第373話:浄化の一手
目を覚ましたアルビスは状況を確認する前に、自身の体の異変に気付く。倦怠感と全身の筋肉痛である事に気付き、普通なら気絶してしまう程の強烈なもの。だが、彼は無理に起き上がりギリム達に謝罪した。
「……ごめん、僕の所為でヘマした」
「そう無理に起き上がるな。さっきまで自分の体であって、そうでない状況だったんだ。サスティスが言うように、最後の最後まで加減をしくれたアルビスの意思の強さが、最終的な勝ちになった」
「……」
責めるでもなく淡々と事実を告げるギリム。
しかし、隣に来て頭をポンと撫でられると居心地が良かった。ちょっとだけ気恥ずかしくて、すぐに視線を外し気持ちを切り替える。
彼等がここに来た目的は自身である事は理解している。
そして、こうしている間にもアルビスが創りだした魔物は行動を続けている。急いで止めに行かないといけないが、そうする魔力と体力が引き出せない。
「アルビス。余達も休憩を挟みたい。向こうの心配もあるが、ランセ達が時間を上手く稼いでくれる」
「だと良いけど。でも、そうだね……。僕だけじゃなくて、君達も休ませないと」
チラッと麗奈とザジに視線を向けると、アルビスはよく使う部屋と案内された。
転移を使っての移動により、一気に視界が開けた事。そして、部屋と表わすにはあまりにも広すぎる為に思わず麗奈とザジは大きな口を開けて驚くばかり。
アルベルトは「クポポー」と同じく大きな口を開けて驚きながらも、拍手をしている。
「まさか人間と行動をしているとは思わなかった。それに……あれ。サスティス、だよね? でも気配がなんか違う」
「あーそれね。どう説明すればいいかな……。ちゃんと死んで、種族を変えて貰ったんだ」
「んん?」
思わず怪訝な顔になり、アルビスでなくても誰でもそうなるよなと思った。
アルビスが使う部屋は大きなベットが1つ、壁際に沿って大きな本棚が3つあった。しかもその本棚には、結界で覆っている厳重体制。本の中身が気になっていた麗奈は密かにショックを受けていたが、その様子をアルビスはしっかりと見ていた。
ギリムとサスティスも気付いていたが、敢えて無視をしており気付かないフリを貫く。
そのベットから数メートル離れた所に湯気が見え、思わず麗奈は近付き触ってみるとお湯である事に気付き思わず「温泉だ……」と小さく呟いた。
「僕が見て聞いて、実際に触れた場所で良いなと思った所を取り入れたら部屋って言うよりは大きな広場になったんだけど……。でも、結構気に入ってるんだ。向こうに浴場があるからその温泉と同じものだよ。足に浸かるだけでも違うから試しにどうぞ」
「じゃ、じゃあ……失礼します」
せっかく勧めてくれたのだからと麗奈は、靴、靴下を脱ぎ、湯に慣れる為に足に数回の湯をかける。慣れた頃にゆっくりと足に浸かると、さっきまで失われていた筈の体力と魔力が戻って来たような気がした。
急激にではなく、徐々にゆっくりと、体に慣らすようにじんわりと広がる。
その余波に思わず「ふわああ~」と気持ち良さそうにだらけてしまう。
「今更だけど、回復効果があるから。僕の魔眼で奪っちゃったものは、それで回復出来るようになってるから暫く使ってて」
「ありがとうございます……」
「俺も行く」
「ポポっ」
「ザジ達だけなのはズルいから私も一緒に行くよ」
リラックスしている麗奈に、ザジとアルベルト、サスティスが続く。
同じように裸足になって浸かると、ザジは「おっ」と驚きの声をあげサスティスも満足そうにしている。アルベルトは自身の足が湯に届かないと気付き、このまま飛び込むかどうかと迷う。
麗奈の前で、服を脱ぐのは……と迷い思い切り飛び込もうとして麗奈に「ダメですっ」と捕まえられる。
「ダメですよ。何処に流れちゃうのか分からないのに、アルベルトさんだけ違う所に行っちゃいますよ」
「フポポ」
「はい、ドワーフ用のものだよ。ぬるくなったら自動で切り替わるし、お湯を取り換えなくて済むでしょ」
アルビスはそう言って、アルベルト用に足湯の広場を作った。
ドワーフがここを訪れる事はほぼないので、アルベルトの伸長を見て簡単に創造したのだと言う。その早業に、目をキラキラさせて喜ぶアルベルト。
素直にお礼を言う麗奈達に、アルビスは意表を突かれたように一瞬だけ反応に困る。
だが、すぐに切り替えるように「このまま休んでて」と言ってギリムとこの場を離れていった。
