第34.5話∶リーグの動機
何でお姉さん達を保護したのか、と前にリーナに質問された。自分でも良く分からない。でもあの時は何故か助けなければと思った。
ただ、勝手に体が動いたのと陛下が……初めて陛下の表情が変わった所を見た。
だから、助けた。陛下の表情が変わったから。初めて会った時には、見せなかった表情。
あの時、自分の命を助けてくれた陛下の表情は優しかったから………。
「リーグ。リーグ!!!」
森の中を1人の女性が駆けながら自分の息子を探す。緑色の髪に金色の首輪、ピンクのワンピース、瞳は緑色で優しそうな雰囲気を醸し出している。
「はーい」
木の枝を軽々と飛びクルクルッと体を捻り、スタッと降り心配する母親に笑顔で返事をする。するとデコピンが飛んできて痛がりむっと睨む。
「もう、心配かけさせないで。いつも言ってるでしょ?森の中でも危険はあるって」
「………」
「動物以外に魔物も居るのよ、怖いのが」
「はーい、ごめんなさい」
頭をさすり家に戻る。木造の一階建て、聞けば父親が魔法で作ったとか。見た事ないけど……とリーグは思うも母親はいつも父親の自慢をしてくる。
「お父さんね。お母さんが危ない時に、凄く危ない時に助けてくれてね。そこで惚れちゃったの♪」
「ふーん」
「リーグにも好きな子が出来たら一番にお母さんに知らせてね?」
と、満面の笑顔で言われるも「出来たらね」とそっぽを向く。この時8歳のリーグはいつものように過ごした。母親と何気ない会話をし、母親から風の魔法を教わりながら自分の魔力の扱い方を習った。
何かあった時、自分の身を守れるように。何で魔力があったのか、何で母と同じ風の魔法だと即座に分かったのか……この時は何も知らなかった。
それは突然の事だった。大きな木にスイスイと登りいつもの風景を見る。小鳥達が自分を迎えるように周りに集まり、一緒に夕日が傾くのを眺めて自分を呼ぶ母親の声が聞こえたら家に帰る。
これを繰り返していた。だけど、今日は夕方になっても母親の声はなく不審に思い木の下に降り仕方なく家に帰ろうと向かい、ゾクリと背筋が凍る視線を感じ咄嗟に右側に避けた。
ズバッ!!と、さっきまでリーグが登っていた木が切り倒され左側に倒れ、それに続くように次々と木が薙ぎ倒されていく。突然の事に呆然となり、もし自分が避けたのが木と同じ方向だったのなら……と、恐怖で体が動かなかった。
「フン、生きているとは見苦しい。禁忌の子供め」
「……な、に………」
男の声。夕日に反射して顔は見えない。だが、感じる魔力は自分の扱う風と同じなのは分かる。今も男の周りには小さな竜巻が6つほど作られ、それらが全てリーグに向けられる。
「あ、うあ………」
逃げなきゃ……!!!と、頭では分かっていても体が鉛のように動かない。風を使って逃げる方法も教わった、なのに何で……いつものように魔法が使えない。
心を落ち着かせようとしている間に、全ての竜巻が自分に狙いを定め迫る。
(あ、死ぬ………)
この世界では魔物で命を亡くすのは珍しくない。動物に倒されるのだって珍しくない、軽い世界。
だから、死を直感するのも珍しくない……そう思いやられるのを覚悟した。
「リーグ!!!」
瞬間。
母に抱きしめられ自分が無事なのだと分かる。代わりに背中から大量の血を流し、息も絶え絶えの母親が強く自分を抱きしめている。えっ、と状況が分からず恐る恐る母親を見る。
「……ーグ。無事……?」
「お、かあさん……な、んで……何で!!!」
ごふっと血を噴き出す母親。男は「死にぞこないが……」とさっきよりも強い力を感じた。ゴオッと風が圧縮されリーグと母親を討とうと動く、その瞬間。リーグの魔力が爆発的な力を生んだ。
「うあああああああああああああああっ!!!!!」
強い叫びと共に周囲を巻き込む風は男に非ではなく嵐となって周囲を切り裂き、地面を抉り全てを巻き上げたそれらは一気に男へと放たれる。
その後の事はよく覚えていない。
ただ、血に濡れた母親を必死で運び何度も転ぶ。それでもせめて、家に帰らなければ、帰ればきっと帰ってきてない父親だっているはずだ。そしたら、そしたら動かなくなった母親もきっと自分に話しかけてくれる。
そう、強く思い家に向かう。
だが、近付くにつれ赤く燃える火が目につく。家が、燃えていた。
その家の前には複数の大人が居た。
襲った男の仲間。瞬時にそう感じたリーグは静かにしかし燃え盛る家を涙ながらに引き返す。
森の奥にある大きな湖。その中央には大樹があり、母親がよく話していたのを思い出す。
「大樹がある所には精霊が居るの。だから、リーグも見えるようになったら来てみて。きっと精霊達が力を貸してくれるわ」
何でこんな話を信じないといけないのか。
既に動かない母親をなんとか大樹まで運んだ。
