第381話:それぞれの役割
最初から何も無かったわけではなかった。
だが、皆が飢えを起こしその日の食事にも満足ありつけない現状をその精霊はずっと憂いていた。強力過ぎる力は上手く使わなければ破滅を生むだけ。
そうなる位ならば、と力を抑え何もしてこなかった。その結果がこれだった。
同じ人同士で争い、大人も子供も関係なく奪い合いが続く。
子の憂いを父親であるアシュプは問うた。これからどうしたいのか、と。
《どうって……?》
見守る事も必要だろう。だが、それではずっと苦しむ姿ばかりを見てしまう。
それは悲しい事だと言い、言いかけた言葉を飲み込んだ。最初から答えを提示してしまえば、子である精霊は自ら考える力を放棄するだろう。
それではいけないのだ。
自ら考え、導き、答えを探してはまた迷う。そうした繰り返しの事を続けていき、子である精霊はどうしたいのかという答えをはっきり示していくだろう。
《笑顔で……。笑顔でいて欲しい……。だからっ――!!》
考え導き出したその答えの為に、精霊は自身の恐れていた力を開放する。
3つの首を持ち、それぞれが違う力を持つ強大な竜。その1つは雨雲を呼び雨を降らせて土地を濡らし、もう2つの首は大地を水はけのいいものへと作り変え、最後の3つ目の首は作物が育つようにと豊穣の実りをと願う。
それぞれの能力を補い合えば、力は暴走しない。だからこれからも互いに協力し、彼等を守ろうと誓う。
人の営みを、国の成り立ちを見て、脅威に晒されるのなら守らねば。
恐怖に染まる顔ではなく、笑顔でいて欲しいと言うこの精霊の願いを聞き届け、フォーレスの王は契約を持ちかけた。
互いの力を補うのなら、人と共に出来るだろうと。
見守り続けながらも、約束をしよう。守り神として称え、いつまでも感謝の気持ちを忘れないと。
「――うっ!?」
《キュウ!!》
『起きたか、麗奈』
突然の頭痛に思わず麗奈の意識は覚醒する。
ハッとなり、自分が見ていたものが何だったのかと考える。走馬灯にも似た膨大な量の情報を一気に見聞きしたからか、精神的な消耗が激しい。
そんな彼女にヴェルは寄り添い、青龍は足を止めて起きた事を確認した。彼は麗奈の事を横抱きにして運び、自分達が居る場所を説明してくれる。
周囲に見えるのは黒のみ。
その不気味さを麗奈は身をもって知っている。
「……フェンリルさんが、呪いに侵された時と同じ空間だね」
『やはりそうだったか。念のため、ヴェルが俺達の周囲に結界を張ったのは正解だったな』
《キュ♪》
えっへん、と胸を張りすぐに麗奈に甘える。
しかし麗奈と視線を合わせるとすぐにしょんぼりとし、彼は謝った。自分が上手く呪いを抑えきれなかった所為で2人を巻き込んでしまったのだと言う。
「気にしないで。ヴェルが防いでくれなかったら、もっと被害は酷かったもの。私と青龍は、出てこうとする呪いを止めるのに必死だった。ね、助け合いでしょ」
『今現在、俺達はこの呪いの空間に閉じ込められているから、状況的にはマズいんだがな』
それでも何だかんだと気楽でいられるのは、大丈夫だと言う確信があるからだ。
ヴェルが気付いた事なら、契約しているユリウスにも伝わるだろう。心配をさせない為にも、この空間から出て状況を確認しないといけない。
「皆にも心配掛けちゃうから戻らないとね」
『既に手遅れだと思うんだがな……』
「……。言わないで、ユリィとハルちゃんに怒られる未来しか見えないから」
『それは悪かった』
少しでも慰めになれば、と青龍は自身の尻尾で麗奈の頬を撫でる。ヴェルも真似をするように、反対側の頬を舐める。くすぐったさと気恥ずかしさがありながらも、心配させないように動いてくれる事に感謝をする。
そんなやりとりをしていると青龍はしっかりとした足取りで真っすぐに進む。
空間が黒で埋め尽くされ、薄暗い中でも麗奈とヴェルの表情を認識出来るのは薄い光の膜を張っているからだ。
「こんにちは。さっき見た精霊は貴方だったのね」
《君は……?》
青龍の止まった先には、巨体の竜がおり首をゆっくりと麗奈の方へと向けた。そこから感じ取れる魔力から精霊の父であるアシュプのものを感じ取り、嬉しそうに微笑んだ。
《そうか。君は……お父様の契約者なんだね。そう、か。……お父様も得られたんだね》
「他の首が……ない?」
本来ある筈の3つ首の竜。
しかし、目の前に居る竜は真ん中の位置なのだろう。彼の両サイドには、あるべきはずの首がない。なのに今もボタボタと黒い血が流れ、それら生んだ空間なのだと悟る。
表情も何処か虚ろであり、話しているであろう麗奈に視線を向けたのに今度は天を仰いだ。
《早く、ここから離れるんだ。……他の首が、怒りに飲まれる、前にっ……!!》
