第385話:やるきゃないでしょ!!
『お、この感じ……。近くの呪いが破壊された』
「流石は誠一さん。途中で強い霊力も感知したから、れいんちゃんも参加したかな」
『そうだよー』
「『うわっ!?』」
急に聞こえてきた声に2人は驚き周囲に居るのかと見渡す。するとクスクスと笑っている半透明の風魔が見えてきた。
『ふふっ。ごめん、ごめん。あんなに驚くとは思わなくて』
「脅かすのはなしだよ。今、呪いに対処してる所なのに」
『その主から伝言。浄化に成功したから、上空の呪いに対処してくるって。だからこっちは任せるよ、だってさ♪』
そう言いつつ、風魔は結界を周囲に展開。迫りくる黒い波を完全に防ぎきった。
「もう、れいちゃんに言われたら……やるきゃないでしょ!!」
『そうだね』
《主殿。核は見付けられそうか》
ポセイドンがハルヒ達を抱え、黒い波を移動しながら相談をする。
水を用いた術と魔法、地形を利用しハルヒは呪いと拮抗していた。波を作り、壁を作って移動の妨害をされるも彼等はそれを利用して更に距離を詰める。
『主。あったよ』
「オッケー。風魔、何処まで手伝ってくれるの?」
『主に伝えたいから、処理するまでかな』
「そこまでしてくれるなら、さっさとやらないとだね」
破軍が自身の練り込んだ霊力の札を核へと投げつける。
呪いの位置を把握する為のものであり、戦況が不利だと思われて退却されるのを防ぐのもある。
先にハルヒが逃げられないように既に周囲に結界を張り、自分達をも閉じ込める形へと持って行った。風魔がなんなく入れたのも、陰陽師が作り出した式神は自由に出入りが出来る。だからこそ、陰陽師達は互いの事を補いながら術を組み合わせて対処する。
「あれ、様子が変わった……?」
水を用いた妨害も、核への防御も徐々にだが弱まっていると感じ取った。
破軍も核の位置を感知しながら、ハルヒと同じ意見だと言う。
『呪いの発生点が3つ。そして、核にされた精霊は3つ首の精霊だったか。だとしたら、3つの呪いで互いに補強していたのが1つ浄化された。だからすぐに変化が現れるって事か』
「流石、封印に特化した朝霧家。青龍とれいちゃんの浄化能力もあるだろうけど、ここまで邪魔された事はなかっただろうし」
『でも、核を抑えるのはやっぱり神衣を用いたものでないと難しそうだな』
「核が強固になっているのは、どの世界でも同じか。破軍、やるよっ」
『はいよっ!!』
水の勢いがなくなり、風魔の背にハルヒは乗り込んだ。
既に破軍との神衣を済ませた状態であり、その間の結界をポセイドンがやっている。負担が前よりも減っているので、途中で術が壊れる心配もない。
(前よりも体への負担は少ない。これならっ!!)