最初は使えなかった風の魔法も急に扱えるようになり、何でこんな時にと強く呪った。
「………ここ、なら静かだよね」
何度泣いたか分からない。既に枯れたのか泣きたくてももう泣けない。
ふと、自分に付いた返り血を見て湖に向かう。
水に移る自分が酷い顔をしているのが良く分かり、血を浴び服が破れ上半身が丸見えだった。履いていたズボンも所々、破れていた。
「………あれ」
肩に見た事もない印があった。見れば三又の竜が肩から腕に伸びていた。こんなの、あったかな?と思っても今のリーグにそんな事を考える余裕はない。
「………まだ、死にたくない」
せめて母を殺した奴を見付けるまでは。自分が殺すまでは生き延びなくてはと強く思い、目に見えない精霊に母を託すように祈り「行ってきます……」と言い出ていく。
そこからは服を調達する為に森を駆け抜ける。狩りの心得はあり、風の魔法で一発だった。火をどうしようか、と鹿を狩った肉を持ちウロウロとしていると夜盗が居た。
「………」
火は付いている。見れば男達は盗んだ服や装飾品を眺めどれが売れるかなど品定めをしていた。男と分かったのは声だ。見た目は自分とは違う……動物の体を模したなにか……そこからリーグが手に掛けるのに躊躇はなかった。
「あ、何だガキ」
「なんだなんだ、ボロボロで」
「………うるさい」
緑色の瞳が淡く光り、風を呼び寄せ首を飛ばす。一瞬の事に呆けている男達に、リーグは構う事無く鹿肉を焼き食事を済ませる。見れば男達はヒョウやライオンのような体つきをしていた。
首をひねり、新種の人間?と思うもまずは服の調達と漁り良さそうな布を適当に切りズボンを履き森を出る。
森での生活をしていたリーグは街や村の事を知らない。
ただひたすらに走り、森ではない場所へと出て行った。森に行けば母を思い出し、心がザワザワとするからだ。
でも、やっぱり自分が慣れしたんだのは森でありここでの生活が体に合っていた。動物の肉を狩り、夜盗を襲い火で肉を炙り食す。そんな生活を続けて1年程経った時、突然体が動かなくなりその場に倒れた。
「っ、ぐぅ……」
胸も苦しい。こんなことは初めてだと必死で這い上がるも、頭はグルグルと周りフラフラとなる体は言う事をきかない。バタリ、と力が出なくなり倒れたリーグは息苦しくも睡魔に勝てずに目を閉じた。
もう、いっそ……このまま死んだ方が良いのかも。と心の何処かで思いながら。
「………?」
最初に感じたのは程よい香り。それにふと目を開けると、目の前に男が立っていた。それが母を殺した男と被り咄嗟に起き上がり、睨み付ける。反撃されても困る、と自然と風を集めいつでも殺せるように準備を進める。
「起きてたのか?……食べるか」
「えっ………」
「食堂のおばさんに作って貰ったホットドッグ。上手いぞ」
「…………」
目をパチパチと瞬きをし、差し出されたものを見る。ウインナーを挟んだ長細いパン。言葉を知らないリーグはこれが食べ物だと言うのを知らない。だが、お腹が鳴り目の前の食べ物にがっついた。
奪われないように後ろ向きで食べていると「何処から来た」と質問をされた。ピクリ、と耳を傾け食べ終わったとばかりに立ち上がれば手を引かれた。
「!!!」
「質問してるんだが聞こえてないのか?」
紅い瞳。飛び込んできた色はとても綺麗で、吸い込まれそうな不思議な魅力があった。次に見えたのは黒い髪に黒いマント。綺麗な顔立ちをしながらも、その目には少しだけ不機嫌さがにじみ出ている。
「で、何処から来たんだよ」
「森……」
「……森?」
「そう。ずっと向こうの森。場所なんて知らないよ」
指で来た方角を指す。東西南北が分からないが、大体の方角を指しそれに質問して聞いた相手も見る。ほぅ、と何故か感心され頭をガシガシと乱暴に撫でられる。
「珍しいなエルフ領側の方向か。………それでそんなボロボロで何処に行く気だったんだ」
「別に。母親を殺した奴を殺すだけ……でも力つけたいし」
そう言えば少し考えた後、その男はリーグを担ぎ上げ自分の国へと戻る為に歩を進める。当然、暴れ出すリーグに構う事無く「世話しておくから」と意味不明な事を言われ成すすべもなく連れて行かれる。
「……………」
気付いたら城の中。そしてニコニコと自分を見る銀髪の男、直感的に合わないと感じたリーグはふいっとそっぽを向く。
「陛下、何処で拾ったのこの子供」
「国境付近」
「へぇ…………私の頼んだ仕事はやらず、抜け出して子供を拾うんだね」
「…………すみませんでした」
「よろしい。あ、でもこの子魔力持ちだ」
「マジ?」
「…………」
魔力持ち。その言葉に意味が分からないと、訴えると魔法を扱える人を指すんだよと、教えてくれるも素直にへぇ、とは言わなかった。名前を聞いたら陛下と呼ばれた方はユリウス、目の前の銀髪の男はイーナスと名乗った。
