第383話:浄化の陣
「裕二君。体調に変化はないかね?」
「はい。ラウルさんが傍で待機しているので、自分を含めて体調に変化はないです」
《ウ……?》
「あ、あぁ、そうだった。アルブス君も元気ですよ」
《ガウガウ♪》
恐らくはアルブスが不思議そうな顔をしているので、裕二が話題に上げたのだろう。容易に想像がつき、武彦は緊張ばかりでない事にホッとする。
清が小声で『甘えたいだけの子供だろ』とボソッと言ったのを武彦は聞いた。
呪いを解く中で、苦労させられているのは麗奈とユリウスが居る上空と誠一達の居る皇都の中心部分。
既に怨霊化が進んでいるこの2カ所は、更に強くドス黒い光を放っている。ハルヒが対応している呪いの方も、いずれは同じように光が強くなる事も読めた。
ハルヒが契約している破軍は、封印が苦手としてながらも弱体化に成功した稀な陰陽師。
彼の力量もあるが、霊力で作り出した刀での攻撃は九尾をも弱らせ最後には打ち取る偉業を成した。だからこそ、その記憶がある九尾は破軍を警戒し続ける。
彼の生まれである土御門家の人間と言うくくりで、ハルヒも嫌っているので恨みは深いが分かる。逆に武彦が契約している清は同じ狐であり、九尾から分かれた子供。
親子関係でもあり、兄妹のような不思議な関係だが清は九尾ほど土御門家を恨んではいない。
むしろ、今は朝霧家に居られる環境を作ってくれた方に感謝をしている位だ。彼女曰く『細かい事を気にし過ぎなのだっ』と言う事らしい。
(対抗出来る者が多いとはいえ、異世界だからこそのなのか……かなり強力になっているな)
現代での自分達の経験上、あそこまで大きく膨れ上がった呪いを対処するのには大掛かりな術式とそれに伴う人材が必要だ。浄化師である裕二が1人で抑えられる規模をとっくに超えている。
(まぁ。こちらも十分過ぎる位に、規格外な者達が集まっているから、上手く対処出来ているだけに過ぎないのだが)
その規格外と呼べるのは、やはりと言うべきか魔王であるギリム達だ。
呪いは闇の属性と言う分類になされ、彼等が扱う魔法は闇の魔法がその大半を占めている。が、その中で魔王として君臨している彼等には、深淵魔法と呼ばれる別の力がある。
闇属性の更に上。上級の属性であり、魔王の適性の有無を計るのにこの深淵魔法が使えるか否かが含まれる。だからこそ、魔王である彼等は呪いへの対処が可能となっている。
(精霊の呪いを解くのはこれで、2度目……。前例がない分、これが早いのか遅いのかが分からないな。ギリムさんに後で聞くとしよう)
皆の働きが小さな光となって、動き回り小さな呪いを解いているのが分かる。
ゆき達が周りにバレないように、密かに解いておりその根はまだ小さい。これが、徐々に大きくなれば人が変わったように狂う人が出てきてもおかしくない。
そうなる前に、大本である呪いを早めに処理する必要がある。と、そんな風に考えていた武彦の後ろからユラリと大きな影が覆う。
『狐火!!』
武彦を飲み込まんとしたその影を、清の炎が打ち払う。
青と赤が入り混じった炎は、怨霊によく効く。主である武彦に近付いたのと襲おうとした事で、普段の清からは考えられない程の怒りがあった。
『主様には指一本、触れさせないっ!! 霊獣として、式神として絶対に守るのだっ』
言葉に呼応するように、彼女の炎が爆発する。怨霊のみに有効な力なので、中が燃えているように見える。唸る清を武彦がポン、と頭を撫でる。
「清、落ち着きなさい。君がそれでは戦況をコントロール出来ないよ」
『うっ、でも……』
「でもさっきは助かったよ。いつもながらウチの霊獣は優秀だね」
