第368話:ワーム侵攻防衛戦
8大将軍の1人であるリーズヘルトは、ラーグルング国への滞在の件を王へと報告した。
それは、彼以外の将軍達を集めての報告でもあり珍しい事でもある。
「皆も報告を読んだな」
王が目配りをし将軍達は頷く。その中に、王の娘と息子の2名もおりかなりの大規模なものになっているなとリーズヘルトは内心で思った。
「この報告によれば、伝説上のドラゴンを使役していると思われる人物が2人。1人は王族、もう1人は所属が不明な者のようだが」
「……恐らくは異世界人かと思われます」
「そうか。久しく聞いていなかったな……」
懐かしむように、紡がれる言葉には理由があった。フォーレスの初代王妃は、異世界人であり彼女に一目ぼれをした当時の王が求婚。
身分差もある中、初代王妃はこの国に豊かな食文化をもたらした。その為、王妃を神格化している部分もあり血を重んじる中でもかなりの例外だったと伝えられている。
何を隠そうリーズヘルトにも、少なからず異世界人の血が交わっている。
だからこそ麗奈と話した時に何故だか懐かしいような感覚になった。そうしたものがあったからか、彼女にはかなり譲歩していた部分もある。
「その者は、こちらに引き込む事は出来ないのか?」
「無理でしょう。ラーグルング国内を見て回った時、彼女の名声は凄く行き交う人々の輪の中におります。無理に引き抜いた場合、敵に回してしまう可能性があります。そしてそうなった場合……我々が負けると言うのが想像出来ます」
これには将軍達の表情に緊張が走った。
立ち回りも上手く、戦に置いて戦果も上げているリーズヘルトの評価。王はそれに目を細めており、断言して来るとは思わなかったのだろう。暫くの間考え込んだ。
「同行したお前さんから見て、リーズヘルトの評価はどうなのだ?」
「え、ワシ?」
キョトンと返したのは、リーズヘルトと共に行ったファイスだ。
まさか自分に意見を求めて来るとは思わなかったのだろう。完全に油断をしていた為に、彼の元で修業し将軍となったベーリスは心の中で(何してやがるっ!!)と怒りに震えた。
「んーー。ワシも無理に引き込むより、友好関係を結んだ方が何倍も良いな。あそこは自然が豊かで食べ物が上手いし、何より緑茶と呼ばれる物にあった菓子があるんだ。あれは絶品だったな」
ガハハハ、と豪快に笑い飛ばし場の空気が少し軽くなる。
だが、ベーリスは止めてくれとばかりに睨む。それを周りに居た将軍達がどうにか宥めてくれるが、どうにも気持ちが収まらない。
「それに、麗奈と言う少女から精霊の子供を入れた魔道具を受け取りました。自然の復活を約束出来ると同時に、子供達を住まわせ学習させれば大地は取り戻せると聞いています」
「そうか。まずは自然が戻らねば、こちらも作物が実らない。そうなれば、飢える者も出てしまう。それは避けねばならない事だな」
「……それともう1つ、ご報告があります」
そう言って取り出したのは、麗奈から渡された緊急用の通信型魔道具。
既に魔力が込められている事に加え、魔力が無い場所であっても使用が可能な技術を説明し沈黙が場を包んだ。
「とんでもない代物だな。それをポンと渡すとはな」
「彼女からは、私が就いている地位を含めて少しでも良くなるようにと渡してくれた物です。そして彼女は言っていました。これを使った場合、自分達は無条件で助けに駆け付ける、と」
「ふふ、少しでも良くなるように……か。それにしては随分と破格な物を渡したな」
「彼女の父親からは、自分達は人助けを生業とした職業に就いていると聞いております。自分達の見える範囲は、助けたいのだと言っておりました」
その為の覚悟がある事を誠一は語った。
無論、リーズヘルト達が滞在している間は誠一と武彦も接触は控えるようにと伝えられている筈だ。しかし、武彦はいつの間にかファイスと仲良く話す姿を目撃しており懐に入るのが上手いのだろうと思う。
現にファイスは、武彦の人となりに好感を持っている。
本国に戻るまでの間、彼が休暇を楽しむ場所として既にラーグルング国へ行きたいなぁと言っているのを知っている。
「そうなると、虹の空の現象は彼女達と何かしらの関係がある、と見て良いな」
「こちらに話せない事情がある事を差し引いても、我々の待遇はかなり良かったです。当初の予定通り、ラーグルング国を含めた同盟国への加盟をするべきかと」
「ふむ……。実際、荒れ果てた土地が元に戻ればその恩はかなり大きいものになるな。検討する材料として、精霊の子供を住まわせよう。彼等の働きにより、こちらは同盟する意思を伝えねばならんしな」
王の決定により、ファイスの居る国境付近へと精霊を解き放った。
最初は綿毛のような小さな存在に、不安を抱いていたが経過観察をすると共に麗奈の言うように土地が蘇り緑が増えた。
その影響なのか、スケルトン達は段々と距離を置くようになった。
結界に近い働きがあるのだろうと思い、観察を続ける事2カ月。元々、攻撃的でなかったスケルトン達の姿がいつの間にか姿を消していた。
それと同時に大地の恵みにより、荒れ果てていた場所が完全に森へと変貌を遂げている。
