第379話:土地神クラスの精霊
冒険者ギルドへと来ていたハルヒ達は、依頼を見つつさり気なく中の様子を見て行く。
「……。ランセさんの言うように、誤認魔法の効果だからかな。私達以外は普通だね」
「そうだね。なんだか、こっちが間違ってるのかと思う位に」
ゆきと咲はそう話す。
ハルヒもそう思いつつ、この魔法を展開したのが魔王ギリムだという事を思い出す。魔王達の中で、アルビスと並ぶ程の魔法の使い手。そんな彼の魔法がそう簡単には破られないか、と当たり前の事かと結論を出す。
「君達、ここでは見ない顔だね」
「へ……あ、はい」
咲が気まずそうに答えつつ、ハルヒが無言で振り返る。
既に彼の異変に気付いたゆきは思わず「あ……」と小さく声を上げ、ギルドの外で待機しているラウルを呼びに向かった。
「各地を旅していて、皇都には驚きました」
咲はハルヒの機嫌の悪さに気付き、当たり障りのない事を並べつつ声を掛けて来た男性達が早く離れてくれるようにと願う。だが、男達はそんな咲の心配など気付きはしない。
「じゃあ俺達が皇都を案内しながら、色々と教えるよ。お嬢さん達に」
「あ、だ、大丈夫っ、です!!」
すぐに断る咲に不思議そうな顔をする男達は気付いていない。
その一言でハルヒの怒りを倍にしている事に。ラウルがゆきから事情を聞き、ギルドの中に入るのとハルヒが男達を投げ飛ばしたのは同時。
「……行くよ」
「う、うん。……すみません、先を急ぎますので」
謝る咲は去り際に、男達に治癒を施してハルヒの後を追って行く。
ラウルは何がハルヒの怒りを買ったのかが分からず、一瞬にして男達を倒した技術の方に驚いていた。変に注目される前にと出ていき、ゆきにその時の事を話すと彼女はすぐに納得した。
「あぁ……。えっと、ハルヒの見た目って中世的だから男か女かって判断が分からなくなるんだよ。私達の方では、ハーフは普通だったし制服もズボンだったから男性って見抜くのは早い方なんだけど」
「つまり、女性として見られるのを嫌う……と言う事か」
「うん。綺麗な見た目だから、たまにナンパされるのを見てるからね。……本人はその度に、無言で殴ったり投げ飛ばしたりしてたなぁ」
そういう対策の意味も込めて、ゆきとは疑似的な彼女として良かったのだろう。
咲が「凄い、怖かった……」と無言で対処するハルヒの怖さを訴えており、ゆきはすぐに慰めた。
(俺が入ったと同時に対処してたから、既に何回か経験済みだったのか。……トラブルにならないようにと思ったが、今度からはギルドの中にまで付いて行った方が良いな)
外で待機していたのは、目立つのを恐れての事。
普段のラウルは無表情で仕事をこなすので、見る人から見れば威圧感を与えかねない。それは自覚していたが、麗奈達と居る時は雰囲気が柔らかくなると言うのは本当なのだと改めて思う。
無言でいたハルヒが、ラウルに視線を向けておりギルドは普通にしていたと告げる。
「特別な依頼もなかったし、普段の依頼がズラッと並んでいるだけだった。それとなく周囲にも目を配ったけど、雷に驚いていたっていう話題で持ち切り。あとは僕が投げ飛ばされた男達の事を笑われている位だったね」
そう言って彼は懐から人型の紙を取り出した。
麗奈が使っている式神にも同じ形状だったのを思い出し、ラウルは「今もか?」と聞くとハルヒは頷いた。
「でも、いつ情報が更新されても良いようにと思って張り付けて来た。投げ飛ばしたアイツ等にも小さいもので貼ってる」
「……私怨で動いてたんじゃないんだな。そこは冷静で助かる」
「まさか。ついでだよ、ついで」
「はぁ。とにかく情報はこれで取れるのは確認出来たんだ。ランセさん達の所に戻りながら、俺達はもう1度ここの人達の様子をそれとなく見て行こう」
笑顔でそう答えるハルヒに頭痛を覚えかけるも、ラウルはゆき達にそう促す。
私怨であろうとも目的を達する気でいるハルヒに、頼もしいと思うべきなのか分からないからだ。すると、彼等の耳にフェンリルの声が響く。
《すまなかったな、ラウル。俺が出ても良かったんだが……》
「いや。逆にフェンリルが出てくるのはマズいな。君は国の守護として名が知れている。変に警戒されるのは得策じゃない」
《……む、そうか。ならアルブスを連れて行くのはどうか。あの子なら機転が利くと思うぞ》
《ガウッ♪》
ポンっ、と咲達の前にアルビスが姿を現す。
何でもやるぞと気合十分な感じでいる。ラウルはそれにも申し訳なさそうに「ダメだ」と断りをいれる。まさかの契約者からの断りに、アルブスは目に見えてしょんぼりとしている。
体全体を丸くして、気がかなり落ち込んでいる。それをハルヒが契約しているポセイドンが《落ち着け》と、自身の足が10本あるのを良い事に撫でまわす。
