第354話:生み出される精霊
ラーグルング国の王城にある黒い塔。
太陽の光を入れさせない為のものであり、魔力を吸収して成長するもの、夜にしか咲かない植物もありそれらの保存の為に作られた。
その管理を任されているは、薬師長でもあるフリーゲだ。彼は時間があれば、この塔に籠り虹色の薔薇の観察をするのが日課にしている。今日の分の仕事を終えれば、彼以外に部下が何名か経過観察の為に来ていた。
今日も、薬師室の部下以外に魔道隊のメンバーが何人かいるのが見える。
「室長、お疲れ様です」
「おう。例の薔薇に変化はあったか?」
「いえ……。ただ、この塔に保管されている植物達にちょっと変化があった位で」
「どんなだ?」
「今まで魔力を貯蔵するだけでいたのに、放出する量が多くなったんです。なので、魔法が扱えない職員はこの塔から離れるようにする処置をとっています」
「……ん? 俺は平気だったが」
「あの、室長……。いくら魔法の適性が低くても、魔法を扱えるかでその差は大きいですよ。魔力を持たな者がここに居ると体調不良を起こしたりするので、キール師団長の判断で限られた者しか入れてないですよ」
「そっか……。あ、レーグ!! 今日はここに居るのか」
「お疲れ様です、フリーゲさん」
書類を書きながら、挨拶をかわしたレーグ。
キールの部下で彼からは、将来の師団長とも言われているが本人はそれを嫌がってどう逃げようかと考えている。
部隊を指揮する隊長でもある為、実力はあるのだが本人はキールの事を見ている為にないと断言している。天才を見ているからこその自信だと思われるが、キールも人に押し付けるのは得意な為にこの2人のやりとりを見て楽しんでいる、とは言えない。
「レーグもこの異変に気付いてたのか?」
「えぇ。すぐに師団長に報告して、本人には来ないように言ってあります。敏感過ぎるので、本人も危険を冒して来ようとは思いませんもん」
「だよな……」
同じ貴族であり親友でもあるフリーゲにも、キールの知らない部分があった。
それは彼の目が魔力の動きを追える事。
力の大小だけで、急激な変化にもキールは感じ取れる。実際、魔王サスクールとの戦いで彼の目は幾度となく激痛を味わっている。
大精霊との契約、大精霊の死も合わさりこの目について隠せていた事が出来なくなったのだ。
元々、大賢者として優れた魔力の持ち主であり多彩な魔法を生み出しては扱って来た。
そんな彼が更には、魔力を感じ取るのに優れている目を持つとされれば周りとの距離がまた開くだろう。
フリーゲとしてはそんな事も関係なく付き合っていた為に、何だか隠し事をされているようで最初はムカついた。だが、キールの気持ちを思えば誰にも相談出来ない内容を、話そうとは思わない気持ちも分かる。キールの目について知っているのはヘルスのみ。
王族であり、キールの最大の理解者だと思っているフリーゲには絶対に勝てない相手だ。
「……キールの奴はなんか言ってたか?」
「憩いの場所を奪われたのが嫌だと、愚痴をこぼしていましたよ」
「ほう、愚痴ねぇ。まだそれを言えるだけ良いって事か」
「師団長に合わせて、魔力量が多い騎士団の方々にも近付かないようにヘルス様から通告がなされていますし。自分の場合、魔力を極限まで抑えた結果どうにか居るって感じです」
「そう言えば、リーグのお気に入りだもんなこの場所」
「ふふ。そういう所は従兄弟だと分かりますよね」
「振り回される所とかな」
「おしゃる通りで……」
散々苦労してきたであろう2人は、表情がどんよりと暗いものになる。
それを周りは慰めつつ、休憩に入ろうとして変化が起きた。
「な、何だっ!?」
「魔力が満ちていく? っ、あの薔薇の変化か!?」
突然、中を埋め尽くすような魔力の流れを感知したレーグは必死で自身の魔力を抑え込む。
だがその行動に反して、魔力が漏れ出ているのが分かり焦る。その中心には、棘のない1輪の薔薇が咲いておりその数が増えていく。
「今すぐ親父を連れてこいっ。この薔薇は2人に変化があった時に必ず現れる。ヘルス様にもすぐに連絡するんだ」
「は、はいっ!!」
慌てた様に出ていく部下を見ながら、レーグはすぐに通信で魔道隊への連絡を済ませている。
