第35話:虹色の魔力
協会本部と支部との道が確立でき、リーグも目を覚ました。まだ安静にしてろ、とフリーゲに脅され迷惑も掛けたと自覚しているリーグはコクリ、と素直に頷いた。
「分かってるなら良い。……お前等もだぞ」
ギロリ、と睨みリーナとヤクルは小さく「はい……」と返事をした。ゆきに治療して貰いフーリエと共に協会の復興へと何故か足早に向かった。既に外は夕方になるのにだ。
疑問に思った3人は、入れ替わりで入って来たフリーゲを見て納得した。
不機嫌。
それは誰が見ても明らかであり、今も入って来て自分達を見る前に何かを探しているのか辺りを見渡す。舌打ちし、更に機嫌が下降していき、部下が『ゆき様を見ませんでしたか?かなり怒ってます』とメモを手渡したくらいに。
「知りません」
「チッ……」
即答したリーグ達に分かりやすく舌打ちする。部下もビクリと、部屋の隅で「し、仕事量が、倍に……」と諦めたように、ズルズルと沈んでいく。その様子に一瞬、リーグ達は「ごめんなさい」と言いかけるもフリーゲが「協会の方に行ったな」と再度睨む。
「………」
「決まりだな。戻って来たら説教だ……逃げるとは良い度胸じゃねぇか」
クククッ、と楽しげにするフリーゲに部下は静かに部屋を出て行き「徹夜決定だ……」と今から処理出来る事をしよう、と現実逃避をした。いつも徹夜で、今日は久々に早めに帰れると思っていたが………そんなに甘くなかった。
ダリューセクから戻って来たセルティルは蒼色の髪に、緑の瞳の女性を連れて来たので魔法師達は突然の来訪者に驚き、掃除している作業を止めてしまった。
一方、そんな状況だと知りない麗奈達は……。
「……面倒くさがり」
「何か言った?」
「いいえ、べ・つ・に!!!」
「キールさん、こちらは終わりましたよ。次はどうします?」
「はーい、ありがとう。主ちゃん、次は向こうお願いね?」
「分かりました。風魔、行こう♪」
『うん♪』
(変わりすぎだろ!!!)
自分との対応の差に今更ながら溜息を吐くレーグは、ウキウキしながら資料を整理する麗奈を見る。
笑顔で山になっている資料の片付けに入る彼女は掃除が好きなのだろう。聞けば自分の家にも資料で埋め尽くされている場所があり、そこの掃除も行った事がある為、この位の事は苦ではないとか。
その傍らには風魔が子供の形態になって『お手伝い♪お手伝い♪』と、初めての人の姿での活動と主である麗奈の役に、立ちたい気持ちが来ているのか大きな尻尾をフリフリしながら立ち向かう。
『主。もっと持てるよ、渡して渡して』
「えっ。でも……」
『平気。小さくても力持ちだから、僕♪』
背伸びをして自慢する様子は、最初に会った時のウォームを思い出し微笑ましくなり、頭を撫でて「じゃ、これお願いね」と資料を渡していく。
その後ろでは、ウォームが負けじと風を使って資料の片付けをしている。その資料には所々、風の影響で切れているが自分には関係ない、とキールは黙ったままにした。
「………はぁ」
レーグは小さく溜息を吐き、何もせず命令する師団長を恨めしそうに見た。彼は魔法師達と協力し本部に迫っていた魔物を倒し、動けない者達の避難、手当てをしていた。
ゆきが古代魔法を発動させたのと同時に、目の前に居たはずの魔物達が何の前触れもなく消滅した。
風化するように消えていく、その様子にレーグを始めとした魔法師達は驚いて暫く呆けていた。そして気付けば、ウォームにより本部ごとラーグルングに転送され待機していたフリーゲ達の治療を受けた。
キール達もアリサを連れて国へと戻り、リーグが目を覚まし無事を喜ぶ間もなく本部の掃除に取りかかった。セルティルの作り出した異空間は息子のキールが肩代わりする形で、放棄した場所をもう一度元に戻す。
本部を元の形に戻していくウォームに、麗奈は「す、凄い……!!ウォームさん無理しないで下さないね」と言うが逆にやる気を起こさせてしまう。
「あ、あの……」
「んふふっ。平気じゃお嬢さん、100倍やる気が出たからな」