『ふ、ふんっ!! 当然だし、褒められるのは当たり前。あのバカ狐よりも優秀だと証明してやるぞっ』
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『ぶえっくしょんっ……!!』
九尾のくしゃみに、誠一はジト目で見つつ小さく溜息を吐いた。
「緊張感の欠片もないな……」
『ちげぇよ。この感じ、絶対に清の奴が悪口を言ってる。クソ、絶対にそうだ。そうに決まってる!!』
そんなやりとりをしつつ、誠一は襲い掛かる黒い手を切り伏せ九尾の雷と交じった炎がぶつかる。
精霊が呪いに取り込まれ、変質するのはニチリでのポセイドンで知られている。
あの時は、飲み込まれた麗奈とハルヒ、ゆきの3人の無事であるか心配で加減をしていた。そもそも生きている保証すら無かったが、彼女達は生き延びた上に呪いを浄化させる事に成功しているのだ。
「雷陣っ!!」
雷の気を練った札を5枚、誠一は投げた。その瞬間、バチィ! と黒い手を弾いていく。続けざまに誠一は「解陣」と唱える。5枚の内の2枚は最初の攻撃の時に弾く役目を果たし、残りの3枚は札がバラバラと分かれ放射線状に雷が伸びた。
結界の役割も果たしているのか拮抗しながらも、呪いの黒い手に有効なのか弾き返す。
雷を嫌うのか、もしくは陰陽師が使う術自体を嫌うのか呪いの勢いは目に見えて弱い。その動きを見ながら誠一は、呪いの核と思われる強い反応を感じ取った。
(攻撃に転じるものと違い、明らかに呪いの濃さが違う。あれが核だな)
武彦から聞いている呪いの核は3つ。
自分の居る所、ハルヒが対応している所、そして娘の麗奈が対応している上空。自分達、陰陽師は呪いを解くのに最初に行うのは呪いの核を探し出す事だ。
こうして攻撃用に転じるものもあれば、目に見えない意識に働きかける役割もある。だからこそ呪いに対して耐性のない人間が居ると、発狂したり気が狂ったりと意識を刈り取られる部分が多い。浄化師の役割は、サポートに徹するのもあるが一般人が影響を及ぼさないように配慮するのも務めだ。
だからこそ彼等、浄化師は陰陽師と行動を起こすのに5人編成で組まれている。
2人の陰陽師に対して、浄化師3名と言う基本的なもの。だが、朝霧家は異端な陰陽師と言われ他の陰陽師家の者達と組んだりする事はなかった。
浄化師の裕二が優秀なのも大きいが、それを補ってあまりある誠一と武彦の術の豊富さもあった。彼等が契約した霊獣である清と九尾の強さは破格的なもの。
加えて娘の麗奈が、四神の式神と霊獣の風魔を契約している事に成功している為に、前よりもぐっと呪いの対処がしやすい。
「九尾」
『あいよっ!!』
誠一が感じ取った呪いの気配は、契約された九尾のも当然伝わっている。
尾に雷を溜め込んでいたものを放出。核もこれに反応するのように、呪いの手を周囲へと多い壁を作り出す。
「させんっ!!」
その行動を呼んでいた誠一は、既に核の近くへと接近しており自身の得物である刀を振り上げた。
霊力を込めた上に、自身の得意とする雷の術を付与したものは呪いに対して有効だ。壁として作り出した黒い手を、一刀両断し核を再び剥き出しに晒した。
《ぎゃあああっ!!!》
苦しみを伴う絶叫が響き、耳をつんざく。
そういった余波を防ぐ為、九尾は攻撃を放った瞬間に誠一の周囲に自身の尾を使い覆った。霊獣も呪いに対して耐性があるのは、契約をしているのが陰陽師だからこそ。誠一が見れない部分は、自分が代わりに果たすと言わんばかりの働きに彼は耳を澄ませ、呪いの様子を静かに見る。
『……ちっ、次が来るか』
「デュラン!!」
《オオオオッ!!!》
舌打ちしながら吐き捨てた九尾に向けて、更におぞましく呪いが抵抗を始める。