魔族のユウトとの戦いでは、神衣の持続時間ばかりを気にして周りを見る事が出来なかった。
今はそれとは違う確かな実感がある。核を壊す作業はいつだって神経を使う。ここまで強力なものは現代でもない。
風魔が風の術を用いて、接近し破軍が核の様子を見る。変化があれば、すぐに彼が張った術が反応を示す。今の所、大きな変化はないが破壊するその瞬間まで油断が出来ないのも事実。
「封印式・螺旋!!」
そこでハルヒが新たなに組み上げた術式を発動。
核に向けて数枚の札を投げつけ、鎖となって放たれた。螺旋状に伸びたそれらは、動きを止めながら呪いの強い部分を浮き彫りにしていく。
呪いの核が強い力を発する中で、その術式も同じく対応するように拘束の力を強めた。
『主。抵抗を強めて来たよ』
「分かった。風魔、距離を詰めて」
『了解っ!!』
破軍は呪いの動きを見張る為に、他への探知に力を割いている。
ハルヒ自身、麗奈のように足が速い式神は作れない。その理由として、自分の霊力量が麗奈よりも遥かに低いと自覚している。
破軍と自身に力を分けている為に、自然と扱える式神の数は減っていく。
逆に麗奈のように、四神だけでなくこうして風魔をも操れるというのもかなりの規格外なのだ。
(ま、その豊富な霊力が欲しい為に、れいちゃんの事を狙ってた土御門家の連中の気持ちも分からなくない。でも――)
幼い時に麗奈と勝負して勝って来たのはハルヒの方だった。
果たして、今彼女と戦ったらあの時のように勝てるのかどうか。しかし、それでもハルヒは土御門家の思い通りに動くのなんて真っ平だ。
あの時、幼い自分の思いがこうして今はこの世界で叶っている。
彼が願ったのは麗奈の幸せと共に戦う事。
今、こうしている間にも上で抑えているユリウス達の戦況は気になる。だが、自分がここで呪いにダメージを負えないようであれば被害が広まるのも事実だ。
(任されたからにはちゃんとやる。いや、やるしかないんだよっ!!)
『術式・爆雷っ!!』
風魔が距離を詰めながら、核へ直接の攻撃を放つ。
爆弾のように札が散りばめられ、吸い寄せられるようにして向かうもその攻撃を完全に防ぎきられてしまう。
だが、これは風魔も織り込み済み。本命は――
「喰らえっ!!!」
霊力が込められた刀を核へと突き刺す。
呪いも壁が作っていたが、彼等の術は呪いへの対抗と同時に攻撃を通りやすくする為に作られている。
「風魔、すぐに離れて」
『うん』
タン、と風魔が大きく跳躍して距離を稼ぐ。
突き刺された刀から流される霊力に耐えようとしているのか、バチバチと力がぶつかり合う音が響く。
「止めの一撃だっ」
即座に形成したのは弓。
全ての霊力を矢の生成に使い、瞬時に力を最大限に高めていく。
手を離し、目標へと確実に当たる。その感覚はハルヒが今まで得意としてきたもの。最後は自分の得意な武器へと作り、攻撃を放つ。これは朝霧家での訓練で学んだ事だ。
《ギ、ギイィィ……!!》
うめき声をあげ、苦しげにしている。
今まで閉じられていた瞳が開かれ、ハルヒ達を完全に認識した。
『風魔!!』
『うん、来るねっ!!』
破軍の呼びかけに風魔が即座に応える。
彼等は式神。陰陽師のサポートをするだけでなく、生前は動物だった事が多く人間よりは勘は働く。
破軍と風魔が同時に結界を展開。
ハルヒの周囲に強力なものを張り、黒い水が大きなうねりをあげて迫る。
水の質量と勢いで動きを止められ、ハルヒは結界を手伝うべきか聞くも破軍から拒否される。
『ここは私達で絶対に抑える!! 逆に好機だよ、主。今まで目を開けていなかったのは、あの精霊の意思。でも今、開かれたのは呪いが追い詰められてる証拠だ』
『呪いの本体が浮き彫りになってる内に、急いだ方がいいよ』
「……分かった」
風魔から降り、しっかりと立った状態でハルヒは再度構える。
目標は目が開かれたのは精霊の首。その少し下に、破軍が取り付けた呪いの場所が分かる物が張り付いている。
