第34話:村、バーナント篇~導きの声~③
広がるのは黒一色の空間。それは恐怖でしかないアリサはカタカタと体を震わせる。力を振り絞ったあの時、無我夢中で使った力。
倒れる寸前、自分以外のものが吹き飛んでいた。お茶をくれたおばあちゃんも、冒険者として心躍るようにしていた少年達も……なにもかも、無くなっていた。
自分が、全部無くした。そう自覚して意識を失った。それだけで、10歳の女の子の心を砕くのは簡単だった。
だから、そこに魔族が付け込んだ、付け込まれてしまった。
「……ん!!……リサ……!!」
(誰……)
必死で呼びかける声。まどろみから覚醒していないアリサは、うっすらと目を開ける。
「……だ……れ……?」
「アリサちゃん!!!」
発した声は弱々しく、視界がまだはっきりしない。でも相手はそれに構う事なく、自分を抱きしめていた。強く、だけどしっかりと離さないでいる相手は黒い瞳、黒い髪の女性だ。
「平気。大丈夫だから、1人じゃないから」
「………」
何で自分の事のように喜ぶのか。何で他人である自分を心配するのか?何で安心させるように頭を優しく撫でてくれるのか………分からない事だらけのアリサは麗奈を見る。
「?」
見つめて来るアリサに麗奈も見返す。暗いはずの空間が何故か明るいのは、彼女の周りをフヨフヨと浮かぶ小さい生き物が影響しているのか。口はむっと閉じられ、目はない短い手足をバタバタと飛んでいるのか、よく分からない見た事もない生き物。
「…………」
「アリサちゃん、どうしたの?」
「それ………」
それ、と指を指し麗奈の周りを小さな光を帯びた式神達。あぁ、と納得した麗奈は「味方だよ♪」と満面の笑顔で言う。すると、その言葉に反応した式神達はペコリ、ペコリと次々とお辞儀してくるのでつられてアリサもお辞儀する。
「ちっ、しつこいガキだな」
「諦め悪いんで、な!!!!」
金属同士がぶつかるような音が火花を散らす。その音がある方へと視線を向ければ村を襲った魔族と対峙する1人の男の人。両手に握る剣からは黒い力が纏い、周囲に広がる魔物と対峙する魔族にダメージを与えていく。
沼へと落とされた麗奈とアリサ。ユリウスは勢いのまま降り、アリサを狙う蛇を切り捨てた。夜目が効くのとランセから教わっていた魔力感知、それが上手く働き暗さに目を奪われていてもすぐに対処出来た。
麗奈が照明の役割を担うように式神を呼び出し、周りに配置する。それと同時に、自分とアリサの周りに結界を張りながらユリウスに襲い掛かる攻撃を全て結界で弾き又は打ち消していく。
(妙な力を使って………あれが、グルー様の言っていた女か)
上級魔族のグルーは魔法協会へと襲撃を進めていた。自分はここを縄張りにしながら、魔法師達を捕らえ協会へと続く道を吐かせようとしていた。しかし、加減が出来ない為に捕らえるのも難しく軽く捻っただけで死んでいく。
グルーからは加減上手くないと、ジド目で見られ居心地が悪かった。そして、妙な術を使う黒髪の者が居たら絶対に殺すな、と釘を刺されていた。最近になって活発に動くようになったグルー達上級魔族達。
その空気は周辺の魔物も魔族も肌で感じ、彼等に従っている。それは主の復活を意味している事でもあった。
「っ、くそっ……」
対峙する魔族と蛇を見て思う。ダメージは通っているが、決定打がない。麗奈の方も守りながら、ユリウスに向けられる攻撃を結界で弾くと言う動きをする中でさらに援護させる訳にはいかない。
自分達以外にはアリサが居る。あの少女は魔力のコントロールが出来ない。それは自分も出来なかった事だからよく分かる。コントロールが出来ていない状態で、魔族への攻撃に対処は出来ない。防御も出来ない少女が一番に狙われている、体を乗っ取る為自分と同じ闇を扱ったと言うだけで狙われる。
(親を目の前で殺されて、いきなり1人になって心細い所を狙ってきて)
そう思えば思う程強く怒る。自分も両親は居なかったが兄が居た。兄以外にも自分に力を貸してくれるイーナスが居た、大臣達が居た、兵士達が団長達が力を貸してくれた。
そして今は麗奈やゆきが居る。誠一さん達が協力してくれている。いつの間にか守りたい者が増えてきた。だから許せない、と強く思った。
(勝手に奪われていい道理はない。あの子にも、ここに居た村の人達にも!!!)