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「なんだ、あの場から逃げたかったのか?」
「分かってて聞くのは意地悪だよ」
クツクツと笑うギリムにアルビスは思わず軽く睨んだ。
本気でないのは分かっており、そこには恥ずかしさと戸惑いが見え隠れしている。そういう部分だけを見れば、年相応の少年でしか見えない。
ギリムはサスティスの方へを視線を向ける。一方でサスティスは、その視線に気付きながらも声を掛けるでもなく無言で手を振るだけだ。
こちらの方は気にしなくていいと言う意図なのはすぐに読める。
アルビスの方もそれを読んでいるので、余計な口出しはしない。
「じゃ、僕は仮眠をとるよ。その間に、好き勝手にしてくれていいし」
「随分な言い方だな」
「そう? どうせ仮眠している間に、僕に何があったのかの記憶は見るだろうと思ったけど」
「否定はしないな」
「……。あの子達と行動して性格変わった?」
「どうだろうな。今、この時代の者達は彼女達のお陰で、理解がある者が多くて助かっているだけだ」
「ふぅん。……そう言う事にしとくよ」
これ以上の詮索は無意味だと悟ったアルビスは、ギリムと共に寝室へと向かう。
アルビスの生活空間には全て結界が張ってある。にも関わらずアルビスは自身の意思を封じられ、自由を奪われた。
結界を無効化してくる相手が居るのか。その結界という存在そのものを消してしまう何かか。その糸口を少しでも掴む為に、ギリムはアルビスの記憶を覗く。
アルビスの記憶を見て、耐えられるのはギリムだけだろう。
2人は共に気が遠くなる程の時間を生きて来た、この世界の生き証人なのだから――。
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「うー、疲れたぁ」
「……」
「持久戦なのは理解していたよ。でも、でもさ……!!!」
「……」
「早く収まって欲しいんだけど!?」
そう嘆くディークの言葉をことごとく無視しているのはベール。
毒の霧により、人間が外に出るのには危険な状況となり魔族であるディークとランセが、再生して数を増やしていく魔物の対処をしていた。
エルフであるベールも、自身の魔力を展開しこの状況下の中でも通常通りに体を動かしていた。
ベールも、ディークが扱う暴風と言う同じ属性。
同じ属性を使うという親近感もあってか、ずっとディークはベールへと話しかけ続けている。だが、ベールからの答えは何もない状態だ。
「僕は君に何かしたのかなっ!!」
「何もないですよ」
「その割に態度が酷いんだけどっ」
「はぁ、会話するのが疲れます」
「うぅ、ランセさん~」
とうとう泣き崩れたディークが助けを求めたのはランセだ。
ワームを一撃で沈め、その攻撃の余波で他の魔物達への攻撃へと当てた。ディークへと向き直るランセは軽くため息をついていた。
「すぐに助けを求めるのはダメだよ。ベールはこういう性格で魔族が嫌いだから」
「でもランセさんとは普通に話してるよねっ!?」
「私はそうなるきっかけがあるだけだよ」
うぅ、と悔し気に唸るディークを余所にベールは迫りくる魔物を切り捨てていく。
自身の使う大剣に、聖属性の魔力を纏わせそれを暴風によって斬撃として繰り出す方法をとっている。風を斬撃として繰り出すやり方は、ディークのやっている事でもあり自分と似たようなスタイルだというのもあって、仲良くしたいと思っていた。
成果は全く得られないだけになったが。
(そろそろ、か)
ユリウスはある合図を受けて、リーズヘルト達を外に出さないようにしていた。
表は毒の霧により、人間が動けるような環境ではない。まずはその環境から変えなければいけない。
すると、ユリウス達の覆う結界とは別に白い炎が纏った。それが広がり、魔物を焼くのと同時に毒の霧を消していく。
「お待たせしましたっ」
「ポセイドン、ヒュドラを取り押さえろっ!!」
「フェンリル、浄化を行いますよ!!」
白い炎はゆきが行使した魔法。ハルヒはヒュドラを抑える為に、契約した精霊を使い、咲もフェンリルの力で毒に汚染された土を戻していく。
浄化を目的に編成されたゆき達が、ユリウス達の支援を行う。その中に麗奈の姿が無いのを確認したハルヒは、無言でユリウスの事を睨み付けた。