白い札が、少しずつ黒く変色してきており内側から呪いの進行が起きているのが分かる。
(早くしないと破軍の術も無効にしてきそうだ)
しかし、だからと言って慌てるのは愚策なのは知っている。
どんな時でも、呪いへの手段を残し最後まで気を抜かないでいる。この教えは、幼い時に麗奈の父親である誠一から送られた。
彼は、麗奈と同じくハルヒを同じ陰陽師としてまた1人の人間として、ハルヒの面倒を見て来た。そんな彼だからこそハルヒは、誠一の事を好ましく思うし麗奈と同じく憧れの人でもあるのだ。
術の抵抗が強まる中、ハルヒは心を落ち着かせる。
しん、と。
自分の中で音のない世界を思い描く。ゆっくりと目を開け、呪いの核へと弓を引き絞る。周りがゆっくりしているように見えるのも、錯覚なのは分かっている。ハルヒの事を守るのは破軍と風魔と言う式神。
1人はハルヒと同じ土御門家の人間であり、式神の開祖とまで言われた天才。
風魔は、ハルヒが憧れるもう1人の陰陽師である由香里の元式神。彼の扱う術の豊富さは、攻撃だけでなく防御と妨害の力も強い。
「ふぅ……」
一瞬だけ息を吸って吐く。
瞬時に狙いを定めた。呪いの核への攻撃から、自身が突き刺した刀へと軌道を変更。
元々、突き刺していた所を更に深手を負うように狙う。
突き刺した刀はハルヒの水の術式が付与してあり、放った矢には雷の術を付与した。水は電気をよく通すのを知っている。もちろん自分達への被害が起きないように、核への攻撃にのみに限定した。
《ッ……!!》
苦しみもがく様を見て、ハルヒ達は警戒を解かないでいる。
バタバタと暴れる三つ首の1つである竜。その暴れようは凄く、頭や体を何度も地面へと叩きつけた。地面が裂けるのを恐れたポセイドンが取り押さえ、暴れる勢いが徐々に弱くなっていく。
「……近付いてみよう」
『そうだね。核を完全に破壊したのかちゃんと確認したいし』
風魔の背に乗り、ハルヒは破軍も含めてポセイドンの元へと向かう。
彼に聞く前に、核の変化が現れた。
黒く染まっていた首は徐々に剥がれ落ち、元の色へ戻っていく。破軍が精霊の首に手を当て、体を見て回るとハルヒに向けてニッコリと微笑んだ。
『見事だよ、主。核が破壊されたし、この精霊も元のあるべき場所に戻るでしょ』
「そう。……ふぅ、どっと疲れた」
『お疲れ様♪ 撫でて癒されるかい』
ポンッ、と風魔が子犬へと変化した。
ちょこんと座り、ハルヒの事を見る。自然と上目遣いな為、フワフワとした毛並みに無言で頭を撫でた。麗奈のように上手くないだろうに、それでも風魔は嬉しそうにされるがままだ。
「ありがとう。気が楽になった」
『どういたしまして。でも、最後の時に一瞬だけ違う方向を向いたよね。どうしてだろう?』
「あぁ、それね――」
ハルヒが核を射抜く少し前。精霊の首はハルヒとは違う方向へと一瞬だけ向いた。
それをチャンスとばかりに放ったが、あれがワザとではないのは分かる。ハルヒは歩きながら、周囲に張っていた結界を解いていく。
「あの精霊はこの国の守り神なんだよね。だったら王族とも縁があるのは当然だろうし、反応もしちゃうんだろう」
歩いていくとハルヒ達をこっそりと見ていた影が出て来る。
全身を覆うマントを深くかぶり男性なのか女性なのかは分からない。だが、その人物の近くに居る自分達と似たような男性が1人居る。
片手に槍を持ち、護衛かなと思っていると目の前の人物がマントを外す。
「すみません。内緒で抜け出したのと、守り神様が気になって見てきてしまいました」
肩までの黒い髪に整えられた顔、すっと通る鼻筋に柔らかい雰囲気。
場を変えてしまうのはユリウスと同じく、王族の可能性がありハルヒ的には王族の1人だと予想する。
「改めまして。僕はユートリアと言います。予想通り、この国の王族――第2皇子です」
ユートリアは礼をしハルヒを地上へと案内する。
歩きながら彼は何故、この場所へと辿り着く事が出来たのか話してくれた。




