第382話:分かたれた首
『あれ、一気に呪いの反応が消えた……?』
そう疑問を口にした破軍に、ハルヒはすぐに答えた。
「ギリムさんが動いたんでしょ。ランセさんが呪いを消せる力を持ってるんだから、それ以上の事をやったとしても不思議じゃない」
『改めてあの人と知り合いになれて良かったな、って思うよ』
「そうだね。その甲斐あって、今は僕達と行動してるんだし」
『え……』
前よりも刺々しい感じのない返しに破軍は少しだけ戸惑った。
思わず声が漏れた破軍に、ハルヒは人通りの多い中を進みながら小さく舌打ちをした。破軍も少なからず気付いている。
ハルヒの幼少時代から彼の事を見て来た。
冷遇されている彼の助けにでもなればと思い、声を掛けたが当時のハルヒはそれすらも拒否する程に周りとの関りを避けた。
だが、麗奈の母親である朝霧 由香里との出会いで全てが変わった。
今まで無関心を貫いてきたハルヒの心に、一筋の光が通ったかのように心が豊かになった。既にその頃から、誠一と契約している九尾には嫌な顔をされ何度か雷での牽制を受けた事もある。
だから、彼はハルヒの心の変化には敏感なの方だ。
その証拠に地下にあるとされる呪いの場所の案内をしながら、彼はハルヒの隣へと移動する。霊体になっている彼は、周りの人達には見えずにいる状態。あまりハルヒが大声で話すのは、周りから見ればおかしな人と見られてしまう。
『……なんかあった?』
「別に。何もない」
思わす破軍はそう聞く。恐る恐るだったのは、今までのハルヒの態度が冷たいものであると理解している。何せ幼い頃に、彼に悪戯を仕掛けた事は多くある。両親に先立たれ、ハルヒが寂しくないようにしたのだが彼からすれば、そのやり方に不満がある。
寂しくないように、と言うのは分かる。だが年齢が上がるにつれて、悪戯ばかりしてくる破軍に対してハルヒは冷たくあしらうようになった。
呪いがあるとされる地下の入り口には、地下水路から行くことにした。
ハルヒが扱う水の術式の事も含め、水辺がある方が何かと有利に働く。それに、浄化師の裕二の術式も起動しているのは式神同士の通信で既に報告済みだ。
「……れいちゃんに言われたんだ。幼い時から居る破軍の事を、邪険にしたらダメだよって」
『わぁ、改心するようになった理由は彼女なのね』
「そうでもないよ。……一応は接し方は考えてたし、きっかけがなかっただけ」
プイッと顔を逸らすハルヒをよく見ると、耳が赤くなっている事に気付く。
いつもなら茶化す所だが、破軍は改心しようとするハルヒに対して嬉しく思いそこには触れない。だから返すのは『ありがとう』と言う言葉だけでいい。
『主。ちょっと待って』
「うん。一気に気配が濃くなったね」
地下水路の行き方は、武彦からの指示で動いている。
初めて来た場所でもこうして迷わないで行けるのは、彼の教え方が上手いのと水の気を読める破軍の案内のお陰だ。
「生活に必要な水が呪いで使えなくなるのは困るしね。早めに済ませるよ」
『幸いなのはその呪いは、皇都の人達に伝播してないって所だ。どの位の期間、呪いに侵されていたのかは分からないけど……かなり我慢してたんだろうね』
「爆発する前に、僕達で処理しないと。呪いの専門家なんだし」
『うん、うん。呪いは負の感情から生まれるし、周りにも悪影響を及ぼす。今は影響がなくても、いつその影響下になるか分からない。とっとと行くか』
口調はおちゃらけているが、真剣な顔で周囲を見て他の呪いがないか確認していく。
ハルヒは先頭を行く破軍の後ろに付いて行きながら、結界と人払いの札を設置して戦闘時の邪魔にならないようにした。
「誠一さんが皇都の中心部分に行くって事だから、僕達は水路の中心を叩けば良いんだよね」
『そうなるね。3つ首の竜の精霊……だったか。3カ所に呪いが発生したとなると、呪いの根源になったのは分かれた首の方っぽいな』
「そうなるね。呪いの気配がどんどん濃くなってる。アウラを呼ばなくて正解だ。アイツと同じで、どんな影響を生むか分からないんだし」
『まぁ、本人は役に立てないと分かった途端に悔しくしてたけど』
天地と水を司る精霊という話だった事なので、水に関する所にその首が1つあると言う予想は当たりのようだ。地下水路の中心と思われる場所には、脈を打つが聞こえてくる。
ドクンッ、ドクンッ、と鼓動のように響く音は幻聴ではなくその精霊のものなのだろう。歩きながらハルヒは既に戦闘準備を整えていく。
自身の周りに結界を張り、破軍は密かに霊力で作り上げた刀を握りしめていた。
ハルヒからの号令でポセイドンはいつでも出られるようにと、魔力を練り上げている。
「随分と大きな首だね……」
現代で麗奈が倒した大蛇と同じ位の大きさだと思い、ハルヒは静かに呼吸を整える。自分の感じ取った呪いの濃さからして、通常なら部隊を組んで行う大規模なものだと分かる。しかし、援軍を呼ばずにおいて良かったとも思っている。
