第371話:魔王の格
一方で無理矢理にユリウス達と引き離された麗奈は、ザジと青龍の攻防によってアルビスと拮抗した状況になっていた。
周りはブロック塀によって囲われ、出口らしいものはない。出口がないこの場所での戦いを余儀なくされるも、麗奈はアルビスの攻撃を冷静に対処している。目の前の事を把握できているのは、麗奈が周囲に札を散らばし霊力によって作り出した光で周りを照らしているからだ。
即座に動けたのも、ギリムから言われていたのも大きい。
麗奈かユリウスのどちらかを引き離そうとする事はあらかじめ聞かされていた。自分達が囮になっている自覚もあるが、それでもザジは許せないとばかりに声を荒げた。
「くそ、結局はこうなるのかよっ!!」
『ダメだな。俺の目で見ても、出口が探り当てられない。上手い具合に閉じ込められたか』
「ギリムさん、どうですか?」
麗奈の傍では、ギリムとサスティスが待機しておりアルビスの行動を注意深く見ていた。
サスティスはアルビスの事を見ており、ギリムは見ながら出口が何処かに隠されていないかと見ているが無言で首を振った。
出口らしいものが見えないのは、ギリムの力でもはっきりとしている。やはり、アルビスをどうにかして捕まえる必要がある。捕まえた上で、本人の意思で自分達を元の場所へと戻すようにして貰うしか方法がないと言う。
「……にてしても妙だな。閉じ込めるにしろ、抜け穴は用意していたと記憶しているが」
「それならミリーの言う通りなんでしょ。意思を封じられた上で、無理矢理に戦わされている事が分かっただけでも十分だよ」
「っ、これでかよ」
悪態をつくザジは一旦、アルビスとの距離を離す。
周りに麗奈が作った照明が照らし、それを破壊しようとする行動は一切見られない。しかし、ザジはそれよりもこの状況下において相手が目を開いていない事に疑問が浮かんだ。
しかし、同時に彼の本能が告げていた。目を開かせるのは危険なのだと。
(……あれでも加減されてるって事か。くそ、動きが読み辛い)
アルビスはリーグと同じ位の150センチ程の小柄な少年だ。
10代前半の風貌であり、何処にでもいる少年の雰囲気。だが、ザジは理解している。目の前に居るのはギリムと同じ最古の魔王であり、自分よりも格上の相手だと。
死神になってからも、サスティスを負かした事はない。
そんな彼でさえ、アルビスを相手にするのには苦労すると言っていた。それに、見た目に反した年齢なのはこの世界ではよくある事。
だから、ザジは見た目は子供の風貌だとしても全力で殺す気で行く。そうしなければ、自分が加減をしていると分かったその瞬間に死を意味していると理解している。
「……」
目を閉じているので、視線での行動の先読みは出来ない。
こうして渡り合えているのも、誠一と裕二との組み手をしていたからだと思っていた矢先に姿が見えなくなった。
「なっ……」
「ザジ、下だ!!」
「っ!!」
サスティスの呼びかけにより、首を守る為に咄嗟に手を交差した。だが、相手の狙いは首ではなく胸だったようで喰らった瞬間に凄まじい衝撃が走った。
「がふっ……。ぐ、このっ」
少年の蹴りとは思えない程の重さに、一瞬だけ意識が飛びかけた。それを無理矢理に我慢して、すぐに反撃に転じるように拳を握った。だが相手にはそれが見えているかのように、紙一重で交わされた上にその勢いを流された。
しかも軽く腕を捕まえたまま投げ飛ばされるというおまけつき。勢いがついた上に、さっきのダメージが残っているのかザジは受け身を取る事が出来ないでいる。
「ほ、本当に見てないだけであんな動きが……」
「気配を察知して行動するのは難しくない。アルビスのあれは……いや、あれでもかなり加減しているんだ。目を開けないのは、本人の意思が強いのは確定だな。しかし、それをしている分に他の事が手に回らない」
つまりは体を操られてでも、目を開けるのを死守していると言う意味だろう。
絶句する麗奈にサスティスは「反則だよね、あれで加減してるって」と言葉を続けた。
「うぐ……。これでまだ加減されてるってか」
ザジは気絶まではしないように心掛けていたが、意識が飛びかけたのは事実であり動きが鈍る。まだフラフラとなる体を起こそうとすると、アルビスが踏みつけの動作へと入っている。青龍が抱えて離したお陰で直撃を喰らう事はなかった。
その一撃がかなり重く、床が陥没している程。馬鹿正直に受けていたら、首から折られていたのは確定でありゾッとなる。
『目を開けないのは自分の意思だが、それ以外は完全に相手の思い通りか。確かに厄介だな』
「操っている、奴は見付からないのか……。ぐ、げほっ、ごほっ、ごほっ」