「君は?」
「…………」
「あれ、聞こえてない?」
「…………」
「ねぇ、聞いてるの?」
「イーナス、怒るな。子供だろうに。悪い、名前教えてくれ」
「リーグ」
「…………」
イラっとなるイーナスをなんとか宥め、リーグと呼ばれた少年を見る。9歳程の少年だが、やせ細り顔色も悪い。ここまでたどり着いたのが不思議な位だな、と思いながらも別の事を考えていた。
「君。母親を殺した奴を殺したいんだよね?」
「…………」
「だったら、ここで働かない?君に知恵と力を付けさせ、母親の殺した奴の事を調べるのを手伝う。……ついでに常識を教える。君、このままいけば栄養失調で死ぬよ」
「………死ぬは、いや」
「世話するって言ったからな。良いよ、俺はリーグを支援しておく。代わりに俺に忠誠を誓うってのはどうだ」
「……ちゅう、せい?」
「簡単に言えば俺の手伝い。目の前に死なれるのは困るしな。言う事聞いてくれたらさっきのホットドックあげるよ」
ピクリ、と反応し「……やる」と勢いよく言いイーナスは(食べ物で釣るの)と呆れユリウスはヨシヨシと元気よく頷き勢いよく立つ。そうとなれば行動は早く、王の間に騎士団達を呼びリーグをここに置くと言い放ち有無を言わせなかった。
ファウスト夫婦に預ける中で、何度か家にお邪魔しリーグに会いに行くユリウスにイーナスは何度か怒りが爆発した。最初は笑顔もなく機械的に言われた事をしていたリーグも、段々と知識が増えていく中で笑顔を取り戻し陛下には甘えるようになる。
それでも、陛下の笑顔を見たのはあの日以来。それからはあまり見せず、執務に追われる日々。そんな6年程経った時、15歳の成人を迎えた時にそれは起きた。
いつものように定期報告として王の間に集まる。いつもなら眠くて我慢できないのに、今日は珍しく目が冴えていた。
「に、日本……です」
消えそうな声だと思った。それよりも突然現れた来2人に心を奪われていた。
黒い髪をした人物は血を流しながらも、ヤクルと対峙し兵士達を気絶させていく。
連れの人物は茶色の髪を、必死で止めるように叫んでいた。
ユリウスは来訪者に驚くでもなく、雰囲気が柔らかくなった。リーグに向けた事のない、笑顔をしていた。
陛下の表情が変わった。自分には見せなかった笑顔に可能性を見出した。あの2人なら陛下を笑顔にしてくれるのかも、と。
だから、利用した。
麗奈お姉さんには陛下と会うようにワザと、あの花畑で会えるように仕掛けた。気に入られるようにお姉さん達に近付いた。
なのに、なのに……
いつの間にか、一緒に居るのが当たり前になった。陛下の為と動いていたのが、自分の為とすり替わる。
呼び方もお姉さんからお姉ちゃんへと変わった。
こんなに心が変わる事に戸惑いながら、ふと思った。
自分は、傍に居てはいけないのでは………と。
ここに来る前に野党を殺してきた。動物を狩って来た。汚い事をする大人を殺してきた。考えれば考える程、自分の手は薄汚れている。彼女達が、あまりにも眩しいから。
だから、一時的に離れた。
でも、変わらなかった。構う事無くリーグを探し接した。思わず言ってしまった。
自分は人殺しだと、お姉ちゃんたちの様に輝いていない、とだからこんな自分には近付いたらダメだと、そう訴えた。
「そんなことない!!!リーグ君は私達の命の恩人だよ」
「ゆきを助けてくれた。どんな理由であっても、リーグ君は私達にとって命の恩人だし最初に味方になってくれたんだよ。思惑があったとしても、だよ」
だから、さ。と手を差し出してくる2人。これからも一緒に居ようと、言ってくれる2人に泣いた。温かくて、ポカポカする感じに嬉しくて。
そんな2人を守りたい、傍に居たいと思ったのはいつからだっただろうか。
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「………ここ、は」
「リーグ君!!!!」
魔力欠乏症と言う状態でいつ目が覚めるか分からないと、フリーゲから告げられる。
そんな彼の傍には心配そうにみるゆき。ゆっくりと起き上がれば、麗奈もユリウスも安心したようにこちらを見ていた。
「おう、良かったなリーグ。ゆき嬢ちゃんに感謝しろ、お前に魔力を譲渡したら一気に治ったからな。いやー聖属性の力は凄いな」
「団長……!!」
続けざまにリーナに喜ばれ、ヤクルは「遅い!!」と怒られイーナスからは後で覚えておけ、と視線で脅される。気付けばここが、自分にとっての場所であり大切な場所になっていた。
お母さん、僕にも………大事な物が見付かったよ。と死んだ母親にそう告げるリーグは笑顔で「ただいま!!!」と元気よく言った。