『……これなら何があっても、誰かを依り代として操りは出来ないしね。主、設置は完了してるだろうけど油断しないで。何があっても良いように対処するよ』
「うん。頼りにしてるよ、初代様!!」
『おっ。そう言ってくれるのは嬉しいね♪ こりゃあ、結構頑張らないと割に合わないね!!』
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一方で誠一と呪術師の混成部隊は、皇都の中心部分である城の地下深くへと進んでいた。
城の地下には、宝物庫や禁術に関するものもある為に本来なら部外者の立ち入りを禁止している。だが、この緊急時においてそれは王により解除がされている。
だからこそ、他国の部外者である誠一は特例で入れている。
リーズヘルトはずっと心に引っかかりがあった。その疑問が顔に出ていたのだろうか、雰囲気で出ていたのかは分からない。
誠一が歩みを止め、真っすぐにリーズヘルトを見た。
「何か言いたい事があるなら聞こう。時間もない分、手短にしてくれると助かるのだが」
「……。では失礼を承知で申し上げます。貴方はご息女の事が心配でないのですか?」
「その疑問を答えて、貴方に何か得がありますか?」
「勝手な事とは思いますが、危険にさらされていると分かっていながら何故……助けに行こうとは思わないのですか」
「……」
『主人。答えた方が良いぞ。コイツ、多分だけど納得できるようなものじゃないなら、嬢ちゃんの所に行かせる気だぞ』
霊体化を解いた九尾が誠一にそう告げ、彼はリーズヘルトの事を見る。
真剣に聞いてるのを見て、言葉を選びながらも本心を告げる事を決意する。
「心配に思うのは当たり前だ。だが、娘はもう立派な陰陽師であり呪いに対処出来るだけの技術は身についている。私達、夫婦の訓練にもあの子はめげずに付いてきたんだしな」
「ならば」
「呪いを甘く見てるんじゃないのか? 同時に全てを処理するのが大変なのか分かってないだろう。人手不足なのは何処も同じなのかも知れんが、我々が失敗すれば平穏に暮らしている人達に悪影響が及ぶ。その悲惨さを知らないからそう言えるんだ」
霊感がない者は、怨霊に憑依されると人格が変わる。
優しい人が急に凶暴化したり、訳の分からない事を言ったりする。生きる者達、全てに負の連鎖を突き付け衝動的に破壊を生む。
それで両親を失った裕二とゆきがその例になるだろう。
この異世界での呪いが他者を限定して、襲うものならばと思ったがそれは規模の大きさが違う。守り神として崇めている精霊が、呪いに負ければそれは皇都が呪いの中心となり範囲を広げていく事になる。
それは底なし沼のように、際限なく人を狂わせ土地を狂わせる。
人同士の争いがもっと酷い状況になり、ちょっとした事で流血沙汰になるのも当たり前の風景になってしまう。
「私達は、現代でそれに近しいもの見て来た。だから、他国だろうと呪い関係なら早めに手を打たねばならん。自殺する者や自我を失うような恐ろしい事になるのを防ぐのに、最善を尽くす。娘の事は心配だが、ユリウス君が傍に居る上にギリムさん達の手助けがある。――これが答えでは不満か?」
「いえ……出過ぎた真似をしました」
親として心配だが、それ以上に娘の麗奈の実力を信じている。
目がそう語っているのを見て、無粋な質問をしたと反省をするリーズヘルトに誠一は気を取り直して呪いの強い場所へと向かう。
既に分身をして、周囲を見て来た九尾よって場所は分かっている。道に迷う時間が短縮され、こうしている間にもゆき達が順調に小さな呪いを対処している。
その分、大掛かりな呪いへの対処を行う自分達には他を気にする必要がなくなる。
進んでいくと空気が一層重苦しい事に気付き、誠一以外は足を止めた。悪寒のような、全身をゾワリとした見えない何かが這いずり回っているような気持ちの悪い感覚。
「……既に1つは怨霊化が進んでいたか。他も同じような事にならんといいが」
『でも予想より、悪い方向ではないな。裕二とゆき嬢ちゃん達が頑張ってるお陰だぜ!』
「足が進まん者は下手に来なくていい。利用されるのは勘弁だ」
そう言ってリーズヘルト達を結界で包み、誠一は人型となった九尾に声を掛ける。
「こうして肩を並べるのは何年ぶりだ」
『さてね……。ま、今まで狐でやってた分かなり久しぶりだなぁ~。俺と主人なら出来るだろうよっ!!』
強気でいられるのは今までの経験があるからこそ。
誠一は既に呪いの中でも厄介な怨霊となっている精霊に向けて、戦闘態勢を整える。現代でも行って来た怨霊退治と同じく、精霊に対しても処理を実行する。
雷を纏わせた刀を作り出し、九尾は炎で牽制とサポートに徹する。ハルヒと誠一は、現代で行って来た怨霊を退治をこの異世界でも起こすとは思わなかった。そんな予想外な事なのに、2人は冷静に怨霊を見据え呪いの核を探す所から始めた。