『無理に喋るな。主の所へと行かせたいが』
それが難しいのも青龍は理解している。
アルビスはザジを相手にしつつも、ギリムとサスティスへの警戒を怠っていない。現に周りには、ザジの元へと行かせない為に創り出した魔物を配置している。出口のないこの場所で、狼の魔物は地を蹴りながら上下左右とかく乱させている。
その狼を倒しても、また新たに生み出されては群れに加わるので一向に減らない。
麗奈を守る為に壁際に来ているが、今もじりじりと後ろに下がっておりザジと青龍との距離を引き離していく。
援護に向かわせない為の行動であるのは理解しており、どうにか突破しようとする。しかし、アルビスが繰り出す鎖が出てくるとギリムとサスティスは近付けずにいる。あの鎖に捕まれば魔力を強制的に遮断され、身体能力が一般人にまで下がるからだ。
「はぁ、こっちの警戒をしながら向こうの対処って……。ギリムと同じってだけでホントに厄介」
「だから言っただろう。生け捕りにしようとしているこちらと、殺しに来ているアルビスとでは差があると」
生け捕りにしようとすると、その行動は限られて来る。
気絶にしろ動きを止めるにしろギリム達は、最小限で止めよとする。だがアルビスには止まる理由も、加減をする理由もない。そして全力で排除しようとしている中でも、アルビス自身では既に加減しているのだ。
ギリムとサスティスは理解していた。
アルビスの目が開かれたら、それは彼の意思が及ばない事であり完全に操られてしまう。そうなる前に止めたいが、相手をしているザジの限界が近い。彼を片付けられてしまえば、いよいよ自分達を殺すのに集中出来てしまう事に繋がってしまう。
(ザジ……)
壁際の角へと追い込まれ、麗奈はザジの意識が危ない事に気付いている。
距離を離された上、風魔や白虎を使って突破しようとも動きを止めよとする狼の群れに阻まれる。そして、鎖に強打された影響からかそこから上手く力が出ないと報告を受ける。
一旦、麗奈の中に戻るも追い込まれている自覚があるだけに焦ってしまう。
そんな時、肩へと着地していたアルベルトが現れる。突然の事に驚くも、アルベルトが自分が治すと麗奈の代わりに治療する事を提案した。
「……アルベルトさん、どうにか近付けられますか?」
「ポポッ」
「分かりました。じゃあ、そこまでは私が必ず送り届けますっ」
アルベルトが姿を現したのは、彼の扱う空間魔法によるもの。そして、彼は既にその空間を行うのに印を付けていた。
ザジの肩に現れる仕掛けが出来ているが、アルビスの使う鎖にアルベルトが触れてしまうと同時にその印もなくなってしまう。幸いにもまだアルビスの目は開かれていない。目を瞑ったままの状況なら、空間を飛んで姿を現すアルベルトには警戒が薄い筈。
そう考えた彼女は即座に行動を起こす。麗奈の動きを追ってくる狼は、ギリムが全て動きを止めた。自身の血を使った鎖で動きを止め、ザジの回復を優先するように動いてくれた。麗奈が近付くのを察知したアルビスは、振り向きもせずに魔法で応戦。
結界と合わせて虹の魔力による強化で、アルビスの魔法を受け止めつつ前進。アルベルトの気配を察知したアルビスは、ザジに狙いを定めて魔法を発動。跡形もない一撃を麗奈が完全に防ぎ、ザジの肩へと一気に空間を介して飛んだアルベルトが声を掛ける。
「クポポ」
「すま、ない……」
意識が飛びかけていたザジは、アルベルトの治療を受ける。ノームから教わった花の魔力を使った治癒魔法で、体の内側に受けたダメージと魔力の回復を促す。しかし、回復の途中でアルベルトとザジ、麗奈に異変が起きた。
「クポ!?」
「うっ……」
「体、が……」
回復の為の魔力だけでなく、全身の力が抜けたかのように崩れ落ちる。
青龍がギリギリ抵抗しているが、歯を食いしばっておりザジを抱えているのも含めて動きが止められる。麗奈は頭が重い中でも、何が起きたのかと無理に顔を上げた。
(うぐ、まさか……魔力と体力を同時に!?)
意識を保つ事に集中しないと危険だと分かり、思考を中断させられる。アルベルトも必死で抵抗するが、ザジの回復に当てている魔力が全く引き出せていない。体に負荷が掛ったように動けないアルベルトは、どうにかザジの近くに行くがそれが限界だ。
青ざめる麗奈はアルビスの目が開かれている事に気付く。
その瞳は朱色と青のオッドアイ。死神の象徴とも呼べる瞳の朱色と青い瞳は、魔力を帯びているのか妖しく光り更に自分達の魔力と体力をごっそりと持って行かれた。
ジャラリと鎖を引きずる音を最後に、麗奈とザジの意識は真っ暗に染まってしまうのだった。




