第378話:変わらぬ日常を守る
「な、何のことだか……自分には分かりかねますっ」
アルビスに動きを封じられながらも、潔白だと言う呪術師。しかし、アルビスは鋭く睨んだまま警戒は解かない。その証拠に、分身体が王を含めた王達を守るように結界を張っていた。そして、その分身体も本体のアルビスと同じく鋭く冷たい目をしている。
小さく溜息をしたアルビスは、片手で抑えつつ空いた方の手に短剣を創り出し、一切の迷いなく拘束している呪術師の右腕を刺した。
「っ……。ぐうっ……っ!!」
「へぇ、我慢するんだ。安心しなよ、お前が操っている人間には一切ダメージはない。あるのは、操っている側だけ。つまりは外傷はなくても、中身にダメージがあるようにした」
「っ、な……にっ!!」
それを証明するように、アルビスは刺した短剣を抜く。深く突き刺したのに、血は出ていない所か服すらも破れていない。
精神体のみに、ダメージを負わせていると言うのは本当らしい。愕然とした表情でいる相手にアルビスは心の中で確認していく。
(この魔力の感じ、間違いない。あの時――ダンジョンに勝手に入って来た奴と同じ。間違えようがない)
この世界の感じ取れる魔力とは違う異質なもの。最初に感じ取った妙な混じりものの違和感。ギリムから神殺しの事を聞き、違和感の正体がこれなのだと分かる。
ギリムが予想していたように、既にこの国に奴等の痕跡がある。早く探し出して、正常に戻さないとこの世界の根幹を切り崩されない事態にまで発展してしまう気がした。
「あの首飾りに呪いを付与して、この地と契約した竜とやらに暴れさせるつもりだったようだね。もしくは、他国の王族に付与したとなればこの国の評価どころか信用ガタ落ち。破滅させるには十分な破壊力だよ」
「……ちっ」
目論見がバレてしまったのか相手は悔し気にしている。
アルビスの視界の端では、ギリムが落とした木箱を拾い上げようとした時――バチリ、と強い電撃が発生した。
《キュウ!!》
バサ、と翼を広げ木箱の上に乗る。虹色の光を生み出すと電撃が徐々に抑えられる。が、麗奈と青龍はその木箱からドクン、ドクンッと脈打つ音を聞きこの場にあるのは危険だと判断。ヴェルの上に覆うように抱きしめると抑えられていた筈の電撃が麗奈を襲う。
「っ、うぐうっ……!!」
抑えながら、呪いが付与されていると思われる首飾りが危険な状態である事を悟る。
(ま、ずいっ……。表に出ようと、振りまこうとして――!!)
青龍がヴェルの結界に合わせるようにしたその瞬間、彼等を黒い雷が包み込み竜の化身となって天井を突き抜けた。
「なっ……!!」
「ギリムっ!!」
アルビスの叫びに、ギリムは咄嗟に皇都全体に誤認の魔法をかけた。ユリウスは心配しつつも、先に確かめる事があった。アルビスが抑え込んでいる呪術師だ。
「あー、失敗失敗。内部に入れただけマシか」
「何で俺を狙った」
「……。それ、本気で言ってる?」
心当たりはあった。
サスクールの協力者が誰なのか。未だに分からないでいたが、ギリムの予想通りと言うべきなのかこの神殺しが関わっているのだと確信を持つ。
「……サスクールの呪いを受けた事があるからか」
「なんだ分ってんじゃん。1度でも呪いを受けた事があるなら、抵抗力は弱まるから良いと思ったんだけどねぇ」
「この体の持ち主から出て行ってくれない? 話を聞いているのも気分が悪い」
「はいはい。あ、そうそう。人が抱える呪いの許容量はとっくに超えてるから、死んじゃうねあの子♪」
「っ……!!」
その言葉に反射的に殴ろうとしてユリウスは押し止まる。
ガクン、と体の力が抜けアルビスは創り出した短剣を消す。ユリウスを狙った理由は、考えていた通りサスクールの呪いを受けていた事による抵抗力の低さだろう。
麗奈が呪いに関して人一倍に感知が優れているのも、陰陽師という仕事柄と本人の霊力の高さによるもの。そして、ユリウスの危険を減らそうと動いたヴェルの働きもある。
「死なせない……絶対に!!」
契約しているブルームに意識を向ける。
麗奈の式神と同じく、彼はユリウスの中で見聞き出来るようになっている。詳しく言わなくても、彼なら即座に行動を起こすだろうという予感があった。
転移魔法で、すぐに黒い竜の後を追う。
空高く雨雲を呼んでいた筈の空は、ブルームが後を追う形で一気に青空が広がった。
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「いやぁ、ビックリしたねぇ。何だ今の空は……?」
一方で、ファインがよく行く店の中でゆき達はゆったりと食事を取っていた。
食べ歩きに適した串焼きや飲み物だけでなく、熱々の麺類なども売っておりテンションが一気に上がっている。
そして、ファインがよく来ているこの店には買った物が広がっている。
他店の食事などを持ってくるのは、と最初は抵抗があったがファインの口利きにより珍しいお客さんだからと許してくれた。
しかし、他の人に見られるのは流石にまずいので彼女達は店の2階を貸し切りにしている。
「……」
突然の雷にビックリした様子の店員と違い、ゆき達はどうしようかと考えを巡らせる。