ー……しい、かー
(えっ……)
周りを見る。何かが呼んだ、不思議な声。けど、後ろでは麗奈が結界を張り迫る魔物を倒していく。自分を呼んだような感じはない。空耳だ、と目の前に集中しようとしてまた聞こえた。
ー無駄だ、異世界の女には我の声は聞こえないようにしている。今一度聞くぞ。力が欲しいか……?全てを屠るだけの力がー
ゾクリ、と低く獲物を捕らえるような声。振り向かず、視線だけで声を方角を探る。その間にも魔族が影を、自身も加わるように迫ってくる。
「ッ!!」
視線を目の前に戻し、魔力を纏いながら火花を散らし攻撃に専念する。だが、その声は戦っている間にも繰り返しユリウスに聞いた。力が欲しいか?圧倒する力だが、と執拗に聞いてくる。
「一体なんなんだ!!!!何言っているんだアンタ」
「それはお前だろうが!!!」
横殴りにきた蹴りに剣で防いでいても勢いは殺せずに飛ばされる。「ユリィ!!」と慌てる麗奈だったが、アリサに再度強力な結界を張ったのと蛇に捕まるのは同時だった。
「お姉ちゃん!!!」
「っ、ダメ!!絶対に出たらダメだよ、アリサちゃん!!!!」
式神を退けようとするアリサに麗奈は止める。狙いはアリサ1人。同じ闇の力を扱える彼女を乗っ取り完全に自分の物にする。それが分かっているからこその注意と警告。
「っ、でも………」
「そうさ、アリサ。嫌なら素直に従え……でないと」
「うああああっ」
「お姉ちゃん!!!」
蛇にきつく縛り上げられ、さらに力を込める。ギチギチ、と締まっていく圧迫感に声を上げる麗奈はガクリと気を失う。叫びに近いアリサの声にフラフラとなるユリウスは、その状況に目を見開き無理矢理に体を叩き起こす。
「させ、るかっ………!!!」
ーなら、求めろー
「っ、な、に……」
ーあの世話好きが珍しい事をしているからな。我も混ざろうかと思う、良いのか?……女がどうなってもー
それでカッとなるユリウスは構わずに突進する。がむしゃらに打ち続ける剣にはいつの間にか帯びる七色の魔力。蛇が絡みつこうとして、触れる寸前で消滅して行く様に驚き一瞬後退する動きを見せる。
「逃がすか!!!!」
「うぎゃあああああああ!!!!!」
振り下ろした剣先から七色の魔力が閃光となって解き放たれる。それは魔族だけを捉え、暗く閉ざされた空間をも照らしていきピシ、ピシとガラスにヒビが入るような音が響いていく。
七色の光にアリサは心を奪われペタリ、と座り込む。麗奈を受け止めたユリウスは生きている事に安堵し強く抱きしめた。良かった、と強く思っているとあの声がまた響いて来た。
ー今回は特別だ。それに……ちっ、空気の読まん奴だなー
「待ってくれ、一体誰なんだ……何で俺に」
ー言っただろ、今回だけだ。だが、お前が我に会いに来るなら……今度は遊んでやるー
それきり聞こえなくなり周りを見るも、地下室の一室と思われる場所。本棚が多くある事から、資料室ともとれる部屋に「おーい」とフワっとユリウスの前に現れるウォーム。立て続けに黒騎士が影から現れ≪無事、か?≫と心配しているのか覗き込んでくる。
「ウォームさん、ガロウ……」
「ん!!お嬢さんどうしたのかえ!!!」
「だ、大丈夫。気絶だけだから」
「むっ!!なんじゃと、許せん!!!!誰がやったこんなひどい事。ワシが直々にこらしめてやる!!!!」
≪落ち、ついて……≫
「落ち着けるか!!!!」