その為、今まで出来なかった農作物の作業などが出来るようになり田んぼが多く作られるようになった。
「では、我々フォーレスも同盟国へと加盟する意思を告げよう。お礼もたっぷりとしないとな」
思わず声が弾んだ王だったが、緊急で告げられた内容に驚愕の表情となる。
スケルトンが居なくなった代わりなのか、砂漠地帯でしか見られない筈のサンドワーム達がゆっくりと侵攻していると言う。
大人しい性格であり、人を襲うような獰猛な魔物ではない。
それを知っている為に報告に耳を疑った。だが、ワームは巨大な体を持ち地中を駆け回る。表に顔を出すような真似は殆どしない。
だが、そのワーム達の侵攻を妨げたのは精霊の結界だ。
作り出された結界は、地中であろうと容赦なく発動し侵攻を止めている。地中では難しいと考えたのか、顔を出したワーム達は一斉に飛び掛かる。
その攻撃すら結界は通さない。
頑丈に、この土地を守ろうとする意志が強いのか耐え続けている。
「だが、それもいつまで保てるのか。……物理的に行くには巨大すぎるし、大人しい筈の魔物が突然変異する筈など」
あり得ない訳ではない。
今も結界が邪魔をしているが、力を使っている精霊達には疲弊するだろう。彼等への魔力提供は、出来ないと分かっているのは魔法に長けている者が少なすぎるからだ。
そこでふと、リーズヘルトから聞いた通信型の魔道具を思い出す。すぐに彼を呼び、救援を要請するように頼みファイス達には出来るだけの時間稼ぎをするようにとも告げた。
(国境が突破されれば、王都も含めての被害が大きすぎる。大人しい性格の割に、かなり体が頑丈になっていると聞く。貫ける武器があるかどうか……)
リーズヘルトとファイス達が対応し、結界を張り続けて3日間。
今も結界への影響はなく、ワーム達の侵攻を止めている。麗奈達が駆け付けたのは、救援を出してから翌日の早朝の事。
ワーム達へ向けて雷が放たれ、轟音と共にその数を減らしていった。
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《ママだー》
《パパだー。パパもいるよー》
《わーい、わーい!!》
《がんばる、がんばるっ》
ベールが放った雷の後、精霊達はユリウスと麗奈の姿を確認。
2人が駆け寄るのを見て喜び、疲れが一気に吹き飛んだ。飛んで跳ね回る精霊達を見て、麗奈は落ち着かせるように宥めつつユリウスは突撃してくる子供達を受け止めに入る。
「今の内に休ませた方が良いでしょうね。いくら親が来たと言っても、ずっと結界を張り続けているのは疲れるでしょうし」
「ベールさん、いつの間にか魔法の威力が上がってませんか?」
ラウルの疑問にベールも「そうですねぇ」としか答えない。
そうしながらも、自分達の魔力が上がっているのは麗奈の魔道具のお陰だろう。常に上がり続ける魔力量に、体が許容範囲を超えないようにと作り変えているのだろうと結論付けた。
「もう終わりなら帰らない?」
「早いってば。雷はあくまで牽制で、仕留めてないよ」
「じゃあ僕が斬ろうか?」
ディークが欠伸をしながら言うも、即座にランセに注意される。
ギリムは行動を起こそうとするディークに待ったをかけた。
「少し様子を見たい。ワーム達が本物なのか見極める必要がある」
「ほーい」
轟音が止み煙が晴れると、痺れて動けないのかワームの体からピリピリと電気が走っている。
その様子を見ているギリム。ランセとディークは周りに警戒をしながら、リーズヘルトの元には麗奈とユリウスが話を聞いていた。
「助かったよ。そしてありがとう。君が渡してくれた魔道具のお陰で、魔物の侵攻を止められている」
「私は出来る事をしたまでで……。あの子達が頑張ったから、ここまで耐えられてるんです。あとで褒めて下さい」
「ふ、そうだね。あとでそうさせて貰うよ」
「それでは、私はこの子達の代わりに結界の張り直しをしてきます」
「……君、1人でかい?」
「え、はい……。そうですけど」
それを聞いたリーズヘルトやファイス達が思わず驚きに目を見張る。
ユリウスとしても心の中で(そうだよなぁ)と思いつつ、既に結界の準備に取り掛かっている麗奈は作業を始めてしまっている。
しかし麗奈としては、既に張ってある結界を同じように張り直すだけの作業としか捉えておらず、リーズヘルト達の不思議な反応に疑問すら浮かんでいる。
(よし、これで張り直し完了っと。次は……)
結界の強化も済ませてた時、空間への干渉を感知。青龍が隣に出現し、ザジが反対側へと移動した瞬間にそれは起きた。
「え」
「くそっ……!!」
『主っ!!』
何の前触れもなく、別空間へと引き込まれる麗奈。反応した青龍とザジは引っ張り上げようとするも、相当の力なのか3人纏めて引きずり込まれてしまった。
それと同時にワームの姿がドロドロに溶け出し、ヒュドラが形成されていく。ワームと交じって9つの頭を持つヒュドラの出現により、状況は更に悪化する。
その中で、ユリウスは魔王ギリムの姿が見当たらない事に気付き麗奈に付き添った、あるいは飛び込んだのだと予想。彼女の無事を祈りつつ、ヒュドラへの攻撃を開始した。




