの。ダメージを与えられても、僕等に浄化の手段はないよっ。時間は稼げるけど」
「それなら、私とユリィでやりますっ!!」
「ヴェル、ブルーム、出番だぞっ」
《ウキュウ!!》
《半分以上は正気に戻った。――これなら完全に戻せる!!》
虹の魔力が3つ首の竜を包み、反発するように呪いの力が強まる。しかし、徐々にその力が失われていきそこから黄金の魔力が上乗せられる。
金色に輝く体と3つ首の竜は全ての首は元に戻っている。切り離したであろう首の傷もなく、元通りになっているのは誰の目から見て明らかだった。
《……これは。まさか、信じられない》
《キュア、フキュ!!》
《ふん、何が信じられない。こっちは呪いに身を落とした精霊を戻した事があるんだ。それに、最後まで抵抗した結果がここに繋がっている。よく耐えたな》
《勿体ないお言葉です、お父様》
こうして強大な呪いに侵されていた守り神である精霊は、元の性格に戻り全てが収まった。喜ぶ麗奈達を余所に、分身体であるアルビスはふと別方向へと視線を向けた。
(……囮はこれで終わりだよ。あとは任せるね)
(へぇ。完全に戻せたんだ。これは予想外だ……。あの子達、凄いね)
本体であるアルビスはそれに驚きつつ、目の前に縛り付けた相手を睨む。
ギリムと共に追い詰めていたのは、この騒動を引き起こしたと思われる――神殺し一派。アルビスを長い間操り、フォーレスの地を荒らした犯人だ。




