第375話:解決した後のご褒美
全ての魔物がピクリとも動かずに、ただ止まっている光景にリーズヘルト達は驚くばかり。
しかもそれを制御していると思われる人物は、まだ15歳位にしか見えない青年だ。彼はそのまま体を伸ばすようにして、軽い準備運動をしているように見えた。
「じゃ、他の魔物も処理してくる」
「急に動いて平気か? 別に余達だけでも対処出来るぞ」
「じいちゃんみたいな言い方……。あ、違うか。僕もあんまり変わんないもんね」
「アルビス。あまり急ぎ過ぎるのも」
「いやいや急ぐでしょ。ここだけじゃないの、僕が分からないとでも? 処理出来ると言ったけど、再生と学習能力を付与したのは僕。作った本人に行かせる方が楽に決まってる」
「それはそうだが……。だが、アルビスの今の状態で無理をされても」
「丸投げするのはちゃんと言うよ」
(そういう問題でもないんだが……)
思案している隙にアルビスは即座に行動を起こした。
一瞬で姿を消した事から、転移を使っての移動を開始したらしい。思わずやり取りの内容に疑問が浮かんだが、リーズヘルトの中である仮説が浮かんでいた。
(彼等が、魔族なのならば……)
人間と違い丈夫な体を持ち、強大な魔力を保有する種族。
好戦好きが多く、個々の能力も高い。そんな彼等をまとめ上げる存在が魔王であり、魔王は一国の主として君臨していると古い文献で読んだ記憶を思い出した。
何より金髪に翠の瞳の特徴を持つエルフである騎士――ベールからもはっきりと魔族だと言っていたのを聞いていた。
(本当に、多くの種族を受け入れているのだな……ラーグルング国は)
チラリとユリウスの方を見た。
視線に気付いてはいる様子はないが、あえて表情や態度に出ていないだけとも考えられる。彼は国を治める王族の1人。救援要請をしたが、本気で彼等が来るとは思ってもいなかった。出来たとしても物資などを送る程度の物だと考えていたからだ。
「とりあえずこの場を治める事が出来たのは貴方方のお陰です。改めてお礼を言わせて頂きます」
ありがとう、と礼をするリーズヘルトに彼の部下を含め、辺境を守っているファイス達もそれに習う。救援をしたのだから当然だと言うユリウスに、それでもとリーズヘルトは言葉を続けた。
「正直に言って、こんなにすぐに対応してくれるとは思ってなかった。しかも、毒で汚染されている土地を丸ごと浄化してしまうなんて……。我々だけでは解決出来ない上、この土地を放棄する他ないと考えていた位だ」
「えへへ、褒められたよ」
「ギリムさんのお墨付きだもんね♪」
「どうにか成功して良かった……」
ゆき達が嬉しそうにしているのを見て、麗奈も自分の事のように嬉しく思う。
ホッと安心している咲にフェンリルが《大丈夫だ、自信を持て》と軽く寄り掛かる。
《それだけの魔力をコントロールしている時点で凄いんだ。彼等との特訓もある。俺はサポートしているだけだ》
「フェンリルの力のお陰でもあるよ。でも、本当に戻せて良かった」
咲は自分達が行った浄化の成果を思い出す。
ゆきの聖属性魔法で周囲を覆い、ハルヒの結界が重なって強固な守りを作りだし、咲はその範囲からはみ出ない様に浄化の後押しをしたのだ。
咲の魔力量は多く、浄化の後押しをしたといっても自分では上手くいっているのかが分からない。
ゆきの魔法が上手く覆えなかったら――。
ハルヒの結界がそれに耐えらなかったら――。
2人が上手く出来ても、自分が失敗したら――と、咲はずっと考えていた。
結果として、3人のそれぞれの力は上手く合わさり出来ない事を成し遂げた。これはちょっと自慢しても良いのではないか、と密かに嬉しさを噛み締める。
「慣れ親しんだ土地を失わなくて良かったです。これでまた暮らしていけますよね」
「あぁ、ワシ等も覚悟はしていたが……。失わなくて良いのはお嬢さん達のお陰だよ」
ファイスの言葉に、咲は少しずつ自信と実感を感じていく。
そんな話をしている間に、アルビスは戻って来て全ての魔物達を片付けて来たと言う。あまりの速さに驚く麗奈達と違い、同じ魔王であるギリム達は特に驚いた様子はない。
「勘は取り戻せた、という事か」
「え、馬鹿にしないでよ。いくら操られたからって、そこまで鈍ってると思われたの?」
「ギリムが言っているのは万が一にも、だよ」
「うわー、同じ魔王としてそこまで信用ないって思われてたとは……ショックだなぁ」
「終わった、終わったぁ~」
「君はマイペース過ぎるよ、ディーク」
ゴロンと地べたに寝転がるディークを注意するサスティスを余所に、アルビスはショックを受けたと大げさにアピールする。その様子から、もう本調子になっているのだと判断したギリムはリーズヘルトとファイスの元へと向かう。