《カタストロフィ!!》
そこに滑り込んできたのは一筋の虹色。
その光線は、呪いで侵されてる空間なのにすぐに色を変えて虹色へと変化する。
《居たぞ、小僧!!》
「麗奈、待たせて悪い!!」
「ユリィ……!!」
まさか自分を追ってくるとは思わず、麗奈は歓喜の声を上げる。
ブルームから飛び降りるようにして、落下した彼はそのまま麗奈を抱きしめる。2人一緒に落下するのを再びブルームが受け止めて、子供である竜の元へと向かう。
《あぐぅ、ううっ……。うぐああああっ!!!》
悲痛な声が響き渡る。
もがき苦しみ、嫉妬と憎しみといった負の感情を全て乗せたような咆哮。耳をつんざくような音に、2人は耳を塞ぎながらも観察を続ける。
先ほどまでなかった首は、新たな首を生やし精霊の目は虚ろなものからギョロギョロと不気味に動く。やがてその目が麗奈とユリウスを見る。ゾッとなるのと、ブルームが旋回したのは同時だ。
すぐに光線が通り過ぎ、空を切る。
そのまま下へと首を移動するのを、青龍が蹴り上げた事で無理矢理に上を向かせた。
『守り神が自ら国を滅ぼすな』
「そうだよ~」
続けざまに下から強烈な竜巻が発生し、更に上空へ運ばれた。
のんびりとした声に、麗奈とユリウスは思わず「え」と声を揃える。来たのはディーク1人だけであり、彼は欠伸を噛み殺していた。
風の上位属性である嵐を操る魔王の参戦、そして後から追って来たのはアルビスが創った自身の分身体だった。
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「ディーク君が麗奈とユリウス君の方に合流したようだね。強力な風の魔力を纏わせているから、この術式でなくても分かる」
「一応、僕の分身体も付いて行ってるから護衛としては十分だと思う」
武彦は地図上で展開されている呪いの数と対処している麗奈達の行動を見ている。
少し前に裕二からの連絡を受け、皇都の中央部分に到着している。国の中心部な上に、人通りも多くお店も普段通りに営業中。
今、彼等は何も知らないでいる。
こうしている間にも、少しずつ呪いの力が広がっているという事を。
(まだ怨霊と化してない分、鎮静を順調にこなせば被害は少なくて済む。魔法での浄化も効果があるのは既に確認済みだ)
「ギリム、そろそろ行く?」
「あぁ。あとはランセとサスティスに任せて平気だろう。見回りをしながら、こちらも浄化作業を進めていく」
「すみません、お願いします」
アルビスとギリムの姿を消え、皇都中に広がっていた黒い光の半分ほどが一気に掻き消える。
闇の魔法を扱う彼等は、呪い消せる所か逆に力を上げてしまうのでは……とキールの説明を聞いていただけに驚かされる。
しかし、こうした規格外の力には慣れている。
例え同じ属性だったとしても、魔王と言うのはそれだけで圧倒的な力と魔力を保有しているという事なのだろう。
(彼等は彼等の目的があるようだし、邪魔にならないように消えた部分からサポートをしよう)
一気に呪いの数が減り、戸惑いを覚えたのはゆき達だ。
誰が行ったのかと思っていると、彼女達の不安を武彦が丁寧に分かりやすく説明していく。
「そ、そうだったんですね。ビックリです。武彦さんに教えて貰った所に行こうとしたら、すぐに消えたので。あの……武彦さんは、何で私達が不安がっていると分かったんです?」
「リアルタイムで、君達の動きを探知しているんだ。皇都の地図を広げて、その上から全員分の霊力と魔力に印を付けているから、動きが分かりやすいんだよ」
「へっ……!?」
そうなると慌てふためいた自分達の行動が、武彦に筒抜けになっている事になる。
ピタリとゆきが止まり、しゃがみ込む様子までおおよそで掴めてしまうのだ。しかし、そう落ち込んでいられない状況なのも理解しているのですぐに復活。
その様子を見つつ、武彦はゆき達には周囲の小さな呪いの浄化を頼んだ。
誠一の言うように、小さいものを依り代に次々と復活されない為。そして、小さい呪いでも少しずつ悪影響を及ぼす。
霊感に強くあってもなくても、魔力があるなしに関わらず不調を訴え始めたら活発化されてしまう。
それらの注意をゆき達に伝え武彦は裕二が居る中央部分に目を向ける。
(うん。無事にベール君とラウル君に合流で来たようだね)
裕二が陣の準備を整えている間の護衛が必要になる。
武彦は、ベールに別の方向での呪いを浄化するように頼む。小さい呪いを完全に失くして力を少しでも弱くする。エルフの扱う聖属性の魔法は魔物にも呪いにも効果がてきめんだ。
そして、裕二が弱体化の陣を発動し呪いの勢いを弱める。
その力に対抗するかのように、呪いが発せられる3つの黒い点が同時に輝きだした。




