第349話:互いの無事
ギリムはハルヒ達と共に、ゴブリンに攫われた女性達が居る村へと来ていた。
周辺の村々も含め出入口には冒険者が何人かおり、騎士団との連携がなされている事を聞く。
「神殺しについては、まだ不確定な部分が多い。不安を煽らせるつもりはないが、重大な部分でもある為にギルドマスターにだけにその話はしていたんだ」
「それは……。頭が痛い案件ってなりそうですね」
「実際にかなり頭を抱えていたな。だから、こちらからそれらの調査は任せて欲しい事。依頼の報酬もこちらが用意すると言う事で、どうにか了承して貰えたという感じになる」
ハルヒの率直な感想に、ギリムは更に付け加えた。
騎士団と冒険者の連携には、同盟国であるラーグルング国、ディルバーレル国も入っている。島国であるニチリは支援物資を手配すると言う風にして、それぞれの役割分担を決めていたのだと言う。
「すみません。人数を割こうにも、まだまだ不安要素が多くて」
「そこは気にする部分じゃないさ。出来る事、やれる事をそれぞれの国で出し合い総合的に高めればいい。……神殺しの件でなければ、今はかなり理想に近い形になっているんだがな」
ギリムとしては、守護者として世界の安寧を願うばかり。
それを任すように頼まれた創造主デューオとの仲はかなり微妙ではあるのだが、ギリム自身はこの世界の対してかなり愛着を持っているのも事実。
だからこそ、神殺しの好きにさせる訳にはいかない。
創造主であるデューオが死ねば、この世界は簡単に崩れる上に日常を過ごしている人達からはその意識がないまま消滅する。
抵抗する事も許さないとばかりの非常なもの。
既に犠牲になっている世界と創造主の事も考えれば、次のターゲットにこの世界を選んでくる可能性は決して低くない。
「余としても、皆からよく聞く麗奈と言う子には会っておきたいしな」
「あはは……。その前にアルベルトさんが離さない気がします」
「加えて色んな事を巻き込むからね。次に会ったら今度は誰を連れてくるのやら」
色々と実感のこもった言い方をするゆきとハルヒに、ギリムは「それも含めて楽しみにしておく」と言い村へと入る。
依頼を実行してくれたハルヒ達を見れば、村の人達からは感謝され全員が無事で帰れたのは奇跡だと言われる。それを聞いてホッとするハルヒに、ゆき達も嬉しそうにしている。
「あの……。治療したあの子は、今はどうしてます?」
「あぁ。エルサかい? 今は家に引きこもってて、両親以外とは会わないらしくてね」
人質にされた子供の名はエルサ。
激痛で気絶し、その後の治療はアウラと咲が率先して行ったのだと言う。ゆきは、毒が体に行き渡るのを防ぐ為に聖属性魔法を使い治療したのもあり、毒の解読にも時間が取れたのだ。
「……そう、ですか。では様子だけ見て行きます」
「あ、では今案内しますよ」
村長がハルヒ達を連れ、その子の家に案内してくれる。
対応したのは両親であり、事情を伝えハルヒ達が無事であるのを見て安堵したのか涙を流していた。
「っ、本当に……何とお礼を言ったら良いか」
「いえ。依頼を受けたんですから当然です。でも、僕の判断ミスであの子の心の傷を与えてしまって……」
「魔物に攫われたら、ほぼ帰ってくる事はないんです。だから……今、こうしてあの子の無事を見られるのが、本当に嬉しくて」
チラッとギリムの方を見ると、彼は無言で頷いている。
魔物が人を攫う事はある事であり、1度でも攫われれば殆ど帰ってくる事が無いとまで言われている。冒険者や自警団などで見回りを強化しているが、女性のみを攫った案件はかなり珍しい部類とされている。
子供も攫われる事もある事から、両親はもう娘が帰って来ないとまで覚悟していたと言う。
「少しでも役に立ったのなら良かったです」
「ハルヒ、ハルヒ」
「あ、あぁ。そうだった、そうだった」
咲に言われ、ハルヒはハッとする。
様子を見に行くのと同時、ハルヒはあの子にクッキーを渡そうと考えていた。咲とアリサが、作っているのを見て何か手土産でも用意しようと思った。
魔物に怯えるだけでなく、あの子は同じ人間に対しても怯えているだろう。