今まで実体のない攻撃をしてきたのに、今度は大きなを作り出して誠一を殺そうと動く。それを防ぐのにリーズヘルトは動いた。
契約した精霊であるデュランは、九尾ごと誠一を押し潰そうとする手と正面から立ち全身を使って防御に徹した。
《ウ、ウオオオッ……》
『おい、無理すんな!! 精霊だからって、呪いに耐性があるとは限らないんだぞ』
《ウウウッ……》
巨人のデュランに九尾がそう呼びかけるのも無理はない。
この世界の精霊は、呪いに対しての耐性が一定ではない。格が上な4大精霊ならば対処は可能だが、クラーケンといったある一定の範囲を守る精霊も、完全に対処出来るものではない。
しかも、デュランは彼等とは違い純粋な精霊ではない。あくまで異世界人の血が入っていたリーズヘルトによって疑似的に生み出されたもの。
それはデュランも分かり切っている。
リーズヘルトも承知しているが、自分達よりも対抗出来る手段を持つ誠一を生かす方が良いと判断したのだろう。
契約者の意思を汲み取らないデュランではない。現に自分の体が、徐々に黒く変化していっても意識を手放す事はしない。
『もう止せ。死ぬぞ、お前っ!!』
《ウググ……》
ピシっ、とデュランの腕が亀裂が走る音が聞こえて来た。
限界が違いのが予想より遥かに早い。誠一に集中していた呪いの核に対し、もう1人の将軍であるベーリスが魔道具である矛を振り下ろす。だが、それも織り込み済みだとばかりに固い。
「ちっ、ビクともしない……。ぐっ!!」
違和感を覚え、矛から手を離そうとするも意思に反して手が動かない。
呪いの影響下に置こうとしたのか、ベーリスが本能的にゾッとなる。
「くそ、動け……!!!」
自分の体なのに、意思が動かない。頭で理解しても、全く反応がない事への絶望感を味わう。そこに呪術師達が形成した術式が割り込む。意識を誘導する為に組んだものだが、元が強力だからなのか効果が全くない。
「なっ……!!」
「これでは、ベーリス将軍が餌食になります!!」
焦る中でも、構成した術式を組み直し再び当てるも弾き返される。
自分達が組み直すよりも、呪いの強度が上がる方が遥かに早すぎる事に手の出しようが無い事を痛感させられる。
「ちっ、ここまでかよ……」
諦めたその瞬間、呪いの核の下と上空から強烈な雷が降り注がれる。
眩しすぎる光に全員が思わず目を覆う。だが、九尾だけがその中でニヤリとしており実行した者が誰なのかを理解した。
『流石だぜ、嬢ちゃん!!』
「九尾!! お父さん達も大丈夫?」
そこに舞い降りて来たのは、青龍の力を纏った麗奈だ。蒼い気を全身に纏い、それが浴衣のようにヒラヒラと風に流れる。
手にしている刀も、青龍が使う雷に蒼い気を纏わせており強力な力を感じ取ったのか呪いの核が、ドクン、と大きく脈打つ。
『主。警戒を解くのはまだ早い』
「うん、ごめんね。お父さん達が心配だったからつい」
『それも理解している。だが油断は禁物だ。俺と主の浄化で完全に倒し切るぞ』
「うんっ!!」
青龍からの声に麗奈はそう答え、同時に手を動かした。刀を地面に刺し雷を流し込めば、べーリスとデュランに纏っていた黒い気が祓われる。
剥がれた瞬間に九尾の尾がべーリスを捕らえ、自身の下へと引き寄せた。安全地帯である九尾の傍で、誠一は娘の勇姿を見る。
(分かってはいたが……やはり俺達の子だな、由香里)
明るく笑顔で周りを照らす妻の由香里。常に誠一を振り回してきたその影響は、ちゃんと娘にも受け継がれてしまった。
麗奈がまだ怨霊退治に慣れない頃の事を思い出しながら、誠一は気を引き締めて再び呪いの解除に専念する。