「な、何でですか!?」
『主、気付いて。それやる気を出させてるから』
「え、えぇ……そんなぁ」
外観と家具などの配置は大体、元に戻しても魔法に関する資料はバラバラに散らばり床に広がっている。これが元々なのか、転送の影響でこうなったのか……と疑問に思っていたら
「いえ、元々です………最近は量も多くなって。申し訳ありません」
と、ため息交じりに言われそれを聞いた麗奈は「私、片付けますよ!!」と引き受け、避難し何処から会話を聞いていたのか、ゆきも「私も手伝います!!」と言い作業に入る。
レーグは1人で行うはずがキールに引きずられ、理事がいつも使っている資料室の掃除から始めた。そして、麗奈と風魔も参加する形で作業に入った。
ユリウスとラウルの2人は三角巾と黄色のエプロンといかにも掃除に入ります、と言った格好で整理をしようと取りかかる。
「よし、やるぞ。ラウル」
「ですね」
2人はあの戦いではかすり傷程度で済んだ。キールに治して貰いそのまま「泊まったから働いてね?」と、笑顔で有無を言わせない迫力に素直に頷いた。急に泊まった上、何かお礼なり出来る事はしようと思っていたので良い機会だ。とさらにやる気が出た2人。
ちなみに、ユリウスがラーグルング国の陛下である事、ラウルやレーグが貴族であるのはセルディルによりバラされている。なので、今も2人の傍には魔法師であり案内をしているコレットと名乗った女性が居る。
(ぶ、無礼にならないように……。陛下に、貴族様に失礼のないように、ないように……)
と、心の中で必死に繰り返す。冷静に、失礼のないように、としているがその間にも2人は乱雑に置かれた資料と睨めっこ中。
「ユリィ、そっちはどう?」
麗奈とひょこりと顔を出す風魔は耳をピク、ピクと動かす。白い和装、幼い顔には犬耳、大きな尻尾が揺られ『まだー?』とつまらなそうにしている。
「ん、麗奈。どうした?」
「キールさんがこっちを手伝うように、って言われてね。向こうの方はどうにでもなるって言われて」
(……あぁ、レーグの奴、1人でやらされてるな)
麗奈がユリウスとどう掃除をするかを話している中、ラウルは親友の現状を理解し後で酒でも付き合うか、と予定を決めたのだった。
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レーグは整理をする中で、ふと‘精霊について‘と大事に書かれた本を見付ける。そう言えば……と、今まで疑問に思っていた事が急に出てきてつい中身を見てしまう。
(麗奈様の精霊であるウォーム様。大精霊なのは確定だ……だが、全てが規格外すぎる)
大精霊。
巨大な力を持つ存在。土地と強い結びつきを持ち、その土地に住む人々にも多大な影響を及ぼす。彼等が居る所には必ず国が建つとさえ言われ、魔法師達はその関係性を調べ持論し、資料として残している。
だが、どれだけ掛かろうとも解明される事はなく謎のまま。しかし、召喚士と唯一の会話を成り立たせ世界に干渉している彼等。その手の資料があっても良いだろうに、とレーグは思う。
ラーグルング国は大小様々な精霊が存在し、その影響か魔法を扱える人数は他国よりも圧倒的に多い。一説ではその魔法を扱えるかどうかは、精霊達に一任されていると、言われていながら証明がなされる事はなかった。
「……主ちゃんの精霊について調べてる?」
と、いつの間にかキールの作業を止めレーグを見ていた資料を、後ろから取り中をペラペラとめくりポイっと投げ捨てる。
「こんな古い資料無駄だよ。私が書いた物なら尚更だけど」
「えぇ!!!」
投げ捨てられた資料の背表紙を見る。そこにははっきりとキールの名前が書かれており、資料の字を見ると少し幼い感じの字体だなと思い読み進める。しかし、ゴオオッ!!といきなり燃え出し慌てて手を放す。
「だからそんな古いの見てないで、本人に聞いてよ。大精霊………主ちゃんが契約を果たしたウォーム。彼は謎が多いから気になるんでしょ?」
