第377話:謁見での罠
西側諸国の覇者としてその名が知られた大国であるフォーレス。
リーズヘルトとファインの報告と同時に、王への謁見の件も含めた返事が届いたのは3日後の事。思ったよりも返事が早い事に驚いた2人だが、幾つかの条件が提示された。
王以外のリーズヘルトを含めた8大将軍もその場での参加をする事。公式的なものではない為、服装は自前の物で平気であるとの事。
念の為の処置として、将軍以外に呪術師と治癒師の配置をしていると言う点だった。
「どうだろうか。この条件になってしまうのだが」
「あぁ、こちらはそれでいい。良かったな、麗奈」
「うぅ……そう、ですね」
少し意地悪そうに聞いたギリムに、麗奈は思わずそう返す。
既に彼には麗奈がそうする理由を知られている。そうでなくてもランセから聞いている可能性もあるので、詳しく話さなくていい反面もあり恥ずかしくもある。
「王は気さくな方だ。それに、初代王妃は貴方と同じ異世界人。こういう場をあまり好まないかも、という配慮をしたのだと思うよ」
「それを聞くとますます申し訳なく思います……」
「呪術師と治癒師の配置は、防衛の意味もある。こちらとしても、魔王と言葉を交わすのは初めてなのでね」
「それ位で気分が悪く思う訳がない。当然の反応だ。そうだろう、アルビス」
「え、うん……。ま、僕達と手を組んだ人間の国ってラーグルング国が初だろうしね」
急に会話を振られるが、アルビスはそう返す。
ハルヒ達は、ランセと行動するのにもう慣れている。普通の反応としては、フォーレスが正しいのかぁと納得する。
「謁見が終わるまでの間、首都を楽しむといい。辺境の珍しい物から、首都にしかない限定的なものもある」
「まぁ、僕達が出来る事ってそれ位だし……。先に観光でもしてようか」
「あ、それなら食べ歩きしようよ。麗奈ちゃんが好きそうな物を片っ端から制覇して、おススメを紹介するの!!」
「それ……私達のお腹が先に満腹になりそうな気がする」
ハルヒとゆきが盛り上がる中、咲はそんな言葉を漏らす。ラウル達も行動を共にするので、その心配はなさそうな気がした。食べ歩きに興味を示したのはディークだ。
「良いね、面倒な事はギリムさんに任せておいて僕達は食べて飲んで騒ぐ。うん、最高だっ」
「心の声でなくても、お前は食に対して欲望が丸出しだな……」
「子供だから仕方ない」
「そうだね、ディスパドの息子だもん。彼も食べるの好きだったし」
ギリムとランセ、サスティスが呆れ果てる。そんな中、アルビスはディークにおススメがあれば教えて欲しいと約束を取り付けている。彼も、食に対してはかなりの興味がある模様。
「ランセさん達から見たら僕は子供ですよー。よく食べてよく寝る子は育つっていうしね!!」
「それは人だから言える事なんですが……魔族で魔王である彼が言っても、説得力ないですよ」
「そんなツッコミ要らないっ!!」
バッサリと切り捨てるベールに、ディークはすぐに反論。
魔族を毛嫌いしていた様子のベールだったが、ディークが子供っぽい性格だからこそなのか上手く会話が成り立っているようにも見える。
麗奈はアルベルトとザジの2人に、観光を楽しむように言う。ザジにアルベルトを預けるも、2人の表情はとても不満だというのが分かる。
「……やっぱり俺も行く」
「ポポ!!」
「謁見で呼ばれてるのは私とギリムさん達なの。下手に人数を増やす訳にもいかないよ」
「む……」
しょんぼりとしている様子で元気がない。
麗奈は先に行って、2人のおススメも楽しみたいと伝える。
「2人が一緒に楽しみたいって言うのも分かるけど。じゃあ色々と教えてくれる?」
「色々?」
「そう。ザジとアルベルトさんが、見聞きした物や面白そうな事。食べ物でも風景もでも良いの。2人が楽しんだものなら私だってきっと楽しいしね」
「……。分かった、そう言う事なら」
「フポ~」
まだ納得はしていない様子だが、これ以上麗奈を困らせるのは2人の本意ではない。
説得した所で、リーズヘルトが麗奈達を謁見の場へ。ファインは、ゆき達を首都へとそれぞれ送られた。
======
「こちらの急なお願いを聞いていただき感謝します、フォーレスの王」
「いや、こちらもすぐに場を用意出来なくて申し訳なかった」
リーズヘルトの案内された場所には、既に他の将軍達がおりその中に麗奈達と同い年のベーリスから「よっ」と軽く挨拶を交わされた。
「堅苦しいのは俺等も嫌いだからな。そう緊張すんなって」
「ど、努力します……」
「ベーリス。確かにこの場は公的なものではないにしろ、威厳は保てよ」
そう注意した30代半ばの男性に、ベーリスは「へーい」と軽い返事をする。
麗奈はそれで良いのかと思わずリーズヘルトの方へと視線を向ける。彼は小声で「いつもあんな感じだよ」と教えられる。
ピリついた空気よりも、今の少し和やか空気の方が麗奈には好ましい。
魔王だからと言う理由で、警戒心を剝き出しにされるのではないかと内心では思っていたからだ。
魔王ギリムは、場の雰囲気を読みながら今の状況を伝える。