首根っこを掴み落ち着かせる黒騎士だったが、ウォームはさらに怒りを爆発し短い手足をばたつかせて「何処だ、一体誰がやった!!」と戦闘態勢に入り自分がやったとは言えない空気になる。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん!!!」
「うおっ!!!」
背中から思い切り突撃してきたアリサに、思わず倒れそうになるのを麗奈を抱えていながら、踏み止まる。腰を捻ればアリサが引っ付き涙を流していた。静かに嗚咽を漏らすアリサに、しゃがみ込んだユリウスはポンと頭を撫でる。
「怖い思いしたよな。沢山………俺と麗奈で良いなら協力する。面倒も見るし、何でも相談してくれ」
「うぅ、うっ、うわあああああああん!!!!」
にっ、と笑うユリウスに涙腺が弱くなっていたアリサはそのまま崩壊。その声にすぅ、と目を開けていく麗奈は「ユリィ……?」と視線で状況を求めて来る。それでまたアリサが泣き崩れ、焦るユリウスにウォームと黒騎士は何もせずに和む。
「若いのぉ~」
≪……そうだな≫
「いいのぉ~ワシもあんな時があった」
≪………そう、か≫
「ちょっ、ほっとかないでどうにかしてくれ!!!!!」
「ほいほい、いいぞぉぼっ!!!!」
ドゴゴォォォン!!と、激しい音を立てて壁が壊されうウォームが何処かへと蹴り飛ばされていく。
「主ちゃん、陛下!!!」
慌てた様子のキールとラウルは思わずポカンとなった。泣き叫ぶアリサはユリウスに引っ付き、フラフラとなる麗奈はそのまま寄りかかりと両手に花の状態なのに黒騎士は慌てた様子。……カオスな状態に思わず顔を見合わせる。
「なにこれ………」
「さ、さあ………」
≪何か蹴ったかしら?≫
≪気のせいでしょう≫
落ち着きを取り戻したアリサはずっとユリウスと麗奈から離れず、キールとラウルに警戒を示しようにじっと見ていた。インファルとイルミナはザワリ、と懐かしい魔力を感じ思わず辺りを見渡した。
何故、あの方々の魔力がここに残留しているのかと。
辺りを見渡す精霊2体にキールは「どうかしたの?」と聞くもまだ確定的でない事を告げるのは阻まれていた為思わず≪いえ、なにも……≫とぎこちなく答えた。
「そう………。2人共、魔族を倒した影響でここの空間が崩れる。急いで乗って」
目を細め様子のおかしい精霊に疑問を感じながらも、作り出された領域の脱出を図る為に疑問を捨てる。2人から離れたくないアリサはうー、と駄々をこねてしまいどうしようかと思っていると、グルンと空間が歪む様な変な感覚に思わず目を閉じる。
続けて感じたのは冷たい風。何でかと思い閉じた目を開ければ、空中に真っ逆さまになりながら下へと落ちる。麗奈は思わず「風魔!!!」と強く叫びバフッと布団に突撃したような衝撃を受け鼻をさする。
『主!!!無事?平気?怪我してない?』
「だ、大丈夫、大丈夫だよ風魔」
「大きい、お犬さんだー」
『わああ、待って。そんなに引っ張らないでーー!!』
慌てる風魔がアリサと奮闘する中。村があったとされる場所が黒い沼に飲み込まれていき爆発が起きる。領域として展開した魔族が倒されたと言うのは、術者は倒れたのも同じ意味をさす。元々、アリサの力が爆発した事で焦土と化した村は平地へと戻る。
「…………」