「は、はい……」
その中でも、彼の力は凄すぎるの一言に尽きる。壊れたものを元の形に戻すなど普通では考えられない。
それだけの魔力は一体何処から来るのか。彼は見れば戻ると言うが、それは言う程簡単ではない。村でも城下町でも、今まで通りに戻り襲われたのが嘘ではないかと言う位に元の位置に家具があり、畑などで使う道具が狂う事なく、元の場所にあり驚かされた。
「見て元に戻す。住民達の生活を古くから見てないと出来ない芸当だ。彼は……ラーグルングに住まう大精霊。けど、私は彼の存在を感知しても姿形は見たことがなかった。……主ちゃんが来るまでは」
「……それは麗奈様が契約をしたからでは」
「召喚士は精霊の声と姿を見聞き出来る。なら、存在を感知した時点で見えるはず。契約するかどうかはあくまで召喚士に委ねられてる」
「……では、ウォーム様は一体……」
麗奈が来てから見えるようになった大精霊。今まで、助けて貰った精霊を疑うような真似はしたくない。キールはふと、自分が契約した精霊達の反応で気になる点があった。
「インファル。君等、あの時一体何に驚いてたの?」
《それは……》
「エミナスには知らないの一点張り。だけど、君等は驚いたような……はっとしたような感じになったよね?あれ、どういう意味」
《……管理者様が、いた。それだけだ》
それ以降、インファルに呼びかけても返答はなくイルミナ同様に沈黙を貫かれた。管理者……それは原初の精霊とエンシェント・ドラゴンを指していると理解出来た。
この2つは魔法師達の間では当たり前に知っている。世界の創造記として誰かが残したものは、この本部に保管され魔法師なら誰でも見られる。
「管理者……アシュプ様とブルーム様の事ですかね」
「名前しかない彼等の証明は難しいね。古代魔法が扱える事以外の事は残ってないし、エルフに聞きたくても遠いし。
まぁ、彼等を信仰してる所があるし……影響力はあるにはあるんだよね」
「キールさん、ユリィ達の所も終わりましたよ!!今、皆に……」
話している所で麗奈が入ってくる。大事な話をしていたのか、雰囲気がただごとではない、と感じすぐに黙り「す、すみません……」と出て行く。が、キールが逃がさないように首根っこを掴み「ふぎゅ…!!」と何やら声が聞こえたが無視だ。
「おーい麗奈。ゆきが煎れたお茶を飲まないのか?って……何してるキール」
ユリウスが呼びに帰って来ない麗奈の様子を見にキール達の所に行き睨んだ。中に入ればレーグは「すみません、すみません」と必死に謝り呼びに言ったはずの麗奈は「く、くる、しい……」とキールに捕まっている。
「丁度良かった。陛下、主ちゃんと一緒に来てくれない?」
「はい?」
「すぐに済むよ。そしたら……2人で自由にしてていいし。デートするなりしてくりれば?」
「「デっ、デート!?」」
みるみるうちに、顔を赤くする2人に不思議そうに見るキール。「してないの?」と麗奈に聞けばブンブン、と頭を振る。
「陛下?」
「こ、この頃、ランセさんとリーナと居る事が、多いし……。イーナスに頼まれ事されたし」
「主ちゃんより、イーナス優先?」
「うぐっ………」
「……主ちゃん?」
ヘコむユリウスをほっとき、次は……と麗奈を見る。彼女もキールに視線を合わさないように下を向くが、顔を無理矢理上げじっと見ると観念したように、ポツリと言い始めた。
「……風魔と、柱の見回りを、して、ました。今までずっと」
「他は?」
「………騎士団の皆さんや、兵士さん達のご飯、作るの手伝ってました。ラウル、さんにも色々と手伝って貰い、ました……」
「何で?」
「………」
完全に沈黙し、語らなくなった麗奈にキールはそれ以上の事は聞かずにある事を言った。
「レーグは主ちゃんの下着見たよね?」
「なっ………!!」
「………」
何故、それを!?と言いたげなレーグは無言のプッシャーに耐えきれず「ふ、不可抗力、です……」とユリウスに謝る。麗奈はずっと口をパクパクと、言いたい事がまとまらずにいれば
