第359話:宰相同盟
一方でイーナスはある事に頭を悩ませていた。
西側諸国の覇者と伝わるフォーレスの要人の対応についてだった。最初は魔法国家であるこの国が魔族の侵攻から生き残っているからこその興味本位だと思っていた。
だが話を伺えば、向こうの国では既に精霊の声や姿が見えなくなって数百年は経っている事。それに代わるものとして気がある事が上げられ、島国であるニチリと同じだと知る。
ニチリには4大精霊の内、風のシルフと水のウンディーネが守護についていた。
そのきっかけは、魔族の呪いによって大精霊が変化してしまった事があげられる。元々、海の一帯を管理していたクラーケンが魔族との戦いにより疲弊。
魔族自身も最後の悪あがきとして、自身の死と引き換えに呪いを放った。
大精霊も、呪いに対して耐性はあるが無効化とまではいかない。
徐々に精神は蝕まれ理性を保てなくなり、最後には破壊衝動に吞まれて周辺の島国を襲った。その被害を免れたのは、ニチリだけになり同時に孤島の国と化した。
シルフとウンディーネの守りがあったニチリが、次に被害を受けたのは魔力の枯渇だ。
クラーケンが海を汚染するように、魔力を奪いシルフとウンディーネの守りを突破しようとした。強大な魔力を持つ4大精霊は、他の大精霊とは別格扱いされている。
長い間、魔力を奪う事が出来ないと感じたクラーケンが次に行ったのは土地の汚染だった。
魔力を奪う方向から、魔力を発生させない土地に変化させる。それが出来なくとも、魔力が伝わりにくい土地へと変化させる事には成功出来た。
だからこそニチリは長い間、魔力を通うわせる環境になかった。
今は麗奈達のお陰と新たに契約したハルヒのお陰で、土地への汚染は収まり、徐々に魔力が通りやすい環境へとなっている。
フォーレスが長い間、精霊達との交流が絶たれた事での土地の変化。
今までに起きていなかった異変の対処の為に、魔法国家であるラーグルング国へと協力を求めたのが理由に挙げられていた。
「土地の汚染による魔力阻害、ですか。こちらにも回ってきそうな問題ですね」
「あはは。正直に言って、向こうが異変の対処の為に頼んでいるとも思えません。あわよくば、自分達の力になればとも考えていそうで……」
時間は夕方頃。
執務室で会話をしているのは、イーナスの他に水晶で映し出されたニチリのリッケル、騎士国家のファルディール、ディルバーレル国のギルティスがそれぞれ頭を悩ませるような仕草をしている。
フォーレスの対応を考える中で、イーナスは同盟国へと相談する事を決めた。
こちらだけで対処するには、フォーレスの事を知らなすぎる。サスクールの襲撃を受け、鎖国状態に追い込まれた事で他国への状況を知る事が出来なくなった。
次の襲撃の備え、突如として結界が強く発動した事で自国から出る事が叶わなくなったのも大きい。
その変化によりユリウスに掛けられていた呪いの負荷が重なり、それを軽くしようと様々な行動を起こした。
麗奈達がこの世界に来て、ユリウスの呪いを解いた事によりようやく他国への状況を知る事が出来た。
その整理が全て終わっていない所に、フォーレスの訪問と重なった。
自国での対処が追い付かない事が露見するが、それよりも相手の情報を知る方を優先した。
「フォーレスについてこちらで分かっている事は、精霊との交流が絶たれてから数百年が経っている事とニチリと同じく魔力が通りにくい国へと変化している事ですね。向こうは、1つ1つの部族をまとめた強大な国家。国の守りに8大将軍なる者が居ると聞いています」
ファルディールが分かっている事を告げ、次にリッケルが意見を述べる。
「部族をまとめ、国を作り上げたのはニチリと同じようですが恐らく向こうの方が国力が上でしょう。魔法国家同様に、こちらもクラーケンの呪いで軽い鎖国状態になっていました。情報の共有は助かります」
「皆さんには本当に申し訳なく思っています。リッケル宰相。その後、ニチリで何か変化はありましたか?」
報告を聞きながら、イーナスはリッケルにある確認をした。
魔物化から大精霊へと戻った事で、ニチリは以前とは違い少しずつ魔力が通りやすい土地へと変化している。
これは、ハルヒが新たな契約者となった事と麗奈の行った浄化のお陰らしく今も経過観察を続けている。
魔力が通り辛くなった事で魔法の使用も減り、魔道具に頼り切る形になった。そんなニチリだったが、今では魔力がないとされていた者達からも魔力が感じ取れていると聞く。