あの一瞬でしか関わらなくても、ハルヒにとっては同じ人だ。そうでなくても、無抵抗な人を生贄にしようとする考え方も賛同出来る筈がない。
例えこの世界の人間でなくても、ハルヒだけでなく麗奈だって同じ行動を起こしたに違いない。
――お人好しの異世界人。
(……あれと同じとか嫌だな)
嫌な事を思い出すも、すぐに切り替える。
少しでも良いから話が出来ないかと聞き、エルサを助けようとしたハルヒならばと両親は声を掛ける。その間、咲達は邪魔にならないようにと家の外で待つ。と、そこへラウルが声を掛けた。
「ゆきから聞いていたが、来てたんだな」
「ラウルさん、お疲れ様です」
「調査の続きですか?」
「まぁそんな所だ。ギリムさん、少し良いですか?」
アウラの質問にラウルは簡単に答え、ギリムに話があるのか少し離れた。
その間、ハルヒはクッキーが割れていないかともう1度確認をしラッピングも、崩れていないかと何度も確認する。
アリサに教わりながらの作業をしている内、そう言えばお菓子を作った事は無かったなと思う。
少し戸惑いながらも、クッキーを作るハルヒの様子にゆきは楽しそうに見ておりアウラも一安心といった感じで見守っていた。
「あ……」
「こんにちは、エルサ」
怖がらせないように、怯えさせないようにと優しい口調で話しかければ人質にされたエルサの顔が覗かれる。
驚きに目を見開いた後で、バンッと大きな音を立てて扉を開けそのままハルヒの元へと飛び込んだ。
「おわっ!? え、え……どうしたの」
派手に尻もちをつきながらも、クッキーが割れないようにと咄嗟に上へと投げた。すぐに式神で作った小鳥がキャッチして周りを飛んでいる。物も落としてないし、大丈夫だよと表現しているのかハルヒの周りをクルクルと飛び回っている。
「う、うぅ……。無事、なんだね。あの時のお兄ちゃん」
「怪我はしたけど……。ほら、この通り僕は無事だよ?」
「うぅ……ひぐっ、うぐぅ……」
どうにか質問に答えていると、エルサはずっと小さく泣いていた。
落ち着きを取り戻し、ハルヒが持ってきたクッキーを受け取ると、キョトンとしたまま数秒間は動かなかった。
思わずエルサの両親とも無言で目を合わせ、どうしたのだろうかと心配になる。
開けても良いかと聞かれたので、ハルヒは良いよと答えエルサの為に作って来た事を告げる。
「……ん。美味しい、です」
「良かった。慣れてなくて美味しくないって言われたら、どうしようかと冷や冷やしてたんだ」
「……」
微笑むハルヒに、エルサはクッキーを咀嚼し終えてからポツリと言った。
「ありがとう、お兄ちゃん。助けてくれて」
「……うん。僕も無事でいてくれて良かったと思うよ」
ポン、とアリサの頭を撫でるように優しくすればエルサは恥ずかしながらも笑顔を返す。
娘の様子に両親はホッと胸を撫でおろす。その後は、お互いに他愛のない話をしてこの時間を楽しむように過ごした。
ギリムの目から見ても、ハルヒの無事が確認出来たのが心の安定に繋がったのだと言う。
外の世界に怯えながらも、エルサが思ったのは自分を助けようと動いたハルヒの事だった。もし、自分が無事でいたのに彼が無事でなかったら……。
そう思うようになったからか、外への興味もかなり薄くなった。
そんな時、ハルヒが自分を訪ねて来た。
無事な声を聞き、衝動で彼に抱き着いた。何よりも怖かったのは、自分だけが生き残ってしまう事。助けに来たハルヒの事を、彼女はずっと気にしていたのだろうという見解。
「ハルヒも麗奈ちゃんも、進んで人助けしちゃうもんね」
「はい。お2人はそういう人ですもの」
嬉しそうにするゆき達に気付いたのか、エルサは慌てて向かった。
ハルヒと自分達の事も心配していたと聞き、皆は思わず「無事で良かったよぉ」と仲良く抱き合った。
「君もなかなかの人気者だな」
「いやいや、ギリムさん。れいちゃんには負けますって」
「……そんなになのか?」
不思議そうにするギリムに、ハルヒは話していく。
これまでの麗奈の行動とそれに伴う奇跡。そして、必ずと言っていい程に彼女と別れて再会する時には、知らない人物と行動している事が多いのだと力説して話していくのだった。