「まぁ、主ちゃんとは裸を見た中だし。レーグよりは軽いよね?」
「わああああああっ!!!」
慌ててキールの口を塞ぐが、既に言い終えニコニコと爆弾を投下していく。
「「………」」
レーグはぎこちなくユリウスを見れば、先程の不機嫌がさらに下降中。麗奈は真っ赤にしたままキールを睨んで「何で今、言うんですか!?」と言ってしまう。それで嘘だと思っていたのが事実に変わり……嘘を言って下さい、とレーグは強く思い彼女の真っ直ぐさが今回は裏目に出た。
「あ、もしかして秘密にするんだったの?ごめんね、気付かなくて」
「嘘ですよね!?目が笑ってないですし、ヒシヒシと怒りが突き刺さってるんですが!!」
「私じゃなくて、陛下ね、それ」
「………」
「まぁこれ位で嫉妬するんだから、本当に好きだよねぇ陛下は」
これ位、の度合いではない。と目で訴えるレーグを笑顔でかわすキール。ギギギ、と機械のようにゆっくりと振り返る麗奈は、ニコリと笑顔なのに全身から滲み出ている黒いオーラは「どう言う意味だ?ゆっくりと聞くからな」と強く訴える。
「………うぅ」
「私を盾代わりに使わないで下さい。あとが怖いので」
レーグの後ろに隠れ、ガタガタと震える麗奈。キールから母親の仕業だから、とまるで反省の色が見えず、ユリウスは溜息を吐いた。
人を遊ぶのが好きな困った親子だ、と心底そう思い、ビクリと震える麗奈を視界に入れたが「で、何処行くんだ?」と話題を変えた。
「召喚士として、ここで登録するんだ。ゆきちゃんにも登録して貰ったし……元々、主ちゃんとゆきちゃんには一度来て欲しかった場所だしね」
「陛下の魔力もついでに見たいしね」
「ついで扱い……」
「まぁまぁ。ほら機嫌直して主ちゃん怯えてるよ?」
小声で言いチラリ、とレーグの背に隠れている麗奈を見る。こちらに気付いたのか、すぐに隠れる麗奈はレーグに何かを言われている。それに少しだけピリッとなる自分に、イラつき「分かったよ」と気持ちを落ち着かせる。
「主ちゃん、陛下の機嫌直ったから。ほら……出てきて」
キールにそう言われるもなかなか前に出ない。レーグに促されて、恐る恐るユリウスの所に行き「ご、ごめん、なさい……」とシュンとなり謝る麗奈。既に涙目の彼女に、ユリウスは抱き寄せ落ち着かせるように頭をポン、ポン、と子供を宥めるように撫でる。
「もう、怒ってないから」
「う、うん……」
コクリ、コクリ、と頷く仕草に思わず「可愛い」と言えばすぐに顔を赤くし慌てたように逃げる。逃がさないように、ホールドし「逃げるな」と言うが「へ、変な事言うから!!」と言われ、一瞬考えたユリウスはそのまま抱き抱えて「キール案内して」と願い出る。
「ちょっ」
「はいはい。こっちだから付いてきてね~」
問答無用で連れて行かれたのは水晶がズラリと置かれた部屋。床が黒くて広さが分からない、空間が切り離されたような部屋だと言う印象を抱かせる。レーグも初めて入る部屋なのかキョロキョロと見渡す。
「2人共、この中央の水晶に手を当ててみて。魔力があるなしに関わらず反応はあるだろうし」
キールに促されたのは、ひと際輝きを増す水晶。直径7センチ程の水晶、その台座はなく、水晶自体が空中をフヨフヨと浮かんでいる。麗奈を降ろし2人は言われたように同時に水晶に手を置く。
一瞬、七色の光が辺りを包むと同時にパキン、と割れる音が聞こえて来た。麗奈とユリウスはぎこちなくキールを見る。
「あらら、割れちゃったんだ………」
表情が急に読めなくなり、いつもの微笑を顔に張り付ける。2人はその場でキールが許してくれるまで謝り続けた。その反応が面白いのか、キールはそのままずっと黙り続けレーグは面白がるので、どう止めに入ろうかと考えると言う状況になる。
その後、ラウルが探しに来るまでこの状況は続き「説明して下さい」と2人を守るように立つ騎士に苦笑しつつ、キールは今の結果の説明を行う。