「これも、誠一様がこちらに尽力してくれたお陰です。破軍の代わりに、結界の維持までして貰い負担を強いられたと言うのに。……あの方は、王との話に付き合うだけで良いなどと。無欲過ぎるっ」
麗奈とユリウスが居ない間、ニチリの結界の維持に誠一と武彦の2人が交互で行った。
ハルヒには2人の痕跡を探して貰う間、憂いが残らないようにといつの間にか結界の維持を進んで行っていたのだ。
リッケルが何かお礼をと考えていたが、誠一はディルスナント王と話がしたいだけで良いと言われてしまった。武彦にと考えていたお礼は向こうのペースに吞まれてしまい、未だに渡せた事などない。
「イーナス殿、どうかあの2人を説得して貰えないだろうか」
「……無理、ですね。あの2人も、仕事人間ですし自分のしたいようにしているだけだと言い張るので。まぁ、それは麗奈ちゃんも同じ事なんでこちらも頭を悩ませてますが」
「親が無欲なのですから、娘である麗奈様にも遺伝として残りますね」
「くっ、親子揃ってダメなのか……」
ギルティスは麗奈の性格を分かっている為に、リッケルにさり気なく諦めろと告げている。
何故だか勝ち誇ったような顔で語るギルティスに疑問を感じつつ、イーナスは確認を続けた。
「フォーレスの方々の滞在は2週間。その間、こちらとどのような交渉をしてくるのか、目的がはっきりしてくれると嬉しいのですがね。同時に2人が帰還して来るなんて……」
「そう言えば、創造主様はこちらの様子を見れるのだろう? フォーレスの方々が居る目の前で、敢えて落とされてしまったのでは」
「う、有り得る……」
ファルディールの言葉で、もうそれしかないとばかりにイーナスは嫌な顔をした。
性格が悪い事がキールだけでなく、ランセからも聞いている。そして、創造主に造られたとされるギリムからも要注意人物だとも言われている。
「西側諸国と関われ、というお告げ……なんでしょうか」
「そんなお告げ要らないです」
神子のアウラから言われているお告げかも、とリッケルが言えばギルティスがふと思い出したように告げる。
「なら、この集まりも見られているでしょうね。……ま、私達がどうこう出来る相手ではないのは分かっているのですから、乗ってみるのも一興では?」
「対応するのはこちらなんですよ?……なんだか楽しんでませんか、皆さん」
ジト目にしつつ、事実を伝えるイーナスにリッケル達は「どうでしょうか」と知らぬふりを通す。
「では、こちらは準備がありますので。対応はお願いしますよ、イーナス」
「何の準備ですか、ギルティス宰相」
「え、麗奈様とユリウス様の歓迎パーティーですよ。ドーネル王には、既に麗奈様が来たのは分かっているので張り切ってますよ」
「えっ……!?」
「要人の対応をしながらでは難しいでしょう。平気ですよ、イーナス。ここは隣国でもあるディルバーレル国にお任せして仕事に専念して下さい♪」
「はぁ~……」
重い溜息を吐き、イーナスは覚悟せざる負えない。
まさかディルバーレル国がその準備を既にしているとは、と考えたがドーネルの行動を思い返すと何故だか納得してしまった。
それを皮切りに、ファルディールとリッケルもその案に乗った。
「では、ニチリの方でも準備は進めていきますよ。あの2人には、お礼を突っぱねられた記憶があるのでここぞとばかりにおもてなしさせて下さい。いえ、やりますっ!!」
「セレーネ様も、話がしたいとずっと言っているので時間を作ってくれると嬉しいです。咲嬢の事も、そちらに任せきりになっていますからそのお礼は改めて相談していきます」
「え、ちょっ……。皆さん、何でそんなに」
麗奈とユリウスの帰還が嬉しいのは、同盟国では共通の事。
前にお礼をしたくても、断って来た事があるからこそ無下に出来ないこの状況を使えると考える。流石の2人も、自分達を祝うような席に断るような事は出来ない。
そういう風に状況を持って行こうとする。ギルティスはこれから会えるのを楽しみにしており、リッケルとファルディールは準備を進めようと色々と指示を出している。
「ではイーナス宰相。こちらも準備がありますので、要人の方々の行動にはしっかり気を付けて下さい」
「また相談したい事があれば、宰相同盟で策を練りましょう」
「え、なんか同盟組んだ流れなんだ。でもまぁ、それも良いか」
「……」
ファルディール、リッケル、ギルティスの流れるような連携にイーナスはもう諦めた。
フォーレスの対応をしつつ、麗奈とユリウスとゆっくり話したいと思った時間がどんどん奪われていく。
気を落としそうになるも、しっかりと自分の仕事をしようと考え頭を切り替えた。




