第356話:手厚い歓迎
「悪いけれど、ここ以外での被害を見てきて欲しい。彼の対応は私がするから」
「っ、は、はいっ!!」
ヘルスの言葉にハッとなった麗奈は、リーズヘルトに向け「失礼します」とお辞儀をしてその場を離れる。最後にチラッとヘルスの事を見て、安心したようにホッと息をしたのがリーズヘルトには気になったがそれを口にするのは止めておこうとした。
事情を抱えているのは、自分達フォーレスだけではない。
それが分かっただけでも、彼にとってはある意味では収穫になった。
「好感が持てる子だね。それだけに国の外には出したくない、という事ですか」
「さてどうでしょう。それを決めるのはあくまで彼女の意思ですし、あの人がそう簡単に許すとは思えないのでなんとも……」
あの人、と口にしたヘルスは明らかに嫌な顔をした。
他国から来た自分達の前でさえ、そう簡単には表情を崩さなかった。なのに、余程その人物は何かしらの影響、もしくはヘルスにとって苦手な相手なのだろうと察する。
ラーグルング国の内情を少しでも触れられるのはいい機会だと思い、これを機にフォーレスも交流を持つ機会を貰うべきだろう。
その後、レーグの転移魔法でラーグルング国へと向かい、2週間の滞在と今起きている事についての簡単な説明をした。そしてその場には、麗奈とユリウスはおらず意図的に外しているのが分かる。
(まぁ、当然と言えば当然か。次の話の場では、否が応でも従うしかなさそうだろうが)
ヘルス達はまだこの時点では知らない。
リーズヘルト達は、麗奈達が空から来た所を見ている。そして、その時点で大精霊ブルームの存在をしっかりと見れていた。
相当な実力者である以上、それを隠し通す事など出来ない。
次の話し合いの場まで、リーズヘルトはゆっくりと過ごそうと考えた。多くの自然に囲まれているラーグルング国を見ながら、自分の育った街を懐かしく思いながら――。
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《被害と言っても魔物が通った所には、この子達が居る。今、修復するために大地に話しかけている所だ》
「冬眠っぽいですね」
サラマンダーに連れて来られた場所は、魔物の大移動の跡。大小さまざまな足跡があり、その上にはさっきの精霊の子供がズラッと並んでる。
(太陽の光を浴びて気持ち良さそうに寝ているみたい。……可愛い)
太陽の光の高さを見て、今は大体昼頃だろうかと予想する。
そんな中、大地に話しかけていると言われている精霊達だったがどう見ても暖かな光を浴びて寝ているようにしか見えない。そこに心地の良い風が流れて、何かが駆け寄ってくるのが分かった。
麗奈がその方へと向いた時には視界は全て白で染まる。
「えっ」
《ガウー!!》
バフっ、と麗奈にのしかかったのは白い毛並みを持つ狼。フェンリルの氷の力を感じ取れた事から、ラウルと契約している狼の子供だと分かる。
《ガウ、ガウッ》
《すまない。止めようとした時には、既に突進していて止められなかった……》
「い、いえ……。こんなに喜んでくるなんて、どうしたんだろう」
《ウゥ……》
サラマンダーも気配を感じて止めようとしたが、凄まじいスピードで来て勢いが止められなかったと反省している。麗奈の頬をさすり、嬉しそうに尻尾を振っている反応に疑問を示していると潤んだ目で訴えられた。
ラウルに心配かけた事、相談されなかった事が嫌だったと言われてハッとなる。
「ごめんなさい……。私、ホント自分勝手に行動しちゃったんだね」
「麗奈っ!!」
《ガウ♪》
「あ」
息を切らして走って来たのは、精霊を追い掛けて来たラウルだ。
しかし、麗奈の姿を確認した途端にラウルはその足を止めゆっくりと歩み寄ってくる。
「……麗奈。本当に、君なんだな?」
「ラウルさん。はい……私、ユリィと一緒に戻ってきました」
「そう、か。……そうか」
言葉を1つずつ噛み締め、麗奈の傍に寄り無事な姿を確認する。
震える手で彼女の頭を撫でれば、実体を持っているのが分かり生きていると理解する。その途端、体から力が抜けたのかその場に座り込んで黙ってしまった。
「あ、あの、ラウルさん」
「……」
「うぅ。ラウルさん」
《ウゥ!! ガウ、ガウ》
コツン、と狼の子供からの頭突きが来た。
散々心配かけた上に、自分はラウルから姿を認識されなかった事を話した。麗奈からラウルに上げたアクセサリーであるピアスがない。
魔道具であるそれは魔族のラークと戦いで壊した。その魔力と自身の魔力とを上乗せし、共食いで力を増していたラークへと魔力を注いだのだ。
ラウル自身の命をも懸けたその行為。自殺行為だと言われても仕方なかったが、ラウルは許す事が出来なかった。ラークは麗奈に恐怖心を植え付けた存在であり、笑顔でいた彼女の表情を曇らせる原因を作った。
騎士としての誓いを立てた時から決めていた。必ずラークは自身の手で倒す。
何を犠牲にしてでも、と。
「……」
「ごめんなさい、ラウルさん。私、被害を少なくしようとしてて……。でも、小さい時に子猫の命をなくした原因を作ったのも私で。お母さんも亡くなって、家族同然に育ててた子猫も亡くしたショックで自分なんかどうでも良いって思ってて、それで」
必死で言葉を紡いだ。
黙って反応を示さないのは、怒っているからだと思った。これまでも、散々心配かけて来た上に迷惑をかけて来た。
ユリウスとも戻る時には、怒られる覚悟でいようとも話した。そして、戻って来た自分達は既に派手に行動を起こした後。
事情を話したいのと、自分の行動の理由とを話している内に幼い時の事も話していた。
麗奈にとってはラウルが知らないであろう話。
しかし、彼女とユリウスは知らないでいる。ラウルを含めたイーナス達やゆき達には幼い麗奈が起こした行動の全てを知られている。
その過程で、野生の子猫であるザジの生涯と死神になった理由の全ては創造主デューオによって、知っているのだと。
ヘルスが麗奈の母親である由香里を連れて、彼女達の世界へと行った事の全てを知っている。
「分かっている」
「え」
「麗奈が自分を責める理由も、自分を大切にしない理由も。その根底には、魔王サスクールが関わっていた事も……全部、知っているんだ。俺達は」
「え、でも」
「幼い君は、サスクールに狙われていた。由香里さんとの事で責任を感じていたヘルス様が、そちらの世界に行って過ごした時間も。その後の事も……創造主によって俺達は全てを知ったんだ」
それを理解するのに数秒かかり、思わず確認を取る為にとチラッと狼の精霊を見る。
頷いた上で、サラマンダーからも説明が入る。
《こちらは、貴方方のお陰で創造主様と会ったが本来なら有り得ない事だ。君達が休んでいる間に、接触してきたのは十分に考えられる》
「う、それじゃあ……説明とか全然要らないんですね」
「創造主からは、俺達が無理に会うよな真似をすれば2人の帰還を遅らせるって脅されたんだ。向こうは時間も操れる。何十年も引き延ばしてくる可能性もあったさ」
(う、うわぁ。デューオ様、それは警告だったとしてもやり過ぎですよっ!?)