そんな中、ザジとハルヒは同時に立ち上がり雷が起きた場所へと行こうとする。それを止めたのはランセだ。
「2人共、何処に行くの」
「何処って……そんなの決まってるじゃないですか」
「様子を見に行くのもダメなのか」
最後まで言わなくとも、ザジとハルヒが何処に行こうかなど分かり切っている。
ただ事ではない雰囲気に、店員は「え、え……」と戸惑いの声を上げる。ファインが何処から観光しようか迷っているんだと話題を逸らしつつ、まだ仕事があるであろう店員を下がらせる。
これで剣呑な雰囲気からは脱した。
ザジとハルヒが今にも飛び出しそうな勢いなのに、ランセが静かに止めている。生きた心地がしないゆき達を余所に、マイペースに食事をしているのはディークだけだった。
それを呆れ顔で見るサスティスだったが、水を飲みながら成り行きを見守る事にした。
「……今の、絶対に異常ですよ。落雷だとしてもおかしいっ」
「アルビスとギリムからは連絡がない。あの2人が居る内に、手が打てないなら必ず連絡があるよ」
「でもっ……!!」
「ここは他国だ。同盟国として協力しているようにはいかない」
「くっ」
ランセの正論に、ハルヒはぐうの音も出ない。
ザジは危険が迫っていると分かっていて、のんびりする理由が分からないと言う。他国であろうと、自国であろうと明らかな危険性があるのにも関わらず、行動を起こさない理由が分からないのだと言う。
「サスティス。その辺の話はちゃんとしたの?」
「したよ。ザジにハルヒ君、まずは落ち着こう。私達はここに客人として招かれている立場だ。例え緊急を有する事だとしても、それを処理するのはここの国の人達。ファインさんは、立場的に上の人間に近しい位置にいる。そんな彼にも連絡がないのなら、勝手に動くべきじゃない」
「……とはいっても、ワシは既に引退した身じゃぞ」
「それでも、若長と呼ばれているベーリス君の事を育ててるんだから、それなりに上層部と話は出来そうですよね?」
「まぁ、出来なくはないが……。だが、詳しく出来るかはまた別だ。落雷と思われる場所は、今日あの子達が謁見している所と近しいと思うぞ」
「だったら……!!」
動こうとするザジに、ランセはギリムが誤認魔法を皇都全体に敷いたと言う。
今の落雷を自然のものへと変えたり、色が明らかに違う黒い雷を普通のものとして見せているのだと言う。
「何でそんな手間をする必要がある」
「分からない? ここに住んでいる人達を含めて、観光に来ている人達に異常が起きていないように見せる為だよ。魔物や軍隊が来ている訳でも無いのに騒ぎ立てるのは、この国としては印象が悪いんだよ」
「そんなもんより、命の方が大事だろ」
「……そうだろうね。でも、お店を経営する人達からすれば、それらの道具や秘伝書なんかも命の次に大事なものだ。ザジ、麗奈さんは何の為に陰陽師になったの?」
「は……?」
「君、麗奈さんの傍に居たのならそれ位の理由は分かるもんだろう」
「そんなの……」
麗奈が陰陽師を目指していた理由。
両親と同じ道を歩む為。自分の力で人を守りたい為だと幼い麗奈は言っていた。そして、何よりも変わらない日常を守りたいと。
目に見えない存在の怨霊を相手に出来るのは陰陽師だけであり、霊感がある者ない者にも影響を受ける。悪夢に苛まれたり、自分がおかしくなったのではないかと思う人も居る。麗奈だけでなく、誠一や由香里もそんな人達を怨霊の脅威から守りたい気持ちから、危険な仕事と分かりつつ陰陽師としての責務を全うしている。
「……っ」
今、この瞬間にも麗奈達の身に起きている事が変化が続いているかも知れない。
しかし、表立って騒ぎが起きていないのはここに住んでいる人達の日常を守る為だろう。いつものように挨拶を交わし、仕事をして帰宅し変わらぬ明日の為に――。
「危険があると言うのは簡単だ。アルビス達もそのつもりなら、誤認魔法なんてかけない。……色々と面倒ごとが多いんだよ、他国での振る舞いって」
「……でも、このまま指をくわえて待つのかよ」
「状況の確認は必要だと思う。ファインさん、可能な限りの情報を私達に教えて下さい。ハルヒ君達は、冒険者としてギルドに寄って何か情報が入ってないか確認をして欲しい」
「わ、分かりましたっ!!」
「ゆき達に付いていく」
ゆき、咲、ハルヒは冒険者ギルドへと行きラウルは3人に付いていった。
「……うーむ、聞くにしても場所が遠いしなぁ」
「方角を教えてくれれば、私が運びますよ。風を使えばすぐですから」
「じゃあ、お願いするかの」
ファインとベールがすぐに動き、落雷があったと思われる場所へと向かう。
座り込むザジにアルベルトが、一口サイズの餃子を運んでいく。
「ポポッ」
「え、食えって……」
「食べといた方が良いよ。お腹が減って動けないなんて、情けない姿を見せたくないでしょ」
「うっ……」
サスティスが食べながらそう言い、情けない姿を見せたくないザジとしては素直に食べる事にした。
その間、ディークが満足そうにしており「……で、何の話だったけ?」と言ったのでランセとサスティスから無言の拳骨を喰らう事となった。