自分が住んでいた屋敷もなくなり、両親の死体もなく、自分を本当の娘のように接してくれたおばあちゃんも居ない。本当に、1人になったアリサは麗奈に寄り添い静かに泣いた。
もう何度も泣いたのに、枯れる事を知らないようにずっと泣き続けた。
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「…………お母さん、お父さん。行ってきます」
手を合わせ村があった場所に祈る。麗奈とユリウスも隣で同じように合わせ、キールとラウルも合わせた。聞けばキールが相手をしていたあの男達も、既に息はなく死んだ状態でも鎧同様に、糸で操られキールの相手をしていたと。
冒険者として各地を回る彼等の事だ。知らず知らずの内に、魔族が居る領域に足を踏み入れてしまいそのまま絶命。死んでからも解放される事無く、作り上げた村に足を踏み入れた者達を狙って殺し続けていたのだろう、と見解をするキールにラウルは強く拳を握る。
「あの魔族、元々ここを縄張りにしていたようだし、魔法師達を殺してきたのもたまたまかもね」
「………魔族は滅多に縄張りを作らない、と文献で読んだ事があります」
「まっ、あくまで文献なんて誰かが記した記録だ。間違いもあるし例外はつきものでしょ」
「………あの子、これからどうするんでしょうか」
「近くにダリューセクがあるから国に預ける方が普通は良いんだろうけど。闇の力を扱う彼女の事だ………普通には暮らせない」
コントロールが難しい闇の力。ダリューセクに願い出たとしても、最悪の場合その場で処刑、良くて幽閉だろうと言うキールにそれしかないのか、と憤る。
「ダリューセクはラーグルングと違って魔法に詳しい人は一握り。彼等の意見次第で彼女の処分は決定される。なら、私達の居るラーグルングに居た方はよっぽど安全だよ」
「……これから魔王軍と戦おうとしている自分達が安全ですか」
「その前に陛下の呪いを解く方が先でしょ」
「問題が山積みなんですが………」
「それを解決するのがイーナスの宰相としての仕事だよ」
(キールさん参加しないのは決定ですか)
「………これからよろしくね、パパ、ママ♪」
と、勢いよくユリウスと麗奈に抱き着くアリス。その言葉に言われた側も、話をしていたキールとラウルも目を点にしてしばし沈黙。風魔が『主の子供?わーい、よろしく~』とアリサを乗せ走り回る。
「え、ちょっ!!!!」
「ま、待ってアリサちゃん、何でそうなるの!!!」
「だって、お世話してくれるんだよね。パパ、確かにそう言ったよ」
「うぐっ……そ、それは」
「違うの………?」
「っ………」
泣きそうなアリサに汗をダラダラと流し、ぎこちなく「ちがわ、ないな……」と答え嬉しそうに抱き付かれる。麗奈はずっと顔を赤くして下を向き、ウォームが「フォフォフォ、可愛い子供じゃな」と言われ沸騰したみたいに熱くなりしゃがみ込む。
「………麗奈ちゃん?」
「ユリウス」
ラーグルングに戻った麗奈達はアリサがイーナス達の前で「新しいパパとママです、よろしくお願いします!!」と、いきなり爆弾を投下し辺りを凍り付かせた。そして、ゆきとイーナスが黒い笑顔でユリウスと麗奈に迫り雰囲気でどういう事だと迫れば、2人してダラダラと冷や汗を流し
「「ご、ごめんなさい!!!!!」」
同時に謝る2人に「何しに調査したの!!!」、「こっちは死にそうだったのに!!!」と叱られる始末になり土下座をしても許すことはなかった。