「今回の騒動は、余と同じ魔王であるアルビスが起こしたもの。だが、彼も自身の意思を封じられていた身でもある。ついさっき正気に戻し、すぐに行動を起こしてくれた。そちらに与えた損害については、アルビスを含め余も責任を負う」
「……。何故、意思を封じられていたか説明出来ますか」
「言えばこちらの事情に巻き込んでしまう恐れがある。だが、叶うのならその理由はここではなく治める王の元で進言したい」
「それは……」
向こうにも何かしらの事情があるのは分かっていた。
だが、それを汲んでも今回の被害の少なさには驚かせられている。しかしその狙いが、王への謁見と言うのを聞き少しばかり空気がピリつく。
そんなリーズヘルトの警戒をファインが止める。
「まぁ、話を聞く位なら良いんじゃないのか? 王は同盟をするのに、かなり乗り気だったんだ。そちらの真意を聞けて、改めて同盟に入るかどうかは王が決める事。お前さんも心配なら、その場に居れば良いんだしな」
「そうは言いますが……。私だけで決められる事ではないですよ」
「なに、そこは上手くワシが話をするわい。とはいえ、誰が謁見したいのか分からんのだが」
「余とアルビス。それとユリウスと彼女の計4名だ」
「……へ」
ビクリと体を震わした麗奈に、サスティスはそっと告げる。
ユリウスとペアなのは、虹の大精霊を契約したからでありその証明をする為だと。理由は分かったものの、麗奈はユリウスと違いアシュプを召喚出来ない状態だ。
サスティスはその部分も含めて話をしたいから、それで良いのだと言いどうにか納得する。
(う、でも謁見って事は……。うぅ、正装に決まってるよね)
どんどん暗い顔になる麗奈に、サスティスはドレスが苦手で逃げ回っている。という話を聞き、心の中でご愁傷様だねと思った。
ユリウスはその間、契約しているブルームに向けてどうにかサイズを変えられないのかと聞くも本人は《無理だ》の一点張り。
力の制御と違い、自分に体を小さくするのにはかなりの神経を費やす。それをする位なら、力の制御に専念している方がマシだとまで言われてしまう。
(……ヴェルしか連れて行けない、か)
あの小さな白いドラゴンなら、どんな場所であれ喜んでユリウスと麗奈の後を付いていく。
おまけにちゃんと言う事も聞くので、下手に騒いだりする心配もない。
「そちらの要望はすぐに応えよう、と言いたい所だが現状の報告も含めて少しばかり待って貰う形になるが構わんか?」
「浄化をして終わり、という風にはしません。土地の調子を含めて、何日間か様子を見たいと思っていた。こちらとしてはかなり助かります」
「そうと決まれば、今夜は宴会だな。畑仕事をするにも、住み慣れた土地を離れなくて済んだんだ。もてなしはたっぷりするから楽しみにしていてくれ!!」
ガハハッ、と豪快に笑いながら去るファイスに頭を抱えるのは若長と呼ばれるベーリス。
宴会の準備の為に、避難していた者達を呼び戻したり食材を調達したりと動き回られてしまう。やろうとしていた事を奪われ、手が空いてしまう形になりどうしようかと途方にくれる。
リーズヘルトの提案で、ベーリスは麗奈達を案内する事にした。といっても、畑が広がり訓練場が多くある退屈な場所だ。観光と呼べるようなものは少なく、自慢出来るのは自分達が育てた野菜や地元の料理しかない。
しかし、ベーリスの思っていた反応と違い麗奈達は退屈している様子はない。こういう自然が多い所を見るのもかなり久々らしいのだとか。
そして、ファイスの言うように宴会が始まりその料理が、中華料理に近く麗奈の好物である点心が多かった。
(……好きなものが、一杯だ……)
宴会の始まりだ、とファイスが告げると見張り以外の近所に住んでいる者達が「わーいっ!!」と盛り上げる為に酒や食べ物を食する。
目を輝かせ、シュウマイ、エビシュウマイなどを口に運びとびきりの笑顔で頬張る。そんな麗奈の様子に、ハルヒはゆきに「好きな物なんだ」と聞き彼女は嬉しそうに頷く。
「点心の食べ放題とか行くと、麗奈ちゃん凄く嬉しそうにしてるの。可愛いよね」
「「……」」
ゆきの言葉を聞き、ユリウスとザジが自分が取った点心をそのまま麗奈の方へと流していく。まだ取っていない料理もあるだろうに、麗奈は気にした様子もなく嬉しそうに口に運ぶ。
「こらこら。だからって餌付けしないの」
「いや、嬉しそうに食うから……」
「なんか上げたくなった」
「その気持ちは分かるけどね。だからって自分の分を減らしてまでしなくても良いんだから」
嬉しそうにする様子を見れるからと、ユリウスとザジは行動を起こした。が、サスティスの指摘に思わず「うぐっ」と同じ反応を示した。
こうした宴会が続き、王からの返事が来たのは3日後。その間、ゆきは点心の作り方を教わり咲とハルヒ、麗奈に作り方を教えつつ自身の料理のレパートリーを増やしていった。