この塔の外での変化を聞いているのだろう。それらを聞き終えてから、レーグはフリーゲに報告をする。
「師団長は国境に向かいました。凄まじい魔力と共に、安定感のあるものだからすぐに確かめに行ったという事です」
「安定感……。俺の持ってる魔力は少ないからと思ったが、妙に暖かい感じだよな。暴発するような感じでもない」
「この魔力の感じはアシュプ様の扱うものと同じです。暴発の恐れがある所か徐々に力が溢れてくる感じですよ」
「って事はやっぱり……」
「はい。恐らくは、だと思いますが」
互いの顔を見て頷く。この薔薇の変化には必ず意味があり、そしてそれは麗奈とユリウスの2人に関してのみに働く。
2人が帰還してくるのだと思い、喜ばずにはいられない。それはこの魔力を感じ取った者達ならば皆が同じ事を考えられる。出迎える準備をしようとすれば、連れて来られたリーファーによって確かめに行けと追い出される。
塔の外にはヘルスと魔王ギリムがおり、転移を使って国境へと向かう。
ギリムから手短に言われたのは、創造主が余計な事をしたと言いフォーレスから来ているリーズヘルト達もその現場に居るのだと言えば――あぁ、色々と巻き込むなぁと思いながら、ちょっとだけ楽しい気持ちにもさせられた。
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《見に行ったぜ。魔物の大移動なのは間違いないな》
「ありがとうございます、シルフさん」
《良いって別に。あぁ、でもやっぱりこっちの方が安定するな~》
《シルフ……もしかして老けた?》
《老けた老けた》
《でも当たり前でしょ。私達が一番若いんだし》
そう話すゆきと契約した大精霊達に、シルフはギロリと睨む。
仲裁に入る麗奈は落ち着かせようとしており、その間にイフリートは空を睨んでいた。
《……空にも変化があるな》
《手分けして調べようか。私達もシルフと同じく空飛べるし》
そう提案するエミナス。インファルも協力は惜しまないからと言えば、イフリートは頼むように言いそれぞれ飛んで行った。ウンディーネは眷族のスライムを呼び出し情報を集め、ノームも眷族である花の妖精を呼び出す。
《あ、そうだ。挨拶がまだだったね。彼女に協力して欲しいんだ、頼める?》
《……》
「どうも。こんちは」
ノームの周囲に呼び出された花の妖精達。
ドワーフのアルベルトと同じ位の小人であり、花のドレスを着ていて可愛らしい容姿をしている。すると、妖精達は麗奈の周りを飛び始めクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
ドキドキとした面持ちでいる麗奈に、肩に乗っていたツヴァイからは《大丈夫よ》と落ち着いていればいいと言われてしまう。
その数秒後、妖精達からポロポロと涙がこぼれていく。
「えっ!? あ、な、何かおかしなことでもしましたか。ノームさんと仲良くさせていただいてますけど、しない方が良いなら」
ピタっ、と。麗奈の頬にくっつき、頬ずりをする妖精達。その行動の意図が分からず、ノームへと視線を向けると彼はニコリと笑顔を返す。
《分かっただろう? 彼女に協力してくれるね》
《するするっ!!》
《何でもするっ!!》
《がんばるっ!!》
「え、え、え……?」
返事をしている間にも、嬉しそうに麗奈の周りを飛んでおりツヴァイに説明を求める。
彼女は後で話すと言われてしまい、それよりもとノームに確認をした。
《そう言えばノーム。この近くに村や町はないの? 大移動に巻き込まれると大変なんだけど》
《あるよ。領地から離れた所にある村も含めると範囲は大きいけど、眷族と合わせれば問題ない》
「その人達の避難も頼んでも良いですか?」
《構わないよ。イフリート。人が増えるけど、守り切れるよね?》
《大丈夫だ。任せてくれ》
「だ、だったら、事情を説明しに行きます!!」
「俺も一緒に行く」
「あ。フェンリルさん、彼等の事をお願いしていいですか」
《平気だ。傷を負わせるような事はさせない》
ノームの転移でユリウスと麗奈は、村や町だけでなく領民達に事情を説明しに行く。魔物の大移動に巻き込まれるが、被害は絶対に防ぐと言い私兵団の面々達にもイフリートの元へと集めた。