この世界の終焉を目論む者達が、神殺しを既に成している事。この世界とは違う別の異世界では、彼等によって世界が滅んでいる。
次の標的がギリム達の居る世界である事も伝え、自分達が既に神殺し一派と接触した事を話す。
その内容を王の近くに控えていた記録係は記していき、和やかになっていた空気が段々と重苦しいものへと変わっていく。
「……既にいくつかの大国と同盟を結んでいるにも関わらず、何故こちらへの要請をすぐに答えたのか少し疑問であった。ワーム以外の魔物達が暴れ回っていた事も含め、既にその者達の行動は開始されている、という事か」
「余達が接触出来たのはただの偶然だ。不可思議に起きている事を含め、この国にも奴等の仕掛けたものがあるかも知れん。同盟が無理だと言うのなら、せめて痕跡を探る為の時間は欲しい」
「既に動いている、と言ったな。それは3カ月程前に出た虹の空と関係があるのだろうか」
そう言いながら、王は既にユリウスと麗奈へと視線を注いでいる。
ユリウスはその証拠として、ヴェルを召喚し姿を現した。
《キュウ……?》
「見た目は子供ですが、この子のお陰で助けられた部分は大きいです」
「白い、ドラゴン……」
「魔力に鈍感な我々ですら、あれが強力な魔力の塊だと言うのが分かる」
《ウキュキュ》
不安げにユリウスを見た後で、麗奈の方へと飛びつく。
背に隠れるように飛び、両肩に足を置いて離れないでいる。怯えているのか、この重い空気に耐えられないのか足がプルプルと震えている。
それを麗奈が優しく背を撫で、大丈夫だと言うように言い聞かせるとすっかりと落ち着きを取り戻した。
「抵抗してもしなくても、死が待っているのなら……足掻く必要があるな」
「……では」
「魔王ギリム殿。その同盟、フォーレスは応じよう。皆も良いな?」
王が出した答えに予想していたのか、将軍達は静かに頷いた。
ギリムはその事に驚きつつも、次の処置へと移る。アルビスの意思を封じたとはいえ、彼が創り出した魔物でフォーレスの被害が出たのも事実。
「ならアルビス。100年、この地を守れるか?」
「え」
「神殺しの件を無事に終えた時、何の罰を与えないのでは悪いからな」
「あー、うん。縛りがある方が罰を下してるって感じだもんね。んー、分身体ならすぐに出来る上がるよ?」
はい、と彼はとても軽い感じで自分そっくりな存在を創り出す。
ギョッとなるユリウス達とは違い、アルビス本人と創り出された側はキョトンとした反応を返す。
「え、今すぐじゃダメだった? 分身とはいえ、僕より少し力が弱い位だけど……あと性格は、結構自由だな」
「お前とそう変わらんだろうに」
「嫌だな。僕はちゃんと空気読めるよ。あっちみたいに好き勝手に動いてないってば」
ほら、と分身体を見れば内装が珍しいのか興味が惹かれるのかじっと眺めている。そうしたかと思えば、麗奈の傍にいるヴェルを興味深く見ている。
唸るヴェルとは違い、分身体は声を発するでもなく楽し気に眺めている。
「魔王に対する罰はこちらでは決めかねるが、100年この地を守ってくるのは助かるな。そうだ。こちらも礼を尽くさねば」
そうして用意されたのは、綺麗な水晶体の首飾りだ。
水晶体を囲うように施された飾りも含め、神秘的な光を放っている。この首飾りは、フォーレスの守り神でもある竜との契約を成す時に使われたとされる国宝の1つだと告げられる。
「何だか国宝の1つでも渡さないといけない気がしたんだ。昔からこうした勘が働く方でね」
「そうだとしても、ポンと渡すとは思わなかったぞ」
これには流石のギリムも驚きを隠せないでおり、その顔を見た王は「魔王を驚かしたとなれば、良い報酬だ」とまで言われてしまう。同盟としての見返りとしては、かなりぶっ飛んだものだかリーズヘルト達を見るとさっと全員が顔を逸らしている。
こうした行動は、それなりに多いのだろうと思いユリウス達もそっと見なかった事にした。
その首飾りが綺麗な布に包まり、保管されていた木箱へと戻される。同盟国同士の契約書はラーグルング国が持っている為、ユリウスへと預けようとした時だった。ピクリとヴェルが不快を表すように唸る。
《ウゥ~》
「ヴェル、どうした?」
『その首飾りを渡すとは、どういうつもりだ』
不機嫌な声を上げ、姿を現したのは青龍だ。
しかも、彼の表情は敵を射抜かんとする程に険しい。首飾りが入った木箱を渡そうとしたのは、呪術師であり睨まれた理由が分からずに震えている。
『どうした。理由は告げられないか? 嘘をついても無駄だ。お前からは隠しきれない悪意を感じ取れる』
「な、何を馬鹿な事を……。貴方方こそ、どういうつもりなのですか」
『あくまで知らないと通す気か。なら言ってやる……。呪いの塊をいつまでも隠し通せると思ったのか?』
ギクリ、となったのは図星だからなのかその呪術師は黙ったままだ。
そして青龍が動くよりも早く、アルビスはその呪術師の両手を拘束して動きを封じた。
「この感じ……。あぁ、思い出したよ。僕の意識を奪った奴と同じだね」