《……。そうか、ここは魔力の通りが悪いんだったな。俺達のような精霊が現れるだけでも目立つか。配慮が足りなくて悪い》
「あぁ、だからアルブスが悪いんじゃない。機嫌を直してくれ」
《ウゥ……》
そういう理由ならと納得してくれた様子であり、彼等はすぐに周りに見えないよう透明化をする。
戻りながら皇都の様子を見て行くも、彼等に変わった様子はない。
普通に出店があり、暮らしている人達の活気がある。警備をしているであろう人の様子を見ても、何らかの異常があったようには見えない。
「まだ彼等には情報が来てないのか、ワザと知らせてないのか……。ファインさんが何かしら情報を持って返ってくれると嬉しいんだけどなぁ」
「そうは言っても、彼はこの国の所属だ。俺達に言える範囲はあるだろうし、無理に聞くなよ?」
「分かってるよ……」
店に戻るとディークがアルベルトの慰められており、隅っこで体育座りをしていた。
ザジに何があったのかと聞くと、食事に夢中で今までの話を全く聞いていないのだと話す。ランセとサスティスから拳骨を喰らい、今は反省中との事。
「ポポッ」
「うぅ、分かってるよ。でも仕方ないじゃん。ここの食べ物美味しかったのがいけないんだ~」
「クポポ~」
反省しているディークに肉まんを渡すと、それを無言でパクッとするディークに反省しているのか謎だと思うゆき達。戻って来たファインとベールによれば、今日の謁見は非公式の為に限られた者しかその存在を知られていないもの。
将軍の誰も出てきてないのを見る限り、事態が悪化したようには見えていないようだと言う。
「ギリムのもかなり強力なものを使ってるから、皇都を覆う位なんだろうね。追随して行ったのは魔力の感じからしてユリウスのだろうし」
「じゃあ、ブルームが動いてるんだ。彼の力は相当なものだから、うっかり誤認魔法を壊しかねないけど……大丈夫かな」
「平気だよ。ユリウスだって成長してるんだ。あの精霊の力加減も制御出来ないようじゃ、使いこなせるのまだまだ先になる」
ランセとサスティスはそう話しつつ、外の様子を見てみる。
青空が広がっているのは変わらずであり急激な変化は見られない。しかし、時々起きている魔力の衝突により光が少し漏れ出ているのが見られた。
「あの光……。あれも僕達にしか見えないようにしてるって事ですか?」
「そうだろうね。それに……相手をしているのは呪いのようだ」
「え」
「ハルヒ君は何か感じ取れない?」
呪いの気配を探るハルヒは、上空で激しい呪いが渦巻いているのを感じ取った。
そして彼はその濃度からして、大蛇にも匹敵する程のものだと分かり戦慄する。
「っ……かなり強力な部類です。れいちゃんが対処した呪いの塊と同じ位、いやそれよりも上……?」
『でも出所がおかしい。上より下の方が強く感じ取れるぞ』
そう言って破軍が姿を現し感じ取れる呪いの詳細を話す。
上空で暴れているのも呪いで間違いないらしいが、もっと強力なのが下から感じ取れるだけでなく皇都中に広がっていると言う話だ。
「もしかして、呪いが分けられてるのか……?」
『しかも全部で3つある。1つ目は上空、2つ目は地下。3つ目はこの皇都の中心部分だ』
「ファインさん。この皇都に守り神的な話とか何かないですか? 微かに精霊の魔力を感じます」
「守り神……。もしや竜との契約の事か」
彼はこの皇都のある出来事を話す。
まだ豊かではない時代、貧困や飢えで苦しんでいた時に水と天地を司る竜が舞い降りたのだと。その竜は3つの首を持ちながら1つの体として形成されている。
雨雲を呼び、荒れ地だった大地を蘇らせ、実りが急激に成長した。そのお陰で、稲が育ち米が出来上がる。そうして力をつけ作物だけでなく、野生の動物達もその実りにあやかった。
それらが家畜として広がり、更なる発展へと遂げていく古くから伝わるもの。
実際にこの国はその竜に感謝し、祈りと作物などを供物として捧げている文化が残っている。
この繁栄を守り続ける為にと竜は皇都を守護し、今は大きな大国としてフォーレスという名を残している。
これは、この国に住む者なら誰もが知っている昔話であり小さな子供でも知っていると言う。その話を聞き、土地神クラスの精霊とは厄介なと難色を示すのはサスティスとランセの2人だ。
「精霊の格で言えば、精剣に宿している大精霊と同じ。けど、土地を利用しているから力だけならかなり強い。依存している土地が大きければ、力を増す訳だし」
「それって……その精霊の呪いを絶つって事は、ここにも直接ダメージが来るって事ですか」
「蓄積された呪いの量にもよるけど、土地ごと全部を塗り替えるには更地にして核を壊す必要がある」
ランセの言葉にファインは目を大きく見開く。
それを実行するという事は、全ての人の行き場を失うだけでなく国そのものをなくすと言う事に繋がるからだ。