魔物の大移動の事を聞かされ、半信半疑でいる者が多い中で2人の話を真摯に受け取ったのは辺境伯であるゾルティア・ヘルド。
長男のリラーク、長女のレバールも事情を聞かされているのだろう。領民達の不安を抑えつつ、彼等を守るようにいるイフリートとブルームを見つめる。
(伝説上でしか言われてなかったドラゴンとはね。……じゃあ、本当にそのドラゴンを従えさせているのが天空の大精霊様だって言うんなら凄い事だ)
「お兄様」
「うん。レバール、参考まで見ておいた方が良い。――出来るかどうかは別だけど」
「……はい」
神妙な面持ちで麗奈を見つめるレバールは、異世界人である事も起こしてきた事も全て知っている。辺境の聖女と呼ばれているが、自分の治癒能力よりも遥かに上の使いてである麗奈。彼女が契約している精霊についても詳細に知れ渡っている。
《小僧。来たぞっ》
《んじゃ、俺から行くかっ!!》
地面を軽く揺するような音だけでなく、空からも魔物の移動があり青空が魔物の影によって埋めようとされていた。
それを幾つかの光線が一閃し、跡形もなく魔物達を撃退していく。その隙に風の大精霊シルフは自身の魔力を強く練り上げていく。
《サイクロン!!》
大きな竜巻が進んでくる魔物達を阻むようにぶつかる。
フェンリルがそれらに合わせるように魔物達の頭上に氷を生み出し、ウンディーネとポセイドン、ツヴァイがそれぞれ雨雲を生み出す。
《グラセ・フィールド!!》
《アイシクル!!》
フェンリルの目が淡い水色に光だし、向かってくる魔物達を視認。その瞬間、一気に地上が氷結し頭上に展開されていた氷はウンディーネ達によりその範囲を広げていく。その流れでシルフは雷を叩き落としての追撃。
距離は離れているが、本当に魔物の大移動がある事に驚き避難連れて来られた人達は戦慄する。
麗奈は服を袖を引っ張られる感覚に振り向くと、サラマンダーが小声で話しかけて来た。
《エミナス達からの伝言で、ドラゴンの加勢もあってすぐに沈静化出来るとの事だ。あとは正面から来る魔物達の処理をすれば良い》
「分かりました。念の為、戦闘で荒れた土地を調べて貰って良いですか? 作物とかの被害も抑えたいので」
《了解した。眷族を従えてすぐに調べに行ってくる》
イフリートの弟のサラマンダーは、他の大精霊にはない眷族を従える事が出来る。4大精霊イフリートと兄弟である事からの特別性なのかも知れない。自身と同じような炎の影を幾つか作り、すぐに四方へと調べに向かう。
《小僧、女!! 我の魔力と同調しろ。魔物のみに攻撃する》
「きゅ、急だな、全く!!」
「りょ、了解ですっ」
ブルームからの要求にユリウスと麗奈は慌てて魔力を補填。
空を埋め尽くす程いた魔物達は、既に駆逐された後であり頭上に虹色の魔方陣が瞬時に浮かび上がる。
《カタストロフィ・リジェネレーション!!》
前方への魔物に対しブルームは虹色の光線を繰り出し、一瞬にして滅ぼした。凄まじい威力と共に爆発にも似た爆煙が辺りを覆う。
《しばらくの脅威はこれでないだろ》
「やり過ぎだろ!!」
《そう言うな。あれらが被害を抑えに行っている。世話は頼むぞ》
「……世話、ですか?」
怒るユリウスと違い、麗奈はブルームの世話が必要な何かが気になっていた。
ブルームと同じくドラゴンなのかと思い、晴れていく煙を見ていると何かが近付いているのか分かった。
(ん? 気配からすると、精霊になるのかな。え、でも)
そこで感じた疑問は《ワー!!》という可愛らし声と、手触りの良い毛並みを持った小動物によって思考を遮られる。枕のようなフワフワとした触感に、ひよこのようなつぶらな瞳。それらが一斉に麗奈とユリウスの方へと寄っていく。
《簡単に言えば精霊の生まれたて……子供と言うべきか》
「はいっ!?」
「え、これら……全部ですか?」
ブルームを軽く睨むユリウスと違い、麗奈は座り込んで様子を見る。彼女の周りに集まってくる精霊達は、言葉は幼いながらも持っている魔力量はそれなりに多いのが分かる。
《ママ―!!》
《パパー!!》
((あぁ、怒られる……。絶対に怒られるやつだ))
2人の周りに一斉に集まり、生み出された精霊達。
戻ってきた事よりも、2人は宰相のイーナスだけでなく他の面々から叱られるという流れがあるのだと思い、震えあがる体を必死で抑え込んだ。