ギョッとした麗奈はそこで理解する。
ラウルが自分の事を確認する時に震えていたのは、夢かどうか実感が持てなかったからだと。目の前に居る麗奈が本物なのかも怪しい上に、記憶を失っている可能性もある。そんな悪い方向へと考えていた為に、確認をするのが怖かったのだろう。
麗奈は撫でられていた手を取り、自分の頬へと触れた。
「麗奈?」
「本物です!!」
「えっ」
「い、一杯心配かけて今更なのは分かってます。でも、私は私で……。ラウルさんに誓いを立てて貰った主でもある訳で。実感が持てないなら、納得してくれるまで触って下さい。納得してくれるまで離さなくても良いですから」
「そうなると離れられなくなるぞ」
「それは困るから止めてくれ」
「ユリィ!!」
冗談っぽく返したラウルに、ユリウスから待ったが掛かる。
ジト目で睨んでいる理由が分からず麗奈は疑問が浮かぶ。ラウルはそれにふっと笑い、ユリウスに向けて改めて膝を折り姿勢を正した。
「戻ってきてくれて嬉しく思います」
「ヤクルはどうしてた」
「団長は戻ってくると信じて今も仕事に励んでます。恐らく拳骨だけでは足りないと思いますよ」
「いい。それは覚悟してた」
「わ、私も拳骨を受ける覚悟はあるよっ」
「じゃあ最初は叱られようか……2人共」
「「っ……!?」」
背筋が凍り、麗奈とユリウスは素早く振り向いた。
絶対零度の笑顔でいるイーナスに青ざめ覚悟を決めて来たのに、早速それが無理そうだとも思ってしまう。
フリーゲは無言で手を振り、元気にしている2人の事を嬉しく思っているのは分かった。
涙ぐんでいる反応をしているが、それよりもイーナスの方が怖いと感じた。
「ユリウス!! 主ちゃん!!」
《あ、これは》
《どうやら間に合わなかったようね》
空からインファルとエミナスが戻ってくる。キールが無事な姿でいるのを喜び、勢いよく抱きついた。あまりの勢いに吹き飛ぶも、インファルとエミナスがクッション代わりとして自身の体と風の魔法で衝撃を和らげた。
「心配ばっかりかけて、しょうがないよね2人は」
「キ、キールさん」
「ほら。こんな所に居ないで、さっさと戻るよ。ゆきちゃん達だって首を長くして待っているんだろうし」
「え、おい……」
嬉しいからなのかワザとなのか。キールはイーナスの存在をまるっと忘れているような対応に、麗奈とユリウスは慌てる。その間にもイーナスからの睨みは増すばかり。困ったように麗奈の服の袖を引っ張る狼の精霊は嫌な予感がした。
しかしラウルからの態度では、諦めるようにと読み取れ困惑する。
《ウゥ?》
「キールのそれはワザとなのか」
「え、もちろんだけど。何でそんなこと聞くの?」
「……ほぅ」
地雷を踏んでいる。
全身の毛が逆立ち、危険だと知らせてくれる狼の精霊だったがサラマンダーが静かに連れ出した。インファルとエミナスも揃って離れている。
「全くなんでそう君等は……。いつもいつも突然過ぎるんだよっ!?」
心の準備がないだろうにと怒りながらも、戻って来た2人に喜びを感じている。
感情がぐちゃぐちゃなイーナスは、泣きながら怒るといった器用なやり方をしつつ、いつもの感じだと納得しているラウル達は見守る。むしろ妙な安心感さえ覚えてしまっている状態だ。
この一帯の精霊達の管理は任せて欲しいとサラマンダーに言われ、麗奈とユリウスはラーグルング国へと戻る事にした。王城の大広間には、ギリムからの連絡でゆき達が集まっており2人の帰還を喜びつつも無茶をした事に怒りを向けられる。
予想していた事とは言え、いざ覚悟をしてみるとやっぱり怖いものだ。
疲労を覚えるも、帰還を喜んでいる皆の顔が見えれて一安心出来た。心の底から戻って来れた事に、今更の実感が出て来た2人だった。




